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X68000に足りなかったもの

1 :ナイコンさん:2022/02/22(火) 02:37:36.35 .net
パターン定義用のSRAM
スプライトのサイズ
高品質なADPCM音源

822 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 07:43:12 .net
90年代に入って急に失速した事が全てを物語っている
TOWNSだってもっと長生きしたのに

823 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 08:35:14.72 .net
>>821
コンビニ遺体はいいのに客が酷くて潰れた話みたいだな

824 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 10:43:18 .net
>>821
自己紹介おつかれさん。
なるほど、お前みたいな人間がユーザじゃないからX68は発展したんだな。

825 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 10:45:50 .net
きょうもはってみる

渡辺繁 1957年、福島県平市(現・いわき市平)生まれ。
バンダイビジュアル専務取締役(2004)。
1981年にバンダイに入社。
1984年より、大阪で映像自主制作を行っていた集団とともに劇場版アニメーション映画製作に取り組み、1987年3月に公開する。

p423-p426 渡辺繁

Q:初対面の印象はいかがでした?

渡辺:「なんか変な人たちだな」と、思いましたね(笑)。ケッタイな人っていいますか。年も近かったですし、すぐに友人みたいな感覚でつき合うようになりました。
もう漫才のコンビみたいで、武田さんと岡田さんのふたりは話が面白いしね。どっちがボケかツッコミかよくわからないんですけど。
そのうちに岡田さんに紹介してもらって、山賀博之さんや庵野秀明さんにもお会いしました。あれは1982年かな。西武新宿駅のはす向かいにあった喫茶店で、
リアルホビーシリーズの、バルタン星人の頭部を彼らに見てもらったんですよ。目が肥えた人に、この商品がいけるかどうかを鑑定していただいた。
(中略)
渡辺:リアルホビーシリーズを実現して、ソフビ人形も開発が始まり「ようやく軌道に乗ったな」と思ったところで、「おまえビデオやれ」と命じられて、
ビデオ新レーベルの創設を担当することになったんです。その当時、入社3年目でした。

826 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 10:46:09 .net
Q:「EMOTION」レーベルですね。

渡辺:その時期は「機動戦士ガンダム」の大ブームが一段落ついた後で、当時「モビルスーツバリエーション」というプラモデルのシリーズがヒットしていました。
これも安井さん(プラモ狂四郎原作者)が仕掛けたシリーズで、「ガンダム」を原色系ではなく、ミリタリー色に塗ったラインナップなんですが、
「このシリーズのプロモーションアニメを、DAICONFILMというアマチュア集団につくらせてみないか」という企画を、岡田さんは提案したんです。
あれは1984年の前半かな。最初は驚いたんですが、監督としてはDAICON4のオープニングアニメを担当した山賀博之という男がいる、
「風の谷のナウシカ」で原画をやった庵野秀明という男もいると、企画説明を受けてですね。僕も少し実現を考えたんですけど、
当時はサンライズもバンダイグループではなかったし、「ガンダム」をほかのプロダクションでアニメ化する許諾がおりるはずもなく、この企画は流れました。
しかしこの企画が空中分解してから、しばらくしてまた、オリジナルビデオアニメという新しい媒体も定着し、「ナウシカ」や「マクロス」のような
作品が生まれてきた現況を踏まえて、今こそ若者に向けて若者がアニメをつくらなくちゃいけないんだ」というようなことを、とうとうと書いてある企画書を携えてですね(笑)、
岡田さんがやってきた。その企画が「王立宇宙軍」だったわけです。
「ついてはゼネプロとは独立して、高田馬場にスタジオをつくって、そこをベースにパイロットフィルムを制作したい。
ゆくゆくは劇場映画化に向けてプロジェクトを進めたいから、いっしょにやらないか」と提案されました。

827 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 10:46:28 .net
Q:企画書を見て一体、どのように感じたのでしょうか?

渡辺:面白いと思いましたね。とにかくそのときに、岡田さんや、山賀さんたちのような熱い連中と組んで映画をつくりたいと感じたんです。
「じゃあ準備しようか」という軽いノリで映画づくりがはじまりました。岡田さんたちが「王立宇宙軍」の準備室として、高田馬場のアパートの一室を借りて、
会社としてガイナックスが発足したのが1984年のクリスマス。高田馬場の飲み屋でパイロットフィルムの打ち合わせをしながら、
会社設立のパーティみたいなものをやったのを覚えています。
それから、いろんな手練手管を駆使して企画を通したものです。当時、宮崎駿さんに「岡田さんの企画書にだまされたバンダイ」と言われましたよ。
そのバンダイでもいちばん初めにだまされたのが僕だと(笑)。しかし、だますとかだまされるとか、そんな話ではなくてですね。僕は単純な人間ですから、
ただ面白そうだからやってみたかった。誰もバンダイが映画をオリジナルでつくれるなんて思わなかった。ノウハウだってまったくなかったし。
しかし、だからこそ面白いと思ったんです。

(2004年2月バンダイビジュアル社内にて)

828 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 12:06:37 .net
「X68は発展したんだ」だってさぁ、大爆笑したよ!


細々とした代わり映えしないラインナップに乏しいサードパーティ製の周辺機器のX68が発展?
ギャハハー!って奴だよねぇw

829 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 14:09:29.14 .net
x68には夢があった

830 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 14:19:28.38 .net
>>792
6502にはポストインクリメントがないからな
6809のほうが絶対いいわ

831 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 15:47:45 .net
夢があっても夢が実現するようにユーザーが動かなかったのがX68k
発売時期が遅かったし価格も頑なに下げないまま98とDOS/Vにシェアを取られていった

832 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 16:01:36.64 .net
ユーザの悪行の数々を見てれば「X68? どうせゴミでしょ」ってなるよな。

833 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 16:47:53 .net
ユーザのモラルと常識と良識が足りてなかった悲劇のマシンX68000。

834 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 16:52:20 .net
>>828
メッチャ悔しそうで草生えるw

835 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 17:51:43.04 .net
などとウソつきピーコX68ユーザが泣きながら負け犬の遠吠えしていますw

836 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 19:18:10 .net
98太郎じゃなく、荒らしてたのは成りすましのTOWNS太郎だったな
98ユーザーには謝罪しとくわ
つっこみの余地のあるレスしてもつっこんで来なかったからおかしいとは思った

837 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 19:47:48 .net
68とうんこの煽りあいしてるお爺ちゃんって痴呆症かなにか?

