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アンパンマンコ ドモミュージアム仙台

1 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/03/14(火) 07:32:26.26 ID:PiPoQofQ0.net
語ろう!

2 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/03/18(土) 13:53:07.53 ID:R1W3sADd0.net
地元民誰も行かない説
場所も知らない
駅から徒歩で行けるんだっけ?


てか公式サイトくらい>>1に貼っておきなよ
ただでさえ過疎な掲示板なんだから

3 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/03/18(土) 15:12:55.35 ID:qQiO5nXj0.net
うるせーハゲ

4 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/03/20(月) 07:03:13.43 ID:1dltI1zx0.net
ははは

5 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/03/23(木) 22:44:31.55 ID:jgeZHpLO0.net


6 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/03/26(日) 21:45:46.02 ID:xetOUSa/0.net
【朝鮮学校の真実】朝鮮高校の青春 ボクたちが暴力的だったわけ

上記のワードで、検索して見ると良いよ。

アドレスを貼り付けようとしたが、なぜかNGワードに指定されていて、
2ちゃんねるでは貼り付ける事ができない。

どうやら、2ちゃんねるの運営にも、在日朝鮮人の手が回っているようだ!

7 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/03/30(木) 03:00:43.82 ID:99ICrUxX0.net
【東京】爆窃団、仙台の盗品も所持 捜査員香港へ
〜香港の警察、中国人6人逮捕・天賞堂から盗まれた腕時計104点押収

8 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/03/30(木) 03:01:05.67 ID:99ICrUxX0.net
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1265118800/

9 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/04/29(土) 23:08:57.00 ID:JOWozun00.net
アンパンマン

10 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/04/30(日) 04:00:19.85 ID:RRcs/Cvp0.net
>欠陥人間ニダ(妖怪人間ベムのパロディw)

それは、いつ、生まれたのか、誰も知らない。

汚い、恥を知らない世界で、イカレた遺伝子が分かれて増えていき、
救いようの無い生き物が生まれた。

彼らはもちろん人間ではない。また、動物でもない。
だが、その醜い身体の中には、火病の血が、隠されているのだ。

その生き物。
それは、人間になれなかった、チョウセンヒトモドキである!
(チャ〜〜〜チャチャチャチャッ)

「ニダーーーー!」

11 :この世から、朝鮮人を滅ぼせ!:2017/05/07(日) 02:52:32.88 ID:rVRYP+A70.net
日本では「仲良くしようぜ!」とホザきながら、アメリカでは、
                ↓
●在米韓国人の子供たちが親たちから指示を受けて、 日本人の子供に凄惨なイジメ
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1401588259/

https://www.youtube.com/watch?v=ewfaKkp6Izs&t=11m35s
青山繁晴 サンノゼ市で聞いてきた日本人迫害(11分35秒 あたり)
「例えば、ドラえもんは韓国のアニメなのに日本人が盗んで真似したというような事を
 浴びせかけて、日本人は臭いとか、日本人はウンチを食べているとか」

※韓国人によるイジメの常套手段は、自国文化のパクリや食糞など、自分たちが常習的に
やっている事をイジメ対象の国の人々がやっていると捏造して、相手を中傷するものである。

12 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/05/09(火) 06:25:56.42 ID:IUA2KDwP0.net


13 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/05/25(木) 11:40:08.26 ID:8BJRaF6J0.net
バイキン秘密基地って何があるん??

14 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/05/26(金) 08:21:28.93 ID:UqGPeucA0.net
>>13
だだんだんとかドキンちゃんの部屋とかあった。ジャンプして遊ぶやつもあるけどまぁ普通かな。

15 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/05/27(土) 05:53:49.48 ID:/DuhtXNi0.net
言うてジャンプルームも3歳以上からしか遊べないらしいよ
90cm以上ならいいって看板に書いてあったのにオバサンに止められた

16 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/05/29(月) 04:40:21.76 ID:5SCsgbZe0.net
空いてる時ならわりと軽いよ

17 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/05/29(月) 06:38:02.36 ID:qt3vLn3O0.net
行きたいなー

18 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/05(月) 14:26:42.67 ID:cVYgrtKd0.net
最近新しく入った高身長のお姉さん綺麗だなって思った。

19 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/05(月) 17:51:50.00 ID:mJAFKy3Q0.net
ほう。

20 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/09(金) 00:37:05.26 ID:TOQ8SEX20.net
バイキン秘密基地楽しいかったよ!!

21 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/09(金) 03:37:10.93 ID:emfX9gOv0.net
人類基礎理論研究部・助教の吉岡乾はキモい

22 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/09(金) 06:14:46.53 ID:FuDgEmD70.net
>>20
からだの大きな子どもかな?

23 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/09(金) 15:23:41.51 ID:TOQ8SEX20.net
>>22
4歳の娘です!!

24 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/09(金) 16:11:37.75 ID:CP4J+lRPO.net
4歳児が2chやってるんか

25 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/09(金) 16:17:07.53 ID:BBRuzT2J0.net
>>23
子供が言ってたって書かんと勘違いされるで

26 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/09(金) 17:17:24.56 ID:TOQ8SEX20.net
>>25
娘も楽しんでましたし私も楽しかったです!!

27 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/10(土) 06:00:15.27 ID:HeC5snwj0.net
>>26
ぼくもいきたい!

28 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/12(月) 12:45:56.50 ID:RZTT1qu+0.net
男子大学生が1人で行ったら悪目立ちするかな

29 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/12(月) 16:44:37.32 ID:z29AtSRk0.net
それも経験だよ、、、

30 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/24(土) 02:13:18.49 ID:sCfQ3O160.net
昨日イベント中に目変なババアに話しかけられてキモかった笑笑

31 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/24(土) 06:42:55.06 ID:X8lsgBVp0.net
まだあるの?

32 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/27(火) 03:02:37.77 ID:O2JykLks0.net
>>31
なにが?

33 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/06/27(火) 05:48:39.15 ID:lbNfvumF0.net
ミュージアム

34 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/07/08(土) 02:01:24.61 ID:9RZEiOaK0.net
ああいうとこのスタッフって当たりハズレ激しいよな、

35 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/07/25(火) 14:38:05.57 ID:G8tLrqJ/0.net
民進・桜井充氏が怒声 山本幸三地方創生相にブチ切れ「出て行け!」「時間のムダだから出てくんなよ!」
http://www.sankei.com/politics/news/170725/plt1707250040-n1.html

36 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/08/07(月) 09:16:49.23 ID:DOJTUhXu0.net
バイ吉ドキ子かわいかった

37 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/08/08(火) 22:57:58.38 ID:Z99ox1rt0.net
https://www.youtube.com/watch?v=a9S_SUvdAkI
ユーチューバーになりましたので、ヘビロテ再生お願いします。

38 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/08/24(木) 06:56:21.46 ID:Qr30Vqqc0.net


39 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/09/26(火) 05:43:01.93 ID:Qs42bg7V0.net
おはよう

40 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/09/26(火) 09:32:54.67 ID:OYpADSF40.net
☆ 日本の核武装は早急に必須です。総務省の、『憲法改正国民投票法』、
でググってみてください。平和は勝ち取るものです。私たち日本人の、
日本国憲法を改正しましょう。『憲法改正国民投票法』、でググって
みてください。お願い致します。☆☆

41 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/10/19(木) 20:25:12.20 ID:a24FTKe+0.net
【南北】北朝鮮、ロッテ観光に1千万ドルの支援要求
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1128910364/

さすがは朝鮮企業ロッテ!北朝鮮とも非常に密接な関係ですね。
まさか、北朝鮮核武装に協力してないだろうな??

この日本企業に成りすました朝鮮企業ロッテは、今すぐ日本から追い出すべきだ!

42 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/11/26(日) 04:10:39.14 ID:6m7bP3j50.net
【NHK解約】送られてくる解約手続きの書類に要注意!
http://www.moeruasia.net/archives/34900651.html

43 :名無しさん@お宝いっぱい。:2017/12/05(火) 18:31:33.56 ID:97+84yaJ0.net


44 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/01/07(日) 00:25:19.95 ID:jBI8NWhh0.net
あけおめ

45 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/01/07(日) 06:07:19.12 ID:gpF9c0Ld0.net
おめでとう

46 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/01/16(火) 22:17:28.63 ID:HbG/Oew20.net
【フィッシュボーン】 恐ろしい目つき <タモリ「怖い…」> 黒人を尊敬してるのに 【シャネルズ】
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1516069087/l50

47 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/01/17(水) 17:00:36.13 ID:hLIeeasA0.net
今宵は雑誌『WOOFIN'』の瀧編集長を、僕の行きつけの南青山は
『Manoir d'Inno』にご招待させて頂きました🍴✨


タレントの「TOMORO(トモロウ)」こと実業家で本名・
向井朋郎(むかい ともろう)容疑者(31)や
指定暴力団住吉会系の組員の男ら6人が恐喝未遂で逮捕。
http://dailycult.blogspot.jp/2016/09/blog-post_7.html


こうやって取り込まれていくんだな。 暴力団に

48 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/01/17(水) 17:37:26.42 ID:tLUF4fH60.net
島本町民以外の皆さん
大阪府三島郡島本町では
「いじめはいじめられた本人が悪い」ということですよ

49 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/01/18(木) 22:23:21.09 ID:+4iwOIxB0.net
アンパンマンのおもちゃ動画
http://animego.info/anpanman/anpanman-toy/

50 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/03/07(水) 11:19:45.13 ID:E7NwPX8N1
うむ。まさに、くそ田舎仙台は全てにおいて低レベルだからなw
ちなみに俺様は性格の悪い典型的仙台人なりw

51 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/04/14(土) 21:43:18.51 ID:UdYgHTWs0.net
かどわきってスタッフに階段でぶつかられて子供が怪我しそうになった。
走らないでほしい。せめて謝ってほしい。「あ」じゃねーよ。

52 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/04/15(日) 05:41:14.63 ID:pMW8Y4lY0.net
お前んとこのバカガキなんぞどうでもいいは

53 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/04/17(火) 21:10:46.11 ID:cHopKQkM0.net
【アニメーター無念の死】 『枝野氏を信頼』『福島の桃食す』『急に鼻血』『胃液が逆流』『歯欠けた』
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1523670536/l50

54 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 01:59:59.32 ID:eKbnJjjX0.net
戊申(天智天皇の二年秋八月二十七日)

55 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:00:15.08 ID:eKbnJjjX0.net
日本の船師、始めて至り、大唐の船師と合戦う。

56 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:00:30.91 ID:eKbnJjjX0.net
日本利あらずして退く。

57 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:00:46.73 ID:eKbnJjjX0.net
さらに日本の乱伍、中軍の卒を率いて進みて大唐の軍を伐つ。

58 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:01:02.55 ID:eKbnJjjX0.net
大唐、便ち左右より船を夾みて繞り戦う。

59 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:01:34.00 ID:eKbnJjjX0.net
水に赴きて溺死る者衆し。

60 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:02:05.93 ID:eKbnJjjX0.net
いかなる国の歴史もその国民には必ず栄光ある歴史である。

61 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:02:37.47 ID:eKbnJjjX0.net
僕は鵠沼の東屋の二階にぢつと仰向けに寝ころんでゐた。

62 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:03:08.96 ID:eKbnJjjX0.net
僕は目をつぶつたまま、「今に雨がふるぞ」

63 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:03:56.19 ID:eKbnJjjX0.net
しかし二分とたたないうちに珍らしい大雨になつてしまつた。

64 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:04:43.57 ID:eKbnJjjX0.net
僕はその犬の睾丸を見、薄赤い色に冷たさを感じた。

65 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:05:31.41 ID:eKbnJjjX0.net
僕は路ばたの砂の中に雨蛙が一匹もがいてゐるのを見つけた。

66 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:06:18.78 ID:eKbnJjjX0.net
しかし僕は不安になり、路ばたに茂つた草の中へ杖の先で雨蛙をはね飛ばした。

67 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:07:05.96 ID:eKbnJjjX0.net
僕は僕の目のせゐだと思つた。

68 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:07:53.42 ID:eKbnJjjX0.net
僕は風呂へはひりに行つた。

69 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:08:40.81 ID:eKbnJjjX0.net
それは毛を抜いたのやうに痩せ衰へた青年だつた。

70 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 02:09:28.06 ID:eKbnJjjX0.net
僕は驚いて帯をといて見たら、やはり僕の腹巻だつた。

71 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:05:28.55 ID:eKbnJjjX0.net
戊申(天智天皇の二年秋八月二十七日)

72 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:05:44.47 ID:eKbnJjjX0.net
日本の船師、始めて至り、大唐の船師と合戦う。

73 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:06:00.35 ID:eKbnJjjX0.net
日本利あらずして退く。

74 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:06:16.25 ID:eKbnJjjX0.net
さらに日本の乱伍、中軍の卒を率いて進みて大唐の軍を伐つ。

75 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:06:32.14 ID:eKbnJjjX0.net
大唐、便ち左右より船を夾みて繞り戦う。

76 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:07:03.92 ID:eKbnJjjX0.net
水に赴きて溺死る者衆し。

77 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:07:35.94 ID:eKbnJjjX0.net
いかなる国の歴史もその国民には必ず栄光ある歴史である。

78 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:08:07.56 ID:eKbnJjjX0.net
僕は鵠沼の東屋の二階にぢつと仰向けに寝ころんでゐた。

79 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:08:39.29 ID:eKbnJjjX0.net
僕は目をつぶつたまま、「今に雨がふるぞ」

80 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:09:11.57 ID:rG7dYmk/0.net
(^。^)y-~

81 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:09:26.66 ID:eKbnJjjX0.net
しかし二分とたたないうちに珍らしい大雨になつてしまつた。

82 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:10:14.14 ID:eKbnJjjX0.net
僕はその犬の睾丸を見、薄赤い色に冷たさを感じた。

83 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:11:01.79 ID:eKbnJjjX0.net
僕は路ばたの砂の中に雨蛙が一匹もがいてゐるのを見つけた。

84 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:11:49.31 ID:eKbnJjjX0.net
しかし僕は不安になり、路ばたに茂つた草の中へ杖の先で雨蛙をはね飛ばした。

85 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:12:36.81 ID:eKbnJjjX0.net
僕は僕の目のせゐだと思つた。

86 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:13:24.21 ID:eKbnJjjX0.net
僕は風呂へはひりに行つた。

87 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:14:11.61 ID:eKbnJjjX0.net
それは毛を抜いたのやうに痩せ衰へた青年だつた。

88 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:14:59.43 ID:eKbnJjjX0.net
僕は驚いて帯をといて見たら、やはり僕の腹巻だつた。

89 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:16:02.83 ID:eKbnJjjX0.net
しかしはつきり目がさめてから二十分ばかりたつうちにいつか憂鬱になつてしまふ。

90 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:17:06.18 ID:eKbnJjjX0.net
子供は小さい竹の皮を兎のやうに耳につけてゐた。

91 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:18:09.69 ID:eKbnJjjX0.net
僕の前の次の間にはここへ来て雇つた女中が一人、こちらへは背中を見せたまま、おむつを畳んでゐるらしかつた。

92 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:19:13.06 ID:eKbnJjjX0.net
僕はバタの罐をあけながら、軽井沢の夏を思ひ出した。

93 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:20:16.46 ID:eKbnJjjX0.net
それもこのあたりの馬蝿ではない。

94 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:21:19.99 ID:eKbnJjjX0.net
その癖前に恐しかつた犬や神鳴は何ともない。

95 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:22:23.17 ID:eKbnJjjX0.net
僕はひとり散歩してゐるうちに歯医者の札を出した家を見つけた。

96 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:23:26.46 ID:eKbnJjjX0.net
するとやはり「ありません」

97 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:24:29.91 ID:eKbnJjjX0.net
これは異本「伊曾保の物語」

98 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:25:33.17 ID:eKbnJjjX0.net
「その後またまことの孔雀が来たに、諸鳥はこれも鴉ぢやと思うたれば、やはり打ちつ蹴つして殺してしまうた。

99 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:26:36.43 ID:eKbnJjjX0.net
才も不才もわかることではござらぬ。」

100 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:27:39.87 ID:eKbnJjjX0.net
ただ、何か頸へずんと音を立てて、はいったと思う――

101 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:28:43.27 ID:eKbnJjjX0.net
二三発、銃声が後から響いたように思われるが、それも彼の耳には、夢のようにしか聞えない。

102 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:29:46.40 ID:eKbnJjjX0.net
ただ、斬られたと云う簡単な事実だけが、苦しいほどはっきり、脳味噌に焦げついている。

103 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:30:49.86 ID:eKbnJjjX0.net
少くとも味方は、赤い筋のはいった軍帽と、やはり赤い肋骨のある軍服とが見えると同時に、誰からともなく一度に軍刀をひき抜いて、咄嗟に馬の頭をその方へ立て直した。

104 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:31:53.04 ID:eKbnJjjX0.net
だから彼等は馬の頭を立て直すと、いずれも犬のように歯をむき出しながら、猛然として日本騎兵のいる方へ殺到した。

105 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:33:44.05 ID:eKbnJjjX0.net
とにかくその間中何小二は自分にまるで意味を成さない事を、気違いのような大声で喚きながら、無暗に軍刀をふりまわしていた。

106 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:35:34.98 ID:eKbnJjjX0.net
が、こっちの軍刀に触れたのは、相手の軍帽でもなければ、その下にある頭でもない。

107 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:37:26.12 ID:eKbnJjjX0.net
人馬の声や軍刀の斬り合う音は、もういつの間にか消えてしまった。

108 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:39:17.18 ID:eKbnJjjX0.net
彼は永久にこの世界に別れるのが、たまらなく悲しかった。

109 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:45:13.42 ID:eKbnJjjX0.net
戊申(天智天皇の二年秋八月二十七日)

110 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:46:58.68 ID:eKbnJjjX0.net
戊申(天智天皇の二年秋八月二十七日)

111 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:48:38.65 ID:eKbnJjjX0.net
水に赴きて溺死る者衆し。

112 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:50:34.56 ID:eKbnJjjX0.net
妻や伯母はとり合はなかつた。

113 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:52:30.56 ID:eKbnJjjX0.net
それから確かににやりと笑つた。

114 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:54:26.71 ID:eKbnJjjX0.net
僕は僕の目のせゐだと思つた。

115 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:56:06.34 ID:eKbnJjjX0.net
それは毛を抜いたのやうに痩せ衰へた青年だつた。

116 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:58:02.22 ID:eKbnJjjX0.net
しかしはつきり目がさめてから二十分ばかりたつうちにいつか憂鬱になつてしまふ。

117 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 07:59:58.42 ID:eKbnJjjX0.net
僕はぼんやり煙草を吸ひながら、不快なことばかり考へてゐた。

118 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:01:53.99 ID:eKbnJjjX0.net
僕は驚いてふり返つた。

119 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:03:50.20 ID:eKbnJjjX0.net
僕はをととひ(七月十八日)

