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【陰謀論】フラットアースを優しく論破するスレ  第23日

1 :名無しSUN:2024/04/05(金) 17:22:14.96 ID:oCU8+GXG.net
※前スレ
フラットアースを優しく論破するスレ
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sky/1603859571/
第2日
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sky/1640783571/
第3日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1644411309/
第4日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1651226136/
第5日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1659147697/
第6日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1667016158/
第7日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1683881717/
第8日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1686835856/
第9日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1688446255/
第10日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1689912508/
第22日
https://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/sky/1711483434/

134 :青火 :2024/04/10(水) 08:16:38.94 ID:I+qy/ZHH.net
彼らがしばしば、午前中の半ばに伯爵夫人(ラ・コンデサ)の特別室へはいり、

あとでやや騒々しくさわぎながら出てくるのが人目にとまっていた。

ある日、彼らは、バーの先の小さな書きもの室で会合をひらき、

伯爵夫人(ラ・コンデサ)を会長に、特任あぶらむしに選出した。

135 :青火 :2024/04/10(水) 08:17:20.69 ID:I+qy/ZHH.net
窓の外にすわってたシューマン医師は、彼らの話をいやでも聞かないわけにはいかなかった。じっさいそれを避けようとしなかった。

そして学生たちが、みだらな、不謹慎な言葉で彼女のことを語っているのを聞き、激怒した。

彼らが彼女を気違いと考え、彼らの猿のような嘲りの、とくにえらばれた対象とみなしていることは明らかだった。

136 :青火 :2024/04/10(水) 09:23:56.90 ID:I+qy/ZHH.net
>>100
×汚れきた綿毛のパフ
〇汚れきった綿毛のパフ

137 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:43:51.31 ID:d8R4juPH.net
愚者の船(上) K・アン・ポーター

第二部 269ページより

リッツィのすべてじゃこうを基礎とした香料がまざりあった、すえた匂いがぷんぷんたちこめている。

リッツィの習慣はだいたいきまっていた。

彼女は、あのいやらしい、背の低い、太った男と出歩き、ふつう真夜中すぎでなければ部屋にもどってこなかったのだ。

二人は、人目をかわすつもりで、暗い奥まった場所をえらんで次々に移動し、

くすぐったそうな笑いや悲鳴をしきりにあげ、傍若無人にいちゃついていたのである。

138 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:44:31.59 ID:d8R4juPH.net
「ご免なさいね。起すつもりはなかったのよ」ときまっていう。

それを聞くとミセズ・トレッドウェルの神経は、金属にやすりをかける音を聞いたときのような感じにおそわれるのだった。

この女は、これまで見たこともないくらい、魅力というものをまったくもちあわせていない獣のような人間だ、とミセズ・トレッドウェルは考えた。

139 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:46:11.41 ID:d8R4juPH.net
彼女は身を震わせ、目を閉じた。

身の毛のよだつ小さな船で辺鄙な場所を旅すればどんなことになるか、どうして思い出さなかったのだろう。

一年中、そう八月中も――八月のパリはすてきなのだ――パリに留まるだけの分別がどうしてわかなかったのであろう。

パリならば、ほかのほとんどすべて場所で出合うような種類の人びとにぜったい会わずにすむのに。

彼らをそう呼ぶことができるとしての話だが、乗客仲間の顔や姿が、名前をとり違えられて、彼女の脳裏にいりみだれた。

彼らのことを考えるだけで、彼女の気持は動揺し、重苦しくなるのだった。

リッツィはしょっちゅう彼らの噂をした。

気取った、上品ぶった態度をとり、ひどいきーきー声で喋りまくるのだ。

140 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:47:04.25 ID:d8R4juPH.net
「ああ、考えてもごらんなさいな――あのスペインの伯爵夫人(ラ・コンデサ)、囚人、あの人をご存知でございましょ?

――なんでも、人の噂ですと、あの学生たち全部と順番に寝ているんだそうでしてよ。

学生たちはしょっちゅうあの人のお部屋に入りびたりだそうですわ。

時には二人、時には三人というふうに。そしてなかでとんでもないことをしているんですって。

船長はそれをひどく怒っていらっしゃるけど、どうしようもありませんわね?

まさかベッドの下にスパイをひそませるわけにはいきませんもの……

141 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:48:21.20 ID:d8R4juPH.net
もうひとつ、信じられないような話がありますのよ。

車椅子に乗ったあのしぼんだ病人をご存知でしょ?

あの人は、こちらがよく気をつけてないと、手をのばして体にさわり、なでまわすんですって――女を見ると。

病気をなおすふりをするわけね。

ひどい偽善者だわ、あの年になって。

墓に片足はいっているのにね!

142 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:49:36.39 ID:d8R4juPH.net
そしてあなた、あのあさましいユダヤ人をご存知でしょう?