838 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 19:57:51.22 .net
今度はうんずユーザーまで巻き込んで書き込み伸ばそうとしてるのか基地外X68野郎は

839 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 20:11:22.64 .net
TOWNSなら勝てるとおもったんだろうけど、現実は惨敗なんだよな

840 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 21:11:30 .net
どぴゅ!

841 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 21:12:22 .net
はいはい、うんずね、うんず
ざーとらしい自演乙

842 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 21:14:21 .net
TOWNS太郎「今度は”うんず”ユーザーまで巻き込んで〜」


843 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 21:21:31 .net
家電屋のおもちゃは16ビットまでなんだよ
68なんてぴゅう太のお仲間だろ

844 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 21:45:56 .net
ttps://the-eye.eu/dmca.mp4

845 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 21:46:40 .net
なんやと!?

846 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 21:58:30 .net
ttps://pbs.twimg.com/profile_images/513073783142236160/Or3iYleh.jpeg

847 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 22:31:21.38 .net
X68はユーザが人間性がクソでゴミな屑ばっかりな上に性能も悪かったし機能もいろいろ足りてない、
ないないづくしのプワーマシンだった。

848 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 22:47:02.63 .net
文豪も移植してもらえなかった
シャープも見捨てた68

849 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 23:11:41.51 .net
自分でソフトを買う経済力が著しく足りなかった

850 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 23:19:40 .net
文豪じゃなくて書院でしょ。
ただ、書院を移植したmz書院は黙殺されていたが。

851 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 23:26:02 .net
https://livedoor.blogimg.jp/nucr_umigahara/imgs/5/5/55b5c193.jpg

852 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 23:29:52 .net
使えるワープロあるんだっけ?

853 :ナイコンさん:2022/04/22(金) 23:31:55 .net
ワープロ、表計算、データベース

854 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 00:22:55.03 .net
>>847
>性能も悪かったし機能もいろいろ足りてない

他機種ユーザーだが、そこは訂正すべきだ。
何が足りなかったのか具体例も出さず煽っているだけの発現は許せない。

855 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 02:25:50.83 .net
うんずじゃなくてうんこ

856 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 07:29:55 .net
しょーもな、やっぱり友達x0が乱立させたスレか。
ねぇ、友達x0はあいかわらず頭ん中糞まみれなの?

857 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 07:32:21 .net
他機種ユーザーになりすましバレバレのお馬鹿X68ユーザーw

858 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 07:53:03 .net
うんこマンの嫉妬shit

859 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 08:17:52 .net
全機種あわせて15万台くらいだっけ
ぴゅう太と同じくらいなんだなw

860 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 08:19:40 .net
X68ユーザがバカすぎるw

861 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 08:22:49 .net
それは周知の事実

862 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 10:29:04 .net
きょうもはってみる

p426-p428 渡辺繁

Q:しかし、映像作品のレーベルを立ち上げていたとはいえ、入社3年目のメーカーのサラリーマンと、
大阪でアマチュアフィルムをつくっていた人たちが、劇場公開大作映画をつくってしまったとは、何度聞いても実感が持てないんですよ。

渡辺:そうですか?しかし岡田さんたちも戦略を考えていましたけど、僕もきちんとステップを踏んで進めていったんですよ。
まずパイロットフィルムをつくって、製作と営業の目鼻をつける。
それが完成したのが1985年。そしてパイロットフィルムを社内はもちろん、いろんなところに見せてまわった。
押井さんにも見せましたし、庵野秀明さんが『風の谷のナウシカ』に参加していた縁をたどって、宮崎駿さんのところにも見せに行きました。
当時、宮崎さんの個人事務所、二馬力が阿佐ヶ谷駅の近くにあったんですけど、僕はそこにひとりで会いに行きました。
目的はまず、直接的にフィルムの感想を聞くこと。そしてもうひとつ、宮崎さんは「ナウシカ」の仕事で、映像の世界に確固たる存在感を示していたので、
もしその宮崎さんがフィルムを評価してくれれば、バンダイの内部も説得できるようになるだろうと考えていたんです。

863 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 10:29:28 .net
Q:宮崎さんの反応はいかがでした。

渡辺:宮崎さんとは3時間にわたって話して、といっても宮崎さんが2時間30分お話しになって、僕は10分だけでしたけど(笑)。
そのときに宮崎さんは「庵野君たちはアマチュアだけど、ちょっと違う存在だと思う」と評価してくれたんです。
「アマチュアには豪華な出窓はつくれても、基礎をきちっとつくるという部分でふらつく人間が多い。しかし彼らはきちんと基礎をつくって、
たぶん新しい建物をつくることができそうな気がするから、もしも必要ならばバンダイの役員会の皆さんの前で、アドバイスなどをして差し上げてもいいですよ」
とまで言ってくれたんですよ。
もうそれだけで、僕は我が意を得たりといいますか、「これで大丈夫だ」という気分になりました。
実際に役員会でも、「宮崎さんはこうおっしゃった」と伝えたら、それで企画は通ってしまいました(笑)。
ただし、その段階では満額の予算はリスキーだから、とりあえず全体の4分の1は認めてやる。それで制作を開始し、その間に配給会社を決めて興行を確定してこいということになった。
これは僕の手には負えなかったので、当時広告代理店にいたプロデューサーがバンダイに出向してくれて、僕の上司になり、彼が動いて決定してくれた。
こういう人がいたから映画も実現できたんです。こういう段階を踏んで、公開に繋げていったわけですよ。

864 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 10:29:50 .net
Q:それらの段階を、渡辺さん本人はどのように体感していたのでしょうか?毎日が楽しくて仕方がないという感じでしょうか。

渡辺:背景を知らないままに始めて、しかしだんだんいろんなことがわかってくるとプレッシャーも感じてくるし、怖くもなりましたね。
白い目で見られて、迫害されながらも、待ち受ける障害を突破していく。
ほとんど「王立宇宙軍オネアミスの翼」の物語そのままですよ。「誰もやったことがないことをやる」という過程は、あの映画で語り尽くされていますよね。
あの作品の構造そのものだと思います。公開した当時、「僕たちの物語だ」という文脈で、雑誌に取り上げられたりしましたけど、実際、みんな無名だった。
それが徒党を組んで歯を食いしばりながらやった作品が「王立宇宙軍」だったんです。いい経験をさせてもらったと思います。
もしあの映画が実現していなかったら、今の僕もなかったわけですから。

