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【倉稲魂命】稲荷信仰霊験スレ 第6社【荼枳尼天】

371 :名無しさん@京都板じゃないよ:2014/09/09(火) 20:18:02.75 .net
わかる方がおられるかわかりませんが質問です。
大正期末期に創建された小さな地元の神社にお塚タイプでお稲荷さんが祀られているのですが、
そのお塚に刻まれた三柱の御神名が、春姫大神(お塚中央に大きく)、 吉平大明神 末廣大明神(春姫さんを挟んで左右に少し小さめ)なんです。
お塚の前に稲荷社らしくは対の駒狐、蝋燭立てや線香立て?もあります。
線香立て?には神紋が示されており、外側だけの輪宝紋の中に三つ鱗紋が入った形の神紋です。

由来についてホンの少しだけ聞けた話によると、
最初町のお偉いさんが伏見稲荷から末廣さんを勧請したのが始まりらしく、
その後、ある日妙見さんで修行をしていたと言う白い服を着た女性(たぶん修験者さん)が町を訪れ、
修行中に神懸りがあり春姫大神(説明では白龍神と)が鎮まる地を探してこの地に来たと言って訪ねて来られ、
末廣さんのいるお稲荷さんに案内したらここがその地であると確信されたらしく、お塚を用意され今の形になったとの事でした。
吉平大明神に関しては地元図書館の資料からは見つけられず、いつの時点で祀られる様になったのかよくわかりません。
小耳に聞いた話では最初の末廣さん勧請時に一緒に勧請されてきたとの話もありましたが、
図書館資料の神社創建の説明分には末廣さんの御神名しか記載されてしていませんでした。

そこで質問なのですが、
春姫大神さんは正体を白龍神らしいのですが白龍神をお稲荷さんとしてお祀りするケースは他でもけっこう見られることなのでしょうか?
またもし春姫という御神名の由来や、吉平大明神のご正体や御神名の由来などに、
何か心当たりがお有りの方がおられましたら些細な事でもかまいませんのでお教え願いたく思います。

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