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【家庭】家族とは一体何ぞや【崩壊】

41 :RICK.DQN ◆6ORDQNVoZw :2005/05/11(水) 00:56:12 ID:g4Z/XO6D.net ?#
>>37
>誤解を恐れずに言えば女性が家庭に入ることに対してNOと唱え始めたころから
>その流れが加速したのではないかと考えます。

いや女性が家庭に入り子供にべったりとくっつく「過保護」が話題になる様になって
家庭内暴力が話題にあがりだした訳で根本的な問題はそこでは無い。

女性が家庭に入りだしたのは戦中派から疎開世代までの多産少死世代から。
都市部に流出した家督を継げぬ次男三男がサラリーマンとなり婿養子を取れぬ次女三女が彼らを支える専業主婦となった。
それ以前、高級官僚や大学教授を除いて専業主婦は珍しかった。
だからそれ以前、養育責任が母親にあるという観念も乏しかった。家業の合間に乳をやる程度で、
近所の大人たちが世話をやき、近隣の原っぱには子供なりの社会があった。
親はなくとも子は育つ。
ところが農村余剰人口が都市に集った団地。当然近隣は知らない者同士だ。
米国郊外なら週末毎にパーティーを開いて仲良くなるが、こうした社交もない。
孤立した母親は育児マニュアルを頼るようになる。家族関係のメディア化が始まった。

>そうでなければ「家庭」は常により優先順序の高い「何か」の犠牲になり続けるしか道がありません。

これが元々あった家庭の姿であった訳です。

他人ばかりの地域社会化に伴う「家族への内閉化」は、専業主婦へ負担を転嫁した。
明らかな加重負担だが,当初耐えられたのも郊外家族のバラ色のメディアイメージがあったればこそ。
実際この種のイメージが風化するにつれ、過重負担に伴う問題が噴出する。
つまり
>「家庭におさまること」を野暮ったく垢抜けないモノにされている状況をまずひっくり返したい。
は現状を誤摩化す事しか出来ない訳です。

この頃から話題になったのが「母親がオカシイから子供がオカシクなる」という議論。
郊外家族のロマンが風化するに伴って顕在化してきた専業主婦の過重負担を、専業主婦の無能に責任転嫁しただけ。
実際、責任転嫁して済まない事態も起こり始めた。
例えば70年代半ばから家族も地域も、学校的な物差しで覆われ、子供は家に帰っても成績のことを言われ、
地元の塾でも成績を云々され、近隣の評判も進学の話ばかり。
専業主婦は、子供をいい学校に入れることが誰からも誉められる「家族にとって良きこと」だと考えた。
子供にとっては、学校での自己イメージを、下校しても引きずり続ける、「深刻な居場所の消滅」が生じた。
現に、79年以降「金属バット両親殺害事件」「開成高校生事件」と家庭内暴力から殺人に至る事件が連続する。

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