Q:制作過程で出来上がってくる映像についてはどのように感じていたのでしょうか。やはり出来にわくわくするようなものがあったのでしょうか。

渡辺:それはありましたね。そういうものがなかったら、企画を推進するモチベーションにならないじゃないですか。
岡田斗司夫さんや山賀博之さんと話して出てくる展望や、ほかのスタッフに見せてもらった絵は、僕にとってやはり「やる気の薪」のようなものでした。
どんどん自分にくべていきました。

865 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 10:30:11 .net
Q:これはすごい映画になるぞ、という高揚感のようなものを感じていたということでしょうか。

渡辺:「つくれるものなら、こんな映画をつくってみろ」と人に誇れる映画を、つくっているんだという感覚だったような気がします。まあ、思い込みなんですけどね。
「こんなすごい映画があったのか」とも感じていましたしね。あの頃は、ほとんど毎日のように吉祥寺に移ったガイナックスのスタジオに通っていましたよ。
そこで動画のテスト撮影のビデオなんかを見せてもらって「すげえな」と思っていました。
でも、祭りの準備じゃないですけど、できるまでがいちばんわくわくするんですよね(笑)。
完成が近づくにつれて、前売り券をバンダイのグループの中でさばかないといけないという大きなプレッシャーも出てきましたし。それが興行を確定する条件だったんですよ。
本当はそういう、タコが自分の足を食べるような行為は間違いなんですけど。そうした現実を前にどんどん不安になる自分と、高揚していく自分とが交錯していました。
もう十数年も前の話ですけど。

Q:当時は、ほとんど寝ていないという日常で......。

渡辺:いや、そんなことはない。ちゃんと寝ていました。酒を飲んでおねえちゃんと遊びにも行ってましたし。
不眠不休でというよりも、なんか自然にでかい顔して、ことに当たっていました。
でも、年々やっていることがしんどくなってくるんですけどね(笑)。大変です。しかし、今でも思いますよ。
「王立宇宙軍」の主人公だったシロッグのように、障害をどんどん突き破っていかないといけない。誰もやったことがないことをやろうとしたら。

866 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 10:30:33 .net
Q:現在では、バンダイビジュアルの国内のアニメーションのパッケージソフト市場におけるシェアは3割近くになるそうですが。

渡辺:すごく簡単にはじまっちゃったんですよ(笑)。ガイナックスのみなさんとの出会いも、すごく軽い感じでしたしね。
映画制作のことはなにも知らないままに「王立宇宙軍」をはじめてしまった。それと、企画開始の当時は、バンダイもまだ株式公開する以前で、いい意味でまだ中小企業でしたからね。
風通しがよく意見・提案を聞いてくれる風土もあったし、「チャンスがあれば、失敗を恐れずに打席に立ってバットを振ってみろ。
ベンチの裏で素振りをしていても永遠にヒットは打てない。三振でもいいからとにかく打席に立って振ってこい」と、さんざん言われていました。
そういう会社でしたから、こんな素人みたいな僕に、入社3年目か4年目の僕に、映画をつくらせてくれたんだと思います。

(2004年2月バンダイビジュアル社内にて)

867 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 11:27:14 .net
>>859
2桁代の本数しか売れてないアプリのユーザーが3桁(もしかすると5桁!)もいたというのがX68。
ハードが売れなくても、それ以上に売れないのがソフトです。

868 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 11:29:30 .net
なんか技術的なネタが最近無くなってるな
VRAMの解像度が(公式には)256の倍数しか無いのは
Y座標の計算がしやすいソフトウェア的な理由なのか
設計がしやすくコストが低減できるハードウェア的な理由なのか
どっちなんだろう

869 :ナイコンさん:2022/04/23(土) 11:53:39 .net
https://pbs.twimg.com/profile_images/1187695160/_______.png

870 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 08:34:06 .net
荒らしまわるクソなユーザーの前に技術的なうんぬんを語って「X68はすごいきかいなんだー!」ってやろうとしても無駄だからだろ。

871 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 08:50:49 .net
きょうもはってみる

貞本義行 1962年、山口県徳山市(現・周南市)生まれ。
漫画家、アニメーター、キャラクターデザイナー。
「週刊少年チャンピオン」第16回新人まんが賞に入選、漫画家としてデビューする。
翌年に大学の後輩であった前田真宏氏の誘いでテレビアニメ『超時空要塞マクロス』('82)の制作現場に参加。
庵野秀明氏、山賀博之氏らとの運命の出会いを果たし、「DAICON4」のオープニングアニメ制作に参加する。
大学卒業後、テレコム・アニメーションフィルムに入社。
その後退職し、1987年に公開された劇場映画「王立宇宙軍オネアミスの翼」にキャラクターデザイン、作画監督として参加した。

アニメと漫画の両分野で業績を残す人

アニメーションや漫画作品の登場人物は、現実のなにかを継承しながらも、線で描かれた現実には存在しない姿かたちの存在。いわゆるキャラクターである。
写実ではなく、人の心が生み出したキャラクターは、より人の本能に忠実であり、ときに実在の人物をはるかに凌駕する魅力を放ち、人をトリコにする。
貞本氏は、1987年に公開された劇場映画『王立宇宙軍オネアミスの翼』において、作画監督とキャラクターデザインを担当した。
当時、貞本氏は数本のアニメ作品の原画を描いたというキャリアがあったのみ。まだ20代前半であった。しかし貞本氏はこの大役を見事に成し遂げる。
「王立」の舞台はオネアミスという、現実と似ているが異なる架空の世界。これはアニメーションという表現の中で「現実にいる人間」を描くために、
監督の山賀博之氏が意図的に選択した方法だった。この作品において、貞本氏の創造したキャラクターは、観る者に「こういう人っているなあ」という実在感を感じさせる。

文:堀田純司 ガイナックスインタビューズ p124より

872 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 08:51:23 .net
p134-p136 貞本義行

現場はぐちゃぐちゃになってからが面白い

Q:ガイナックス作品は、見ると「うわ、自分もその制作の現場にいたかった」と感じるという特徴がありますね。

貞本:会社の成り立ちからして仲間うちでの自主制作が母体ですから、そこはほかの会社とは違うでしょうね。
ガイナックスの最初の礎石となった作品、「王立」なんかは「参加して楽しかったなあ」と、今でも思い返します。

Q:現場の楽しさとは、どういう部分にあるものなのでしょうか?

