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五胡十六国南北朝を語るスレ19

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/02/06(月) 08:57:29.88 ID:mg+drUuX0.net
前スレ
五胡十六国南北朝を語るスレ18
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/chinahero/1663590952/

晋書
ttps://zh.wikisource.org/wiki/%E6%99%89%E6%9B%B8

→晋書訳サイト二点。
・晋書簡訳所
 ttps://readingnotesofjinshu.com/
・いつか読みたい晋書訳
 ttp://3guozhi.net/sy/top.html

魏書
ttps://zh.wikisource.org/wiki/%E9%AD%8F%E6%9B%B8

資治通鑑
ttps://zh.m.wikisource.org/wiki/%E8%B3%87%E6%B2%BB%E9%80%9A%E9%91%91

資治通鑑本末訳(渡辺 省氏)
tp://www2.ktarn.or.jp/~habuku/tsukankize.htm


勢力変遷動画
ttps://www.youtube.com/watch?v=ugjAoQJKBWc
ttps://www.youtube.com/watch?v=uFGyv6WhrLE

749 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/23(日) 11:46:29.11 ID:IAh1NWsg0.net
東晋皇帝も50代に達したのは簡文帝のみ
というか皇族として52歳まで永らえたのに皇帝に即位させられた途端1年保たずにに崩御という

750 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/23(日) 15:24:34.27 ID:yAvoFush0.net
創作で悲劇のプリンスはいい性格に書かれたりするけど実際は拓跋珪や赫連勃勃みたいに歪むよな

751 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/23(日) 17:39:22.37 ID:HCP8ujVV0.net
>>750
報復のミームに呑まれるからな
悲劇を悲劇で塗りつぶすというのが定番
それを仇討ちとか仕返しで美談にできるくらい功績挙げられるかが分岐点になる

752 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/24(月) 04:49:53.26 ID:ud4icHzm0.net
>>747>>749
蒙古も国号を元とする前の汗達は生年が不明の初代の成吉思汗と三代の貴由汗以外は全て50歳以上生きているが、国号を元としてからの皇帝達は初代の世祖と最後の順帝以外で50歳以上生きた者はいない。

753 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/24(月) 12:19:05.74 ID:SUKy1/8R0.net
始皇帝が50歳以上生きてない濃い人生だったおかげで
後の皇帝も長寿とは相反する生き様がデフォ

菩薩皇帝とか皇帝界では異端児で皇帝破門級

754 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 00:29:06.44 ID:6USvPJKL0.net
その人幽閉されて殺されたようなもんだからそれなければ100歳近くまで生きてそう

755 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 12:52:34.52 ID:Q7Q5TvO80.net
名前に艾か乂のつく人って気の毒な目にあってるのが多い気がする

756 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 12:52:36.19 ID:Q7Q5TvO80.net
名前に艾か乂のつく人って気の毒な目にあってるのが多い気がする

757 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 13:53:03.09 ID:80+j/GAc0.net
>>753
じゃ在位48年で
尚且つその大半が職務放棄な万暦帝は?

758 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 14:07:57.43 ID:QIfq7bfw0.net
>>757
万暦帝「朕は祖父(嘉靖帝)に倣っただけじゃ」

759 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 19:51:22.06 ID:osUTe6IL0.net
>>758
嘉靖帝と万歴帝はスタンス全然違うのよな
前者はセンスないのに皇帝として振る舞おうとして国を空回りさせる曹丕や司馬熾スタイル
後者はスタート地点で油売るのに満足して国を廃れさせる北斉スタイル
甲乙つけがたい酷さ

760 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 20:04:27.09 ID:/CeJitvS0.net
君臨すれども統治せず

761 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 21:51:21.77 ID:ZvHkqPqW0.net
北宋の鉄宗や明の崇禎帝は空回りタイプかな
この二人はもうとっくに取り返しのつかない国を何とか盛り返そうとする努力はしてるからかわいそうというか気の毒