120 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:05:46.18 ID:eKbnJjjX0.net
するとやはり「ありません」

121 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:07:42.34 ID:eKbnJjjX0.net
と、取りまはいてさんざんに打擲したれば、羽根は抜かれ脚は折られ、なよなよとなつて息が絶えた。

122 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:12:30.74 ID:eKbnJjjX0.net
いや、これはしがみついた後で、そう思ったのかも知れない。

123 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:14:21.75 ID:eKbnJjjX0.net
何小二が鞍の前輪へつっぷすが早いか、一声高く嘶いて、鼻づらを急に空へ向けると、忽ち敵味方のごったになった中をつきぬけて、満目の高粱畑をまっしぐらに走り出した。

124 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:16:16.36 ID:eKbnJjjX0.net
それが余り突然すぎたので、敵も味方も小銃を発射する暇がない。

125 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:18:05.26 ID:eKbnJjjX0.net
そうしてその顔と共に、何本かの軍刀が、忙しく彼等の周囲に、風を切る音を起し始めた。

126 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:19:51.92 ID:eKbnJjjX0.net
それを下から刎ね上げた、向うの軍刀の鋼である。

127 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:21:38.58 ID:eKbnJjjX0.net
死の恐怖を中心として、目まぐるしい感情の変化のために、泣き喚いていたのである。

128 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:23:32.42 ID:eKbnJjjX0.net
こんな種々雑多の感情は、それからそれへと縁を引いて際限なく彼を虐みに来る。

129 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:25:23.30 ID:eKbnJjjX0.net
それには第一に、私を斬った日本人が憎い。

130 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:27:14.26 ID:eKbnJjjX0.net
何小二はその唸り声の中にこんな意味を含めながら、馬の平首にかじりついて、どこまでも高粱の中を走って行った。

131 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:29:05.24 ID:eKbnJjjX0.net
子供の時に彼の家の廚房で、大きな竈の下に燃えているのを見た、鮮やかな黄いろい炎である。

132 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:30:56.43 ID:eKbnJjjX0.net
丁度大きな藍の瓶をさかさまにして、それを下から覗いたような心もちである。

133 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:32:47.41 ID:eKbnJjjX0.net
が、これは思わず彼が手を伸ばして、捉えようとする間もなく、眼界から消えてしまった。

134 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:34:38.45 ID:eKbnJjjX0.net
これは空間を斜に横ぎって、吊り上げられたようにすっと消えた。

135 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:36:29.17 ID:eKbnJjjX0.net
その上不思議な事には、その竜燈が、どうも生きているような心もちがする、現に長い鬚などは、ひとりでに左右へ動くらしい。――

136 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:38:19.98 ID:eKbnJjjX0.net
しかしそれは勿論もう出来ないのに相違ない。

137 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:40:10.62 ID:eKbnJjjX0.net
これは何と云う寂しさであろう。

138 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:42:01.59 ID:eKbnJjjX0.net
しかしそれはもう、今になっては遅かった。

139 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:43:52.73 ID:eKbnJjjX0.net
が、限りなく深い、限りなく蒼い空は、まるでそれが耳へはいらないように、一尺ずつあるいは一寸ずつ、徐々として彼の胸の上へ下って来る。

140 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:45:43.76 ID:eKbnJjjX0.net
そこへテエブルの上へのせた鉢植えの紅梅が時々支那めいた匂を送って来る。

141 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:47:34.26 ID:eKbnJjjX0.net
ことに不思議なるは同人の頸部なる創にして、こはその際兇器にて傷けられたるものにあらず、全く日清戦争中戦場にて負いたる創口が、再、破れたるものにして、実見者の談によれば、格闘中同人が卓子と共に顛倒するや否や、首は俄然喉の皮一枚を残して、

142 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:49:24.74 ID:eKbnJjjX0.net
山川技師もにやにやしながら、長くなった葉巻の灰を灰皿の中へはたき落した。

143 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:51:15.49 ID:eKbnJjjX0.net
頸に創があると云うのだから、十中八九あの男に違いない。

144 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:53:06.33 ID:eKbnJjjX0.net
殊にあいつが頸に重傷を負って、馬から落ちた時の心もちを僕に話して聞かせたのは、今でもちゃんと覚えている。

145 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:54:56.85 ID:eKbnJjjX0.net
「あてにならないと云うのは、あいつが猫をかぶっていたと云う意味か。」

146 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:56:47.38 ID:eKbnJjjX0.net
そうしてその拍子に、創口が開いて、長い辮髪をぶらさげた首が、ごろりと床の上へころげ落ちた。

147 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 08:58:38.03 ID:eKbnJjjX0.net
そこであいつは後悔した上にも後悔しながら息をひきとってしまったのだ。」

148 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:00:28.49 ID:eKbnJjjX0.net
実際それを知っているもののみが、幾分でもあてになるのだ。

149 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:02:19.27 ID:eKbnJjjX0.net
の特色に富みたるものを我久保田万太郎君と為す。

150 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:04:09.98 ID:eKbnJjjX0.net
のみならず作中の風景さえ、久保田君の筆に上るものは常に瀟洒たる淡彩画なり。

151 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:06:00.56 ID:eKbnJjjX0.net
既にあきらめに住すと云う、積極的に強からざるは弁じるを待たず。

152 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:07:51.11 ID:eKbnJjjX0.net
久保田君と君の主人公とは、撓めんと欲すれば撓むることを得れども、折ることは必しも容易ならざるもの、――

153 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:09:41.65 ID:eKbnJjjX0.net
久保田君、幸いに首肯するや否や?

154 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:11:32.22 ID:eKbnJjjX0.net
数日の後、僕前句を改めて「冷えびえと曇り立ちけり星月夜」

155 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:13:22.80 ID:eKbnJjjX0.net
とうたえる久米、真白草花の涼しげなるにも、よき人の面影を忘れ得ぬ久米、鮮かに化粧の匂える妓の愛想よく酒を勧むる暇さえ、「招かれざる客」

156 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:15:13.64 ID:eKbnJjjX0.net
いつも人生を薔薇色の光りに仄めかそうとする浪曼主義。

157 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:17:04.21 ID:eKbnJjjX0.net
愛すべき三汀、今は蜜月の旅に上りて東京にあらず。…………

158 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:18:54.95 ID:eKbnJjjX0.net
色彩とか空気とか云うものは、如何にも鮮明に如何にも清新に描けています。

159 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:20:45.57 ID:eKbnJjjX0.net
尤もこれはじゃ何だと云われると少し困りますが、まあ久米の田舎者の中には、道楽者の素質が多分にあるとでも云って置きましょう。

160 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:22:35.80 ID:eKbnJjjX0.net
御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。

161 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:24:26.25 ID:eKbnJjjX0.net
と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。

162 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:26:16.66 ID:eKbnJjjX0.net
御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。

163 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:28:06.98 ID:eKbnJjjX0.net
何気なく陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。

164 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:29:57.64 ID:eKbnJjjX0.net
しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦って見た所で、容易に上へは出られません。

165 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:31:48.12 ID:eKbnJjjX0.net
ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。

166 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:33:38.65 ID:eKbnJjjX0.net
そこで陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。

167 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:35:29.32 ID:eKbnJjjX0.net
後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。

168 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:37:20.38 ID:eKbnJjjX0.net
が、わしの話は、妙な怖しい話で、わしもとつて六十六になるが、今でさへ成る可く、其記憶の灰を掻き廻さないやうにしてゐるのだ。

169 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:39:10.71 ID:eKbnJjjX0.net
そして或女をうつかり一目見たばかりに、危くわしの霊魂を地獄に堕す所だつたが、幸にも神の恵と、わしを加護してくれた聖徒の扶けとによつて、遂にわしは、わしに附いてゐた悪魔の手から免れる事が出来た。

170 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:41:01.50 ID:eKbnJjjX0.net
わしは、実際、わしの住居を離れた事のない人間なのだが、人はわしの話すのを聞くと、わしは浮世の歓楽に倦みはてゝ、信心深い、波瀾に富んだ生涯の結末を神に仕へて暮さうと云ふ沙門だと思ふかもしれない。

171 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:42:52.14 ID:eKbnJjjX0.net
そこでわしの凡ての研究は、其理想を目標として積まれたのである。

172 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:44:42.74 ID:eKbnJjjX0.net
一年に二度、わしは、年をとつた体の弱い母親に逢ふが、此二回の訪問の中に、わしの外界に対する、凡ての関係が含まれてゐたのである。

173 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:46:33.30 ID:eKbnJjjX0.net
かうわしは信じてゐた。

174 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:48:24.26 ID:eKbnJjjX0.net
そして、わしの同輩の、真面目な考深い顔をしてゐるのが、如何にも不思議に思はれた。

175 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:50:14.55 ID:eKbnJjjX0.net
祓浄式、二つの形式の下に行はれる聖餐式、「改宗者の膏」

176 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:52:05.10 ID:eKbnJjjX0.net
年も若く、容貌も驚くばかり美しい。

177 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:53:55.81 ID:eKbnJjjX0.net
そして二度と再び眼をあけまいと決心した。

178 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:55:46.37 ID:eKbnJjjX0.net
詩人の詩、画家の画板も、彼女の概念を与へる事は、全く不可能である。

179 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:57:37.09 ID:eKbnJjjX0.net
唯一度瞬けば一人の男の運命を定めるのも容易なのに相違ない。

180 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 09:59:27.76 ID:eKbnJjjX0.net
そして恐らくは又両方であつたらしい。

181 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:01:18.47 ID:eKbnJjjX0.net
時々、彼女は物に驚いた蛇か孔雀のやうな、をのゝくやうな嬌態を作つて、首をもたげる。

182 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:03:09.26 ID:eKbnJjjX0.net
ほんの微かな陰影でも、顋の先の一寸した黒い点でも、唇の隅の有るか無いかわからない程の生毛でも、額の上にある天鵞絨のやうな毛でも、頬の上に落ちる睫毛のゆらめく影でも、何でもわしは驚く程明瞭な知覚を以て、注意する事が出来た。

183 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:04:59.64 ID:eKbnJjjX0.net
此間に式が進んで、わしは間も無く、わしの新たに生れた欲望が烈しく、闖入しようとしてゐた世界から、遠くへ引離されてしまつたのである。

184 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:06:50.22 ID:eKbnJjjX0.net
それのみならず、規則も正しく定まつてゐれば、万事が予め、完全に整つて、しかも多少必然的に避ける事の出来ないやうに出来上つてゐるので、個人の意志は事情の重みに屈従して遂には全く破壊されてしまふのである。

185 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:08:40.79 ID:eKbnJjjX0.net
彼女もわしの殉教の苦しみを知つてゐるかの如くに見えた。

186 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:10:31.17 ID:eKbnJjjX0.net
私の所へいらつしやい。

187 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:12:21.30 ID:eKbnJjjX0.net
貴方は、銀の天幕の下で厚い金の床の上で、私の胸にお眠りなさい。

188 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:14:11.80 ID:eKbnJjjX0.net
わしはわし自らが神を捨てようとしてゐるのを感じた。

189 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:16:02.03 ID:eKbnJjjX0.net
血と云ふ血は彼女の愛らしい顔を去つて、それが今は大理石よりも白くなつてゐる。

190 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:17:52.88 ID:eKbnJjjX0.net
わしはまるで縊り殺されてゐるやうな気がした。

191 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:19:43.59 ID:eKbnJjjX0.net
何と云ふ事をなすつたの。」

192 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:21:34.12 ID:eKbnJjjX0.net
所が往来の角で、同輩の若い僧侶の注意が一寸他に向いてゐる隙を見て、空想的な衣裳を着た、黒人の扈従がわしの側へやつて来た。

193 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:23:24.48 ID:eKbnJjjX0.net
「クラリモンド・コンチニの宮にて」

194 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:25:15.26 ID:eKbnJjjX0.net
わしには其様な事は、全然不可能だとしか信じられなかつた。

195 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:27:05.74 ID:eKbnJjjX0.net
わしは彼女が教会の玄関で、わしの耳に囁いた語を反覆した。

196 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:28:56.39 ID:eKbnJjjX0.net
性とか年齢とかの区別を構はなくなる事だ。

197 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:30:46.86 ID:eKbnJjjX0.net
云はゞ君の着物が、君の亡骸を納めた柩の棺布の役に立つのである。

198 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:32:37.28 ID:eKbnJjjX0.net
わしは暫くでも此処に止つてゐられさうもない。

199 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:34:28.37 ID:eKbnJjjX0.net
さうしたら此陰気な法衣に包まれてゐる代りに、外の美しい騎士のやうに絹と天鵞絨の袍を着て、金の鎖を下げて、剣を佩いて、美しい鳥の羽毛を着けるやうになるだらう。

200 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:36:18.75 ID:eKbnJjjX0.net
わしには自然が皮肉な歓喜を飾り立てゝゐるやうに見えた。

201 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:38:09.16 ID:eKbnJjjX0.net
母親は、未だ乳の滴が真珠のやうについてゐる子供の小さな薔薇色の唇に接吻をする。

202 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:39:59.70 ID:eKbnJjjX0.net
そして丁度十日も食を得なかつた虎のやうに、わしはわしの指を噛み、又わしの夜着を噛んだ。

203 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:41:50.59 ID:eKbnJjjX0.net
「お前のする事はわしには少しもわからない。

204 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:43:41.40 ID:eKbnJjjX0.net
徳行は、誘惑によつて試みられなければならない。

205 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:45:32.21 ID:eKbnJjjX0.net
彼は又かう云ふのである、「わしは、お前がC――

206 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:47:22.68 ID:eKbnJjjX0.net
が、字が霞んで何の事が書いてあるのだか解らない。

207 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:49:13.06 ID:eKbnJjjX0.net
其時急にわしは、僧院長セラピオンが悪魔の謀略を話した語を思出した。

208 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:51:03.76 ID:eKbnJjjX0.net
みすぼらしいわし達の鞄を負つて、騾馬が二頭、門口に待つてゐる。

209 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:52:54.37 ID:eKbnJjjX0.net
遂にわし達は市門を過ぎて其向うにある小山を上りはじめた。

210 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:54:44.86 ID:eKbnJjjX0.net
多くの小さな塔や高台や窓枠や燕の尾の形をしてゐる風見迄が、はつきりと見えるのである。

211 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:56:35.42 ID:eKbnJjjX0.net
其刹那に、わしには実際か幻惑かはしらぬが、真白な姿の露台を歩いてゐるのが見えたやうに想はれた。

212 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 10:58:26.17 ID:eKbnJjjX0.net
疑も無く彼女はそれを知つてゐた。

213 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:00:16.60 ID:eKbnJjjX0.net
セラピオンは、騾馬を急がせた。

214 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:02:07.05 ID:eKbnJjjX0.net
五六の塑像で飾られた玄関、荒削りに砂岩を刻んだ円柱、柱と同じ砂岩の控壁のついた瓦葺の屋根――

215 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:03:57.24 ID:eKbnJjjX0.net
そして殆どわし達の歩く道を明けようとさへしさうもない。

216 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:05:47.72 ID:eKbnJjjX0.net
犬は直に云ふ可らざる満足の容子を示してわし達と一しよに歩き始めた。

217 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:07:38.09 ID:eKbnJjjX0.net
そしてクラリモンドの思ひ出は、再びわしの心に浮び始めたのである。

218 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:09:28.53 ID:eKbnJjjX0.net
わしにはこれが不思議に思はれてならなかつたが、其後起つた奇怪な事に比べると、之などは全く何でも無かつたのである。

219 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:11:19.11 ID:eKbnJjjX0.net
唯一度、眼をあげて一人の女を見た為に、一見些細な過失の為に、わしは数年間、最もみじめな苦痛の犠牲になつてゐたのだ。

220 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:13:09.52 ID:eKbnJjjX0.net
老婆は、初め恐しい気がした。

221 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:14:59.73 ID:eKbnJjjX0.net
其男は鐙を執つて、わしの馬に乗るのを扶けて呉れた。

222 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:16:50.18 ID:eKbnJjjX0.net
わし達が暗い森を通りぬけた時には、わしは冷い闇の中に迷信じみた恐怖から、わしの肉がむづつくのを感じた。

223 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:18:40.63 ID:eKbnJjjX0.net
馬の鬣は益々乱れ、汗は太腹に滴つて、つく息も急に又苦しげに鼻孔を洩れるが、案内の男は馬の歩みの緩むのを見ると、殆ど人間とは思はれぬやうな、不思議な喉音を上げて、叱する。

224 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:20:31.14 ID:eKbnJjjX0.net
わしは此厖大な建築の形を、混雑の中に瞥見する事が出来たが――

225 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:22:21.88 ID:eKbnJjjX0.net
見ると大きな涙の滴が眼から落ちて、頬と白い髯の上に流れてゐる。

226 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:24:12.27 ID:eKbnJjjX0.net
わしの泣いたのも決して此老人に劣らなかつたであらう。

227 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:26:02.87 ID:eKbnJjjX0.net
皆、香のいゝ涙のやうに落ち散つて、甕の下にこぼれてゐる。

228 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:27:53.69 ID:eKbnJjjX0.net
一体其室は、死人の室らしい所を少しも備へてゐない室であつた。

229 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:29:44.46 ID:eKbnJjjX0.net
其時、わしにはわしの後で誰かが亦吐息をしたやうに思はれた。

230 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:31:34.70 ID:eKbnJjjX0.net
すらも奪ふ事が出来なかつたのである。

231 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:33:25.14 ID:eKbnJjjX0.net
そしてわしは、同時に彼女の足が、白い掛衣の下で動いて、少しく捲いてある経帷子の長い真直な線を乱したとさへ思つた。

232 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:35:15.96 ID:eKbnJjjX0.net
そして再び注意して、疑はしい屍体を凝視した。

233 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:37:06.74 ID:eKbnJjjX0.net
いや寧ろ花嫁の閨へはひつた花婿だと想像した。

234 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:38:57.31 ID:eKbnJjjX0.net
わしの得度の日に見たのと寸分も違ひなく横はつてゐた。

235 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:40:47.62 ID:eKbnJjjX0.net
之のみが、反抗の意を示してゐるのである。

236 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:42:37.92 ID:eKbnJjjX0.net
が、あの寺院の玄関で、わしの手に触れた時よりも冷たくはないのである。

237 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:44:28.12 ID:eKbnJjjX0.net
と奇蹟なるかな、かすかな呼吸はわしの呼吸に交つて、クラリモンドの口は、わしの熱情に溢れた接吻に応じたのである。

238 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:46:18.98 ID:eKbnJjjX0.net
ロミュアル、左様なら。

239 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:48:09.54 ID:eKbnJjjX0.net
すると白薔薇の最後の一葩は暫く茎の先で、胡蝶の羽の如くふるへてゐたが、それから茎を離れて、クラリモンドの魂をのせたまゝ、明けはなした窓から外へ翻つて行つてしまつた。