貞本:現場っていうものは、進行がぐちゃぐちゃになって、システマチックに動かなくなればなるほど、面白いんですよ(笑)。
「ナディア」でもそうでしたけど、「エヴァンゲリオン」で後半、紙芝居みたいになったりするじゃないですか。僕は「エヴァ」では基本的に現場にはいなかったですが、
放映を見ていてすごく羨ましかったですよ。「うわ、コンテをそのまま撮影しているよ」とか(笑)。もう激怒巨烈かもしれませんけど。
スタッフは本当に楽しかったでしょうね。お客さんにしてみれば「なんだこれは?」ってことになるでしょうけど。
つくり手側にとっては「やっぱりこういう修羅場がないと!」って思います。醍醐味ですね。そういう状況で、みんなでなんとかしていくのが(笑)。
「うわあ、2週間でホントに30分できたよ!」とかね。その面白さは現場にいないと楽しめないです。ぜひ参加してほしいですね。

873 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 08:51:39 .net
Q:作品について意見をぶつけ合ったりもするわけですね。

貞本:やっぱり年齢が近いですから、大いに議論しますよ。監督から動画まで年齢差が10歳もありませんでしたから。
これがスタジオジブリとかならニュアンスが違ってくるんだろうな。宮崎さんなんか、みんなでソバを食べたりとか、現場を一体化させようと気を遣ってますよね。
僕らはそうした一体感を、もとから努力なしに素で持っている。普通は、動画をやっている立場で、監督が目の前にいるのに「つまんないよ、これ」とか、
横で色指定やっているのに「なにこの色」って平気で言える環境って、なかなかないですからね(笑)。
しかし今では、ガイナックスもスタッフにちょっと年齢差が出てきて、新人さんなんか庵野さんや僕を見かけると「そそくさー」という感じでいなくなったりします。
そういうのを見ると「ああ、ウチの会社もちゃんと会社らしくなってきたなあ」と感じるんですよ。少し寂しいものもありますけどね。

Q:アニメーションの現場に参加したのはまだ学生だった当時、『超時空要塞マクロス』が最初だそうですね。

貞本:その頃、庵野さんや山賀さんが大阪から出てきて、「マクロス」の現場に参加していたんです。アートランドという会社でつくっていたんですけど、
そこを手伝わないかという話があって、「アニメとはなんぞや」という感じで、僕もちょっと見学がてら行ってみた。それがきっかけでした。
あの頃はもう、訳もわからずやっていましたけど。

874 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 08:52:00 .net
Q:「当時、すでにアニメーションを職業にしようと考えていたのでしょうか?

貞本:全然考えてないですね。いや、とにかく絵しか取り得がなかったんで、絵で将来食べていきたいという希望はありました。
しかし「絵で食う」といっても間口が広くて、学校の美術の先生とか、看板屋さんだとか、いろいろあるじゃないですか。
だから、「せっかく山口から出てきたんだから、なにか絵で食っていけたらいいなあ」というぐらいの心境でした。

Q:みんなでつくる楽しさは、「マクロス」でいきなり知ってしまったんですか。

貞本:そうですね。「マクロス」の時期に、ガイナックスの母体であるDAICONFILMの自主制作にも参加していましたけど、わりと当時の体質がそのまま
「王立」に移行していると思いまます。

Q:集団でつくる楽しさはある程度、集団でつくる現場に普遍的にあるものでしょうか。

貞本:どうでしょうか。今のガイナックスでも、あの「王立」の頃の感じがあるかというと、やっぱり昔とは違ってきているんですよ。
あの頃は、自分たちの中にカリスマがいなかったんです。
たとえば新人さんが今、この会社に入って庵野さんや鶴巻を見ると、「うわっ、庵野さんが、鶴巻さんが歩いている!」って思っちゃうじゃないですか。
そういうのは僕たちにはなかった。あくまでも同列の仲間が集まって、カリスマどころかダメ人間が集まってつくっているという感覚でした(笑)。
しかしその一方で、「俺たち、すごいぜ。すごいもんつくってやるぜ」という無闇な盛り上がりもあったんです。「成り上がろうぜ」という野心もありましたし。
最初のガイナックスの仕事場って、六畳二間ぐらいの普通の民家だったんですよ。で、そこでは毎晩、押し入れの上の戸袋にまで人が寝ていましたね(笑)。
寝ている人と起きている人が、入れ替わり立ち代わりで仕事していました。あの頃は、机の下に簡易ベッドを置いて、仕事をしている人のすぐ横で寝ていたりして、
庵野さんにしても僕にしても家に帰らなかった。それで夜な夜な、2時をまわってみんな疲れてくると、酒盛りをしたりとかですね。やっぱり楽しかったですよ。
でも、そういう雰囲気は今ではもう、ないかなあ。新人さんもいっぱい入ってきていますけど、もっとハメをはずしてバカ話とかすればいいのに。

875 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 08:52:13 .net
Q:そういう現場は聞くだに憧れますねえ。

貞本:だから今は少し寂しいですよ。こういうことばっかり言うと「またオヤジが昔話を」って、言われちゃいますけど(笑)。

Q:いえ、しかし昔の創作の現場は、どの分野でも濃かったですよね。

貞本:そうですよね。たとえば、いつも短パンに首から手ぬぐいをぶらさげて会社の中を歩きまわっている摩砂雪さんという人がいますけど(笑)、
よく摩砂雪さんと、夜中に観てきた映画について話し合ったりするんですよ。それは議論なんてレベルじゃないです。
酒を飲みながら「あのシーンはバカでよかった」とか、たわいのないバカ話なんですけど、そういうバカ話の楽しさから、作品をつくる面白さってはじまってるのかなと思うんですよ。
僕から見ると、動画を始めたばかりの新人さんがなんで家に帰るのかなと、不思議に感じます。家に帰ってもすることはないだろうに。テレビを観に帰るのかな。
「だったら会社にいたほうが楽しいでしょう」と思いますよ。僕はあまり現場には口を出さないようにしていますし、イラストのように作品に付随する仕事は、
できるだけ若い人にふってほしいと考えているんです。そうしてもっとチャンスをつくっていかないと、若い人も自分で自分に壁をつくってしまうので、それは気をつけています。