762 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/25(火) 23:34:42.05 ID:rQM21B+y0.net
>>760
で成功したのがエリザベス2世か
逆に君臨して統治して最後は国が傾いたのがルイ14世か
どちらも昭和天皇よりも長い在位期間

763 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/26(水) 06:20:19.16 ID:2UkiIgTx0.net
>>761
欽宗やぞ。あれは親父(徽宗)がぶん投げて江南に逃亡で政権押し付けられたとか言う悲惨すぎる例やんけ(結局連れ戻された)
親父の無責任ムーヴさえなければ江南で再起した時に担ぎ上げられたのは欽宗だったろうし

764 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/26(水) 23:50:41.96 ID:07QXec8N0.net
>>763
南宋成立後に南宋から帰国を拒否されてるからより悲惨よな
晋の愍帝は1年ほどで殺されたけど、殺されなければ生きている間元帝は即位出来なかった?

765 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/27(木) 00:13:47.42 ID:T0liz4lW0.net
かもな。
後の話だけど返品されてきた英宗(天順帝)が景泰帝を追い落とした例もあるし

766 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/27(木) 12:29:51.89 ID:uuMbJAOv0.net
>>764
似たような立場だった煬帝は
連れ戻されることも再起することも出来なかったという

767 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/27(木) 21:53:30.87 ID:ZvRMoNPB0.net
劉備なんかは献帝が存命でも即位したからな

768 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/27(木) 22:09:05.50 ID:6ODvZIXf0.net
>>767
それで漢帝国復興どころか後漢存続派からも人望失ったから、荊州人を引き留めるため夷陵やらかしたっていうのが何とも皮肉
あの時は五胡入り前より皇帝の神通力と権威が強かったぶん露骨に影響が出た

769 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/28(金) 04:22:01.49 ID:TsNpckfz0.net
>>767
あれは献帝が殺されたという情報が伝わったので、それならと即位したのだったな。
後に献帝が殺されていない事が分かったが今さら退位する訳にもいかなく、そのまま皇帝にい続けた筈。

770 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/28(金) 06:23:21.29 ID:nJndYAnt0.net
献帝が殺されていないなら退位しろよ

771 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/28(金) 10:33:21.19 ID:5MPPm8610.net
>>770
一度天子を名乗ったら後に引けなくなる、という通例がある(慕容部や冉閔)
胡亥が降伏と退位して天寿を全うできたなら話は変わっていただろうが、惨めな末路であったせいで是が非でも地位を捨てられない
敗戦以外の退位でマシな扱いされた皇帝は後漢恵帝、魏元帝、西晋恵帝、唐武帝くらいしかいないという闇の深さよ

772 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/28(金) 10:38:07.90 ID:5MPPm8610.net
後漢献帝に訂正
こう見直してみると、やはり溺れている犬に石を投げる民族性であるのを感じさせるな

773 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/28(金) 14:34:02.00 ID:qUlRqubI0.net
>>771
唐武帝って高祖?

774 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/28(金) 18:09:05.70 ID:rhaZyGT20.net
>>773
ID変わってるかもだが、そのとおり
半ば簒奪されたとはいえ隋文帝よりは随分ましな余生を送ってると言える

775 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/28(金) 19:38:19.19 ID:XOeqUd5t0.net
頼朝は義経がいなかったら平家を倒せなかった
家康は信長が搗いて、秀吉が捏ねた天下餅をくすねた

征夷大将軍らしいのはやっぱ尊氏
九州大返し、そして湊川の戦いで大勝利とかロマンやん

776 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/29(土) 05:01:17.88 ID:3ECnBHgj0.net
>>765
負けて捕虜になった英宗の方がその後マシな人生歩むて
勝ったエセン・ハーンの方が不幸な末路を辿るのが皮肉だな

777 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/29(土) 06:52:22.33 ID:pL3tZL5q0.net
>>775
足利尊氏は征夷大将軍としては武闘派だが
蝦夷と戦ってないので坂上田村麻呂より下