240 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:50:00.32 ID:eKbnJjjX0.net
其後はわしは、わしが微かな呼吸の外は生きてゐる様子もなく、此儘で三日間寝てゐたと云ふ事を知つた。

241 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:51:51.14 ID:eKbnJjjX0.net
其癖、わしがクラリモンドに再会した城の様子に合ふやうな城の、此近所にある事を知つてゐる者も一人も無い。

242 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:53:41.72 ID:eKbnJjjX0.net
わしは実に此洞察力の為に彼を憎んだのであつた。

243 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:55:32.31 ID:eKbnJjjX0.net
「あの名高い娼婦のクラリモンドが、五六日前の事、八日八夜続いた饗宴の終にとう/\死んでしまつたわ、大した非道な事であつたさうな。

244 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:57:22.66 ID:eKbnJjjX0.net
何でも女性の夜叉だと云ふ噂ぢや。

245 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 11:59:13.61 ID:eKbnJjjX0.net
お前は足をつまだてゝ奈落の辺に立つてゐるのぢや。

246 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:01:04.43 ID:eKbnJjjX0.net
わしは其時二度と彼に会はなかつた。

247 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:02:55.06 ID:eKbnJjjX0.net
そこで素早く肘をついて起き上ると、わしの前に真直に立つてゐる女の影がある。

248 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:04:45.76 ID:eKbnJjjX0.net
彼女の肉体のあらゆる輪廓を現すやうな、しなやかな、織物に包まれた彼女の姿は、生きた女と云ふよりも寧ろ美しい古の浴みする女の大理石像のやうに眺められる。

249 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:06:36.67 ID:eKbnJjjX0.net
其声は彼女を除いては誰の唇からも聞く事の出来ぬやうな声である。

250 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:08:27.44 ID:eKbnJjjX0.net
踏むにも地面のない、飛ぶにも空気のない処なの。

251 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:10:18.21 ID:eKbnJjjX0.net
ごらんなさい、私の手の掌は傷だらけぢやありませんか。

252 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:12:08.89 ID:eKbnJjjX0.net
わしは何の抵抗もせずに、一撃されて堕落に陥つてしまつたのである。

253 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:13:59.54 ID:eKbnJjjX0.net
しかも最も驚くべき事は、わしが此様な不思議な出来事に際会しながら何等の驚異をも感じなかつたと云ふ事である。

254 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:15:50.76 ID:eKbnJjjX0.net
つて云つたわ、それから、私の持つてゐた愛、私の今持つてゐる、私の是から先に持つと思ふ、すべての愛を籠めた眸で見て上げたの――

255 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:17:41.42 ID:eKbnJjjX0.net
彼女の話は、悉く最も熱情に満ちた撫愛に伴はれた。

256 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:19:32.20 ID:eKbnJjjX0.net
少しは得意に思ふやうな事ぢやあなくつて。

257 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:21:23.04 ID:eKbnJjjX0.net
お金に着物に馬車に――

258 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:23:13.29 ID:eKbnJjjX0.net
そして其不思議な出来事の回想が終日、わしを煩した。

259 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:25:04.04 ID:eKbnJjjX0.net
青ざめた経帷子を青ざめた身に纏つて、頬に「死」

260 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:26:54.57 ID:eKbnJjjX0.net
「さあ、着物をきて頂戴。

261 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:28:45.02 ID:eKbnJjjX0.net
それがすむと今度は急いでわしの髪をなでつけてくれる。

262 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:30:35.64 ID:eKbnJjjX0.net
わしの虚栄心は此変化に心からそゝられずにはゐられなかつた。

263 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:32:26.31 ID:eKbnJjjX0.net
私達は遠くへ行かなければならないのだわ。

264 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:34:16.94 ID:eKbnJjjX0.net
三頭共、わしをあの城へ伴れて行つた馬のやうに黒い。

265 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:36:07.85 ID:eKbnJjjX0.net
で、それへ乗り移ると今度は馭者が気違ひのやうに馬を走らせる。

266 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:37:58.55 ID:eKbnJjjX0.net
云はゞわしの内に二人の人がゐて、それが互に知らずにゐるのである。

267 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:39:49.38 ID:eKbnJjjX0.net
が、唯一つ、わしにも説明の出来ない妙な事があつた――

268 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:41:39.87 ID:eKbnJjjX0.net
わし達は、カナレイオの辺の、壁画と石像との沢山ある、大きな宮殿に住んでゐた、それは一国の王宮にしても恥しくないやうな宮殿で、わし達は各々ゴンドラの制服を着たバルカロリも、音楽室も、御抱への詩人も持つてゐた。

269 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:43:30.60 ID:eKbnJjjX0.net
わしはあらゆる社会の最も善良な部分――

270 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:45:21.37 ID:eKbnJjjX0.net
真に彼女は女のカメレオンである。

271 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:47:12.08 ID:eKbnJjjX0.net
わしは、常は彼女と親しんでゐられるのに安んじて、わしがクラリモンドと知るやうになつた不思議な関係を此上考へて見ようとはしなかつた。

272 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:49:02.55 ID:eKbnJjjX0.net
そして遂には殆どあの不思議な城の記憶すべき夜のやうに、白く、血の気もなくなつてしまつた。

273 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:50:53.02 ID:eKbnJjjX0.net
丁度猿か猫のやうに軽快に――

274 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:52:43.65 ID:eKbnJjjX0.net
常よりも一層美しく、健康も今は全く恢復してゐるのである。

275 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:54:34.08 ID:eKbnJjjX0.net
その血の滴のおかげで私は命を取返したのだわ。」

276 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:56:24.88 ID:eKbnJjjX0.net
が、此記憶の鮮かなのにも拘らず、其印象さへ間も無く消えてしまつて、数知れぬ外の心配がわしの心からそれを移してしまつた。

277 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 12:58:15.38 ID:eKbnJjjX0.net
そして寝床の上に上つてわしの傍に横になつた。

278 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:00:05.62 ID:eKbnJjjX0.net
けれど貴方を知つてから、私、外の男は皆厭になつてしまつたのですもの……

279 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:01:56.31 ID:eKbnJjjX0.net
それから後で又傷を膏薬でこすつてくれたので、傷は直に癒つてしまつた。

280 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:03:46.88 ID:eKbnJjjX0.net
わしは、彼女がわしに拵へてくれた魔酔の酒の事や、あの留針の出来事には、気をつけて一言もそれに及ばないやうにした。

281 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:05:37.53 ID:eKbnJjjX0.net
けれ共睡魔は絶えずわしの眼を襲つて、凡ての抵抗が無駄になつたと思ふと、わしは極度の疲労に堪へずして、両腕を力なく下げたまゝ、再び睡の潮流に楽慾の彼岸に運ばれて了ふ。

282 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:07:28.22 ID:eKbnJjjX0.net
此策は必ずお前を救ふに相違ないて。」

283 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:09:18.79 ID:eKbnJjjX0.net
そして其上に、わし達は下のやうな墓碑銘の首句を探り読む事が出来たのである。

284 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:11:09.32 ID:eKbnJjjX0.net
其間に彼は其凄惨な労働に腰をかゞめて、汗にぬれながら喘いでゐる。

285 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:12:59.76 ID:eKbnJjjX0.net
わしは氷のやうな汗が大きな粒になつてわしの顔に湧いて来たのを感じた。

286 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:14:50.48 ID:eKbnJjjX0.net
遂にセラピオンの鶴嘴は、柩を打つた。

287 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:16:40.94 ID:eKbnJjjX0.net
之を見ると、セラピオンの怒気は心頭に上つた。

288 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:18:32.25 ID:eKbnJjjX0.net
わしは、無限の破滅がわしにふりかゝつた様に、両手で顔を隠した。

289 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:20:22.74 ID:eKbnJjjX0.net
それだのに貴方は私の墓を発いて、私の何もないみじめさを人目にお曝しなすつたのね。

290 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:22:13.36 ID:eKbnJjjX0.net
いや今も彼女を惜んでゐる。

291 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:24:04.04 ID:eKbnJjjX0.net
暑いフロックを夏の背廣に着換へて外の連中と一しよに上甲板へ出てゐると、年の若い機關少尉が三人やつて來て、いろんな話をしてくれた。

292 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:25:54.79 ID:eKbnJjjX0.net
自分は、夕日の光を一ぱいに浴びた軍港を眺めながら、新らしい細君を家に殘して來たSに對して憐憫に近い同情を感じた。

293 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:27:45.21 ID:eKbnJjjX0.net
そこで、又外の連中の話に加はつて、このもどかしさを紛らせようとした。

294 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:29:35.79 ID:eKbnJjjX0.net
僕は滑稽な失望を感じて、すごすご士官室の海老茶色のカアテンをくぐつた。

295 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:31:26.32 ID:eKbnJjjX0.net
事によると、これは軍艦のボイより、細君の方が氣が利いてゐると思つたからかも知れない。

296 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:33:16.81 ID:eKbnJjjX0.net
僕たちは司令塔の外に立つて何時か航行を始め出した艦の前後に眼を落した。

297 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:35:07.67 ID:eKbnJjjX0.net
それから司令塔の内部や海圖室を見て、又中甲板へひき返した。

298 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:36:57.95 ID:eKbnJjjX0.net
恐らくそれらのすべてが混合した、――

299 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:38:48.44 ID:eKbnJjjX0.net
さうして妙に小説めいた心持になつた。

300 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:40:38.85 ID:eKbnJjjX0.net
それ程僕たちのバスのはいり心は泰平なものだつたのである。

301 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:42:29.39 ID:eKbnJjjX0.net
すると僕の隣へ來て、「二十年前の日本と今日の日本とは非常な相違です」

302 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:44:19.74 ID:eKbnJjjX0.net
いいですか、確にですな。」

303 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:46:10.21 ID:eKbnJjjX0.net
さうしてMと二人で又上甲板へ出て見た。

304 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:48:01.27 ID:eKbnJjjX0.net
「どんな句が出來た?」

305 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:49:51.72 ID:eKbnJjjX0.net
かう云ふと誇張の樣に聞えるかも知れないが、決してさうではない。

306 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:51:42.55 ID:eKbnJjjX0.net
しかも、エレヴエタアを出た僕たちの顏には、絶えず石炭の粉がふりかかつた。

307 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:53:33.12 ID:eKbnJjjX0.net
ここで働いてゐる機關兵が、三時間の交代時間中に、各々何升かの水を飮むと云ふのも更に無理はない。

308 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:55:23.95 ID:eKbnJjjX0.net
僕はごろごろする石炭を踏んで、その高い所にある電燈を見上げた。

309 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:57:14.79 ID:eKbnJjjX0.net
彼等は皆默々として運命のやうに働いてゐる。

310 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 13:59:05.54 ID:eKbnJjjX0.net
今日は朝から、ぐるぐる艦の中ばかり歩いてゐる。

311 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:00:56.01 ID:eKbnJjjX0.net
これは其の後の事だが、夕飯をすませて、士官室の諸君と話してゐると、上甲板でわあと云ふ聲が聞こえた事がある。

312 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:02:46.35 ID:eKbnJjjX0.net
勇ましかる可き軍歌の聲が、僕には寧ろ、凄壯な調子を帶びて聞えたからである。

313 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:04:37.03 ID:eKbnJjjX0.net
だから、甚だ元氣が好い。

314 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:06:27.90 ID:eKbnJjjX0.net
さうしてその合ひ間には、「自來也はん」

315 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:08:18.51 ID:eKbnJjjX0.net
所が、その痛みは士官次室を失敬した後でも、まだ執拗く水おちの下に盤桓してゐる。

316 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:10:09.25 ID:eKbnJjjX0.net
して見ると遲くも午後の二時か三時には山口縣下の由宇の碇泊地へ入るのに相違ない。

317 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:11:59.88 ID:eKbnJjjX0.net
驚いたやうな、嬉しいやうな妙な心もちではつと思つた。

318 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:13:50.66 ID:eKbnJjjX0.net
たとひ人道的感激にしても、それだけを求めるなら、単に説教を聞く事からも得られる筈だ。

319 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:15:41.31 ID:eKbnJjjX0.net
それがいつも出来なければ、その芸術家は恥ぢなければならぬ。

320 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:17:31.74 ID:eKbnJjjX0.net
尤もこれからゲエテになりますと吹聴して歩く必要はないが。

321 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:19:22.46 ID:eKbnJjjX0.net
樹の枝にゐる一匹の毛虫は、気温、天候、鳥類等の敵の為に、絶えず生命の危険に迫られてゐる。

322 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:21:13.12 ID:eKbnJjjX0.net
自動作用が始まつたら、それは芸術家としての死に瀕したものと思はなければならぬ。

323 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:23:03.51 ID:eKbnJjjX0.net
が、それはほんたうらしい嘘だ。

324 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:24:54.16 ID:eKbnJjjX0.net
嘗て坪内博士が「幽霊」

325 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:26:44.99 ID:eKbnJjjX0.net
エチエガレイが「ドン・ホアンの子」

326 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:28:35.70 ID:eKbnJjjX0.net
芸術は表現に始つて表現に終る。

327 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:30:26.18 ID:eKbnJjjX0.net
素質、教育、その他の点から、僕が常に戒心するのは、この誤つた形式偏重論者の喝采などに浮かされない事だ。

328 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:32:17.06 ID:eKbnJjjX0.net
ゲエテはミケル・アンジエロの「最後の審判」

329 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:34:07.83 ID:eKbnJjjX0.net
賢明な批評家のなすべき事は、唯その悪口が一般に承認されさうな機会を捉へる事だ。

330 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:35:58.57 ID:eKbnJjjX0.net
美学の本さへ読めば批評家になれると思ふのは、旅行案内さへ読めば日本中どこへ行つても迷はないと思ふやうなものだ。

331 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:37:49.13 ID:eKbnJjjX0.net
その時その松の枝を伸した事が、どうして或効果を画面に与へるか、それは雲林も知つてゐたかどうか分らない。

332 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:39:39.99 ID:eKbnJjjX0.net
セザンヌは唯、ドラクロアを語るつもりだつたかも知れぬ。

333 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:41:30.93 ID:eKbnJjjX0.net
凡て芸術家はいやが上にも技巧を磨くべきものだ。

334 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:43:21.78 ID:eKbnJjjX0.net
危険なのは技巧ではない。

335 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:45:12.54 ID:eKbnJjjX0.net
僕がこんな饒舌を弄する気になつたのもその為だ。

336 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:47:03.38 ID:eKbnJjjX0.net
余念なく遊んでいる虻蜂蜻蛉、――

337 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:48:54.41 ID:eKbnJjjX0.net
そこへ暖簾をくぐって、商人が来る。

338 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:50:44.95 ID:eKbnJjjX0.net
老人はていねいに上半身の垢を落してしまうと、止め桶の湯も浴びずに、今度は下半身を洗いはじめた。

339 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:52:35.76 ID:eKbnJjjX0.net
の影がさしたのである。

340 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:54:26.71 ID:eKbnJjjX0.net
何十年来、絶え間ない創作の苦しみにも、疲れている。……

341 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:56:17.31 ID:eKbnJjjX0.net
老人は、突然こう呼びかける声に驚かされた。

342 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:58:08.01 ID:eKbnJjjX0.net
細銀杏は肩の手拭を桶の中へ入れながら、一調子張り上げて弁じ出した。

343 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 14:59:58.82 ID:eKbnJjjX0.net
いや全く恐れ入りました。」

344 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:01:49.45 ID:eKbnJjjX0.net
「なにしろあれだけのものをお書きになるんじゃ、並大抵なお骨折りじゃございますまい。

345 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:03:40.26 ID:eKbnJjjX0.net
馬琴は巧みに話頭を転換した。

346 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:05:30.70 ID:eKbnJjjX0.net
「いや私は、どうもああいうものにかけると、とんと無器用でね。

347 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:07:21.19 ID:eKbnJjjX0.net
が、彼はそういう種類の芸術には、昔から一種の軽蔑を持っていた。

348 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:09:11.54 ID:eKbnJjjX0.net
手前などの量見では、先生のような大家なら、なんでも自由にお作りになれるだろうと存じておりましたが――

349 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:11:02.28 ID:eKbnJjjX0.net
しかし、こう言うとともに、彼は急に自分の子供らしい自尊心が恥ずかしく感ぜられた。

350 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:12:52.81 ID:eKbnJjjX0.net
平吉はまた大きな声を立てて、笑った。

351 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:14:43.40 ID:eKbnJjjX0.net
が、平吉は彼の気焔によってむしろ愛読者たる彼自身まで、肩身が広くなったように、感じたらしい。

352 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:16:33.91 ID:eKbnJjjX0.net
平吉は追いかけるように、こう言った。

353 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:18:24.30 ID:eKbnJjjX0.net
うす暗い中に浮んでいる頭の数は、七つ八つもあろうか。

354 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:20:14.56 ID:eKbnJjjX0.net
日覆の外の海は、日の暮れとともに風が出たらしい。

355 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:22:04.95 ID:eKbnJjjX0.net
しかも、それは声といい、話しようといい、ことさら彼に聞かせようとして、しゃべり立てているらしい。

356 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:23:55.75 ID:eKbnJjjX0.net
ところがそこへまたずぶ京伝の二番煎じと来ちゃ、呆れ返って腹も立ちやせん。」

357 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:25:46.59 ID:eKbnJjjX0.net
だからまた当世のことは、とんと御存じなしさ。

358 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:27:37.21 ID:eKbnJjjX0.net
それが実行に移されなかったのは、おそらく年齢が歯止めをかけたせいであろう。

359 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:29:27.92 ID:eKbnJjjX0.net
そうしてそういう不純な動機から出発する結果、しばしば畸形な芸術を創造する惧れがあるという意味である。

360 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:31:18.38 ID:eKbnJjjX0.net
外には、湯気の間に窓の青空が見え、その青空には暖かく日を浴びた柿が見える。

361 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:33:08.79 ID:eKbnJjjX0.net
眇の毒舌は、少なくともこれだけの範囲で、確かに予期した成功を収め得たのである。

362 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:34:59.49 ID:eKbnJjjX0.net
の黄いろい櫛形の招牌、「駕籠」

363 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:36:50.03 ID:eKbnJjjX0.net
実際彼のごとく傍若無人な態度に出る人間が少なかったように、彼のごとく他人の悪意に対して、敏感な人間もまた少なかったのである。

364 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:38:40.60 ID:eKbnJjjX0.net
ここまで分析して来た彼の頭は、さらに一歩を進めると同時に、思いもよらない変化を、気分の上に起させた。

365 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:40:31.45 ID:eKbnJjjX0.net
彼は今まで沈んでいた気分が次第に軽くなって来ることを意識した。

366 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:42:22.15 ID:eKbnJjjX0.net
馬琴はそれを見ると、すぐにその客ののっぺりした顔が、眼に浮んだ。

367 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:44:13.14 ID:eKbnJjjX0.net
「御仏参においでになりました。」