(2003年5月ガイナックススタジオにて)

876 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 08:58:56 .net
68ユーザって本当に迷惑だな

877 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 09:22:31 .net
>>874
すいません 訂正

僕自身は地味な服が好ァッション雑誌を見るなんて、やっぱり抵抗ありましたもん。

僕自身は地味な服が好きなので、あまりファッションに興味はなかったんですよ。見てもらえばわかりますけど(笑)。
昔、「ポパイ」とか男向けのファッション誌が創刊された当時、僕はそういうものに対してなんとなく軟派なイメージを持っていたんです。
だから「男が、こんな雑誌を見るとは......」と思っていました。しかしおかげさまで、あのへんのファッション雑誌を手に取るのが、抵抗なくなりましたね(笑)。
若い人が聞いたら「なに言ってんの」と思うかもしれないけど、ファッション雑誌を見るなんて、やっぱり抵抗ありましたもん。

878 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 12:50:52.04 .net
反論できないと発狂コピペって何歳なんだよ

879 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 13:04:49.24 .net
68に表計算ソフトあったの?

880 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 13:31:53.02 .net
BUSINESS PRO68Kというのがあったらしいが例によって「在っただけ」っぽいな。
VisiCalcやそのパチモン?のSuperCalcやMultiPlan、Lotus1-2-3などの有名どころはリリース時期的にはX68000に移植されていてもおかしくはない。
それでも68の孤独なガラパゴスパソコンの地位は不動のままだった。

881 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 16:03:46.10 .net
X68にはワープロすらまともな製品がないのに表計算アプリがシャープから出てるだけでも驚きだわw

882 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 16:27:48 .net
>>881
あったろ

883 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 17:12:01 .net
X68の「まともなワープロ」って、入力も表示も遅くて日本語変換がバカなフォントが替えられるだけが取り柄のゴミのことかな?

884 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 17:24:35 .net
表示を日本語にして、日本語が通るだけレベルのカスタマイズした英文ワードプロセッサを「ワープロ」として「移植」した恥ずかしい奴ならあったろ。
あとASK68つかってる時点で「まともな」という形容詞は着けちゃいけない。

885 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 17:31:53 .net
雷語とかそれなりに便利だった記憶しかないが

886 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 17:34:48 .net
98やFMRと比べると漢字入力は信じられないくらいもっさりしてた

887 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 17:36:44 .net
                   負
                   け
       /⌒\     オ 犬
      ノ)´・ \・`    ? の
     (/ (   ▼ヽ    ボ
       / \_人_)    エ
      /|\ソ ヽ\
     /  ̄L\|∩?)
     | \ /\)\\
      \ 〆  /  | \\
       |\/ ∧゚ |  \\_
       |   / \|_  | /
     _|_ ノ  ̄\  \ レ  オエ〜〜♪
     .|\\__レ  |  |
     .|  | ̄   |  | | | |
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     \|    |__|_|___|_|
        ̄ ̄  | | | |
            ヽ_ヽヽ_ヽ

888 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 22:52:26.63 .net
>>857
TOWNSスレが荒らされてないのはX68000ユーザーが紳士的だという証拠だな
これを書くと自演して荒らすのかもしれんがね

889 :ナイコンさん:2022/04/24(日) 23:24:42 .net
どうやらPCEの大勝利だったようだ

890 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 03:34:09.06 .net
あとは髪の毛さえあれば

891 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 05:27:10 .net
wiki荒らした前科持ちですよねX68ユーザ。
どこが紳士なんです?
ただのクズな犯罪者じゃないですかーw

892 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 05:51:15 .net
X68ユーザは人種者別発言繰り返したり殺人賛美的な発言も繰り返してる。
無関係なスレに98を侮蔑する書き込みを繰り返してもいる。
X68はこのようなすばらしい紳士である。

893 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 06:08:45 .net
それうんずユーザー

894 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 06:33:00 .net
X68は荒らし行為をTOWNSユーザのせいにしようとしてる立派な紳士ですねw

X68ユーザが荒らしてるのはバレバレだよ。

895 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 07:47:19 .net
X68ユーザは紳士と言うなの犯罪者

896 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 07:51:22 .net
TOWNユーザーなんてそもそも絶対数少ないしマウント取ってる人も少ない
絶対数の多い98ユーザーにもやべえやつは居るだろうがX68ユーザーはほとんどがやべえやつ(犯罪者)

897 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 08:12:59 .net
この前まで「98ユーザーがX68ユーザーを貶めるために〜」とか言ってたやつか。
節操なくて草。

898 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 09:26:23 .net
X68ユーザに無いのは節操だけじゃなくて常識と良識と知能もないよ。
あったら人種差別まるだしの発言繰り返したりしないものね。

899 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 09:37:34.69 .net
祝一平みたいなのが代表的なX68000ユーザー像だな

900 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 10:14:00 .net
きょうもはってみる

p156-p160 貞本義行

Q:しかしそれほどまでに愛される二次元の、描線でできた造形物とは、不思議なものですね。それを生み出す能力とは、それだけで天才的な才能だと思います。

貞本:ただ、キャラクターが描線でできているといっても、僕の場合は二次元の造形にこだわってはつくってないですよ。
ナディアの例にしても、やっぱり自分がそれまでに実際に見てきた女の子のコラージュというか、「あの子はすっごい暗かったけど、なにか魅力的だった」とか、
そういう僕自身が会ったことのある人の印象が、重なりあって出てきているんです。
庵野さんもキャラクターを考えるとき、ヴィジュアルを主体にしていないと思います。あの人の場合、そのキャラクターを演じる声優さんの性格だとか、
過去のエピソードをライブ感覚でストーリーの中に入れこんでいったりするんですよ。
血液型だとか誕生日だとかも聞き出して、作品が進む中、脚本で追いかけてそれを反映させていく。それはそれで面白いなと思います。
でもそうなると果たしてそれが、純粋に二次元の世界の中で遊んでいるキャラクターなのか、現実の人格の反映なのか、境界線がわからなくなってきますよね。

