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戦国時代における騎馬武者の実像とは 2騎目

1 :人間七七四年:2016/06/13(月) 19:13:23.12 ID:oQV1xa1J.net
戦国時代における騎馬武者はどういう存在だったのか、について語りましょう。

戦国時代における騎馬武者やいわゆる騎馬隊の実像とは?
騎馬武者の馬上槍や騎馬突撃は一般的な戦術だったのか?
そもそも軍中における騎馬武者の割合は?

前スレ
戦国時代における騎馬武者の実像とは
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1245948808/

2 :人間七七四年:2016/06/13(月) 19:15:27.27 ID:oQV1xa1J.net
今こそ戦の勝負の分かれ目だと攻めかかり、せめぎ合いをしていると
味方の関東の武士で乗馬の上手な者たちが、今日の戦場は平地で馬での戦に向いているし、
敵味方がもみ合っているのでちょうどいい頃合いだと見計らって、二番手の槍勝負には参加しないで
乗馬の上手が30人ほどの騎馬隊を作り、様々な武器を持った30騎がいっぺんに
敵部隊の右側から突っ込んだ。

敵も左側からの攻撃なら少しは抵抗が出来たのだろうが、右側から馬で攻められたのでは
何の抵抗もできず、ただ騒ぎまわるばかりだった。
その上騎馬隊が攻めかかるとすぐ、一番手の部隊のうち手の開いている者達が
鉄砲で騎馬隊の攻撃を応援したので、敵はどうにも防ぐことが出来ず、味方は何の苦労もなく
敵を追い崩した。

関西では、近頃の戦はみんな馬を降りての攻め合いばかりで、馬に乗っての戦というのを
長い間やっておらず、関東の武士と違って乗馬で戦うのに慣れていないので、
騎馬隊に攻められたときどう防げばいいのかと言う心がけが無かったのだろう。
(雑兵物語)

3 :人間七七四年:2016/06/13(月) 19:18:53.33 ID:oQV1xa1J.net
片岡愛之助の解明!歴史捜査

2015年06月18日
21:00-22:00
戦国頂上決戦!長篠の合戦の真実! ※アンコール放送

木曽馬に92キロの鎧武者(人間62キロ+甲冑・武器30キロ)を乗せ100m走のタイムを計った。
結果は12秒。かなり速い。
木曽馬とアメリカ馬との混血は11秒前半。それほど変わらない。
それとは別にアメリカ馬よりも小回りが利くという実験結果も得られました。

また『雑兵物語』などを例に東西における戦い方の違いについても指摘。
関東武士は馬上戦をよくし、関西武士は馬から降りて戦うそうな。

4 :人間七七四年:2016/06/13(月) 19:21:32.48 ID:oQV1xa1J.net
上野のところは下野(延喜式)

平安時代の国別・馬の価格(束)
http://www.city.takizawa.iwate.jp/contents/sonshi/img/part7/834.jpg
 産地     上  中  下
陸奥     600 500 300 青森、岩手ほか
常陸上野  500 400 350 茨城、群馬(栃木)
信濃出羽  500 400 300 長野、秋田、山形
甲斐相模  400 350 300 山梨、神奈川ほか
薩摩日向  400 300 200 鹿児島、宮崎
三河遠江  350 300 250 愛知、静岡ほか
伊勢美濃  350 300 200 三重、岐阜
尾張出雲  350 250 200 愛知、島根
伊賀近江  300 250 200 三重、滋賀ほか
石見紀伊  300 200 150 島根、和歌山ほか
畿内     250 200 150 京都、大阪、奈良ほか

5 :人間七七四年:2016/06/13(月) 20:45:08.64 ID:quDoYRb9.net
騎馬突撃はあった
その証拠が刀
直刀に反りを入れるってのは突きと返し技が難しくなる
あえて反りを入れるにはそれなりの理由が必要となる
その理由が騎馬突撃

6 :人間七七四年:2016/06/13(月) 22:00:12.00 ID:gnlLAF+L.net
まだやるの?

7 :人間七七四年:2016/06/14(火) 01:28:46.53 ID:lc1x4fWh.net
結論が出てるのけ?

8 :人間七七四年:2016/06/14(火) 03:04:51.60 ID:CENBV94C.net
前スレでも話し蒸し返してるおかしな人以外は特に話すことも無かったような

9 :人間七七四年:2016/06/15(水) 01:59:11.86 ID:1QS5Qurj.net
結論が出てるらしんだが誰もその内容を教えてくれない
どうなちょる?