中華に征夷大将軍が有ったら
一番相応しいのは高句麗ボコった慕容翰辺りかね

778 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/29(土) 09:07:30.45 ID:7CQlaeJw0.net
>>776
EU4的に土木の変は最強イベントだけど、あっちは遊牧民がガチ結束するくせに中華はすぐミンチになる仕様なのが悲しかった

779 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/29(土) 09:22:00.11 ID:w7qHO9f70.net
その英宗も明の殉葬の制度を廃止した功績がある

780 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/30(日) 11:05:51.32 ID:qChwwZHM0.net
英傑でも英明でもない朱祁鎮が英宗とは
まぁ諡号や廟号などおかしな皇帝を時々見かけるのは
この時代に限らず五胡十六国南北朝時代含めてデフォ

781 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/30(日) 12:32:37.10 ID:NPb9bRye0.net
>>780
煬帝なんて
いちばん有名な楊広と
↑に付けられた陳叔宝と
あまり関係ない拓跋?那ぐらいか

782 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/30(日) 12:53:06.96 ID:NPb9bRye0.net
というか皇帝自身が諡号や廟号を選べないってのもな

日の本じゃ白河とか後醍醐とかが自分で決めちゃってるし

783 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/30(日) 15:47:55.49 ID:WFvSHZSc0.net
>>782
煬帝が真っ先に「なんつー不孝な制度だよ、これ」と言うのも無理はないが
元々は物質主義へのブレーキとして他人に評価させる制度であるというのを考えると、何故あるか分かると思う
この他人に評価させる制度を息子に適用したのが太子密建だから

784 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/30(日) 18:56:57.14 ID:IvZD1+Nn0.net
>>782
始皇帝「その通り」

785 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 06:46:53.46 ID:pNAiBGuT0.net
>>779
殉死の制度の廃止は靖難の変の際わずか2歳で捕らわれて以降、実に50年以上も幽閉されていた建文帝の次男の朱文圭を解放し皇籍に復帰させたのと並ぶ英宗の数少ない功績。
ただ英宗は自分の死後の殉死は廃止したが土木の変でオイラートに捕虜になった自分を太上皇にして即位した弟の景泰帝を憎むあまり、奪門の変で景泰帝から帝位を奪って復位すると間もなく死んだ景泰帝の唐貴妃を殉死させている(これが明での最後の殉死)ので、やはりロクでもない皇帝に変わりはない。

786 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 08:46:08.79 ID:DZ9k5hIU0.net
日本だと将軍は殺されても
天皇は幽閉されたり島流しに遭う程度で殺されるケースはなかったけど
中国じゃ皇帝でも臣下・宦官・外戚によってホイホイ殺されまくりで命が軽過ぎる

787 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 09:07:34.01 ID:DZ9k5hIU0.net
日本だと地方に有力な大名がたくさんいるから天皇を殺そうものなら全国から袋叩きにされるだけだが
中国は専制君主制で朝廷が政治も軍事も全て握ってるから中央がやりたい放題できる
この違いかな

788 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 10:39:09.39 ID:00c6TbQH0.net
>>787
中国は権威と権力の分離ができない
権力を失ったら権威も失って価値がなくなるから、生き残ることが困難
始皇帝がその基礎を作った後、曹髦殺害で不可逆的になり、西晋滅亡で極まった感じ
皇帝本人が専制するかスケープゴートにされる体制に二分された

789 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 11:06:49.54 ID:sc8zqjFW0.net
>>786
崇峻天皇「・・・」

790 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 11:06:53.93 ID:sc8zqjFW0.net
>>786
崇峻天皇「・・・」

791 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 17:54:35.80 ID:AE/DO5KH0.net
崇峻天皇と韓擒虎が同年没だとは

792 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 21:38:20.97 ID:DZ9k5hIU0.net
>>788
>中国は権威と権力の分離ができない

シューキンペーの今でもそうだな
独裁体制以外で中国を統治する方法は無いって誰か言ってたわ

793 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/07/31(月) 23:30:11.72 ID:dmMKz3Rm0.net
>>792
中国に限らず、大体の国がそうなのよ
表向き権威しかなさそうに見えても、裏で権力筋に根回しさせるパワーは持ち合わせてる
それを民衆が容認するか認知しない場合でしか上手くいかない

794 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/02(水) 22:03:44.06 ID:nzrzuS1o0.net
中華で纏足の風習が始まったのって潘玉児から?