Q:しかしどこかで、その貞本さんが経験した抽象的なイメージの積み重ねが、紙の上の具体的な造形に変換されるわけでしょう。
それは、そうした能力がない人間からすると不思議な瞬間にも感じられます。

貞本:でも、似顔絵ってわりと誰でも描くじゃないですか。人の特徴をとらえて似顔絵を描いていこうとすると、特徴を表せば表すほど、その絵は、
どんどんどんどんキャラクターになっていくと思いますけど。
「王立」のときも、実際に身のまわりにいる人をモデルにしてしまうことから始まっています。

901 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 10:14:17 .net
山賀監督に「このキャラクターってどういう人?」と聞くと「この人はB型で、こういう人で、こういうときにこういう行動をする人」と、性格を詳しく解説してくれるんですけど、
それが全部誰のことか丸わかりなんですよ(笑)。ああ、あの人ね、この人ねと。そうするとやっぱり、その人の顔を思い浮かべながらデザインしていくことになります。
ただ、そっくり描いてしまうと似顔絵にしかならないんで、そこは特徴を自分の中でアニメのキャラクターとして翻訳しながら、デザインしていきました。
でも描いてみて絵になる人と、ならない人ってあるんですよね。僕なんかは絵にならない(笑)。
ただそういう現実の絵から発想していく方法も、やりすぎると「王立」みたいに、絵的に地味な作品になってしまってあまり売れなかったりもする(笑)。
そのつらさも味わっていますので、「ナディア」では、アイドルアニメをつくろうと「王立」とはがらっと方法を変えて取り組みました。
その後、またちょっとリアルな方向に戻して「エヴァ」をつくってみたりと、僕としてはいろいろな作品の中で、
キャラクターづくりの方法のヴァリエーションを楽しんでいるような感覚がありますね。

キャラクターデザインの試行錯誤

Q:しかし「王立」は地味といっても、線に荒々しさがあっていいですね。

貞本:荒々しさというか、迷っている感じがしますよね。自分で言うのも妙なんですけど、その迷いがかわいいみたいな(笑)。
まだいろんなものに染まっていない感じが、伝わってくるんですよ。「気負っているところが青いなあ」と感じます。
今見直すと、「こうすればいいのに」と、過去に戻って自分にアドバイスしてあげたくなるんですよ。そういう心境になって見てしまいます。

902 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 10:14:51 .net
Q:どういうアドバイスを送ります?

貞本:やっぱり目とか鼻とか、一つひとつのパーツの処理ですね。特に僕の場合、宮崎駿さんのいた会社の出身なので、どうしてもどこか宮崎さんっぽい絵柄になってしまうんです。
だからあの頃は、なんとか宮崎さんから離れた方向でキャラクターをつくれないかと、試行錯誤していた。
かと言って、その頃は『機動戦士ガンダム』の安彦良和さんのようなリアルな傾向の画風もありましたけど、そちらにも行けないし。
「王立」のときは、まだ誰もやっていない、見たことのない画って、どんなものだろうと考えながら取り組んでいました。
あの頃の、中途半端にリアルなものを描くしかできなかった僕のところに行って、「エヴァンゲリオンってのがあるんだけどね」と、ちょっと見せてあげたいですね(笑)。
でも「王立」は「エヴァ」よりは、やはりリアルな造形の方向になりますから、それこそプロダクションI.Gの沖之さんとかを、そのまま過去に送りこんだほうがいいかもしれませんね。
「この人に手伝ってもらえ」という感じでね(笑)。

Q:ただ「王立」は貞本さんのみならず、各パートにスタッフの皆さんのそうした試行錯誤が伝わってくる作品で、それを含めて魅カのある作品ですね。

貞本:そういうふうに「当時はほかに方法はなかったんだ」と見てくれるといいんですけど。脚本とかストーリーは、時代が経ってもそんなには色あせないですけど、
作画面、技術的なものは、どんどん新しいものが出てくるので、やはり後の時代のほうが良く見える。最新の映画と並べられると、ちょっとつらいものがありますね。

903 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 10:15:15 .net
Q:男性キャラをつくる場合は、女性と感覚が違うものでしょうか。

貞本:女性の場合は、自分の経験の中で、魅力を感じた人を発端にしてデザインしていきますけど、男の場合はわりと真面目に(笑)、
「こういうことをする人はいったいどんな顔をしているんだろう」と考えてつくっていきます。
「トップ2」の鶴巻の場合は男にも注文が多いんですよ。髪型がこうで、と写真を持ってきて。それを見て描いても「いやそうじゃなくて」と、ものすごく注文が厳しくてですね。
「微妙な違いだよなあ」と僕は思うんですけど、「こういった男に憧れてんの、実はホモ?」というくらい、具体的な注文が細かいんですよ(笑)。
「こういう感じの男になってみたい」とか、そういう感覚で男性キャラクターをつくっていくことは、あまり自分にはないですね。鶴巻はそれがあるみたいですけど(笑)。
庵野さんは、キャラクターの細かいデザインには、あまり文句は言わないですね。もうちょっと年齢を下げてとかそれくらいで、わりと観念的な注文になります。

Q:自分の携わった作品を、「ここがいいんだよなあ」と見返したりとかはします?

貞本:いや、「いいよなあ」というよりは、「あそこの俺は天才だった。なんであれができたんだろう」という気持ちで見直すことは、それはたまーにありますね。
「なんてあのときの俺は天才だったんだろう」と。まあ、一瞬だったわけなんですけど(笑)。
そのときの感覚、あのデザインの神様が僕に降りてきたときの感覚を思い出せないかと、あせっていろいろ試してみたりするんですよ。
原宿に出て一日中、ずうっと目の前を歩いている女の子を観察するとか、わけもわからずやりましたからね。

904 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 10:16:28 .net
Q:それは参考になりました?