10 :人間七七四年:2016/06/15(水) 08:15:29.24 ID:FHpEJYOd.net
>>9
騎馬武者の突撃が無いって証拠もない。
少なくとも源高氏の時代までは騎馬武者が騎乗のまま戦闘に参加してた。
だから、好きなようにすれば良いんじゃね

11 :人間七七四年:2016/06/15(水) 11:50:50.10 ID:+PpGCBH0.net
前スレ読んで理解できない人には今改めて説明しても理解されないから無理

12 :人間七七四年:2016/06/15(水) 13:14:51.85 ID:CgqVjkck.net
日本在来馬は東アジアの馬の標準サイズですね


近藤好和「弓矢と刀剣」
かかるわが国在来馬の特質(特にその小型であること)は、一見、特異なことのように
思われる。しかしそれは、競馬のために品質改良されたサラブレッドなどと比較するからである。
現在のモンゴルの馬をみればわかるように、実はわが国在来馬の特質は、アジアの草原馬全体の
特質であり、その中にあってわが国の在来馬はむしろ標準といえよう。古代中国でも
軍馬の条件は一三○センチ以上であり、有名な秦始皇帝の兵馬俑は実物大だが、
その馬俑の平均体高は一三二センチなのである。

13 :人間七七四年:2016/06/15(水) 13:15:43.96 ID:CgqVjkck.net
◇和種馬の体力
和種馬はその小柄な体型から甲冑武者を乗せるとよたよたとしか走れない、と誤解されていますが、
約3.5kmをノンストップで速歩、駈歩で問題なく走り続けられることを確めました。
機会があれば何処まで走り続けられるか確認してみたいと思います。

ttp://www.marvellouswings.com/Kattyuu/Reviw/Review.html

14 :人間七七四年:2016/06/17(金) 07:23:01.94 ID:ux2I9Id5.net
>>13
その写真では、甲冑がフル装備とは程遠い簡素なものである点が問題。
夏なんか、フル装備では暑くて人間のほうがぶっ倒れるが…

何処まで走り続けられるかの実験をすれば、たいていのところ馬の体温上昇が隘路になっているから
息が荒くてすごくしんどそうな馬をどんどん蹴り足していると…お尻の下から凄くしんどそうな感触が伝わって来るのがすごい快感と思う人もいます…
そのうちいきなりぶっ倒れて二度と立ち上がらなくなる
…空冷バイクのエンジンが焼き付いたようなもの…
危険が大きいので、
こんな実験は多分できません

15 :人間七七四年:2016/06/18(土) 08:28:20.82 ID:1yP+1Tlv.net
平山優を読むといい

16 :人間七七四年:2016/06/18(土) 08:39:45.63 ID:Fk/cJHb9.net
>>14
甲冑こそ、日本の武者なら臨機応変なんじゃね?
山岳戦に赴く、自分の嫡男が、フル装備している姿を見て、「バカが自殺しにいく」って嘆いたって逸話もあるくらいだし

17 :人間七七四年:2016/06/18(土) 08:46:25.97 ID:1yP+1Tlv.net
>>14
とりあえず、近藤、長塚孝あたりの本を読むべし
人間+甲冑、武装、馬具を含め100kg前後を想定している

18 :人間七七四年:2016/06/18(土) 10:18:14.99 ID:I3TDYR5F.net
なんでぜんぜん調べようともしないでこの話題を続けたがるかねぇ

19 :人間七七四年:2016/06/19(日) 19:37:54.92 ID:dZLB7u6D.net
猛暑の中、時間貸の馬を時間一杯ノンストップ駈歩で騎乗すると、馬というものは意外なほど持久力がないという事がすぐわかると思う。
桶狭間の奇襲も一気に攻め込まず途中でいったん休憩して馬を休ませなければならなかった理由に納得できる。

20 :人間七七四年:2016/06/19(日) 19:42:10.08 ID:kXnN9rK5.net
また訳分からんこと

21 :人間七七四年:2016/06/20(月) 10:42:46.72 ID:M0a87jVa.net
当時の馬は、農耕や物資輸送、人を乗せての移動などに常に使用され、
””訓練されていたから””、
牧場で牧歌的な日常を送っている現在のポニーとでは比較すべきもない

22 :人間七七四年:2016/06/20(月) 21:59:47.59 ID:6NDDeId1.net
そんな話何回目だよ
堂々巡りしてるな
どうせこの後軍馬やポニーがどうたらこうたらとか言う話に持っていくんだろ

23 :人間七七四年:2016/06/21(火) 07:17:49.04 ID:76stLzrU.net
>>21
物資輸送なら、馬が走ると荷崩れを起こす。速度は制限される。
人を乗せるほうも、人は単に乗っかっているだけで縛り付けられているわけではない。馬が走ればたちまち転げ落ちる。
曳き馬では、常歩が限界。
走るためには、曳き馬でなく騎手が馬を御し、人馬一体となってバランスを取りながら騎乗することが必要(練習が大変)。
そんな乗り方をされる馬は極めて少数派(信長の馬?)で、殆どの馬は常歩専門で使われていたに違いない。


現代のポニーこそ、
120kg程しかない小さいポニーに60kgはしっかりある大人が毎日乗る…なんてのもあります。

24 :人間七七四年:2016/06/21(火) 07:54:55.58 ID:EUoWOEQm.net
犬追物なんかもそうだが、それ用のもの人も馬も昔から訓練してるっての
同時代なら矢代勝介みたいな例もあるし

鈴木眞哉のずるいのはあいかわらず「ポニー」という言葉を使っていること
だから聞きかじりの馬鹿が勘違いする

25 :人間七七四年:2016/06/21(火) 23:05:15.68 ID:JhLOfvAi.net
◇本朝食鑑
大抵参州・遠州以東から奥州・夷にかけては、馬が多く牛は少ない。
それで、耕耘運転には皆馬を用いる。
尾州・濃州以西より海辺の国にかけては、牛が多く馬は少ない。
それで、耕耘運転には皆牛を用いる。
就中、播州・備州は最も牛を産出するところで、盛んに蕃息(はんしょく)する。