368 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:46:04.36 ID:eKbnJjjX0.net
開けてみると、そこには、色の白い、顔のてらてら光っている、どこか妙に取り澄ました男が、細い銀の煙管をくわえながら、端然と座敷のまん中に控えている。

369 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:47:55.31 ID:eKbnJjjX0.net
客は、襖があくとともに、滑らかな調子でこう言いながら、うやうやしく頭を下げた。

370 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:49:45.93 ID:eKbnJjjX0.net
いや、感服したような顔をする人間は、稀である。

371 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:51:36.75 ID:eKbnJjjX0.net
というのは、外面の行為と内面の心意とが、たいていな場合は一致しない。

372 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:53:27.84 ID:eKbnJjjX0.net
今年は読本を大分引き受けたので、とても合巻の方へは手が出せそうもない。」

373 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:55:18.54 ID:eKbnJjjX0.net
馬琴は思わず好奇心を動かした。

374 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:57:09.21 ID:eKbnJjjX0.net
「つまりまず賊中の豪なるものでございましょうな。

375 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 15:59:00.50 ID:eKbnJjjX0.net
それはもう手前も、お忙しいのは重々承知いたしております。

376 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:00:51.31 ID:eKbnJjjX0.net
「第一私がむりに書いたって、どうせろくなものは出来やしない。

377 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:02:41.99 ID:eKbnJjjX0.net
そうして、煙草の煙をとぎれとぎれに鼻から出した。

378 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:04:32.74 ID:eKbnJjjX0.net
いずれ優美第一の、哀れっぽいものでございましょう。

379 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:06:23.40 ID:eKbnJjjX0.net
今日も彼は種彦という名を耳にすると、苦い顔をいよいよ苦くせずにはいられなかった。

380 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:08:14.18 ID:eKbnJjjX0.net
こう春水が称しているという噂は、馬琴もつとに聞いていたところである。

381 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:10:05.10 ID:eKbnJjjX0.net
少なくとも、馬琴はそう感じた。

382 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:11:55.69 ID:eKbnJjjX0.net
が、一方またそれが自分の芸術的良心を計る物差しとして、尊みたいと思ったこともたびたびある。

383 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:13:46.41 ID:eKbnJjjX0.net
彼はこのあとで、すぐにまた、切りこんだ。

384 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:15:37.26 ID:eKbnJjjX0.net
和泉屋市兵衛を逐い帰すと、馬琴は独り縁側の柱へよりかかって、狭い庭の景色を眺めながら、まだおさまらない腹の虫を、むりにおさめようとして、骨を折った。

385 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:17:28.00 ID:eKbnJjjX0.net
逐い払うということは、もちろん高等なことでもなんでもない。

386 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:19:18.59 ID:eKbnJjjX0.net
八犬伝や巡島記の愛読者であることは言うまでもない。

387 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:21:09.37 ID:eKbnJjjX0.net
が、耳の遠いということが、眼の悪いのを苦にしている彼にとって、幾分の同情をつなぐ楔子になったのであろう。

388 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:23:00.15 ID:eKbnJjjX0.net
そうしてその中に、自分の読本が貴公のような軽薄児に読まれるのは、一生の恥辱だという文句を入れた。

389 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:24:50.81 ID:eKbnJjjX0.net
鳶の声さえ以前の通り朗かである。

390 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:26:41.13 ID:eKbnJjjX0.net
仏参に行った家族のものは、まだ帰って来ない。

391 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:28:31.85 ID:eKbnJjjX0.net
だから、そこに矛盾はない。

392 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:30:22.39 ID:eKbnJjjX0.net
と称しながら、常に彼のうちに磅する芸術的感興に遭遇すると、たちまち不安を感じ出した。――

393 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:32:12.62 ID:eKbnJjjX0.net
馬琴は喜んで、この親友をわざわざ玄関まで、迎えに出た。

394 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:34:03.03 ID:eKbnJjjX0.net
絵は蕭索とした裸の樹を、遠近と疎に描いて、その中に掌をうって談笑する二人の男を立たせている。

395 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:35:54.15 ID:eKbnJjjX0.net
「これは昨日描き上げたのですが、私には気に入ったから、御老人さえよければ差し上げようと思って持って来ました。」

396 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:37:44.64 ID:eKbnJjjX0.net
が、崋山は崋山で、やはり彼の絵のことを考えつづけているらしい。

397 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:39:34.84 ID:eKbnJjjX0.net
「それは後生も恐ろしい。

398 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:41:25.45 ID:eKbnJjjX0.net
主人と客とは、彼ら自身の語に動かされて、しばらくの間口をとざした。

399 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:43:15.90 ID:eKbnJjjX0.net
「困るのなら、私の方が誰よりも困っています。

400 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:45:06.55 ID:eKbnJjjX0.net
「お互いに討死ですかな。」

401 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:46:57.28 ID:eKbnJjjX0.net
御老人の書かれるものも、そういう心配はありますまい。」

402 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:48:47.92 ID:eKbnJjjX0.net
それで自分たちの道徳心が、作者より高い気でいるから、傍痛い次第です。

403 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:50:38.40 ID:eKbnJjjX0.net
「それにしても、ちと横暴すぎることが多いのでね。

404 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:52:29.32 ID:eKbnJjjX0.net
焚書坑儒が昔だけあったと思うと、大きに違います。」

405 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:54:20.14 ID:eKbnJjjX0.net
今度は二人とも笑わなかった。

406 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:56:11.03 ID:eKbnJjjX0.net
崋山の政治上の意見を知っている彼には、この時ふと一種の不安が感ぜられたからであろう。

407 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:58:01.79 ID:eKbnJjjX0.net
彼は最初それを、彼の癇がたかぶっているからだと解釈した。

408 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 16:59:52.42 ID:eKbnJjjX0.net
彼はその前に書いたところへ眼を通した。

409 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:01:42.84 ID:eKbnJjjX0.net
そうしてまた、何らの理路をたどらない論弁があった。

410 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:03:33.51 ID:eKbnJjjX0.net
この上にある端渓の硯、蹲の文鎮、蟇の形をした銅の水差し、獅子と牡丹とを浮かせた青磁の硯屏、それから蘭を刻んだ孟宗の根竹の筆立て――

411 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:05:24.20 ID:eKbnJjjX0.net
彼は彼の尊敬する和漢の天才の前には、常に謙遜であることを忘れるものではない。

412 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:07:14.61 ID:eKbnJjjX0.net
という声とともに、柔らかい小さな手が、彼の頸へ抱きつかなかったら、彼はおそらくこの憂欝な気分の中に、いつまでも鎖されていたことであろう。

413 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:09:04.86 ID:eKbnJjjX0.net
太郎は祖父の膝にまたがりながら、それを聞きすましでもするように、わざとまじめな顔をして天井を眺めた。

414 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:10:55.75 ID:eKbnJjjX0.net
が、笑いの中ですぐまた語をつぎながら、

415 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:12:46.38 ID:eKbnJjjX0.net
「まだ何かあるかい?」

416 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:14:36.84 ID:eKbnJjjX0.net
「誰がそんなことを言ったのだい。」

417 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:16:27.84 ID:eKbnJjjX0.net
馬琴の心に、厳粛な何物かが刹那にひらめいたのは、この時である。

418 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:18:18.56 ID:eKbnJjjX0.net
六十何歳かの老芸術家は、涙の中に笑いながら、子供のようにうなずいた。

419 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:20:09.22 ID:eKbnJjjX0.net
神来の興は火と少しも変りがない。

420 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:21:59.84 ID:eKbnJjjX0.net
彼の眼にも、円行燈のかすかな光が、今は少しも苦にならない。

421 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:23:50.50 ID:eKbnJjjX0.net
今己が書いていることは、今でなければ書けないことかも知れないぞ。」

422 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:25:41.94 ID:eKbnJjjX0.net
あるのは、ただ不可思議な悦びである。

423 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:27:32.98 ID:eKbnJjjX0.net
少し離れたところには弱らしい宗伯が、さっきから丸薬をまろめるのに忙しい。

424 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:29:23.39 ID:eKbnJjjX0.net
宗伯は聞えないふりをして、答えない。

425 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:31:14.14 ID:eKbnJjjX0.net
その時の己は、己自身にとって、どのくらい呪わしいものに見えるだろう。

426 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:33:05.04 ID:eKbnJjjX0.net
いや、むしろ、己はあの男に同情していると云っても、よいくらいだ。

427 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:34:55.70 ID:eKbnJjjX0.net
しかしそう云えるほど、己は袈裟を愛しているだろうか。

428 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:36:46.16 ID:eKbnJjjX0.net
それが証拠には、袈裟との交渉が絶えたその後の三年間、成程己はあの女の事を忘れずにいたにちがいないが、もしその以前に己があの女の体を知っていたなら、それでもやはり忘れずに思いつづけていたであろうか。

429 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:38:36.97 ID:eKbnJjjX0.net
渡辺の橋の供養の時、三年ぶりで偶然袈裟にめぐり遇った己は、それからおよそ半年ばかりの間、あの女と忍び合う機会を作るために、あらゆる手段を試みた。

430 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:40:27.43 ID:eKbnJjjX0.net
実際今の袈裟は、もう三年前の袈裟ではない。

431 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:42:18.03 ID:eKbnJjjX0.net
己は第一に、妙な征服心に動かされた。

432 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:44:08.84 ID:eKbnJjjX0.net
ただ、何故それを嘘だと思ったかと云われれば、それを嘘だと思った所に、己の己惚れがあると云われれば、己には元より抗弁するだけの理由はない。

433 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:45:59.41 ID:eKbnJjjX0.net
恐らくは傀儡の女を買う男でも、あの時の己ほどは卑しくなかった事であろう。

434 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:47:49.87 ID:eKbnJjjX0.net
乱れた髪のかかりと云い、汗ばんだ顔の化粧と云い、一つとしてあの女の心と体との醜さを示していないものはない。

435 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:49:40.43 ID:eKbnJjjX0.net
己があの女の耳に口をつけて、こう囁いた時の事を考えると、我ながら気が違っていたのかとさえ疑われる。

436 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:51:31.27 ID:eKbnJjjX0.net
そこで己は、まるで悪夢に襲われた人間のように、したくもない人殺しを、無理にあの女に勧めたのであろう。

437 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:53:21.95 ID:eKbnJjjX0.net
そう云う気が己はすぐにした。

438 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:55:12.69 ID:eKbnJjjX0.net
まるで己の心もちを見透しでもしたように、急に表情を変えたあの女が、じっと己の目を見つめた時、――

439 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:57:03.21 ID:eKbnJjjX0.net
涙がなくて泣いているあの女の目を見た時に、己は絶望的にこう思った。

440 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 17:58:53.67 ID:eKbnJjjX0.net
己は復讐を恐れると云った。

441 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:00:44.23 ID:eKbnJjjX0.net
盛遠は徘徊を続けながら、再び、口を開かない。

442 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:02:34.79 ID:eKbnJjjX0.net
もしひょっとして来なかったら――

443 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:04:25.77 ID:eKbnJjjX0.net
私はこの間別れ際に、あの人の目を覗きこんだ時から、そう思わずにはいられなかった。

444 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:06:16.28 ID:eKbnJjjX0.net
だから私はこう云われるのだ。

445 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:08:07.08 ID:eKbnJjjX0.net
が、一度自分の醜さを知った女の心が、どうしてそんな語に慰められよう。

446 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:09:57.58 ID:eKbnJjjX0.net
私は私の醜さを見せつけられた、その寂しさに堪えなかったのであろうか。

447 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:11:48.20 ID:eKbnJjjX0.net
操を破られながら、その上にも卑められていると云う事が、丁度癩を病んだ犬のように、憎まれながらも虐まれていると云う事が、何よりも私には苦しかった。

448 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:13:38.37 ID:eKbnJjjX0.net
が、それはどこまでも月の光の明さとは違う、生々した心もちだった。

449 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:15:28.96 ID:eKbnJjjX0.net
それまでの私の心は、ただ、私の事を、辱められた私の事を、一図にじっと思っていた。

450 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:17:19.70 ID:eKbnJjjX0.net
しかし泣き止んだ私が顔を上げて、あの人の方を眺めた時、そうしてそこに前の通り、あの人の心に映っている私の醜さを見つけた時、私は私の嬉しさが一度に消えてしまったような心もちがする。

451 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:19:10.46 ID:eKbnJjjX0.net
けれどもそれはまだ大目にも見られよう。

452 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:21:01.15 ID:eKbnJjjX0.net
私の心を傷けられた口惜しさと、私の体を汚された恨めしさと、その二つのために死のうとする。

453 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:22:51.55 ID:eKbnJjjX0.net
あれは風の音であろうか――

454 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:24:42.37 ID:eKbnJjjX0.net
そうしてその一人の男が、今夜私を殺しに来るのだ。

455 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:26:32.97 ID:eKbnJjjX0.net
日本の船師、始めて至り、大唐の船師と合戦う。

456 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:28:23.61 ID:eKbnJjjX0.net
いかなる国の歴史もその国民には必ず栄光ある歴史である。

457 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:30:14.20 ID:eKbnJjjX0.net
しかし二分とたたないうちに珍らしい大雨になつてしまつた。

458 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:32:04.84 ID:eKbnJjjX0.net
その時あいつは自動車が来たら、どうするつもりだらうと考へた。

459 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:33:55.40 ID:eKbnJjjX0.net
これは不気味でならなかつた。

460 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:35:45.90 ID:eKbnJjjX0.net
僕は驚いて帯をといて見たら、やはり僕の腹巻だつた。

461 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:37:36.46 ID:eKbnJjjX0.net
僕はやはり散歩してゐるうちに白い水着を着た子供に遇つた。

462 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:39:26.73 ID:eKbnJjjX0.net
どうしてそんなことを言つたかは僕自身にもわからなかつた。

463 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:41:17.52 ID:eKbnJjjX0.net
丁度軽井沢の馬蝿のやうに緑色の目をした馬蝿だつた。

464 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:43:08.71 ID:eKbnJjjX0.net
僕はひとり散歩してゐるうちに歯医者の札を出した家を見つけた。

465 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:44:59.48 ID:eKbnJjjX0.net
(以上家を借りてから)

466 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:46:49.69 ID:eKbnJjjX0.net
さてもさても世の中には偽せ孔雀ばかり多いことぢや。』

467 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:48:40.35 ID:eKbnJjjX0.net
それと同時に、しがみついたのである。

468 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:50:30.88 ID:eKbnJjjX0.net
ただ、斬られたと云う簡単な事実だけが、苦しいほどはっきり、脳味噌に焦げついている。

469 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:52:21.55 ID:eKbnJjjX0.net
あるいは敵を殺す事である。

470 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:54:12.14 ID:eKbnJjjX0.net
が、その騒ぎがどのくらいつづいたか、その間にどんな事件がどんな順序で起ったか、こう云う点になると、ほとんど、何一つはっきりしない。

471 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:56:02.47 ID:eKbnJjjX0.net
何小二はそれを見ると、いきなり軍刀をふり上げて、力一ぱいその帽子の上へ斬り下した。

472 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:57:52.88 ID:eKbnJjjX0.net
どこまで駈けても、高粱は尽きる容子もなく茂っている。

473 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 18:59:43.61 ID:eKbnJjjX0.net
死の恐怖を中心として、目まぐるしい感情の変化のために、泣き喚いていたのである。

474 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:01:34.36 ID:eKbnJjjX0.net
が、不幸にしてそれが一度彼の口を出ると、何の意味も持っていない、嗄れた唸り声に変ってしまう。

475 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:03:25.13 ID:eKbnJjjX0.net
いや憎いものはまだほかにもある。

476 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:05:15.53 ID:eKbnJjjX0.net
だからもし運命が許したら、何小二はこの不断の呻吟の中に、自分の不幸を上天に訴えながら、あの銅のような太陽が西の空に傾くまで、日一日馬の上でゆられ通したのに相違ない。

477 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:07:06.22 ID:eKbnJjjX0.net
馬の上から転げ落ちた何小二は、全然正気を失ったのであろうか。

478 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:08:57.23 ID:eKbnJjjX0.net
では、何小二は全然正気を失わずにいたのであろうか。

479 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:10:48.05 ID:eKbnJjjX0.net
さびしい花が日の暮を待つように咲いている、真夏の胡麻畑である。

480 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:12:38.36 ID:eKbnJjjX0.net
長さはおよそ四五間もあろうか。

481 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:14:28.96 ID:eKbnJjjX0.net
纏足をした足だから、細さは漸く三寸あまりしかない。

482 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:16:19.64 ID:eKbnJjjX0.net
その足が消えた時である。

483 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:18:10.19 ID:eKbnJjjX0.net
この時、彼の眼と空との中には、赤い筋のある軍帽をかぶった日本騎兵の一隊が、今までのどれよりも早い速力で、慌しく進んで来た。

484 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:20:00.82 ID:eKbnJjjX0.net
彼は誰にでも謝りたかった。

485 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:21:51.36 ID:eKbnJjjX0.net
何小二はもう一度歎息して、それから急に唇をふるわせて、最後にだんだん眼をつぶって行った。

486 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:23:41.99 ID:eKbnJjjX0.net
それがあまり唐突だったので、技師はちょいと驚いたが、相手の少佐が軍人に似合わない、洒脱な人間だと云う事は日頃からよく心得ている。

487 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:25:32.75 ID:eKbnJjjX0.net
山川技師は読み了ると共に、呆れた顔をして、「何だい、これは」

488 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:27:23.50 ID:eKbnJjjX0.net
「僕はその何小二と云うやつを知っているのだ。」

489 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:29:14.20 ID:eKbnJjjX0.net
そんなやつは一層その時に死んでしまった方が、どのくらい世間でも助かったか知れないだろう。」

490 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:31:05.08 ID:eKbnJjjX0.net
「あいつはそれを見た時に、しみじみ今までの自分の生活が浅ましくなって来たと云っていたっけ。」

491 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:32:55.81 ID:eKbnJjjX0.net
恐らくは今度もまた、首が落ちると同時に(新聞の語をそのまま使えば)

492 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:34:46.36 ID:eKbnJjjX0.net
あいつはその時、しみじみまた今までの自分の生活が浅ましくなった。

493 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:36:37.21 ID:eKbnJjjX0.net
だが、それならどうしてあいつは、一度そう云う目に遇いながら、無頼漢なんぞになったのだろう。」

494 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:38:27.61 ID:eKbnJjjX0.net
僕の知れる江戸っ児中、文壇に縁あるものを尋ぬれば第一に後藤末雄君、第二に辻潤君、第三に久保田万太郎君なり。

495 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:40:18.46 ID:eKbnJjjX0.net
久保田君の芸術は久保田君の生活と共にこの特色を示すものと云うべし。

496 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:42:08.99 ID:eKbnJjjX0.net
然れども君の微笑のうちには全生活を感ずることなきにあらず。

497 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:43:59.55 ID:eKbnJjjX0.net
槓でも棒でも動くものにあらず。