貞本:いや、効果ありましたよ。まず面白い服装に関して、鼻が利くようになりました。
「原宿に、ちょっと派手でおしゃれな女の子が集う店があるよ」と聞いて、その店の前で、ジュースを飲むふりをしてですね(笑)、
ガードレールに座ってそこに出入りする女の子をずっと観察してみたことがあるんです。「わー、すっげえ服着てるな」とか感心しながら見ていましたけど、面白かった。
実際に変わったファッションをしてる人を見かけて、それがデザインのヒントになったこともありましたよ。たとえば「エヴァ」のミサトの服は、街で見かけた、
男物のライダースーツみたいな服を上に着て、それでスカートをはいてた女の子が参考になっているんです。
スカートをはいている以上、その人は絶対バイクには乗ってないはずですけど、それなのに首からゴーグルを下げていた。こういう女性はいいなと思いました。
だからミサトの服って、実はオートバイ用のものが原型なんです。ただ男ものをそのままだとカッコ悪いところもあるので、そこを考えていじっていって、あの形になりました。
あとは、そもそもファッションというものに興味を持てるようになったのが大きいですね。僕自身は地味な服が好ァッション雑誌を見るなんて、やっぱり抵抗ありましたもん。

Q:わかります。

貞本:男気があったんで。

Q:わかります、わかります。男子たるもの、そんなもの。

貞本:そうそう、「バイク乗りはこんなの読んで、ブランドがどうのこうの言っちゃいかん!」みたいな。「百歩譲ってアディダスなら良し!」と(笑)。

905 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 10:16:49 .net
アニメーションは現場が楽しいんです

Q:「王立」で、劇場映画のキャラクターデザインと作画監督を担当して、その後アニメーションの世界でさまざまな仕事を残し、貞本さんの名前は映像の世界でビッグになりましたが、
そこでなにか変わったことはあったのでしょうか。

貞本:や、これが意外とないですねえ。イベントとかに行ってファンの前に立つ機会があっても、目立たないようにほかのゲストの間にまぎれたいと思っちゃうんですよ(笑)。
あんまり「ここにいますよー」というタイプじゃないんです。見た目も派手じゃありませんしね。
普段、僕がつき合ってるような仲間って、車とかバイクの関係の人間で、あまりアニメーションの世界に関わってない人が多いんですよ。
そういう人たちに「こういった作品、やってるんだよ」と言っても、「へえ、すごいね」で話が終わっちゃいますからね。

(2003年5月ガイナックススタジオにて)

906 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 10:29:42 .net
こういう著作権無視と迷惑行為がX68ユーザの典型だな

907 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 10:55:29 .net
サザエさんのAAとか出てくるんだよなw

908 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 11:06:19 .net
スペハリの改造だね。大量に出回ったな
絵のパッチじゃなくて、ソフトそのものをコピーしまくったんだっけ
X68000のコピー蔓延の象徴

909 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 13:51:32 .net
>>889
そりゃ当然
68のグラフィック性能の不満点解消してんだし
スパグラのグラフィック性能が開発時の元の仕様だったわけだし

910 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 17:18:16 .net
ネットに公開してたソフトをコミケで有料で配布してた、なんて話しがあったのもX68じゃなかったかな?

911 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 17:48:25 .net
.───┐    ∠_      \L
 ̄ ̄ ̄| |     llヽ _|      ヽ  
      | |     |l ̄| |       l X68終わったな
      | |    /  ´\     /        
      | |     ヽ、_   `^イ          
二二二 」 _ __ lニ二二l、           ____
─┴┐ ⊆フ_)__./   ┌ヽ ヽ┐   /´       `\
二二二二二二l  /    |  |   | |.  /             ヽ
_l_____| /`ー─‐|_|   |_| /             ヽ
  |       /`ヽ__, ─ 、ノ |─l  l               l   
  |───/  /lニ/  /二ニluul.  |                 !  終わってんのはお前だよ
  |    ___| ̄ |  |  |_|.      l                /
 └─(    )(ニ|  ̄|./二ニ)     ヽ              /
      ̄ ̄  /   )            >━━━━━━ く
            `ー ´            /               ヽ

912 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 20:09:45 .net
>>909
シャープは技術者に逃げられたのか?

913 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 20:58:12 .net
シャープやめてハドソンに転職

914 :ナイコンさん:2022/04/25(月) 21:20:25 .net
>>909
PCEにグラフィック画面なんて無いだろ

915 :ナイコンさん:2022/04/26(火) 00:28:52.42 .net
あのハドソンに逃げられるとかどんだけシャープが技術者を蔑ろにしていたんだよwww

916 :ナイコンさん:2022/04/26(火) 05:00:58 .net
任天堂のファミコン開発者もシャープからの転職だったね。

917 :ナイコンさん:2022/04/26(火) 05:37:19 .net
https://youtu.be/YviY6rAFHU0

918 :ナイコンさん:2022/04/26(火) 09:00:09.97 .net
きょうもはってみる

樋口真嗣 1965年、東京都生まれ。そのキャリアは1984年公開の映画「ゴジラ」にて、特殊造型助手を務めたことよりスタートする。
「ゴジラ」の後、樋口氏は大阪を拠点とする映画自主制作集団DAICONFILMの活動にその身を投じ、自主制作特撮映画『八岐之大蛇の逆襲』('85)に参加。DAICONFILMの活動終了後、
樋口氏はガイナックスの第1作、劇場版アニメーション映画『王立宇宙軍オネアミスの翼』('87)に演出スタッフとして加わる。


華々しい伝統を持つ日本の特撮。しかし特撮作品は1980年代初頭、新たなる表現技法に「娯楽の王者」の座をとって代わられた。
その表現とは、かつて巨人・手塚治虫氏が情熱を注いだ映像技術、アニメーションである。特撮がアニメにとって代わられた理由のひとつに、その制作コストが挙げられる。
特撮映像制作そのものが多くの時間、人員、予算、そして高度なノウハウを必要とする上、特撮番組は、特撮部分を制作する特撮班と、本編班の2系統のスタッフを持たねばならず、
その分費用がかさむ。また、もしかするとこの時期、特撮はジャンルとしての活力を失い、新しい人材が生まれ難くなっていたのかもしれない。
日本の特撮作品は、1980年代初頭より長らく雌伏の時代に突入することになる。その時代の終焉を告げる作品が、1995年に公開された映画『ガメラ大怪獣空中決戦』。
この作品によって特撮映画の希望の星となった人が、この章に登場する樋口真嗣氏である。
樋口氏は、当時すでに特撮作品のみならずアニメーションの分野でも実績を残すという、稀有な経歴を持つ創作者だった。植口氏の世に知られたユニークな仕事ぶりのひとつはその画の発想法である。
ミニチュアセットの中に対象を置いて、それをいかに撮影するかと発想する従来の特撮に対して、樋口氏はまず脳内で画を発想し、それを具現するためにミニチュアセットを組むという。
これは「イメージしたもの以外、映像に現れない」という特徴を持つアニメーションの絵の発想に、通じるものがあると感じられる。樋口氏がアニメーションの領域でも優れた仕事を残すのは、
もしかすると必然かもしれない。