馬は関東の産が上い。
したがって奥州・常州の産が第一で、信州・甲州・上野・下野・上総・下総の産がそれに次ぐ。
関西の産は劣弱であって関東産に及ばない。

近代九州に稍良い馬がある。就中薩洲の産が高大強捷で関東の産に劣らない。
あるいは、古来よりこのようであったともいわれている。

26 :人間七七四年:2016/06/23(木) 07:15:52.06 ID:fAQ5Rq6v.net
馬は比較的乾燥した気候/牛は湿潤な気候を望む。畑主なら馬/田んぼ主なら牛が好まれるのは当然

荷物運びの馬は必要以上に大きいとかえって不便。農園にミカン運びが主な仕事なら、一番小さい野間馬だ妥当なサイズ
一人乗りが主用途なら、大きくても小さくてもどうせ一人しか乗れない。
そのくせ大きいとエサ代もかかるし世話も大変。大きいほうが多少スピードアップするとは言ってもコストに見合った効果とは言い難い。野間馬で十分
陸地が小さい(海岸・琵琶湖までの距離が短い)畿内・中国・四国地方では舟運主/陸運従 大きい馬はいらない
陸地が大きい中部地方/比較的大きい東北・九州なら大きな馬の価値もある

現代の競馬や馬術と違って、
昔は軍馬専用に(不経済には目をつぶって)大きな馬を飼っておくゆとりがなかった/乏しかったのでしょう

27 :人間七七四年:2016/06/26(日) 09:03:03.58 ID:au1q4yHe.net
南部馬はたまにデカいサイズが生まれるようだし
そういうのを集めて騎馬隊を編成し、
斥候や遊軍をやらせてたと聞いたことがある

28 :人間七七四年:2016/07/06(水) 09:54:52.24 ID:ZXR/bgBm.net
>昔は軍馬専用に(不経済には目をつぶって)大きな馬を飼っておくゆとりがなかった/乏しかったのでしょう

騎馬の軍役の対象となる軍馬が荷駄や農耕に使われてたなんて話はどういった史料に裏付けられているんだろう

29 :人間七七四年:2016/07/08(金) 19:05:30.44 ID:IMiMl9Jr.net
戦車を、ブルードーザーや荷物運びにも使うようなものだな。
もったいない。
当時の騎馬武者が使うウマは、大変高価なもの。現代でいえば高級車クラス。
高級車で宅配や農機具運びには使わないわな。

30 :人間七七四年:2016/07/08(金) 22:22:24.47 ID:m8S/z/91.net
>>29
どちらにも使用してるんだが>戦車をブルドーザーや輸送用

31 :人間七七四年:2016/07/09(土) 12:23:28.91 ID:zj2drtQ4.net
M1エイブラムスにつけたブルードーザは、建設工事するためじゃなくて、
埋まっている地雷を砂ごとどかすためな。
ttps://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4a/M1_assault_breacher_
vehicles%2C_assigned_to_the_U.S._Marines_with_the_2nd_Combat_Engineer_Battalion%2C_wait_prior_to_the_beginning_of_Operation_Black_Sand_in_Shukvani%2C_Helmand%2C_Afghanistan%2C_Aug_110804-M-VI276-010.jpg
戦艦大和も輸送船代わりになって陸兵を運んだ記録がある。

32 :人間七七四年:2016/07/09(土) 12:28:55.61 ID:zj2drtQ4.net
山内一豊が妻のヘソクリで騎馬を買ってもらったのは有名な逸話だが、この馬ははるか遠い
東国から来た。東国では馬の産地だったからだが、これは推測すれば
東国や東北では馬の繁殖は行われていて、日常生活でも輸送や農耕に使われていたが、
とくに良い子馬が産まれたときは、騎馬武者用の軍馬として、関西まで運んで売りに出した
といえる。
なお、馬の背中に乗るのは、馬自体も日頃から乗られていないと慣れないとのことなので、
雑用もいくらかはやっていただろう。酷使はしないだろうけど。

33 :人間七七四年:2016/07/09(土) 13:12:16.50 ID:bYXrIv7h.net
>>32
推測って・・・

34 :人間七七四年:2016/07/09(土) 15:20:30.81 ID:GGx5yPiG.net
>>33
推測であってるんじゃね?
戦国時代のはるか以前までは、肥後日向でも軍馬の生産をしてたという資料があった記憶もあるが
戦国時代の軍馬生産地の資料なんてあるのか?
このスレはピンポイントで戦国時代の騎馬武者の実像なんだろ?
戦国時代の資料以外を利用する限りは推測の域を出られない

35 :人間七七四年:2016/07/09(土) 18:53:01.60 ID:zj2drtQ4.net
三番に、西上野の小幡一党、赤武者にて、入れ替へ懸かり来たる。
関東衆、馬上の攻め者にて、是れ又、馬入るべき行にて、
推し太鼓を打ちて、懸かり来たり     信長公記より。

関東衆(群馬のあたり)、馬上の攻め者 という表現から馬の産地であることがうかがえる。
「是れ又、馬入るべき」と、「これまた」という表現があるから他の部隊もまた騎馬突撃
をかけていたことがわかるけどな。