795 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/02(水) 22:37:41.68 ID:Hx0Mvd3R0.net
北宋あたりからやろ
この時代はまだそんなに女性への縛りはそんなにキツくない

796 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/02(水) 23:49:45.23 ID:iK8QawyY0.net
>>794
南斉の潘玉児から始まったという説もあるが一般的には五代十国の南唐から始まったというのが有力。

797 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/03(木) 08:38:07.95 ID:gXNg8hSp0.net
纏足の理想的な大きさは三寸(三寸金蓮)
チョンのチ〇コ勃起時平均三寸(9cm)と同じや

798 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/03(木) 11:59:20.17 ID:S2KI3jdp0.net
>>796
同じ五代十国の南漢じゃ
男の1割が宦官という異常事態だったしな

799 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/03(木) 12:21:32.76 ID:iTCeIQ+K0.net
日本の尺貫法で語る馬鹿

800 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/03(木) 14:38:40.69 ID:pare1h4A0.net
>>799
そもそも尺貫法という呼び方は厳密には日本だけ。
中国では尺斤法という呼び方をする。

801 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/04(金) 08:46:29.02 ID:iliKMONn0.net
>>798
劉氏の漢名乗る泡沫政権(西漢東漢除く)の中で
最も長く存続したのが変態宦官国家の南漢という・・・

802 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/05(土) 00:32:35.34 ID:0vgq6ryE0.net
>>801
イカレポンチ劉?eの即位までは、負け組の寄り合い所帯って感じで結束力あったからな
軍事力が低くても下手にヘイトまき散らさないから攻撃対象にならない、というのも追い風になった

なお宦官だらけにしてからはマッハで滅んわけだが

803 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/05(土) 15:35:00.31 ID:CBcQOQI90.net
>>801
劉淵涙目
劉曜が勝手に趙に変えたから15年(趙時代含めると25年)しか続かなかった泡沫政権
こんなのに滅ぼされた西晋カッコ悪い

804 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/05(土) 15:56:20.58 ID:i5r3t5SS0.net
>>788
世界で唯一Emperor(皇帝=天皇)が残ったのが日本だけなのもそれが理由だよね

805 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/05(土) 16:00:36.06 ID:i5r3t5SS0.net
欧州でも王侯貴族は血筋が良いだけじゃなくて金や権力も持ってないと
民衆から権威として見なされない
血筋が良いだけで貴種として尊ばれた日本の皇室や公家との違い

806 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/06(日) 18:04:18.90 ID:u6S7c2K70.net
>>801
・劉氏漢
【正統王朝】
214年(前206年〜8年) 西漢(前漢) (劉邦、14代)
195年(25年〜220年) 東漢(後漢) (劉秀、14代)
【泡沫王朝】
2年(23年〜25年) 漢(玄漢) (劉玄、1代)
42年(221年〜263年) 季漢(蜀漢) (劉備、2代)
25年(304年〜329年) 漢趙(前趙) (劉淵、6代)
62年(909年〜971年) 南漢 (劉陰、5代)
3年(947年〜950年) 後漢 (劉知遠、2代)
28年(951年〜979年) 北漢 (劉崇、4代)
1年(1465年〜1466年) 漢 (劉通、1代)
・劉氏以外漢
【泡沫王朝】
33年(304年〜347年) 成漢(大成) (李雄、5代)
1年(551年〜552年) 漢(侯漢) (侯景、1代)
1年(784年〜784年) 漢(朱漢) (朱??、1代)
4年(1360年〜1364年) 漢(陳漢)(陳友諒、2代)