498 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:45:50.29 ID:eKbnJjjX0.net
僕は先天的にも後天的にも江戸っ児の資格を失いたる、東京育ちの書生なり。

499 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:47:40.85 ID:eKbnJjjX0.net
僕亦何すれぞ首肯を強いんや。

500 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:49:31.60 ID:eKbnJjjX0.net
久保田君亦畢に後句を取らず。

501 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:51:22.47 ID:eKbnJjjX0.net
が、私は殊に、如何なる悲しみをもおのずから堪える、あわれにも勇ましい久米正雄をば、こよなく嬉しく思うものである。

502 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:53:13.15 ID:eKbnJjjX0.net
と云い合いて、別れ別れに一方は大路へ、一方は小路へ、姿を下駄音と共に消すのも、満更厭な気ばかり起させる訳でもない。

503 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:55:03.68 ID:eKbnJjjX0.net
書くものばかりじゃありません。

504 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:56:54.31 ID:eKbnJjjX0.net
いや、寧ろ久米のフォルトたる一面は、そこにあるとさえ云われるでしょう。

505 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 19:58:44.99 ID:eKbnJjjX0.net
こう云う特質に冷淡な人は、久米の作品を読んでも、一向面白くないでしょう。

506 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:00:35.94 ID:eKbnJjjX0.net
やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧になりました。

507 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:02:26.46 ID:eKbnJjjX0.net
と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。

508 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:04:17.06 ID:eKbnJjjX0.net
その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつく微な嘆息ばかりでございます。

509 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:06:08.06 ID:eKbnJjjX0.net
いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。

510 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:07:58.56 ID:eKbnJjjX0.net
すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。

511 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:09:49.29 ID:eKbnJjjX0.net
もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。

512 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:11:40.53 ID:eKbnJjjX0.net
その途端でございます。

513 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:13:31.06 ID:eKbnJjjX0.net
しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しません。

514 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:15:21.83 ID:eKbnJjjX0.net
わしは三年以上、最も不可思議な、そして、最も奇怪な幻惑の犠牲になつてゐたのである。

515 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:17:12.39 ID:eKbnJjjX0.net
女と犬と馬とにかけては、眼のない人間になつてしまふ。

516 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:19:03.05 ID:eKbnJjjX0.net
愚な、凄じい熱情を以て――

517 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:20:53.91 ID:eKbnJjjX0.net
そしてわしの授位式は、復活祭の一週中に定められたのである。

518 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:22:44.76 ID:eKbnJjjX0.net
わしは唯、喜悦と短気とに満たされてゐたのである。

519 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:24:38.35 ID:eKbnJjjX0.net
わしが君に此様な事を云ふのは、わしの身の上に起つた事が、順当に行けば決して起らなかつたと云ふ事を知らせる為めに云ふのである。

520 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:26:28.86 ID:eKbnJjjX0.net
年をとつた僧正も、わしには「永遠」

521 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:28:19.27 ID:eKbnJjjX0.net
と云つたのは、真理である。

522 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:30:09.82 ID:eKbnJjjX0.net
わしは、思ひがけなく明を得た盲人のやうな心持になつたのである。

523 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:32:00.28 ID:eKbnJjjX0.net
それにも関らず、忽ち又、わしは眼を開いた。

524 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:33:50.98 ID:eKbnJjjX0.net
丁度、王冠を頂いた女王のやうにも思はれる。

525 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:35:41.67 ID:eKbnJjjX0.net
そしてわしは確に、その光がわしの心の臓に這入つたのを見た。

526 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:37:32.51 ID:eKbnJjjX0.net
そして鼻の孔の正しい輪廓にも、高貴な生れを示す嫋やかさと誇らしさとが見えてゐる。

527 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:39:23.13 ID:eKbnJjjX0.net
其黄鼬の毛皮のついた、広い袖口からは、限りなく優しい、上品な手が、覗いてゐる。

528 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:41:13.54 ID:eKbnJjjX0.net
人生は忽ち全く新奇な光景を、わしの前に示してくれた。

529 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:43:04.12 ID:eKbnJjjX0.net
恐らく、多くの少女が断然父母の定めた夫を拒絶する心算で、祭壇へ歩んで行くのにも関らず、一人として其目的を果す者の無いのも、かうした訳からに相違ない。

530 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:44:54.87 ID:eKbnJjjX0.net
山をも抜くに足りる意志の力を奮つて、わしは、僧侶などになり度く無いと叫ばうとした。

531 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:46:45.78 ID:eKbnJjjX0.net
彼女はわしにかう云つてくれる。

532 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:48:36.41 ID:eKbnJjjX0.net
其聖杯の葡萄酒を投げすてゝおしまひなさい。

533 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:50:27.33 ID:eKbnJjjX0.net
貴方の神の前では、大ぜいの尊い心性の人たちが、愛の血を流します。

534 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:52:17.79 ID:eKbnJjjX0.net
わしは遂に憎侶となつた。

535 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:54:08.47 ID:eKbnJjjX0.net
それは殆ど手足が彼女の自由にならなくなつてゐたからである。

536 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:55:59.22 ID:eKbnJjjX0.net
わしが戸口を出ようとすると、急に一つの手がわしの手を捕へた――

537 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:57:49.77 ID:eKbnJjjX0.net
そして厳格な、不審さうな一瞥をわしの上に投げた。

538 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 20:59:40.59 ID:eKbnJjjX0.net
そしてわしの部屋へ帰つて独りになるまで、そこにしまつて置いた。

539 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:01:31.45 ID:eKbnJjjX0.net
そこでわしは何度となく推量を逞くして見た。

540 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:03:21.79 ID:eKbnJjjX0.net
そしてわしはもうわし自身の肉体の中に生活しないで、彼女の肉体の中に、しかも彼女の為に生活するやうになつた。

541 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:05:12.62 ID:eKbnJjjX0.net
わしは遂に、わしの現状の恐しさを、判然と理解する事が出来た。

542 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:07:03.52 ID:eKbnJjjX0.net
永久に寺院とか僧院とかの冷い影の中に蹲つて隠れてゐる事だ。

543 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:08:54.16 ID:eKbnJjjX0.net
わしの久しく抑圧してゐた青春は、千年に一度花の咲く蘆薈のやうに、生々と萌え出でて迅雷の響と共に花を開くのだ。

544 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:10:45.04 ID:eKbnJjjX0.net
けれども窓は地を離れる事が遠いので、梯子が無ければ、かうして逃げるなどと云ふ事を考へるだけ愚だと気がついた、其上、わしが夜に乗じて其処から逃げる事が出来たとしても、其後どうして錯雑した街路の迷宮を、わしの思ふ所へ辿り着く事が出来るだらう。

545 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:12:36.12 ID:eKbnJjjX0.net
そしてわしは一廉の貴公子になれるのだ。」

546 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:14:26.77 ID:eKbnJjjX0.net
愉快らしい青年が、楽しさうに「将進酒」

547 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:16:17.65 ID:eKbnJjjX0.net
それが両腕を組んだ中に其喜をぢつと胸に抱き締めてゐるやうに見える。

548 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:18:08.27 ID:eKbnJjjX0.net
わしは、慚愧に堪へないで、頭を胸の上に垂れた。

549 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:19:59.29 ID:eKbnJjjX0.net
悪魔の暗示には耳を傾けぬがよい。

550 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:21:49.92 ID:eKbnJjjX0.net
最も忠実な、最も篤信な人々は、屡々このやうな誘惑を受けるものぢや。

551 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:23:40.73 ID:eKbnJjjX0.net
それだから、明日立てるやうに準備をするがよい。」

552 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:25:31.32 ID:eKbnJjjX0.net
あゝ彼女に手紙を書くと云ふ事さへわしには不可能になるだらう。

553 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:27:22.00 ID:eKbnJjjX0.net
恐らく繻子のやうな手は爪を隠した手袋であるかも知れぬ。

554 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:29:13.08 ID:eKbnJjjX0.net
が、朝が早いので、市はまだ殆ど其眼を開かずにゐた。

555 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:31:04.00 ID:eKbnJjjX0.net
其色の中を、其処此処から白い水沫のやうに、今し方点ぜられた火の煙が上へ/\と昇つて行く。

556 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:32:54.79 ID:eKbnJjjX0.net
彼は眼に手をかざして、わしの指さす方を眺めた。

557 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:34:45.47 ID:eKbnJjjX0.net
おゝ、彼女は知つてゐたであらうか。

558 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:36:36.00 ID:eKbnJjjX0.net
寝衣を着てはゐたけれども――

559 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:38:26.74 ID:eKbnJjjX0.net
の市は終に、永久にわしの眼から隠されてしまつた。

560 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:40:16.96 ID:eKbnJjjX0.net
家は恐しく簡単で、しかも冷酷な清潔が保たれてゐる。

561 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:42:07.67 ID:eKbnJjjX0.net
それは先住の牧師の犬であつた。

562 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:43:58.57 ID:eKbnJjjX0.net
之を聞いて、老婆は我を忘れて喜んだ。

563 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:45:49.38 ID:eKbnJjjX0.net
併しそれも幻に過ぎなかつたらしく、庭の向う側へまはつて見ると唯、砂地の路の上に足跡が一つ残つてゐるばかりであつた――

564 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:47:40.19 ID:eKbnJjjX0.net
そして天恵の泉も、わしには湧かなくなつてしまつたやうに思はれた。

565 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:49:31.40 ID:eKbnJjjX0.net
そして直にわしの物語の事実に話を進めようと思ふ。

566 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:51:22.05 ID:eKbnJjjX0.net
彼は彼の女主人になる或貴夫人が、今息を引取るばかりのところで、是非牧師に来て貰ひたがつてゐると云ふことを話した。

567 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:52:32.67 ID:rG7dYmk/0.net
(^。^)y-~

568 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:53:12.80 ID:eKbnJjjX0.net
伴の馬に遅れまいと、其男が手綱を執つてゐたわしの馬も、宙を飛んで奔馳する。

569 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:55:04.11 ID:eKbnJjjX0.net
わしの案内者とわしと――

570 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:56:55.01 ID:eKbnJjjX0.net
多くの輝いた点が開いてゐる大きな黒い物が、急に眼の前に聳えた。

571 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 21:58:45.94 ID:eKbnJjjX0.net
すると黒人の扈従が――

572 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:00:37.12 ID:eKbnJjjX0.net
「間に合ひませんでした。

573 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:02:27.97 ID:eKbnJjjX0.net
青銅の酒盞に明滅する青い光は、室内を朦朧とさした。

574 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:04:18.97 ID:eKbnJjjX0.net
わしは寝床の上を見るのに忍びないので跪いたまゝ「死者の為の讃美歌」

575 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:06:09.99 ID:eKbnJjjX0.net
柔に生温い空気の中に漂つてゐる。

576 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:08:00.64 ID:eKbnJjjX0.net
刺繍の大きな花で飾られた、赤いダマスコの帳が、黄金の房にくゝられて、うつくしい屍骸を見せてくれるのである。

577 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:09:51.35 ID:eKbnJjjX0.net
閨房の空気はわしを酔はせ、半ば凋んだ薔薇の花の熱を病んだやうな匂はわしの頭脳に滲み込んだ。

578 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:11:41.91 ID:eKbnJjjX0.net
あの黒人の扈従は外の貴夫人に傭はれたのではないだらうか。

579 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:13:32.66 ID:eKbnJjjX0.net
の影で浄められてゐるとは云へ、常よりも更に淫惑な感じを起さしめた。

580 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:15:24.02 ID:eKbnJjjX0.net
そして、彼女の眠を醒ますまいと息をひそめながら其経帷子を上げて見た。

581 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:17:14.67 ID:eKbnJjjX0.net
青ざめた頬、やゝ色の褪せた唇の肉色、其白い皮膚に黒い房をうき出させる長い睫毛、其等の物が皆彼女に悲しい貞淑と内心の苦痛との云ふ可らざる妖艶な容子を与へてゐる。

582 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:19:05.50 ID:eKbnJjjX0.net
がこの美しい肉体を永久に去つたと云ふ事が信じられなくなつて来た。

583 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:20:56.41 ID:eKbnJjjX0.net
わしは徒にわしの生命を一塊の物質に集めてそれを彼女に与へたいと思つた。

584 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:22:47.31 ID:eKbnJjjX0.net
竪琴の最後の響のやうな、懶い美しい声である。

585 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:24:37.81 ID:eKbnJjjX0.net
貴方の接吻で一寸の間かへつて来た命を、貴方に返してあげませうね。

586 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:26:28.43 ID:eKbnJjjX0.net
先住の老犬が、夜着の外へ垂れたわしの手を舐めてゐる。

587 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:28:19.10 ID:eKbnJjjX0.net
わしがきれ/″\な考を思合せる事が出来るやうになつた時に、わしは其恐しい夜の凡ての出来事を心の中に思ひ浮べた。

588 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:30:09.54 ID:eKbnJjjX0.net
急いで来てくれたのは、彼から云へばわしに対する愛情ある興味を証拠立てゝゐるのであるが、其訪問は、当然わしの感ずべき愉快さへも与へてくれなかつた。

589 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:32:00.05 ID:eKbnJjjX0.net
わしは是等の問ひを出来る丈、短く答へたが、彼は何時でもわしの答を待たずに、急いで一つの問題から一つの問題へ移つて行つたのである。

590 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:33:50.78 ID:eKbnJjjX0.net
客人たちは皆黒人の奴隷に給仕もして貰つたさうな。

591 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:35:41.47 ID:eKbnJjjX0.net
わしは彼がクラリモンドの名を口にした時に思はず躍り立たずには居られなかつた。

592 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:37:32.26 ID:eKbnJjjX0.net
クラリモンドの墓は、三重の封印でもせねばなるまい。

593 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:39:23.00 ID:eKbnJjjX0.net
がクラリモンドの記憶と老年の僧院長の語とは一刻もわしを離れない。

594 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:41:13.95 ID:eKbnJjjX0.net
その光に霑された彼女の指は、薔薇色にすきとほつて、それが亦次第に不透明な、牛乳のやうに白い、裸身の腕に溶けこんでゐる。

595 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:43:04.75 ID:eKbnJjjX0.net
わしが前に気の附いた、髪にさしてある小さな青い花も今は見る影もなく枯れ凋んで、殆どのこらず葉を振ひつくしてゐるが、之とても彼女の愛らしさを妨げる事はない――

596 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:44:55.62 ID:eKbnJjjX0.net
でも私は遠い処から来たのよ、それはずうつと遠い処なの。

597 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:46:46.51 ID:eKbnJjjX0.net
を負かさなければならないからだわ。

598 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:48:37.41 ID:eKbnJjjX0.net
わしは何度となくそれを接吻した。

599 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:50:27.97 ID:eKbnJjjX0.net
少くも彼女は何等さうした姿を示さなかつた。

600 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:52:18.69 ID:eKbnJjjX0.net
可愛いゝロミュアル、さうして方々探してあるいてゐたのだわ。

601 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:54:09.31 ID:eKbnJjjX0.net
「私、ほんたうに神様が憎くらしいわ、貴方はあの時も神様が好きだつたし、今でも私より好きなのね。

602 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:55:59.92 ID:eKbnJjjX0.net
彼女は其美しい胸にわしを抱きながら叫んだ。

603 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:57:50.82 ID:eKbnJjjX0.net
とわしは夢中になつて叫んだ。

604 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 22:59:41.49 ID:eKbnJjjX0.net
彼女は軽く唇を、わしの額にふれた。

605 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:01:32.02 ID:eKbnJjjX0.net
そしてわしは来るべき事実に対する多少の予感を抱きながら、凡ての妄想を払つて、清浄な眠を守り給はむ事を神に祈つた後に、遂に床に就いたのであつた。

606 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:03:22.83 ID:eKbnJjjX0.net
「さあ、よく寝てゐる方や、これが貴方の御支度なの。

607 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:05:13.79 ID:eKbnJjjX0.net
今時分はもう此処から三十哩も先きへ行つてゐる筈だつたのよ。」

608 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:07:04.47 ID:eKbnJjjX0.net
わしはもう、何時ものわしではない。

609 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:08:55.45 ID:eKbnJjjX0.net
わしの衣裳の精霊は、わしの皮膚の中に滲み入つて、十分たつかたたぬ中にわしはどうやら一廉の豪華の児になつてしまつた。

610 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:10:46.10 ID:eKbnJjjX0.net
戸と云ふ戸は、彼女が手をふれると忽ちに開くのである。

611 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:12:36.85 ID:eKbnJjjX0.net
何故と云へば彼等は風のやうに疾いからである。

612 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:14:27.45 ID:eKbnJjjX0.net
其間にわしは凡ての事を忘れてゐた。

613 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:16:18.17 ID:eKbnJjjX0.net
貴公子の道楽者は僧侶を馬鹿にするし、僧侶は、貴公子の放埒を罵るのである。

614 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:18:08.56 ID:eKbnJjjX0.net
これがわしの不思議に思ふ一つの変則なのである。

615 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:19:59.21 ID:eKbnJjjX0.net
わしはと云ふと又王子のやうな宮臣の一列を従へて、常に大国の四福音宣伝師か十二使徒の一人と一家ででもあるやうな、畏敬を以て迎へられてゐた。

616 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:21:50.14 ID:eKbnJjjX0.net
わしは実に狂気のやうに彼女を愛してゐたのである。

617 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:23:40.96 ID:eKbnJjjX0.net
彼女自身によつて目醒まされた、清浄な青春の愛である。

618 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:25:32.06 ID:eKbnJjjX0.net
顔の色も日にまし青ざめる。

619 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:27:22.87 ID:eKbnJjjX0.net
それはわしが一分でも彼女の側を離れたくないと思つたからである。

620 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:29:13.44 ID:eKbnJjjX0.net
と、次第に彼女の瞼は垂れ、緑色の眼の瞳は円いと云ふよりも、寧ろ楕円になつた。

621 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:31:04.18 ID:eKbnJjjX0.net
「私はまだ長い間貴方を愛してあげる事が出来てよ。

622 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:32:54.69 ID:eKbnJjjX0.net
丁度其の夜、睡がわしを牧師館に移した時に、わしは僧院長セラピオンが平素よりは一層真面目な、一層気づかはしさうな顔をしてゐるのを見た。

623 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:34:45.49 ID:eKbnJjjX0.net
わしは杯をとり上げて、口へ持つてゆく真似をして、それから、後で飲むつもりのやうに手近にあつた家具の上へのせて置いた。

624 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:36:36.44 ID:eKbnJjjX0.net
貴方はまだ私を愛してゐるのですから、私はまだ死なれません……

625 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:38:27.28 ID:eKbnJjjX0.net
其時わしは、彼女がわしの腕を執りながら、其上に落す涙を感じたのであつた。

626 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:40:18.01 ID:eKbnJjjX0.net
そして喜んで其人工の生命を与へるに足る丈の血潮を、自ら進んで与へようと思つた。