36 :人間七七四年:2016/07/11(月) 00:52:43.68 ID:SS/JWJDP.net
関西産の軍用馬は東国、九州産の駄馬以下

37 :人間七七四年:2016/07/11(月) 09:46:01.83 ID:EKvZ1Uei.net
関東地方というか、関東平野というのは
実際には低地と台地の2段構造になっている。東京の山手は台地な。
低地は谷間であり谷津であり、田んぼにするが、台地の部分には河川が
なくて畑作にするしかないんだ。飲み水くらいなら井戸掘ればで間に合うが
台地には田んぼは作れない。
で、そんな台地に馬の放牧場が作られた。「●牧」とか「●原」という地名
が残っている。馬の広大な放牧場だ。馬は谷間の低地などには不向き。
そういう場所は牛の方が合う。九州でも都井岬の野生馬は、火を入れて草原を維持してる。
または関西なら舟の方が合う。関東衆は舟が全然ダメ。
地理的な制約のためだから、どうしようもない。

38 :人間七七四年:2016/07/13(水) 23:36:25.37 ID:u4CGB1mb.net
奥羽、坂東、中部、鎮西…良馬の産地は強兵の産地でもある。

39 :人間七七四年:2016/07/14(木) 07:52:57.77 ID:gsTyxJTG.net
桶狭間合戦のとき、信長が騎馬に乗って大活躍しているんだよな。信長公記に
信長と馬の使い方が詳しく載っている。

合戦当日、信長は鎧を付けてから馬に乗って、一気に10キロほど進む。他の武士も馬か?
10キロも徒歩で駈けたら疲れてしまうと思うが。

熱田神宮で集結。信長は馬に乗ったまま、海岸の砂浜まで行って、大高城の方面で黒煙が
上がっているのを見て、砦2つが落城したことを知る。
砂浜沿いの道は満潮だったので、山沿いの道を馬で進んで、中島砦に到着。馬上から皆に号令する。
「あの今川の兵どもは徹夜で疲れている・・・云々」
信長の家老たちが徒歩で、信長の馬の首のあたりに取り付いて、口々に引き留める。
無視して突き進む。背後から黒雲と強烈な追い風と横殴りの雨が発生。
晴れ間が見え始めたので急ぎで、ここで突撃命令。信長も馬を降りて、ヤリで敵兵を突き殺す。

40 :人間七七四年:2016/07/14(木) 10:43:52.64 ID:3+jGo4Dy.net
>>35が信長公記なんて出したからだな

41 :人間七七四年:2016/07/14(木) 13:13:09.35 ID:iCygyOKr.net
その信長公記に「馬上より数多切り捨て候なり」なんて表現もあるから
太田牛一は騎馬戦闘については織田家中でも状況に応じて行ったことを認めているぞ

しかも>>39の桶狭間は直筆本が伝わっていない「首巻」の内容でしばしばその
信憑性に疑問がつけられるけど、↓の長島一向一揆の収録されている部分は
太田牛一直筆本にもある内容だからな

「信長公記」
西は賀鳥口、佐久間右衛門、柴田修理亮、稲葉伊予守、同右京助、蜂屋兵庫頭。松の木の渡り、
一揆相支へ候を、どつと川を乗り渡し、馬上より数多切り捨て候なり。

42 :人間七七四年:2016/07/14(木) 14:51:28.71 ID:gsTyxJTG.net
逃げる一機勢を、馬に乗ったままの追いかけ回して
切り捨てていったという印象だな。

モンゴル兵が大平原の戦いでこれと同じことやってる。10万の中国軍が攻め込んだが
1万のモンゴル騎兵が包囲?して、総崩れを起こした中国軍を追撃して馬上から
首を切って回って大殺戮。大草原では、歩兵と騎兵では機動力で勝負にならない。

43 :人間七七四年:2016/07/14(木) 17:01:46.13 ID:lIajyNh1.net
渡河を阻止しようと川沿いに展開してる一揆勢に対して馬で渡河してそのまま突っ込んでる感じじゃないか

44 :人間七七四年:2016/07/14(木) 17:08:15.89 ID:3+jGo4Dy.net
>>42
モンゴル騎兵が一万人も揃ったら、そりゃあ、強いだろうけど
いつの時代?

45 :人間七七四年:2016/07/14(木) 17:14:08.56 ID:gsTyxJTG.net
>>44 うろおぼえで書いたが、
サルフの戦いだね。1619年だから、大阪夏の陣のほんの数年後だ。
秀吉の大軍を押し返した明軍だったが、巨大な明帝国が
ちっぽけな騎馬民族に完敗して滅んだ。

46 :人間七七四年:2016/07/14(木) 17:52:15.68 ID:BNFrQVV+.net
明の滅亡は李自成の乱によるものだぞ…
清は明を滅ぼしてはいない

それに以下にあるように秀吉の大軍を押し返したという認識は彼らにはない

『明史』
「自倭乱朝鮮七載、喪師数十万、餉数百万、中朝与属国無勝算、至関白 死而禍始息」
(日本との七年に及ぶ戦争によって我が明は膨大な犠牲を強いられた。
我が国と属国朝鮮に勝算は無かったが、関白豊臣秀吉の死によって戦争は終わった)

