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戦国ちょっと悪い話49

606 :人間七七四年:[ここ壊れてます] .net
山県三郎兵衛(昌景)の同心に、北地と申す伊勢牢人が在り、身上は十六貫を取っていた。
しかし彼は「知行悪しき所なり」と山県三郎兵衛に種々訴訟をしたのだが、大場民部左衛門という
山県の取次が、「北地は他国者である。」と侮り、山県へ取り次がなかった。

そのような中、北地は仲の良い傍輩たちに申し聞かせ、置文をして腹を切ろうとした。
何故かと言えば、「他国より武田信玄公の御家を望んで来る者はあっても、出る者は一人も無し。
この御家を出るほどならば、何ぞ武道に悪しき事があるかと、余所の不審を受けるのも口惜しい。」
と考えての自害であった。

しかしこの事を知った傍輩たちは自害の直前で彼を取り押さえた。
これに北地は「腹を切るなどと言う事を侍が申出して、二度止まる事無し!」と言って
更に自害を試みたが、人々が彼に取りすがって腹を切ることが出来なかった。
そこで北地は膝の上の、『犬ほへず』という所を散々に十二、三度も切りつけ、それから三日目に死んだ。

北地の死に山県は大いに驚き、目付横目から信玄公に報告が上る前に、早々にこの事を言上した。
信玄公は殊の他に御立腹され是非に及ばず、山県三郎兵衛は困惑し、もはや改易されるかという
事態になったが、山県は原隼人佐、三枝勘解由左衛門、曽根与市助に宛てて、熊野の牛王の裏に
誓紙を仕り、「北地五郎左衛門訴訟の旨を存じない。」という内容を申し上げた。
その後、信玄公が彼らを召して話を聞き、

「ならば、その頼まれた山県の内の者、大場民部左衛門を呼べ」

と有り、先の三人、原、曽根、三枝を以て尋問させたが、さらに長坂長閑、跡部大炊に
目付衆二人、横目衆二人まで添えられて詳しく尋ねられ、その上にてもうろんに思われ、
岩間大蔵左衛門を召して「物陰でこれを聞け」と仰せ付けられ、この件を詮索された。

すると山県が申し上げた如く、何れの者からも大場が取次を成さなかったため山県へ
北地の訴訟のことが伝わらなかったとの報告を受け、これによって大場は一類尽く
御成敗された。

山県三郎兵衛が御奉公申し上げた内で、これほど迷惑なる事は終に無かったという。

『甲陽軍鑑』

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