627 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:42:08.68 ID:eKbnJjjX0.net
そしてわしは、わしの肉を苦しめ制する為に、何か新しい贖罪を発明するのさへ、想像するに苦しむやうになつた。

628 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:43:59.58 ID:eKbnJjjX0.net
尤も非常に出た策だと云ふ嫌はあるが役には立つに相違ない。

629 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:45:50.60 ID:eKbnJjjX0.net
それは此様な怖しい存在は続けられる事も、堪へられる事も出来なかつたからである。

630 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:47:41.17 ID:eKbnJjjX0.net
とセラピオンが呟いた。

631 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:49:32.00 ID:eKbnJjjX0.net
外から誰でもわし達を見る人があつたなら、其人はわし達を神の僧侶と思ふよりは寧ろ涜神の痴者が経帷子を盗む者と思つたに相違ない。

632 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:51:22.82 ID:eKbnJjjX0.net
わしは、頭上に油然と流れてゐる黒雲の内臓から、火の三戟刑具が迸り出でて、彼を焦土とするやうに祈祷しようかとさへ思つてゐた。

633 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:53:13.60 ID:eKbnJjjX0.net
それから彼は柩の蓋を捩ぢはなした。

634 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:55:04.55 ID:eKbnJjjX0.net
憐む可きクラリモンドは、聖水がかゝると共に、美しい肉体も忽ち塵土となつて、唯、形もない、恐しい灰燼の一塊と、半ば爛壊した腐骨の一堆とが残つた。

635 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:56:55.17 ID:eKbnJjjX0.net
が、唯一度、其次の夜にわしはクラリモンドに逢つた。

636 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/03(木) 23:58:45.95 ID:eKbnJjjX0.net
彼女は煙のやうに空中に消えた。

637 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:00:36.62 ID:xibAyjiD0.net
兄弟よ、之がわしの若い時の話なのだ。

638 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:02:27.42 ID:xibAyjiD0.net
すると其少尉の一人が横須賀でSとSの細君と二人で散歩してゐるのに遇つたら、よくよく中てられたと見えて、其晩から腹が下つたと云ふ話をした。

639 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:04:18.10 ID:xibAyjiD0.net
素人眼には、小蒸汽の艫に推進機が起してゐる、白い泡を見ても、どれほどその爲にこの二萬九千噸の巡洋艦が動いてゐるかわからない。

640 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:06:08.56 ID:xibAyjiD0.net
僕はそれを聞くと同時に長谷にある古道具屋を思ひ出した。

641 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:07:59.18 ID:xibAyjiD0.net
食卓につくと、すぐにボイが食事を持つて來てくれる。

642 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:09:49.92 ID:xibAyjiD0.net
そこで僕はこの際、いろんな人の顏を覺えた。

643 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:11:40.29 ID:xibAyjiD0.net
投げこんでゐると云ふだけでは、甚だ振はないが、實はまるで昔の武藝者が鎖鎌でも使ふやうな調子で、その分銅のついた長い綱をびゆうびゆう頭の上でふりしながら、艦の進むのに從つて出來る丈け遠くへ勢ひよく抛りこむのである。

644 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:13:31.14 ID:xibAyjiD0.net
僕たちは皆な背をかがめてそのハムモツクの下を這ふやうにして歩いた。

645 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:15:21.88 ID:xibAyjiD0.net
こんな事を考へながらふと頭をあげると、一人の水兵の讀んでゐる本の表紙が、突然僕の鼻の先へ出た。

646 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:17:12.36 ID:xibAyjiD0.net
それが白い陶器の湯槽の中で、明礬のやうに青く見えた。

647 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:19:03.07 ID:xibAyjiD0.net
その晩はそれが索麪だつた。

648 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:20:53.82 ID:xibAyjiD0.net
何でも國防計畫か何かを論じてゐるらしい。

649 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:22:44.69 ID:xibAyjiD0.net
それがどうにか、かうにか、會話らしい體裁を備へて進行したのは、全く僕がイエスともノオともつかない返事をして、巧に先方の耳目を瞞著したおかげである。

650 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:24:35.39 ID:xibAyjiD0.net
僕はハンドレエルにつかまつて、遙か下の海面を覗込んだ。

651 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:26:26.02 ID:xibAyjiD0.net
二人は低い聲で笑つた。

652 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:28:16.87 ID:xibAyjiD0.net
その狹い所に、煤煙でまつ黒になつた機關兵が色硝子をはめた眼鏡を頸へかけながら忙しさうに動いてゐる。

653 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:30:07.33 ID:xibAyjiD0.net
その中に機關兵の一人が、僕にその色硝子の眼鏡を借してくれた。

654 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:31:58.18 ID:xibAyjiD0.net
よく見ると、側面の鐵の板に、人一人がやつと這ひこめる位な穴が明いてゐる。

655 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:33:48.72 ID:xibAyjiD0.net
あれのやうな具合である。

656 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:35:39.23 ID:xibAyjiD0.net
さうして、誰よりも先きに、元の入口をボイラアの前へ這ひ出した。

657 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:37:29.95 ID:xibAyjiD0.net
それがどこへ行つても、空氣が息苦しい位生暖かくつて、いろんな機械が猛烈に動いてゐて、鐵の床や手すりが油でぴかぴか光つてゐて、僕のやうな勞働に縁の遠いものは、五分とそこにゐると、神經にこたへてしまふ。

658 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:39:20.57 ID:xibAyjiD0.net
ケエプスタンの上に、甲板士官がのつてゐるのは、音頭をとつてゐるのであらう。

659 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:41:11.22 ID:xibAyjiD0.net
主計長の案内で吃水線下二十何呎の倉庫へはいつたり、軍醫長の案内で蒸し暑い戰時治療室を見たりしたら、大分足がくたびれた。

660 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:43:01.86 ID:xibAyjiD0.net
これは僕の髮の毛が百日鬘の樣だからださうだが、もし夫れ人相に至つては、夫子自身の方が遙かによく自來也の俤を備へてゐた。

661 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:44:52.47 ID:xibAyjiD0.net
彼と僕とは今朝雨の晴れ間を見て、前部艦橋からマストを攀のぼつて、檣樓へ上つて來たのである。

662 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:46:43.12 ID:xibAyjiD0.net
明くる朝、飯も食はずに上甲板へ出て見たら、海の色がまるで變つてゐるのに驚いた。

663 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:48:33.31 ID:xibAyjiD0.net
が、陸に近いと云ふ事は何となく愉快である。

664 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:50:24.20 ID:xibAyjiD0.net
唯だ、蝶を見てゐたと云つたのでは、云ひ足りない。

665 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:52:14.58 ID:xibAyjiD0.net
芸術の為の芸術は、一歩を転ずれば芸術遊戯説に堕ちる。

666 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:54:05.18 ID:xibAyjiD0.net
勿論人間は自然の与へた能力上の制限を越える事は出来ぬ。

667 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:55:55.82 ID:xibAyjiD0.net
それはもつと不思議な性質のものだ。

668 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:57:46.36 ID:xibAyjiD0.net
いや、芸術の境に停滞と云ふ事はない。

669 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 00:59:36.65 ID:xibAyjiD0.net
さう考へる時、寂しい気がするものは、独り僕だけだらうか。

670 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:01:27.26 ID:xibAyjiD0.net
簡単な例をとつて見てもわかる。

671 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:03:18.07 ID:xibAyjiD0.net
が、その言葉の内容の上では、真に相隔つ事白雲万里だ。

672 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:05:08.83 ID:xibAyjiD0.net
内容を手際よく拵へ上げたものが形式ではない。

673 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:06:59.37 ID:xibAyjiD0.net
しかし誤つた形式偏重論を奉ずるものも災だ。

674 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:08:50.15 ID:xibAyjiD0.net
僕は始めて「戦争と平和」

675 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:10:41.20 ID:xibAyjiD0.net
これは勿論僕もやり兼ねないと云ふ意味だ。

676 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:12:31.60 ID:xibAyjiD0.net
その作家自身に対しても。」

677 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:14:22.12 ID:xibAyjiD0.net
僕は芸術上のあらゆる反抗の精神に同情する。

678 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:16:13.09 ID:xibAyjiD0.net
唯、一種の自働偶人なのだ。

679 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:18:03.69 ID:xibAyjiD0.net
この必然の方則を活用する事が、即謂ふ所の技巧なのだ。

680 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:19:54.03 ID:xibAyjiD0.net
が、芸術に於ける単純さと云ふものは、複雑さの極まつた単純さなのだ。

681 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:21:44.73 ID:xibAyjiD0.net
御恥しいが僕の悪作の中にはさう云ふ器用さだけの作品も交つてゐる。

682 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:23:35.34 ID:xibAyjiD0.net
神田同朋町の銭湯松の湯では、朝から相変らず客が多かった。

683 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:25:26.08 ID:xibAyjiD0.net
第一に湯を使う音や桶を動かす音がする。

684 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:27:16.81 ID:xibAyjiD0.net
年のころは六十を越していよう。

685 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:29:07.29 ID:xibAyjiD0.net
老人は片々の足を洗ったばかりで、急に力がぬけたように手拭の手を止めてしまった。

686 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:30:58.00 ID:xibAyjiD0.net
一切の塵労を脱して、その「死」

687 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:32:52.95 ID:xibAyjiD0.net
柘榴口の中の歌祭文にも、めりやすやよしこのの声が加わった。

688 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:34:48.31 ID:xibAyjiD0.net
これは風呂から出て、ちょうど上がり湯を使おうとしたところらしい。

689 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:36:39.20 ID:xibAyjiD0.net
それがいったんつかまって拷問されたあげくに、荘介に助けられる。

690 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:38:29.68 ID:xibAyjiD0.net
彼はもちろん彼の著作の愛読者に対しては、昔からそれ相当な好意を持っている。

691 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:40:20.26 ID:xibAyjiD0.net
いや、これはとんだ失礼を申し上げました。」

692 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:42:11.20 ID:xibAyjiD0.net
彼の視力は幸福なことに(?)

693 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:44:01.98 ID:xibAyjiD0.net
「いや、まったく性に合わないと見えて、いまだにとんと眼くらの垣覗きさ。」

694 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:45:52.79 ID:xibAyjiD0.net
だからいかに巧みに詠みこなしてあっても、一句一首のうちに表現されたものは、抒情なり叙景なり、わずかに彼の作品の何行かを充すだけの資格しかない。

695 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:47:43.56 ID:xibAyjiD0.net
平吉はしぼった手拭で、皮膚が赤くなるほど、ごしごし体をこすりながら、やや遠慮するような調子で、こう言った。

696 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:49:34.51 ID:xibAyjiD0.net
そうしてみれば、今その反対に、自分が歌や発句を作ることの出来ない人間と見られたにしても、それを不満に思うのは、明らかに矛盾である。

697 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:51:25.55 ID:xibAyjiD0.net
痰も馬琴の浴びた湯に、流されてしまった。

698 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:53:16.53 ID:xibAyjiD0.net
よろしゅうございますか。

699 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:55:07.34 ID:xibAyjiD0.net
柘榴口の中は、夕方のようにうす暗い。

700 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:56:57.76 ID:xibAyjiD0.net
そこへ胸の悪い「銭湯の匂い」

701 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 01:58:48.48 ID:xibAyjiD0.net
その音とともに、日覆をはためかすのは、おおかた蝙蝠の羽音であろう。

702 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:00:39.00 ID:xibAyjiD0.net
「曲亭先生の、著作堂主人のと、大きなことを言ったって、馬琴なんぞの書くものは、みんなありゃ焼き直しでげす。

703 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:02:29.87 ID:xibAyjiD0.net
湯気にさえぎられて、はっきりと見えないが、どうもさっき側にいた眇の小銀杏ででもあるらしい。

704 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:04:20.29 ID:xibAyjiD0.net
お染久松がお染久松じゃ書けねえもんだから、そら松染情史秋七草さ。

705 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:06:11.03 ID:xibAyjiD0.net
あの手合いの書くものには天然自然の人間が出ていやす。

706 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:08:01.69 ID:xibAyjiD0.net
だから馬琴は、この年まで自分の読本に対する悪評は、なるべく読まないように心がけて来た。

707 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:09:52.17 ID:xibAyjiD0.net
「とにかく、馬琴は食わせ物でげす。

708 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:11:42.87 ID:xibAyjiD0.net
そうして、それが、いかなる点から考えてみても、一顧の価のない愚論だという事実を、即座に証明することが出来た。

709 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:13:33.29 ID:xibAyjiD0.net
「どうして己は、己の軽蔑している悪評に、こう煩わされるのだろう。」

710 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:15:23.73 ID:xibAyjiD0.net
同じ神経作用から来ているという事実にも、もちろん彼はとうから気がついていた。

711 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:17:14.29 ID:xibAyjiD0.net
「最後に、そういう位置へ己を置いた相手が、あの眇だという事実も、確かに己を不快にしている。

712 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:19:04.87 ID:xibAyjiD0.net
いくら鳶が鳴いたからといって、天日の歩みが止まるものではない。

713 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:20:55.62 ID:xibAyjiD0.net
「今日も朝のうちはつぶされるな。」

714 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:22:46.64 ID:xibAyjiD0.net
坊ちゃんとごいっしょに。」

715 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:24:37.37 ID:xibAyjiD0.net
壁に沿うては、五十に余る本箱が、ただ古びた桐の色を、一面に寂しく並べている。

716 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:26:27.97 ID:xibAyjiD0.net
「大分にお待ちなすったろう。

717 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:28:18.36 ID:xibAyjiD0.net
彼は特に、和泉屋のこの感服を好まないのである。

718 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:30:08.89 ID:xibAyjiD0.net
だから、彼は大いに強硬な意志を持っていると、必ずそれに反比例する、いかにもやさしい声を出した。

719 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:31:59.81 ID:xibAyjiD0.net
と言ったかと思うと、市兵衛は煙管で灰吹きを叩いたのが相図のように、今までの話はすっかり忘れたという顔をして、突然鼠小僧次郎太夫の話をしゃべり出した。

720 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:33:50.59 ID:xibAyjiD0.net
その己惚れはもちろん、よく馬琴の癇にさわった。

721 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:35:40.97 ID:xibAyjiD0.net
引き廻しを見たものの話を聞きますと、でっぷりした、愛嬌のある男だそうで、その時は紺の越後縮の帷子に、下へは白練の単衣を着ていたと申しますが、とんと先生のお書きになるものの中へでも出て来そうじゃございませんか。」

722 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:37:31.62 ID:xibAyjiD0.net
鼠小僧はここに至って、たちまちまた元の原稿の催促へ舞い戻った。

723 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:39:22.37 ID:xibAyjiD0.net
してみると、これは私の無理を通させる方が、結局両方のためになるだろうと思うが。」

724 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:41:12.81 ID:xibAyjiD0.net
書きたくも、暇がないんだから、しかたがない。」

725 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:43:03.46 ID:xibAyjiD0.net
市兵衛は、どういう気か、すべて作者の名前を呼びすてにする習慣がある。

726 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:44:54.14 ID:xibAyjiD0.net
「それから手前どもでも、春水を出そうかと存じております。

727 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:46:44.81 ID:xibAyjiD0.net
が、それにもかかわらず、今市兵衛が呼びすてにするのを聞くと、依然として不快の情を禁ずることが出来ない。

728 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:48:35.41 ID:xibAyjiD0.net
ときに先生なぞは、やはりお早い方でございますか。」

729 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:50:26.03 ID:xibAyjiD0.net
そこで彼は、眼を床の紅楓黄菊の方へやりながら、吐き出すようにこう言った。

730 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:52:16.66 ID:xibAyjiD0.net
「私と為永さんとは違う。」

731 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:54:06.92 ID:xibAyjiD0.net
日の光をいっぱいに浴びた庭先には、葉の裂けた芭蕉や、坊主になりかかった梧桐が、槇や竹の緑といっしょになって、暖かく何坪かの秋を領している。

732 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:55:57.33 ID:xibAyjiD0.net
が、自分は相手の下等さによって、自分もまたその下等なことを、しなくてはならないところまで押しつめられたのである。

733 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:57:47.87 ID:xibAyjiD0.net
ついてはこういう田舎にいては、何かと修業の妨げになる。

734 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 02:59:38.73 ID:xibAyjiD0.net
せっかくだが御依頼通りになりかねるという彼の返事は、むしろ彼としては、鄭重を極めていた。

735 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:01:29.57 ID:xibAyjiD0.net
その後杳として消息を聞かないが、彼はまだ今まで、読本の稿を起しているだろうか。

736 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:03:20.18 ID:xibAyjiD0.net
この自然とあの人間と――

737 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:05:10.96 ID:xibAyjiD0.net
うちの中は森としている。

738 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:07:01.84 ID:xibAyjiD0.net
が芸術に与える価値と、彼の心情が芸術に与えようとする価値との間には、存外大きな懸隔がある。

739 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:08:52.04 ID:xibAyjiD0.net
水滸伝の一節が、たまたま彼の気分の上に、予想外の結果を及ぼしたのにも、実はこんな理由があったのである。

740 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:10:42.64 ID:xibAyjiD0.net
「今日は拝借した書物を御返却かたがた、お目にかけたいものがあって、参上しました。」

741 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:12:33.10 ID:xibAyjiD0.net
林間に散っている黄葉と、林梢に群がっている乱鴉と、――

742 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:14:23.66 ID:xibAyjiD0.net
崋山は、鬚の痕の青い顋を撫でながら、満足そうにこう言った。

743 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:16:14.20 ID:xibAyjiD0.net
「古人の絵を見るたびに、私はいつもどうしてこう描けるだろうと思いますな。

744 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:18:04.90 ID:xibAyjiD0.net
だから私どもはただ、古人と後生との間にはさまって、身動きもならずに、押され押され進むのです。

745 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:19:55.58 ID:xibAyjiD0.net
そうして二人とも、秋の日の静かな物音に耳をすませた。

746 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:21:46.06 ID:xibAyjiD0.net
しかしどうしても、これで行けるところまで行くよりほかはない。

747 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:23:36.72 ID:xibAyjiD0.net
二人は声を立てて、笑った。

748 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:25:27.25 ID:xibAyjiD0.net
「いや、大いにありますよ。」

749 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:27:17.81 ID:xibAyjiD0.net
言わばあれは、猿が鏡を見て、歯をむき出しているようなものでしょう。

750 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:29:08.68 ID:xibAyjiD0.net
そうそう一度などは獄屋へ衣食を送る件を書いたので、やはり五六行削られたことがありました。」

751 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:30:59.09 ID:xibAyjiD0.net
「御老人は、このごろ心細いことばかり言われますな。」

752 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:32:50.22 ID:xibAyjiD0.net
笑わなかったばかりではない。

753 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:34:40.90 ID:xibAyjiD0.net
が、崋山は微笑したぎり、それには答えようともしなかった。

754 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:36:31.42 ID:xibAyjiD0.net
「今の己の心もちが悪いのだ。

755 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:38:22.12 ID:xibAyjiD0.net
すると、これもまたいたずらに粗雑な文句ばかりが、糅然としてちらかっている。