47 :人間七七四年:2016/07/14(木) 21:05:16.26 ID:rMIuL6Yt.net
>>36
関東も関西も大して変わらない。
軍馬の育成で重要なのは冬の寒さ
ベルクマンの法則ってものがあって冬の気候が厳しい
陸奥のような北国ほど馬は巨大になりやすい

48 :人間七七四年:2016/07/14(木) 22:33:06.46 ID:B6UpVGTH.net
>>47
上野のところは下野(延喜式)

平安時代の国別・馬の価格(束)
http://www.city.takizawa.iwate.jp/contents/sonshi/img/part7/834.jpg
 産地     上  中  下
陸奥     600 500 300 青森、岩手ほか
常陸上野  500 400 350 茨城、群馬(栃木)
信濃出羽  500 400 300 長野、秋田、山形
甲斐相模  400 350 300 山梨、神奈川ほか
薩摩日向  400 300 200 鹿児島、宮崎
三河遠江  350 300 250 愛知、静岡ほか
伊勢美濃  350 300 200 三重、岐阜
尾張出雲  350 250 200 愛知、島根
伊賀近江  300 250 200 三重、滋賀ほか
石見紀伊  300 200 150 島根、和歌山ほか
畿内     250 200 150 京都、大阪、奈良ほか

東北
上馬→乗用馬500〜600束
下馬→駄馬300束

関東
上馬→乗用馬400〜500束
下馬→駄馬300〜350束

上方
上馬→乗用馬250束
下馬→駄馬150束

49 :人間七七四年:2016/07/15(金) 06:53:55.44 ID:wNqh77gK.net
ざっと見て、東国産の馬は1.5倍の価格だな。

50 :人間七七四年:2016/07/15(金) 09:49:33.59 ID:wuUMCPeH.net
>>47
北国スウェーデンの軍馬が日本在来馬より小さめなのはどういうわけなんだろうな

51 :人間七七四年:2016/07/15(金) 15:08:32.50 ID:MaLg0lel.net
確かに言えてるな
https://www.youtube.com/watch?v=BcasInDgm-I

52 :人間七七四年:2016/07/15(金) 15:46:48.26 ID:wlIykoZ8.net
そもそも人為的に持ち込まれた家畜である馬はベルクマンの法則に従うのかという問題が

53 :人間七七四年:2016/07/15(金) 18:16:23.96 ID:siWLPYk+.net
紀元前からモンゴルの騎兵に悩まされてる中国も軍馬の改良はずっと続けてたけど上手くいかなかったし
気候は大事な要素何じゃないかな

54 :人間七七四年:2016/07/15(金) 20:51:17.39 ID:SNuD3sL0.net
>>47
小国だから。軍馬の育成と改良は金と時間と手間が掛かる
ヨーロッパの強国の軍馬はでかい

>>52
巨馬の遺伝子を受け継いだ馬は冬は容易に超えるけど
夏は逆に乗り越えられない。馬は暑さに弱い動物

55 :人間七七四年:2016/07/16(土) 21:13:39.11 ID:37zkjvzv.net
大きな馬はコストが非常に高い。
餌の量が違うだけでなく、餌の質が違う。
木曽馬・道産子クラスなら草だけでも飼えるが、大型馬は草だけでなく穀物も必要…そもそも馬の品種が違う。人間と食料が競合する
そのくせ一人しか乗れない…荷物運びの馬なら積める荷物の量が違うが、乗用馬ならどうせ一人乗り
小国では費用的に飼えないのも当然

56 :人間七七四年:2016/07/17(日) 13:35:08.03 ID:+cuo3tbV.net
ブレジンスキー著「グスタヴ・アドルフの騎兵」ではスウェーデンの小型の馬については
「寒冷な気候と冬季に牧草が不足することも、良質の馬を育てるうえで障害となり、
国内では小型の馬しか育たなかった」と気候に原因を求めているな

57 :人間七七四年:2016/07/17(日) 18:50:25.19 ID:JId7a0hS.net
北欧なら、トナカイに乗った方がいいんじゃね?

58 :人間七七四年:2016/07/17(日) 19:07:13.00 ID:HEcgjTIT.net
なんで?

59 :人間七七四年:2016/07/17(日) 22:15:17.43 ID:Wm/h9Zwb.net
サンタクロースの国だから?

60 :人間七七四年:2016/07/18(月) 08:13:34.33 ID:smVtlRxu.net
上記58と59は同じ人物かねえ?。
56を読まずに質問してて馬鹿っぽい

61 :人間七七四年:2016/07/18(月) 08:15:39.62 ID:smVtlRxu.net
あっ、馬と鹿(トナカイ)だ。馬鹿という言葉は、馬と鹿を混同したからだという。

62 :人間七七四年:2016/07/18(月) 11:13:20.21 ID:uu/EkZrs.net


63 :人間七七四年:2016/07/19(火) 19:16:42.78 ID:AH0+4xX8.net
               【増田寛也】   核汚染と水俣病   【小池百合子】