基本的に漢は泡沫政権ばかりで糞
劉裕や劉勃勃が漢名乗らなかったのはある意味正しい

807 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/06(日) 19:21:03.72 ID:nsHOqRj80.net
1年が3つもあるの草
ちょっと前の日本の総理かよ(あと前の英国首相)

こんなかじゃ蜀漢もまだ長期政権レベルよな

808 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/06(日) 20:05:09.18 ID:ylIao1Gx0.net
泡沫政権になる割合が低い国号ってあるのか?

809 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/07(月) 06:47:09.16 ID:LwrmLyi70.net
唐(後唐)とか明(南明)とかでも泡沫政権あるからな…
隋はそれ自体が泡沫政権

戦国七雄で韓は以降の政権で最も人気無いのか韓名乗る泡沫政権無いが
半島で韓の国号パクられて中華の泡沫政権よりも酷い扱いに…

810 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/07(月) 10:56:44.44 ID:d0MJRbeJ0.net
新とか太平天国とかも泡沫だろうな

811 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/07(月) 12:06:12.20 ID://xNtXZc0.net
地方に割拠とかの弱小国家とか
統一国家でも短期政権だと泡沫の感が

812 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/07(月) 13:33:31.73 ID:+mcwiV+I0.net
隋(随)唐は春秋時代に楚に踏みつぶされた雑魚諸侯のイメージが強い

813 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/07(月) 14:17:42.49 ID:CUWmBIG60.net
>>808
割合ていうなら元がダンチになる
二回しかないけど一回目は世界帝国、二回目は清が禅譲を賜った正統王朝
一回目の華北席巻を泡沫と見なさないなら次点は(後金を清としてカウントした場合)

814 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/08(火) 12:38:23.65 ID:U08Q6/Co0.net
>>812
息とか蔡とか徐とか黄とか六とかと同じだもんな隋も唐も
まぁこのスレの住民よりも中華の知識無さそうな五胡なら気にしなさそう

815 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/08(火) 15:51:22.21 ID:oDbhx6o20.net
隋唐がそういう不可解挙動を起こしてるのは
良くも悪くも北周で漢文化の取捨選択がなされたからだろうな
鮮卑にとって必要な部分は八柱国などとして取り込み、不要なものは捨てて鮮卑帰りをしたから
いざ漢民族ぶろうとした時に振る舞い方がぎこちなくなってる

むしろ漢民族に調教された劉淵や禅譲の研究した石虎のが漢的な振る舞いができるように感じる

816 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/09(水) 03:05:43.73 ID:4gMqa2t90.net
劉淵の場合出自が南匈奴なだけでどう見ても漢人エリート士大夫ヤンケ

817 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/09(水) 06:22:16.40 ID:HxDFBrdi0.net
>>816
劉淵は反乱しなければ金日磾と比べられてもおかしくない
恵帝でなければ金姓与えてもおかしくない

818 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/11(金) 07:05:31.36 ID:6DRn5bRF0.net
劉淵は十代の頃に劉禅の隣で酒飲んでた頃が幸せだったかもな・・・(遠い目)

819 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/12(土) 10:12:04.81 ID:m89bmYg20.net
昭さんが呉の使者と宴会やってる時に阿斗ちゃんとヤング劉淵が一緒に酒飲んでるとか言う凄すぎる絵面

この時点では劉淵本人は士大夫として栄達する事を夢見てたんやろな

820 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/12(土) 14:15:29.90 ID:IJz1410l0.net
劉淵は司馬穎を救う気は一応あったのかな

821 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/12(土) 23:57:00.21 ID:0AFMbXdM0.net
>>819
八王の乱経験すれば士大夫として栄達とかいう夢砕かれるのはわかる
もし劉淵が竹林の七賢になってたらのIFも面白い