756 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:40:12.77 ID:xibAyjiD0.net
彼が数日を費やして書き上げた何回分かの原稿は、今の彼の眼から見ると、ことごとく無用の饒舌としか思われない。

757 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:42:03.48 ID:xibAyjiD0.net
そういう一切の文房具は、皆彼の創作の苦しみに、久しい以前から親んでいる。

758 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:43:54.16 ID:xibAyjiD0.net
が、それだけにまた、同時代の屑々たる作者輩に対しては、傲慢であるとともにあくまでも不遜である。

759 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:45:44.53 ID:xibAyjiD0.net
が、孫の太郎は襖を開けるや否や、子供のみが持っている大胆と率直とをもって、いきなり馬琴の膝の上へ勢いよくとび上がった。

760 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:47:34.95 ID:xibAyjiD0.net
外気にさらされた頬が赤くなって、小さな鼻の穴のまわりが、息をするたびに動いている。

761 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:49:25.47 ID:xibAyjiD0.net
癇癪を起しちゃいけませんって。」

762 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:51:16.21 ID:xibAyjiD0.net
いろんなことがあるの。」

763 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:53:06.85 ID:xibAyjiD0.net
太郎は悪戯そうに、ちょいと彼の顔を見た。

764 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:54:57.54 ID:xibAyjiD0.net
彼の唇には幸福な微笑が浮んだ。

765 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:56:48.22 ID:xibAyjiD0.net
馬琴は薄暗い円行燈の光のもとで、八犬伝の稿をつぎ始めた。

766 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 03:58:38.74 ID:xibAyjiD0.net
起すことを知らなければ、一度燃えても、すぐにまた消えてしまう。……

767 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:00:29.05 ID:xibAyjiD0.net
筆はおのずから勢いを生じて、一気に紙の上をすべりはじめる。

768 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:02:19.41 ID:xibAyjiD0.net
しかし光の靄に似た流れは、少しもその速力をゆるめない。

769 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:04:09.92 ID:xibAyjiD0.net
あるいは恍惚たる悲壮の感激である。

770 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:06:00.53 ID:xibAyjiD0.net
「お父様はまだ寝ないかねえ。」

771 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:07:50.94 ID:xibAyjiD0.net
お路も黙って針を運びつづけた。

772 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:09:41.62 ID:xibAyjiD0.net
それも己の憎む相手を殺すのだったら、己は何もこんなに心苦しい思いをしなくてもすんだのだが、己は今夜、己の憎んでいない男を殺さなければならない。

773 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:11:32.38 ID:xibAyjiD0.net
衣川の口から渡が袈裟を得るために、どれだけ心を労したかを聞いた時、己は現にあの男を可愛く思った事さえある。

774 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:13:23.05 ID:xibAyjiD0.net
己と袈裟との間の恋愛は、今と昔との二つの時期に別れている。

775 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:15:13.56 ID:xibAyjiD0.net
己は恥しながら、然りと答える勇気はない。

776 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:17:04.04 ID:xibAyjiD0.net
そうしてそれに成功した。

777 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:18:54.73 ID:xibAyjiD0.net
皮膚は一体に光沢を失って、目のまわりにはうす黒く暈のようなものが輪どっている。

778 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:20:45.37 ID:xibAyjiD0.net
袈裟は己と向い合っていると、あの女が夫の渡に対して持っている愛情を、わざと誇張して話して聞かせる。

779 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:22:36.04 ID:xibAyjiD0.net
それにも関らず、己はその嘘だと云う事を信じていた。

780 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:24:26.66 ID:xibAyjiD0.net
とにかく己はそう云ういろいろな動機で、とうとう袈裟と関係した。

781 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:26:17.20 ID:xibAyjiD0.net
もしそれまでの己があの女を愛していたとしたら、その愛はあの日を最後として、永久に消えてしまったのだ。

782 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:28:11.87 ID:xibAyjiD0.net
しかし己は、そう囁いた。

783 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:30:02.22 ID:xibAyjiD0.net
それでも己が渡を殺そうと云った、動機が十分でなかったなら、後は人間の知らない力が、(天魔波旬とでも云うが好い。)

784 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:31:52.49 ID:xibAyjiD0.net
と同時に、失望に似た心もちが、急に己の目ろみの恐しさを、己の眼の前へ展げて見せた。

785 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:33:43.16 ID:xibAyjiD0.net
己が日と時刻とをきめて、渡を殺す約束を結ぶような羽目に陥ったのは、完く万一己が承知しない場合に、袈裟が己に加えようとする復讐の恐怖からだった。

786 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:35:33.86 ID:xibAyjiD0.net
しかもこの己の恐怖は、己が誓言をした後で、袈裟が蒼白い顔に片靨をよせながら、目を伏せて笑ったのを見た時に、裏書きをされたではないか。

787 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:37:24.53 ID:xibAyjiD0.net
それも決して嘘ではない。

788 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:39:15.22 ID:xibAyjiD0.net
どこかで今様を謡う声がする。

789 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:41:05.51 ID:xibAyjiD0.net
ああ、私はまるで傀儡の女のようにこの恥しい顔をあげて、また日の目を見なければならない。

790 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:42:55.73 ID:xibAyjiD0.net
あの人は私を怖がっている。

791 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:44:46.51 ID:xibAyjiD0.net
あの人はきっと忍んで来るのに違いない。……

792 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:46:36.80 ID:xibAyjiD0.net
私はただ、口惜しかった。

793 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:48:27.59 ID:xibAyjiD0.net
そうしてあの人の胸に顔を当てる、熱に浮かされたような一瞬間にすべてを欺こうとしたのであろうか。

794 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:50:17.89 ID:xibAyjiD0.net
そうしてそれから私は一体何をしていたのであろう。

795 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:52:08.52 ID:xibAyjiD0.net
しかし私は、やはりこの恐しい語のために、慰められたのではなかったろうか。

796 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:53:59.39 ID:xibAyjiD0.net
それがこの時、夫の事を、あの内気な夫の事を、――

797 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:55:50.10 ID:xibAyjiD0.net
私はまた、乳母と見た月蝕の暗さを思い出してしまう。

798 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:57:40.69 ID:xibAyjiD0.net
私はもっと卑しかった。

799 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 04:59:31.25 ID:xibAyjiD0.net
ああ、私は生き甲斐がなかったばかりではない。

800 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:01:21.80 ID:xibAyjiD0.net
あの日以来の苦しい思が、今夜でやっと尽きるかと思えば、流石に気の緩むような心もちもする。

801 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:03:12.72 ID:xibAyjiD0.net
この燈台の光でさえそう云う私には晴れがましい。

802 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:05:03.34 ID:xibAyjiD0.net
日本利あらずして退く。

803 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:06:53.81 ID:xibAyjiD0.net
何も金将軍の伝説ばかり一粲に価する次第ではない。

804 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:08:44.38 ID:xibAyjiD0.net
僕は全然人かげのない松の中の路を散歩してゐた。

805 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:10:34.65 ID:xibAyjiD0.net
しかしそこは自動車などのはひる筈のない小みちだつた。

806 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:12:25.04 ID:xibAyjiD0.net
僕は風呂へはひりに行つた。

807 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:14:15.46 ID:xibAyjiD0.net
(以上東屋にゐるうち)

808 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:16:06.09 ID:xibAyjiD0.net
子供は小さい竹の皮を兎のやうに耳につけてゐた。

809 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:17:56.68 ID:xibAyjiD0.net
すると女中は頓狂な調子で「あら、ほんたうにたかつてゐる」

810 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:19:47.29 ID:xibAyjiD0.net
僕はこの頃空の曇つた、風の強い日ほど恐しいものはない。

811 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:21:37.71 ID:xibAyjiD0.net
が、二三日たつた後、妻とそこを通つて見ると、そんな家は見えなかつた。

812 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:23:28.28 ID:xibAyjiD0.net
これは異本「伊曾保の物語」

813 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:25:19.11 ID:xibAyjiD0.net
天下の諸人は阿呆ばかりぢや。

814 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:27:09.93 ID:xibAyjiD0.net
すると馬も創を受けたのであろう。

815 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:29:00.52 ID:xibAyjiD0.net
こう心の中に繰返しながら、彼は全く機械的に、汗みずくになった馬の腹を何度も靴の踵で蹴った。

816 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:30:50.96 ID:xibAyjiD0.net
だから彼等は馬の頭を立て直すと、いずれも犬のように歯をむき出しながら、猛然として日本騎兵のいる方へ殺到した。

817 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:32:41.46 ID:xibAyjiD0.net
とにかくその間中何小二は自分にまるで意味を成さない事を、気違いのような大声で喚きながら、無暗に軍刀をふりまわしていた。

818 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:34:32.02 ID:xibAyjiD0.net
が、こっちの軍刀に触れたのは、相手の軍帽でもなければ、その下にある頭でもない。

819 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:36:22.55 ID:xibAyjiD0.net
人馬の声や軍刀の斬り合う音は、もういつの間にか消えてしまった。

820 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:38:12.86 ID:xibAyjiD0.net
彼は永久にこの世界に別れるのが、たまらなく悲しかった。

821 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:40:03.49 ID:xibAyjiD0.net
それほどもう彼は弱ってでもいたのであろう。

822 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:41:54.16 ID:xibAyjiD0.net
私を兵卒にした事情に幾分でも関係のある人間が、皆私には敵と変りがない。

823 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:43:45.03 ID:xibAyjiD0.net
が、この平地が次第に緩い斜面をつくって、高粱と高粱との間を流れている、幅の狭い濁り川が、行方に明く開けた時、運命は二三本の川楊の木になって、もう落ちかかった葉を低い梢に集めながら、厳しく川のふちに立っていた。

824 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:45:35.81 ID:xibAyjiD0.net
成程創の疼みは、いつかほとんど、しなくなった。

825 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:47:26.48 ID:xibAyjiD0.net
しかし彼の眼と蒼空との間には実際そこになかった色々な物が、影のように幾つとなく去来した。

826 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:49:16.94 ID:xibAyjiD0.net
何小二はその胡麻の中に立っている、自分や兄弟たちの姿を探して見た。

827 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:51:07.17 ID:xibAyjiD0.net
竹で造った骨組みの上へ紙を張って、それに青と赤との画の具で、華やかな彩色が施してある。

828 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:52:57.75 ID:xibAyjiD0.net
しなやかにまがった指の先には、うす白い爪が柔らかく肉の色を隔てている。

829 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:54:48.60 ID:xibAyjiD0.net
何小二は心の底から、今までに一度も感じた事のない、不思議な寂しさに襲われた。

830 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:56:39.12 ID:xibAyjiD0.net
そうしてまた同じような速力で、慌しくどこかへ消えてしまった。

831 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 05:58:29.50 ID:xibAyjiD0.net
そうしてまた、誰をでも赦したかった。

832 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:00:20.35 ID:xibAyjiD0.net
日清両国の間の和が媾ぜられてから、一年ばかりたった、ある早春の午前である。

833 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:02:10.83 ID:xibAyjiD0.net
そこで咄嗟に、戦争に関係した奇抜な逸話を予想しながら、その紙面へ眼をやると、果してそこには、日本の新聞口調に直すとこんな記事が、四角な字ばかりで物々しく掲げてあった。

834 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:04:01.28 ID:xibAyjiD0.net
すると木村少佐は、ゆっくり葉巻の煙を吐きながら、鷹揚に微笑して、

835 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:05:51.95 ID:xibAyjiD0.net
まさかアッタッシェの癖に、新聞記者と一しょになって、いい加減な嘘を捏造するのではあるまいね。」

836 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:07:42.29 ID:xibAyjiD0.net
「それがあの頃は、極正直な、人の好い人間で、捕虜の中にも、あんな柔順なやつは珍らしいくらいだったのだ。

837 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:09:32.89 ID:xibAyjiD0.net
「それが戦争がすむと、すぐに無頼漢になったのか。

838 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:11:23.40 ID:xibAyjiD0.net
やはりそう感じたろう。

839 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:13:14.26 ID:xibAyjiD0.net
が、今度はもう間に合わない。

840 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:15:04.85 ID:xibAyjiD0.net
「それは君の云うのとちがった意味で、人間はあてにならないからだ。」

841 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:16:55.37 ID:xibAyjiD0.net
この三君は三君なりにいずれも性格を異にすれども、江戸っ児たる風采と江戸っ児たる気質とは略一途に出ずるものの如し。

842 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:18:46.06 ID:xibAyjiD0.net
久保田君の主人公は常に道徳的薄明りに住する閭巷無名の男女なり。

843 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:20:36.87 ID:xibAyjiD0.net
微苦笑とは久米正雄君の日本語彙に加えたる新熟語なり。

844 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:22:27.64 ID:xibAyjiD0.net
酔うて虎となれば愈然り。

845 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:24:18.69 ID:xibAyjiD0.net
故に久保田君の芸術的並びに道徳的態度を悉理解すること能わず。

846 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:26:09.26 ID:xibAyjiD0.net
僕亦何すれぞ首肯を強いんや。

847 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:27:59.47 ID:xibAyjiD0.net
僕等の差を見るに近からん乎。

848 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:29:49.81 ID:xibAyjiD0.net
この久米はもう弱気ではない。

849 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:31:40.47 ID:xibAyjiD0.net
私も嘗て、本郷なる何某と云うレストランに、久米とマンハッタン・カクテルに酔いて、その生活の放漫なるを非難したる事ありしが、何時か久米の倨然たる一家の風格を感じたのを見ては、鶏は陸に米を啄み家鴨は水に泥鰌を追うを悟り、

850 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:33:30.80 ID:xibAyjiD0.net
実生活上の趣味でも田舎者らしい所は沢山あります。

851 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:35:21.42 ID:xibAyjiD0.net
素朴な抒情味などは、完くこの田舎者から出ているのです。

852 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:37:12.12 ID:xibAyjiD0.net
しかしこの特質は、決してそこいらにありふれているものではありません。

853 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:39:02.64 ID:xibAyjiD0.net
この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当って居りますから、水晶のような水を透き徹して、三途の河や針の山の景色が、丁度覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます。

854 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:40:53.36 ID:xibAyjiD0.net
御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。

855 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:42:43.71 ID:xibAyjiD0.net
これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。

856 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:44:34.13 ID:xibAyjiD0.net
そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。

857 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:46:24.68 ID:xibAyjiD0.net
それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、足の下になってしまいました。

858 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:48:15.01 ID:xibAyjiD0.net
そんな事があったら、大変でございます。

859 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:50:05.31 ID:xibAyjiD0.net
今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断れました。

860 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:51:55.80 ID:xibAyjiD0.net
その玉のような白い花は、御釈迦様の御足のまわりに、ゆらゆら萼を動かして、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。

861 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:53:46.73 ID:xibAyjiD0.net
わしはみじめな田舎の僧侶をしてゐたが、毎夜、夢には――

862 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:55:37.28 ID:xibAyjiD0.net
博奕も打つ、酒も飲む、罵詈をして神を馬鹿にもする。

863 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:57:28.07 ID:xibAyjiD0.net
わしは寧ろその熱情がわしの心臓をずたずたに裂かなかつたのを怪しむ位である。

864 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 06:59:18.63 ID:xibAyjiD0.net
わしはそれ迄に世間を見た事がなかつた。

865 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:01:09.46 ID:xibAyjiD0.net
婚礼をする恋人でも、わし以上の熱に浮かされた感激を以て、遅い時の歩みを数へはしなかつたであらう。

866 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:02:59.87 ID:xibAyjiD0.net
そしてわしが、不可解な蠱惑の犠牲であつたと云ふ事を理解して貰ふ為めに云ふのである。

867 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:04:50.66 ID:xibAyjiD0.net
に倚つてゐる神の如くに見えた。

868 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:06:41.18 ID:xibAyjiD0.net
わしは不図、其時迄下を向いてゐた頭を挙げて、わしの前にゐる女を見た。

869 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:08:31.69 ID:xibAyjiD0.net
一瞬間以前には、光彩に溢れてゐた僧正も、急に何処かへ行つてしまへば、金色の燭架の上の蝋燭も、暁の星のやうに青ざめて、わしには無限の闇黒が、全寺院を領したやうに思はれた。

870 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:10:22.04 ID:xibAyjiD0.net
何故と云へば、わしは睫毛の間からも、彼女が虹色にきらめきながら、太陽を凝視てゐる時に見えるやうな、紫の半陰影に囲まれてゐるのを見たからであつた。

871 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:12:12.77 ID:xibAyjiD0.net
すき透るばかりに青白い額は又静に眉毛の上に拡がつてゐる。

872 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:14:03.14 ID:xibAyjiD0.net
わしは其眼に輝いてゐる火が、天上から来たのか、地獄から来たのかを知らない。

873 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:15:53.84 ID:xibAyjiD0.net
半ば露した肩の滑な光沢のある皮膚の上には、瑪瑙の光がゆらめき、大きな黄味のある真珠を綴つた紐は――

874 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:17:44.42 ID:xibAyjiD0.net
手は曙の女神の指のやうに、光を透すかと思はれる程、清らかなのである。

875 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:19:35.14 ID:xibAyjiD0.net
わしは、今新しい世界と新しい事物の秩序との中に生れて来るのであつた。

876 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:21:25.53 ID:xibAyjiD0.net
そして多くの燐れな新参の僧侶が誓言を述べに呼ばれる時には、面をずた/\に裂く決心をしてゐながら、阿容々々とそれを取つてしまふのも亦確にかうした訳からである。

877 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:23:16.10 ID:xibAyjiD0.net
が、どうしてもそれが出来なかつた。

878 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:25:06.49 ID:xibAyjiD0.net
「貴方が私のものになる思召しなら、私は貴方を天国にゐる神様より仕合せにしてあげます。

879 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:26:57.10 ID:xibAyjiD0.net
さうすれば貴方は自由です。

880 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:28:47.77 ID:xibAyjiD0.net
けれども其血は神のゐる玉座の階にさへとゞきません。」

881 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:30:37.99 ID:xibAyjiD0.net
此時、彼女の顔に現れた程、人間の顔に深く苦痛が描かれた事はない。

882 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:32:28.63 ID:xibAyjiD0.net
そしてわしも亦、教会の戸口の方に蹌踉いて行つた、死のやうに青ざめて、額にはカルヴァリイ(註。

883 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:34:19.03 ID:xibAyjiD0.net
其時迄わしは一度も女の手に触れた事は無かつた。

884 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:36:09.37 ID:xibAyjiD0.net
わしは顔を赤くしたり、青くしたりした。

885 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:37:59.93 ID:xibAyjiD0.net
それからわしは其控金を開いた。

886 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:39:50.36 ID:xibAyjiD0.net
そして推量を重ねる度に想像は益々方外になつたが、実際、わしは唯もう一度、彼女に逢へさへするならば、彼女が貴夫人であらうと、娼婦であらうと、それは大して構ひもしなかつたのである。