増田寛也はこんなヤツ
■前日まで東電取締役
■舛添もびっくりのファーストクラス出張三昧
■岩手県知事を務めた12年の間に公債費を1兆2000億円強に倍増させ岩手を捨てて逃げた
https://twitter.com/kitahamamikiya/status/754484014552010753

「いま都知事選の候補者である小池百合子は、水俣病の患者切り捨てをした人間だ」ということを、水俣病の患者さんに話しましたら、
みな「そうだ、そうだ。トンデモナイ人間だ」と怒っていました。
https://twitter.com/tok aiama/status/755195613298384896


                   窪塚洋介【前より、バタバタ逝くぞみんな】

チェルノブイリのお爺ちゃんが言ってたっつってました。諦めた奴と、無知な奴から死んでったって、順番に。
もう死ぬのすぐ近くだから、前より、バタバタ逝くぞみんな、だから覚悟して腹決めて、OK?。
だれも守ってくれません、むしろ殺しにかかって来てるくらいの感じだと思っています、俺は。
減ったほうがいいんじゃん、癌になったほうがいいんじゃん、癌センターが儲かるから、ムカつくなぁーあいつらマジで!
投票しないほうがいいんじゃん、あいつらが好きにできるから、ファックユー! 投票行くっつーの! おまえらの好きにさせねーぞっつってんの。
https://www.youtube.com/watch?v=5mFtsQ-3QaE


週間AR     「自分を『負け組』と考え、反原発を主張することで正義の味方を演じ・・・」山本太郎の事かと思った。
https://twitter.com/aka shicr/status/592255976788504577
開沼博      良識派ヅラした偽善者の傲慢に付き合うな。コメンテーターの室井佑月が(略)あたかも自分が正義であるかのように語り続けていました。
https://cakes.mu/posts/7862
名無し      食べて応援で人が何人死んだみたいな無茶苦茶なこと、福島県の人に対してよく言えるな…。見苦しい。
https://twitter.com/tok aiama/status/720726309240836097

64 :人間七七四年:2016/07/19(火) 19:29:12.72 ID:aWJyMslS.net
>>60
このスレは、というかこの話題はほとんど同じ人が延々と同じ話題を繰り返してるだけだよ

65 :人間七七四年:2016/07/19(火) 21:42:40.28 ID:FmS3rBJY.net
気が済むまで言わしてあげろよ。
枯れ木も山のにぎわいというし。

66 :人間七七四年:2016/07/22(金) 22:40:19.11 ID:wx9WNuPx.net
常に馬に乗ってるわけじゃないだろ

・馬は消耗品でもあり高級品でもあるのでそんなに数は多くない
・歩兵相手には降りて戦っていた (馬に攻撃を集中されるので)
・敵陣の薄くなったところがあれば馬に乗って突撃をかけた
・馬に乗ったまま戦うのは突撃のとき、奇襲のとき、敵も馬乗りだった場合

とかいう話だろ

この突撃が強烈な攻撃力だったらしいので
馬乗りはエリート揃いであることと存在そのものは疑う余地がない
騎馬武者は一人もいなかったとか言うやつもおるでな

67 :人間七七四年:2016/07/23(土) 07:57:34.68 ID:Yklevkyu.net
>>66
無理に纏めようとしなくても

>歩兵相手には…
じゃ馬に乗る必要ないじゃん
騎兵に対して歩兵が強いなら、歩兵だけで良いだろ?

書き込んでる奴なんて、みんな無駄話を楽しんでるんだけなんだからほっとけば良い

68 :人間七七四年:2016/07/23(土) 08:37:58.31 ID:1EpqFkUa.net
敵陣に乗り込んだら、どうしても速度が遅くなるので下馬

69 :人間七七四年:2016/07/23(土) 10:52:34.85 ID:CyfSxpKt.net
>>66の言うとうりじゃん

70 :人間七七四年:2016/07/23(土) 12:45:45.84 ID:Q5mqvJEI.net
常に馬に乗ってるのは、
馬上射撃やる弓騎馬か伊達に代表される鉄砲騎馬隊じゃねえの

騎馬隊は数が少ないので、ドドッと敵足軽に来られると不利

イーブンもしくは少し多いくらいならずっと馬上からでもいいだろうが

71 :人間七七四年:2016/07/23(土) 13:13:47.54 ID:Q5mqvJEI.net
騎馬の持ち味、突破力を活かした突撃というのは
そもそもいきなりやって効果のあるものではない
不意を突けば奇襲にはなるが、対陣してからではもう無理

突撃というのは相手の「隙」に全力で叩き込むものなんだ
その隙を作るのが数で勝る足軽隊であって、隙ができるまでは騎馬隊はあまり見せ場はない
一度隙を作ったら騎馬隊の独壇場

速く、上からの威圧感もある騎馬突撃と足軽の突撃ではまったく違う
隙に食らってしまったら敵は浮き足立ってしまい、場合によっては一気に潰すことも可能だったろう
騎馬は攻撃の要になることは間違いないんだ

72 :人間七七四年:2016/07/23(土) 13:53:23.40 ID:eA5hpafb.net
騎兵なんて世界中で「攻撃力最高、防御力クソ」みたいな認識だしな
もし突撃止められたら囲まれて死ぬから、じゃあどこでどうやって使うかっていうのを延々試行錯誤してきた