822 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/13(日) 01:08:28.18 ID:roG31H8R0.net
劉禅「ここは楽しく、蜀を思い出すことはありません」

劉淵(何言ってんだこのアホ…)


数十年後の劉淵「懐帝の言ってた事はある意味正しかったなぁ…」

823 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/14(月) 06:22:21.86 ID:TnjI1D6E0.net
>>821
劉聡と劉曜がドラッグ(五石散や寒石散など)をキメてオーバードーズで早死しそう

824 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/14(月) 11:23:47.04 ID:hVxs48GA0.net
五石散や寒石散などのドラッグの危険性は
無縁な五胡でも中華支配して皇帝になると
中華に毒されて病みつき中毒になってしまう処

825 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/14(月) 18:06:29.85 ID:DpvBrtFX0.net
そう言えば宇文泰って姜維を王に祀った見たいだけどなんか接点あったっけ?
考えられるとしたら梁から蜀地方平らげた時に
姜維の話聞いて感銘受けたとかだろうけど

826 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/15(火) 06:28:10.30 ID:F4VE7XRv0.net
宇文泰が姜維大好きなのは
石勒が劉邦大好きなのと同じくらい接点ないぞ

827 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/15(火) 07:21:51.19 ID:F4VE7XRv0.net
>>806
1年(622年〜623年) 漢東 (劉黒闥、1代)

という泡沫王朝もある

828 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/15(火) 10:41:57.83 ID:fWCc1FIZ0.net
>>825
姜維自体が異民族系であったとするなら、漢文化の否定に使えると踏んだ可能性はある
不要な漢文化を捨てて国家を束ねるため、宇文泰は使えるものを総動員してる

まあ異民族系なのは某クラスタが姜維の異民族使いが巧いことから唱えてる説だが

829 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/15(火) 11:09:04.67 ID:ZWFTb1kp0.net
>>820
別伝だと兵出してる記述あるし内心はともかく救う姿勢は見せてたんじゃ
劉淵さん出自はともかく育ちは士大夫だから故主(成都王)を見捨てる事の不利益は理解してる

830 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/15(火) 11:26:04.31 ID:ZWFTb1kp0.net
>>826
石勒の不良皇帝好きは歴史書の執筆者が無理くり重ねてるイメージ

でも、ぶっちゃけ不良皇帝って五胡の群雄でも中々みないキチガイムーヴばっかだよね。

・竹か布に「一万銭」って書いて祝儀の代わりにする
・儒者の冠に小便をかける
・敵対勢力に追われてビビって子供を馬車から捨てる 
・重臣の前で愛妾とファック
・降将(黥布)の前で愛妾に足を洗わせてあまりの無礼ぶりに絶望して自殺未遂に追い込む


ダークヒーローっぽい描かれ方してる我らが冒頓単于と比較するとマジでチンピラのオッサン

831 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/15(火) 14:04:48.55 ID:mfjR21el0.net
個人的には慕容格だな

832 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/15(火) 19:22:30.76 ID:VEM3ky3J0.net
>>830
そりゃ良くも悪くもカラッポで周囲の奴が器として利用した結果成功しただけだからな…
プロトタイプ司馬倫
担ぐ奴と敵対者の質の差が明暗を分けた

833 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/16(水) 08:25:44.50 ID:l/AdnHtf0.net
項羽と対峙するという
いちばん肝心で誰もやりたがらない仕事を自分でやってるんだから
司馬倫と比べるのは流石に失礼だろう

834 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/16(水) 08:34:10.52 ID:c08sa9R50.net
劉邦=天然
司馬倫=池沼

これぐらいの差はあると思われ

835 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/16(水) 08:55:19.36 ID:pAOVbvyB0.net
担ぎ上げられた劉邦こそ「狡兎死して走狗煮らる」を恐れていたから晩年ああなった気がする