文:堀田純司 ガイナックスインタビューズ p236-p237より

919 :ナイコンさん:2022/04/26(火) 09:00:48.82 .net
p247-p251 樋口真嗣

Q:樋口さんは撮影所で働いた後、DAICONFILMの自主制作映画に参加したわけでしょうか。

樋口:映画学校の同級生で山口宏という、今では脚本家になったヤツがいて、そいつが赤井孝美さんと同郷で、俺と知り合う前にDAICONFILMの手伝いもしていたんです。
『愛國戰隊大日本』で、アイキャッチの絵を描いたり戦闘員やったり。後に俺もヤツも学校を辞めて、俺はアルバイトで「ゴジラ」の現場に行ってて、
その頃あいつは「劇場版マクロス」の第2原画をやっていたのかな。終電がなくなると、いつも山口の家に泊めてもらってたんです。
そこで初めて、DAICONFILMのビデオを観させられた。その場で本当に素直に「すごいなあ」と感じたんです。「こういうことをやっている人たちがいるんだ」と思った。
その後に「今度DAICONFILMの上映会があるから」と誘われて行った九段会館で、庵野秀明さんに紹介されたんです。
庵野さんに紹介されたとき、俺は間違って「特撮のプロの人だ」と伝わってたみたいなんですよね。ただのバイトなのにね(笑)。最初は庵野さんも完全に勘違いしてました。
庵野さんは、俺に「今、大阪の連中が怪獣映画をつくっているから、遊びにおいでよ」と言ってくれました。まあ、社交辞令だったんでしょうけど(笑)、俺も馬鹿だから、言葉どおりに受け取って。

920 :ナイコンさん:2022/04/26(火) 09:01:05.18 .net
Q:その怪獣映画というのが、後に樋口さんも参加して特撮パートを担当した「八岐之大蛇の逆襲」だったわけですね。

樋口:ちょうどその頃の俺は、「ゴジラ」の撮影が終わって仕事が一段落したところだったんです。しかし、映画の現場を見たくてアルバイトを始めたはずだったのに、
生意気なことに「これじゃ、いかんのじゃないか。こうしたほうがいいんじゃないか」というようなことを感じ始めていたんですよ。ほんと生意気なんですけど。
俺の「ゴジラ」での仕事は、造型部の「つくり物付き」というやつで、現場でつくり物のメンテナンスや、ゴジラのぬいぐるみを役者に着せたり、脱がせたりする役割なんです。
だから、撮影中の不測の事態に備えて、いつもゴジラのそばにいなきゃならない。つまり「つくり物付き」の担当者は結果的に、「いつも被写体の中心のそばにいる」ということになるんですよ。
カメラは絶えずこちらを向いているし、撮影部の人がメジャーで焦点距離を測りにきたり、メーターで露出を測ったりとか、いろんな人が入れ替わり立ち替わりで俺のところにやってくる。
監督も来ます。まあ俺のところに来るんじゃなくて、俺の隣にいる主役のところに来てるわけなんですけど(笑)。これが今にしてみると、俺にとってものすごい幸運でしたね。
初心者のくせにいつもステージの真ん中にいることで、現場の様子がよく見えたんですよ。それに、ぬいぐるみの中に入る役者のお世話も俺の仕事ですから、
そのために「今から何を撮るのか」という段取りを、嫌でも把握している必要がありました。
同じようにバイトで入って、バックヤードでひたすらに物をつくっているヤツもいたし、スタジオの入り口でお茶を配ってる人もいました。
しかし、ラッキーにも俺はステージの真ん中にいることができた。でね、その場所から現場のいろんな状況を見ていると、「なんでああやってるんだろう、俺だったらこうすんのにな」と、
そのうち勘違いをしはじめるわけですよ(笑)。「なんでカメラ位置がこんなに高いんだよ」とか。

921 :ナイコンさん:2022/04/26(火) 09:01:21.99 .net
大阪への旅立ち

樋口:それに撮影所でバイトしていると、「誰よりも先に映画を観る」ことの最たるものとして、前日に撮ったフィルムを次の日に試写室で確認する、いわゆるラッシュを観ることができた。
しかしそのラッシュが歴然と......「これじゃ、ただ見たままを撮っただけじゃん!」という映像だったりする場合があった。そういうものを観ているうちに、失望と同時に、
「こうすればいいのになあ」という気持ちが、むくむくと芽生えてきたんです。DAICONFILMの作品、特に『DAICONFILM版帰ってきたウルトラマン」なんかを観ると、
明らかにそちらのほうが画づくりに対する、正しい取り組みと工夫を感じる。「本物ではないものを使って、どのように本物に見せるか」という意志が伝わってきた。
あの頃、プロの現場にいて、「大阪の学生でもこれだけやってんのに、大の大人が集まってこの体たらくはなんだ」と感じて、やっぱりがっかりしてきたんですね。
いろいろなことを考えましたけど、正直なところ、そこまでしてプロの撮影現場にしがみつきたいという気持ちをかなり......。

Q:失ってしまった。

樋口:そう。「いっか、もう......」と。ということで撮影所のアルバイトを辞めてしまったんです。で、どうしようかと考えたときに、なぜかあのメガネのもじゃもじゃ頭の人を思い出しまして(笑)、
「大阪は楽しそうだなぁ」と考えたんですよ。それでとにかく大阪のDAICONFILMに遊びに行かせてもらおうと、庵野さんに電話してみたんです。
庵野さんは「もうちょいで仕事も終わるっス」みたいなことを言ってくれたので、その場で「じゃあ、いついつ行きましょう」と予定を決めた。
それでいざ、その当日に庵野さんのところに行ってみたら『メガゾーン23』かなにかの仕事をやっていて、「ちょっと待ってて」と言われました。
それでちょっと待ってたら、そのまま二晩待つことになった......。今にして思うと「あの当時からそれか!」みたいな(笑)。

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