73 :人間七七四年:2016/07/23(土) 17:43:26.43 ID:CyfSxpKt.net
立派な鎧兜つけていながら徒歩で参加していたなら、みっともない。騎馬はステータス。

74 :人間七七四年:2016/07/26(火) 23:39:02.41 ID:BjVQ2mFb.net
>>72
長槍部隊の側面を衝く場合は絶大な効果を発揮したらしいぞ
長さに頼る武芸が未熟な足軽部隊に時速40キロで襲いかかると
長槍部隊は急激な方向転換も出来ず、蜘蛛の子を散らすように
逃げたらしいから

75 :人間七七四年:2016/07/26(火) 23:42:14.43 ID:/hySK1Qb.net
時速40kmはないわー近代の騎兵の速度じゃないか
戦国時代ならいいとこ30kmくらいだべ
それでも十分脅威だけど

76 :人間七七四年:2016/07/27(水) 07:06:30.59 ID:+jAUqd1W.net
馬に随伴する歩兵(足軽)が付いていけなくなるから、そんな高速は出せないよ。
騎馬1騎につき、馬の左右に足軽が一人ずつ付くんだから。

77 :人間七七四年:2016/07/27(水) 07:19:09.22 ID:TK3LmO0P.net
時速30キロなら100メートル12秒くらいだからそんなに早くない
駆ける距離を100メートルくらいと考えても足遅い奴でも3秒後位には追いつく

78 :人間七七四年:2016/07/27(水) 20:23:09.26 ID:AgzhRg5/.net
馬は、それなりに速い。でも、思ったほどは速くないのもまた事実。

超短距離(100b程度以下)なら差が小さいのは当たり前。
人も馬も地面を蹴って動くものである以上、地面との摩擦係数で最大起動加速度が決まってしまうのは原理的に当然(超短距離ではこれが支配的
差が小さいどころか、スタートの合図を受けてから動き出すまでに2個体分の反応時間が必要な分だけ馬がむしろ不利になってしまうこともある。

中距離なら、馬のほうが大抵有利。
中距離だと馬本来のスピードが生きてくるし、
ドスンと乗って蹴るだけで走る馬はありがたい。

が、長距離(10km以上)になってくると馬の持久力が問題で、
普段鍛えている人には追い付かれてしまう…らしいいです。
どこかに、
・ウマは、最大gallop速度7.8 m/sを持ち、10km走ではヒトより速い。
・しかし、10-15分以上ではgallop速度は劇的に減少する。
・長距離にわたる繰り返し走では、速度は5.8 m/sになり、1日に約20kmしか走れない。
という文章がありました。

79 :人間七七四年:2016/07/30(土) 10:18:06.03 ID:cAlTAT4t.net
>が、長距離(10km以上)になってくると馬の持久力が問題で、
>普段鍛えている人には追い付かれてしまう…らしいいです。

ちなみにそれは同じ装備をした人が走った場合と馬に乗った場合なんですかね

80 :人間七七四年:2016/07/30(土) 12:39:20.30 ID:pLESF3RX.net
騎馬の移動速度は足軽と同じ
ただし突撃時には全力疾走すると思われる
あとは敗戦で逃げるときだな

81 :人間七七四年:2016/07/30(土) 12:45:37.35 ID:iuD3R/Av.net
>>79
まともな馬が残ってない→西国はそうだが東国は違う→西国には騎馬武者がいないって前スレからやってなかったか?

82 :人間七七四年:2016/07/31(日) 21:09:40.53 ID:yzm9L0zP.net
西国には騎馬武者がいない
って、それは言い過ぎだろう。

83 :人間七七四年:2016/07/31(日) 21:44:07.04 ID:/kJloSKm.net
>>82
で振り出しに戻る(笑)

84 :人間七七四年:2016/08/01(月) 09:17:12.27 ID:8WDscTbR.net
>>81
ずっとこんな感じ
>>8
>>64

85 :人間七七四年:2016/08/03(水) 06:51:13.90 ID:BYhSj+HJ.net
短足チンチクリン という意見もありますし
武将の足がつきそう という意見もありますし
持久力が強い といっても サラブレッドと持久走競争をすれば負けるし
・・・・完全に振出しに戻っております

86 :人間七七四年:2016/08/03(水) 14:58:50.23 ID:EfhapXJ/.net
持久走の話なんか出てたっけ?
そりゃトラック内のレースならサラに勝てるはずがないだろうし
サラは粗食に耐えるとか頑丈だとかの特性はあったっけ?

現代人が和式馬術で在来馬に乗っても足がつかないのに
武士の足がつきそうって当時の武士はどれだけ足が長かったんですかね?