887 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:41:42.00 ID:xibAyjiD0.net
わしはわしの手の、彼女の触れた所を接吻した。

888 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:43:32.55 ID:xibAyjiD0.net
わしの今、就いた職務の恐る可き厳粛な制限が、明かにわしの前に暴露された。

889 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:45:23.02 ID:xibAyjiD0.net
見知らない屍体に番をされてゐる事だ。

890 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:47:13.80 ID:xibAyjiD0.net
クラリモンドに、再び逢ふ為にわしは何をする事が出来るのだらう。

891 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:49:04.53 ID:xibAyjiD0.net
多くの人々には全く無意味に思はれる是等の凡ての事が、昨日始めて恋に落ちた、経験も無く、金も無く、美しい着物も無い燐れな学僧のわしには、偉大な事のやうに思はれたのである。

892 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:50:55.12 ID:xibAyjiD0.net
それを唯、祭壇の前で一時間を過した為に、忙しく口にした五六の語の為に、わしは永久に生きてゐる人間の仲間から追払はれて、わし自身の墓石に封をするやうな事になつたのだ。

893 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:52:45.69 ID:xibAyjiD0.net
の畳句を唄ひ連れて歩むのも見える、――

894 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:54:36.24 ID:xibAyjiD0.net
わしは之を見てゐるのに忍びなかつた。

895 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:56:26.68 ID:xibAyjiD0.net
そして両手で顔を蔽つた。

896 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 07:58:17.40 ID:xibAyjiD0.net
悪魔は、お前が永久に身を主に捧げたのを憤つて、お前のまはりを餌食を探す狼のやうに這ひまはりながら、お前を捕へる最後の努力をしてゐるのぢや。

897 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:00:08.04 ID:xibAyjiD0.net
祈祷をしろ、断食をしろ、黙想に耽れ、さうすれば悪魔は自ら離れるだらう。」

898 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:01:58.73 ID:xibAyjiD0.net
わしは頭を垂れて之に答へた。

899 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:03:49.14 ID:xibAyjiD0.net
何故と云へば、わしは誰にわしの手紙を託けると云ふ事も出来ないからである。

900 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:05:39.66 ID:xibAyjiD0.net
是等の想像に悸されてわしは、再びわしの膝からすべつて、床の上に落ちてゐた祈祷の書を取り上げた。

901 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:07:30.24 ID:xibAyjiD0.net
わしはわし達が通りすぎる、凡ての家々の簾や窓掛を透視する事が出来たらばと思つた。

902 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:09:21.03 ID:xibAyjiD0.net
と、不思議な光の関係で、まだ模糊とした蒸気に掩はれてゐる近所の建物よりは遥に高い家が一つ、太陽の寂しい光線で金色に染められながら、うつくしく輝いて聳えてゐる――

903 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:11:11.64 ID:xibAyjiD0.net
と其答はかうであつた。

904 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:13:02.00 ID:xibAyjiD0.net
其時、熱を病んだやうに慌しく――

905 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:14:52.81 ID:xibAyjiD0.net
露台の上に登つてくれたのである。

906 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:16:43.38 ID:xibAyjiD0.net
しかもわしは決して其処へ帰る事の出来ない運命を負つてゐるのである。

907 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:18:34.27 ID:xibAyjiD0.net
わし達は垣の内へ入つた。

908 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:20:24.87 ID:xibAyjiD0.net
懶い、爛れた眼をして、灰色の毛を垂らしてゐる。

909 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:22:15.78 ID:xibAyjiD0.net
そして僧院長セラピオンは、彼女が其僅な所有物に対して要求した金を、即座に払つてやつた。

910 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:24:06.10 ID:xibAyjiD0.net
が其足跡は、子供の足跡かと思はれる程小さかつた。

911 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:25:56.54 ID:xibAyjiD0.net
わしは神聖な使命を充す事から生れる幸福を味ふ事が出来なかつた。

912 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:27:47.03 ID:xibAyjiD0.net
或夜、わしの戸口の呼鈴が、長く荒々しく鳴らされた。

913 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:29:37.78 ID:xibAyjiD0.net
そこでわしは、何時でも彼と一しよに行くと答へた。

914 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:31:28.13 ID:xibAyjiD0.net
わし達はひたすらに途を急いだ。

915 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:33:18.67 ID:xibAyjiD0.net
その人は二人の幽鬼が夢魔に騎して走るのだと思つたに相違ない。

916 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:35:09.35 ID:xibAyjiD0.net
わし連の馬の蹄は、丈夫な木造の刎橋の上に前よりも声高く鳴りひゞいて、二人はやがて二つの巨大な塔の間に口を開いた大きな穹窿形の拱廊に馬をすゝめた。

917 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:36:59.94 ID:xibAyjiD0.net
以前にクラリモンドの手帳を持つて来た男である、わしはすぐにそれと気が附いた――

918 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:38:50.42 ID:xibAyjiD0.net
霊魂を救ふ事はお出来になりません。

919 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:40:40.76 ID:xibAyjiD0.net
深秘な光にみたして、唯暗い中に家具や軒蛇腹の突出した部分を、其処此処に時々明く浮き出さしてゐる。

920 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:42:31.27 ID:xibAyjiD0.net
そして烈しい熱情を以て、神がわしと彼女の記憶との間に墳墓を造つて、今後わしが祈祷をする時にも彼女の名を永久に「死」

921 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:44:21.63 ID:xibAyjiD0.net
青ざめた光は屍体の傍に黄色く瞬く通夜の蝋燭の代りと云ふよりは、寧ろ淫惑な歓楽の為にわざと作られた薄明りの如く思はれる。

922 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:46:12.20 ID:xibAyjiD0.net
屍体は長々と横になつて、手を胸の上に合せてゐる、眩ゆいやうな白いリンネルの褻衣に掩はれたのも、掛衣の陰鬱な紫と、著しい対照を作つて、しかも地合のしなやかさが、彼女の肉体のやさしい形を何一つ隠す所もなく、見る人の眼を、美しい輪廓の曲線に従はしめる――

923 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:48:02.91 ID:xibAyjiD0.net
わしは休みなく彼方此方と歩きながら、歩を転ずる毎に、屍体をのせた寝床の前に佇んで、其透いて見えさうな経帷子の下に、横はつてゐる優しい屍の事を、何と云ふ事もなく想ひはじめた、わしの頭脳には、熱した空想が徂徠して来たのである。

924 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:49:53.58 ID:xibAyjiD0.net
この様に独りで苦しがつてゐては、屹度わしは気が狂ふのに相違ない。」

925 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:51:44.16 ID:xibAyjiD0.net
そして又、其安息が何人も「死」

926 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:53:34.73 ID:xibAyjiD0.net
わしの動悸は狂ほしく鼓動して蟀谷のあたりには蛇の声に似た音が聞えるかとさへ疑はれる。

927 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:55:25.41 ID:xibAyjiD0.net
未だ小さな青い花で編んである長い乱れ髪は、彼女の頭にまばゆい枕を造つて、其房々した巻き毛は、裸身の肩を掩つてゐる。

928 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:57:15.98 ID:xibAyjiD0.net
所が燈火の光の反射かそれはわしにも解らないが、(彼女はぢつと動かずにはゐるけれど)

929 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 08:59:06.58 ID:xibAyjiD0.net
そして彼女の冷かな肉体に、わしを苛む情火を吹き入れたいと思つた。

930 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:00:57.31 ID:xibAyjiD0.net
余り長い間貴方を待つてゐたから死んだのだわ。

931 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:02:47.77 ID:xibAyjiD0.net
また直にお目にかゝつてよ。」

932 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:04:38.57 ID:xibAyjiD0.net
バルバラは老年と不安とでふるへながら、抽斗をあけたりしめたり、杯の中へ粉薬を入れたりして、忙しく室の中を歩きまはつてゐる。

933 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:06:28.84 ID:xibAyjiD0.net
わしは初め或魔術的な幻惑の犠牲になつたのだと思つたが、間も無く夫れでも真実な適確な事実とする事の出来る他の事情を思出したので、此考を許す事も出来なくなつて来た。

934 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:08:19.44 ID:xibAyjiD0.net
僧院長セラピオンはその凝視の中に、何処となく洞察を恣にするやうな、審問をしてゐるやうな様子を備へてゐるので、わしは非常に間が悪かつた。

935 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:10:00.06 ID:xibAyjiD0.net
わしは是等の問ひを出来る丈、短く答へたが、彼は何時でもわしの答を待たずに、急いで一つの問題から一つの問題へ移つて行つたのである。

936 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:11:50.48 ID:xibAyjiD0.net
客人たちは皆黒人の奴隷に給仕もして貰つたさうな。

937 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:13:40.94 ID:xibAyjiD0.net
わしは彼がクラリモンドの名を口にした時に思はず躍り立たずには居られなかつた。

938 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:15:31.67 ID:xibAyjiD0.net
クラリモンドの墓は、三重の封印でもせねばなるまい。

939 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:17:22.37 ID:xibAyjiD0.net
がクラリモンドの記憶と老年の僧院長の語とは一刻もわしを離れない。

940 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:19:13.04 ID:xibAyjiD0.net
その光に霑された彼女の指は、薔薇色にすきとほつて、それが亦次第に不透明な、牛乳のやうに白い、裸身の腕に溶けこんでゐる。

941 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:21:03.55 ID:xibAyjiD0.net
わしが前に気の附いた、髪にさしてある小さな青い花も今は見る影もなく枯れ凋んで、殆どのこらず葉を振ひつくしてゐるが、之とても彼女の愛らしさを妨げる事はない――

942 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:22:54.12 ID:xibAyjiD0.net
でも私は遠い処から来たのよ、それはずうつと遠い処なの。

943 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:24:44.80 ID:xibAyjiD0.net
を負かさなければならないからだわ。

944 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:26:35.33 ID:xibAyjiD0.net
わしは何度となくそれを接吻した。

945 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:28:26.09 ID:xibAyjiD0.net
少くも彼女は何等さうした姿を示さなかつた。

946 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:30:16.58 ID:xibAyjiD0.net
可愛いゝロミュアル、さうして方々探してあるいてゐたのだわ。

947 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:32:07.07 ID:xibAyjiD0.net
「私、ほんたうに神様が憎くらしいわ、貴方はあの時も神様が好きだつたし、今でも私より好きなのね。

948 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:33:57.35 ID:xibAyjiD0.net
彼女は其美しい胸にわしを抱きながら叫んだ。

949 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:35:48.04 ID:xibAyjiD0.net
とわしは夢中になつて叫んだ。

950 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:37:38.44 ID:xibAyjiD0.net
彼女は軽く唇を、わしの額にふれた。

951 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:39:29.09 ID:xibAyjiD0.net
そしてわしは来るべき事実に対する多少の予感を抱きながら、凡ての妄想を払つて、清浄な眠を守り給はむ事を神に祈つた後に、遂に床に就いたのであつた。

952 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:41:19.57 ID:xibAyjiD0.net
「さあ、よく寝てゐる方や、これが貴方の御支度なの。

953 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:43:09.84 ID:xibAyjiD0.net
今時分はもう此処から三十哩も先きへ行つてゐる筈だつたのよ。」

954 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:45:00.58 ID:xibAyjiD0.net
わしはもう、何時ものわしではない。

955 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:46:51.40 ID:xibAyjiD0.net
わしの衣裳の精霊は、わしの皮膚の中に滲み入つて、十分たつかたたぬ中にわしはどうやら一廉の豪華の児になつてしまつた。

956 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:48:41.92 ID:xibAyjiD0.net
戸と云ふ戸は、彼女が手をふれると忽ちに開くのである。

957 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:50:32.72 ID:xibAyjiD0.net
何故と云へば彼等は風のやうに疾いからである。

958 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:52:23.25 ID:xibAyjiD0.net
其間にわしは凡ての事を忘れてゐた。

959 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:54:13.99 ID:xibAyjiD0.net
貴公子の道楽者は僧侶を馬鹿にするし、僧侶は、貴公子の放埒を罵るのである。

960 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:56:04.60 ID:xibAyjiD0.net
これがわしの不思議に思ふ一つの変則なのである。

961 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:57:54.98 ID:xibAyjiD0.net
わしはと云ふと又王子のやうな宮臣の一列を従へて、常に大国の四福音宣伝師か十二使徒の一人と一家ででもあるやうな、畏敬を以て迎へられてゐた。

962 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 09:59:45.52 ID:xibAyjiD0.net
わしは実に狂気のやうに彼女を愛してゐたのである。

963 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:01:36.03 ID:xibAyjiD0.net
彼女自身によつて目醒まされた、清浄な青春の愛である。

964 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:03:26.63 ID:xibAyjiD0.net
顔の色も日にまし青ざめる。

965 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:05:17.48 ID:xibAyjiD0.net
それはわしが一分でも彼女の側を離れたくないと思つたからである。

966 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:07:07.88 ID:xibAyjiD0.net
と、次第に彼女の瞼は垂れ、緑色の眼の瞳は円いと云ふよりも、寧ろ楕円になつた。

967 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:08:58.55 ID:xibAyjiD0.net
「私はまだ長い間貴方を愛してあげる事が出来てよ。

968 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:10:49.42 ID:xibAyjiD0.net
丁度其の夜、睡がわしを牧師館に移した時に、わしは僧院長セラピオンが平素よりは一層真面目な、一層気づかはしさうな顔をしてゐるのを見た。

969 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:12:40.13 ID:xibAyjiD0.net
わしは杯をとり上げて、口へ持つてゆく真似をして、それから、後で飲むつもりのやうに手近にあつた家具の上へのせて置いた。

970 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:14:30.90 ID:xibAyjiD0.net
貴方はまだ私を愛してゐるのですから、私はまだ死なれません……

971 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:16:21.29 ID:xibAyjiD0.net
其時わしは、彼女がわしの腕を執りながら、其上に落す涙を感じたのであつた。

972 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:18:12.18 ID:xibAyjiD0.net
そして喜んで其人工の生命を与へるに足る丈の血潮を、自ら進んで与へようと思つた。

973 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:20:02.66 ID:xibAyjiD0.net
そしてわしは、わしの肉を苦しめ制する為に、何か新しい贖罪を発明するのさへ、想像するに苦しむやうになつた。

974 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:21:53.33 ID:xibAyjiD0.net
尤も非常に出た策だと云ふ嫌はあるが役には立つに相違ない。

975 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:23:44.05 ID:xibAyjiD0.net
それは此様な怖しい存在は続けられる事も、堪へられる事も出来なかつたからである。

976 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:25:35.02 ID:xibAyjiD0.net
とセラピオンが呟いた。

977 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:27:25.56 ID:xibAyjiD0.net
外から誰でもわし達を見る人があつたなら、其人はわし達を神の僧侶と思ふよりは寧ろ涜神の痴者が経帷子を盗む者と思つたに相違ない。

978 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:29:16.21 ID:xibAyjiD0.net
わしは、頭上に油然と流れてゐる黒雲の内臓から、火の三戟刑具が迸り出でて、彼を焦土とするやうに祈祷しようかとさへ思つてゐた。

979 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:31:06.88 ID:xibAyjiD0.net
それから彼は柩の蓋を捩ぢはなした。

980 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:32:57.55 ID:xibAyjiD0.net
憐む可きクラリモンドは、聖水がかゝると共に、美しい肉体も忽ち塵土となつて、唯、形もない、恐しい灰燼の一塊と、半ば爛壊した腐骨の一堆とが残つた。

981 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:34:48.10 ID:xibAyjiD0.net
が、唯一度、其次の夜にわしはクラリモンドに逢つた。

982 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:36:38.53 ID:xibAyjiD0.net
彼女は煙のやうに空中に消えた。

983 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:38:29.10 ID:xibAyjiD0.net
兄弟よ、之がわしの若い時の話なのだ。

984 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:40:19.54 ID:xibAyjiD0.net
すると其少尉の一人が横須賀でSとSの細君と二人で散歩してゐるのに遇つたら、よくよく中てられたと見えて、其晩から腹が下つたと云ふ話をした。

985 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:42:10.02 ID:xibAyjiD0.net
素人眼には、小蒸汽の艫に推進機が起してゐる、白い泡を見ても、どれほどその爲にこの二萬九千噸の巡洋艦が動いてゐるかわからない。

986 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:44:00.54 ID:xibAyjiD0.net
僕はそれを聞くと同時に長谷にある古道具屋を思ひ出した。

987 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:45:51.19 ID:xibAyjiD0.net
食卓につくと、すぐにボイが食事を持つて來てくれる。

988 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:47:41.68 ID:xibAyjiD0.net
そこで僕はこの際、いろんな人の顏を覺えた。

989 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:49:32.47 ID:xibAyjiD0.net
投げこんでゐると云ふだけでは、甚だ振はないが、實はまるで昔の武藝者が鎖鎌でも使ふやうな調子で、その分銅のついた長い綱をびゆうびゆう頭の上でふりしながら、艦の進むのに從つて出來る丈け遠くへ勢ひよく抛りこむのである。

990 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:51:23.38 ID:xibAyjiD0.net
僕たちは皆な背をかがめてそのハムモツクの下を這ふやうにして歩いた。

991 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:53:14.08 ID:xibAyjiD0.net
こんな事を考へながらふと頭をあげると、一人の水兵の讀んでゐる本の表紙が、突然僕の鼻の先へ出た。

992 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:55:04.59 ID:xibAyjiD0.net
それが白い陶器の湯槽の中で、明礬のやうに青く見えた。

993 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:56:55.42 ID:xibAyjiD0.net
その晩はそれが索麪だつた。

994 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 10:58:45.79 ID:xibAyjiD0.net
何でも國防計畫か何かを論じてゐるらしい。

995 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 11:00:36.17 ID:xibAyjiD0.net
それがどうにか、かうにか、會話らしい體裁を備へて進行したのは、全く僕がイエスともノオともつかない返事をして、巧に先方の耳目を瞞著したおかげである。

996 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 11:02:26.89 ID:xibAyjiD0.net
僕はハンドレエルにつかまつて、遙か下の海面を覗込んだ。

997 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 11:04:17.79 ID:xibAyjiD0.net
二人は低い聲で笑つた。

998 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 11:06:08.47 ID:xibAyjiD0.net
その狹い所に、煤煙でまつ黒になつた機關兵が色硝子をはめた眼鏡を頸へかけながら忙しさうに動いてゐる。

999 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 11:07:59.18 ID:xibAyjiD0.net
その中に機關兵の一人が、僕にその色硝子の眼鏡を借してくれた。

1000 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 11:09:49.88 ID:xibAyjiD0.net
よく見ると、側面の鐵の板に、人一人がやつと這ひこめる位な穴が明いてゐる。

1001 :名無しさん@お宝いっぱい。:2018/05/04(金) 11:11:40.38 ID:xibAyjiD0.net
あれのやうな具合である。

1002 :2ch.net投稿限界:Over 1000 Thread
2ch.netからのレス数が1000に到達しました。

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