836 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/16(水) 10:07:56.57 ID:G7mB+9Y20.net
走狗を煮たのは劉邦だろ。

837 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/16(水) 14:02:19.42 ID:KskyAEh/0.net
>>835
それは劉邦ではなく朱元璋
前者は最初から893の親玉やってたから舎弟は従順だったが、後者は拾われた後の内部昇格+裏切りだから兄貴分を始末するのに終始した

838 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/16(水) 16:29:52.57 ID:G7mB+9Y20.net
朱元璋は兄貴分の始末よりも天下統一後の粛清だろ。

839 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/16(水) 21:53:16.04 ID:ruIsa1CB0.net
日本 佐藤
中国 李
朝鮮 金
ベトナム グエン

840 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/16(水) 21:59:35.46 ID:ruIsa1CB0.net
朱元璋の子孫って今でもいるの?
清によって明の皇室は皆殺し
唯一の生き残りである朱慈煥とその一族も康熙帝によって一人残らず殺された

841 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 05:55:18.28 ID:2ajmVPtR0.net
>>840
最も有名なのは国務院総理(日本の首相に相当)まで務めた朱鎔基で朱元璋の第18男・朱べん(木偏に便)の子孫で朱元璋からは19世紀の孫に当たる。
ちなみに朱元璋は息子達に五行思想に基づいて
木偏の名前を付け、その後も木火土金水の字が付く名前を順に子孫に付けるようにしたので前記の朱鎔基は土偏の名前で、その父の朱寛しゅ(サンズイに樹の木偏を抜いた字)は水編の名前で、その子は朱燕来と烈火(炎の省略形で灬)の付く名前である。

842 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 06:44:56.49 ID:d+WMs+u90.net
嫡流は殺し尽くしたけど傍流は見逃す

843 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 06:50:18.41 ID:MkPOtrx50.net
いくら敵でも祭祀絶やすのは後味悪いが
その中で祭祀絶やされた漢劉氏や趙石氏はどんだけ

844 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 06:58:35.23 ID:QLh50hi10.net
母系とか女系は結構残るんだよな
司馬氏も劉裕の粛清からしぶとく逃れて北周では皇后まで出しとる

前も指摘したけど女系母系から見ると別の顔が見えるって点ではヨーロッパの王家や日本の東北大名みたいな感じ

845 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 09:30:03.65 ID:EX8XB1i70.net
>>844
Y染色体(つまり男)の繋がりが重要なのは万国共通であり、女系はそこまで気にされない
黄禍論での遺伝子分布も男がやり玉に挙がってるし
大航海時代での有色人種の扱いの差からも窺い知れるだろう

女系で辿るっていうのは、原初の人類を探るようになった20世紀から隆盛した
それまでは「逆玉や箔付け(とどのつまり外戚)」を説明するための意味合いが強い

846 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 11:49:20.17 ID:qF1gfccc0.net
>>842
清もラストエンペラー溥儀には子供ができなかったので嫡流は断絶している。

847 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 12:41:27.17 ID:LnFX5JXD0.net
一方でラストエンペラー溥儀の弟溥傑(不潔ではない)は
日本人と結婚して娘2人
長女は天城山心中したけど次女は存命で日本在住
溥傑の孫5人ぐらい居たような

848 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 15:29:17.74 ID:G/wUI1uj0.net
>>847
溥傑の妻の嵯峨浩の自叙伝『流転の王妃』のテレビドラマで主演した常盤貴子は高校の同級生に溥傑の孫(次女の息子)がいて当時(1988年)ヒットした映画『ラストエンペラー』が、その同級生の大叔父(祖父の兄)を描いたものと知って色々と質問したが答えてくれなかったが後に

849 :名無しさん@お腹いっぱい。:2023/08/17(木) 15:32:05.17 ID:G/wUI1uj0.net
>>848の続き)
後に『流転の王妃』を読んで溥傑の孫である同級生の複雑な事情を知って高校時代に答えられなかった理由を分かったそうだ。

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