87 :人間七七四年:2016/08/03(水) 16:09:35.76 ID:EfhapXJ/.net
だいたい日本在来馬で乗り手の足がつきそうなのなら
同サイズの蒙古馬でも同じだろうし
何しろ東アジアの馬の標準サイズだし


近藤好和「弓矢と刀剣」
かかるわが国在来馬の特質(特にその小型であること)は、一見、特異なことのように
思われる。しかしそれは、競馬のために品質改良されたサラブレッドなどと比較するからである。
現在のモンゴルの馬をみればわかるように、実はわが国在来馬の特質は、アジアの草原馬全体の
特質であり、その中にあってわが国の在来馬はむしろ標準といえよう。古代中国でも
軍馬の条件は一三○センチ以上であり、有名な秦始皇帝の兵馬俑は実物大だが、
その馬俑の平均体高は一三二センチなのである。

88 :人間七七四年:2016/08/03(水) 18:09:29.55 ID:eNZe9cWa.net
ポニーサイズといわれてミニポニーを思い浮かべるから足がつくなんてへんてこな発想になるんだ

89 :人間七七四年:2016/08/03(水) 21:10:20.42 ID:BYhSj+HJ.net
人間の眼なんて土台不正確

ミニポニーに大人が乗ったポニー競馬は珍しくない。
ミニポニーでも見る人が見れば足がつくにはまだ十分余裕があるように見える。

が、与那国馬でも見る人によってはいかにも足がつく寸前に見える。

90 :人間七七四年:2016/08/03(水) 22:21:17.99 ID:naFf5lRi.net
与那国馬って日本在来馬の標準サイズなんだっけ?
東アジアの標準サイズの馬である日本在来馬で足がついちゃうなら
同じサイズの蒙古馬なんかもダメだろうし

近藤好和「弓矢と刀剣」
かかるわが国在来馬の特質(特にその小型であること)は、一見、特異なことのように
思われる。しかしそれは、競馬のために品質改良されたサラブレッドなどと比較するからである。
現在のモンゴルの馬をみればわかるように、実はわが国在来馬の特質は、アジアの草原馬全体の
特質であり、その中にあってわが国の在来馬はむしろ標準といえよう。古代中国でも
軍馬の条件は一三○センチ以上であり、有名な秦始皇帝の兵馬俑は実物大だが、
その馬俑の平均体高は一三二センチなのである。

91 :人間七七四年:2016/08/03(水) 22:34:39.87 ID:F3huENQu.net
>>85
お前の頭がちんちくりん
体高百三十センチ前後の在来馬に乗って足がつきそうとか、どこの世界の巨人だよ

92 :人間七七四年:2016/08/04(木) 01:39:59.96 ID:iYyedEN5.net
きっと>>85の頭の中の戦国時代の人間は身長が160センチくらいで股下が150センチくらいなんだろう

93 :人間七七四年:2016/08/04(木) 06:08:47.32 ID:mmt61NKR.net
西日本では、与那国馬くらいが標準サイズであることは否めない

94 :人間七七四年:2016/08/04(木) 07:16:05.54 ID:kfD42Jl/.net
与那国馬と聞いて、ちっさ、と連想するが、信長も秀吉も意外なくらいに小男だからな。
織田信長170cm、豊臣秀吉150cm。
ただ、6尺5寸殿と言われた斎藤義龍は約195センチ。浅井長政182cm、豊臣秀頼197cmとか
検証が必要な大男もいる。

95 :人間七七四年:2016/08/04(木) 07:21:03.04 ID:VVItbMXr.net
東アジアの標準サイズガァって
戦国時代の乗用馬の標準サイズを知ってる人間っているのか?
最強(笑)武田騎馬軍団のいる甲斐で体高130cmの死骸?が発見されただけじゃなかったか?
足がつくって妄想は流石だが
戦乱でひたすら騎馬武者を消費し続けた(鎌倉幕府末期から戦争しっぱなし)の日本で
東アジアの標準サイズ(軍馬としての使用下限)がどれだけ残ってるんだ?
資料があるのか?

96 :人間七七四年:2016/08/04(木) 07:47:01.29 ID:/D1Eh6V2.net
>>94
でかいと言えば藤堂高虎

97 :人間七七四年:2016/08/04(木) 08:33:40.46 ID:kfD42Jl/.net
自転車のサイクリング車によくのっていたが、両足は当然ながら付かない。
でも乗ってみるとわかるが、足がつきにくい高さの乗り物というのは、じつは使いづらい。
馬では三角乗りをするわけにもいかないからな。三角乗りって何?という人はググれ。

よって、足がつきやすいように、小さめの馬を選んで乗った方がいい。
とも考えられる。
騎馬用として使うだけでなく、坂道の上りのときは、カゴに乗ったままだと傾いて不便なので
会津に秀吉が行ったときは、峠ではカゴを降りて、馬に乗って峠を登っている。

98 :人間七七四年:2016/08/04(木) 09:34:13.83 ID:ilS/2Qw6.net
>東アジアの標準サイズ(軍馬としての使用下限)

1622年と1623年の装備品目録によるとスウェーデンの騎兵用の馬は
113センチ〜133センチだけど

東アジアの標準サイズである130センチ程度が軍馬としての使用下限だというのは
一体どういった根拠に基づいているの?
具体的に示してほしい

99 :人間七七四年:2016/08/04(木) 13:48:55.90 ID:yynzq09P.net
小柄な秀吉でも足がつきやすい馬ってどんだけ小さいんだよ
停止時は自分の足で支えないと倒れる自転車と自分で立っていられる馬を一緒にすんなよ

100 :人間七七四年:2016/08/04(木) 13:59:11.68 ID:VVItbMXr.net
>>98
蒙古兵に一蹴される屑欧州騎兵を基準にされてもな
せめてポーランド騎兵くらいもってこい

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