どう間違ったものか、リーバーさんと同じ部屋にはいってる人を。

それがね、先日、リーバーさんに『何時ですか? ぼくの時計がとまってるもんで』ときいたんですって。

リーバーさんは『ユダヤ人の時計を全部とめるべき時間だよ』と答えたの。

リーバーさんて、それは頭がいい方なのよ。

あのときのあいつの顔をみたら、どんな人でも胸がすかっとしただろう、っていってますわ」

143 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:50:29.29 ID:d8R4juPH.net
ミセズ・トレッドウェルは、そら耳にひびく、復讐の女神のように執拗な饒舌をふりはらい、

とつぜん長いガウンをゆすって立ちあがり、舷窓へ歩みよった。

清浄な、ひんやりとした空気が彼女の顔をなでた。

この部屋で聞かされた話のために汚されたように感じ、楽に呼吸するために口をあけた。

144 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:51:18.66 ID:d8R4juPH.net
おそらく、同室者の一等いけないところは、ユダヤ人について語るときの異常な俗っぽさである。

ユダヤ人という単語は彼女の話にはつきものだった。

話題を問わずとびだしてくる。

じつに不快な執念である。

145 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:53:50.18 ID:d8R4juPH.net
「あの方はとても知的なの、リーバーさんは。それでいて」

とリッツィは、鏡をのぞきこみ、髪をこすり落とさんばかりに櫛を使い、にたにたした。

「とてもふざけることがあるの。ドイツの出版を、とくに商業界や知的職業の面で立て直す運動の一翼をになっていらっしゃるの。

ユダヤ人のために出版が破壊されてしまっていますからね。

146 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:54:50.73 ID:d8R4juPH.net
「知的なお友だちがいらして、さぞかしすばらしいことでしょう」

とミセズ・トレッドウェルは、愛想よく、ドイツ語でいった。

リッツィはとまどった、警戒心をよびさまされた目を彼女に向けた。

ミセズ・トレッドウェルの目は閉じられていた。無邪気そのものの顔をしている。

147 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:55:56.24 ID:d8R4juPH.net
「ええ、そうよ、もちろん」とリッツィは、体をこわばらせて間をおいたのちにいった。

ついで、次のようにいった。

「あなたのアメリカ訛りがあんまりひどいので、さいしょは何をいってるのかほとんどわからなかったわ。

最良のドイツ語は、わたしの市のハノーヴァーの言葉なの。

ハノーヴァーへいらしたことがないでしょうね?」

「ベルリンだけですわ」とミセズ・トレッドウェルは辛抱づよくこたえた。

148 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:57:12.91 ID:d8R4juPH.net
「ああ、ベルリンへ行くだけじゃ、良いドイツ語は学べないわ」

とリッツィは、手にたっぷりと油を塗り、大きな、汚れた、木綿の手袋をはめながらいった。

「聞いても違いがおわかりにならないでしょうけど、

たとえばリッタースドルフさんは、気取りやさんで、おしとやかでいらっしゃるけど、とんでもないミュンヘン訛りがあるし、

船長のはベルリン風のひどいものだし、

事務長のは低地ドイツ語で、

ケーニヒスベルクあたりから来た一部の船員の、バルチック海地方の百姓みたいな話し方をのぞけば、最低というわけなのよ」

ミセズ・トレッドウェルの頭はゆっくりと揺れ、目ぶたの裏の暗黒は火花で満たされていた。

149 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:58:15.39 ID:d8R4juPH.net
彼女が耳にしたいと願っているのは

(神よ、彼女を生かし、もう一度聞かせてあげさせたまえ)

パリのありとあらゆる街の通りや路地や広場や公園やテラスで話されるパリ人のフランス語、

モンマルトルからブルヴァール、サン・トノレ、サン・ジェルマン、メニルモンタンにいたるまで、

モン・サント・ジュヌヴィエーヴの学生からリュクサンブールの子供たちにいたるまでのパリの言葉、

オート・サヴワ県や南部地方からルアンやマルセーユにいたるまでのありとあらゆる訛りで話されるパリの言葉だった。

150 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:59:10.52 ID:d8R4juPH.net
彼女は、パリに着くまで意識を失いたと思った。

航海が終るまで眠り通すか、ずっと深く酔っていたいと思った。

この血の凍えるような声は一晩中つづくのだろうか?

151 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 08:59:55.95 ID:d8R4juPH.net
>>150
×意識を失いたと思った。
〇意識を失いたいと思った。

152 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:01:01.70 ID:d8R4juPH.net
「リーバーさんでさえ」とその声は、今は上段の寝だなから聞えてきた。

「マンハイムの出身ですから、訛りが少し田舎くさいんですよ――ほんの少しだけど」

声が近くなった。

ミセズ・トレッドウェルは目を開けた。

暗い、小さなとうもろこしの穂のような髪をした頭がコブラのそれのように寝だなの横上の宙に揺れ、

きびきびとして優雅な、ハノーヴァー風の喋り方で上から話しかけるぼやけた顔が見えた。

153 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:02:51.01 ID:d8R4juPH.net
上巻の書き出し分はこれで終わり
次から下巻

154 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:03:52.64 ID:d8R4juPH.net
愚者の船(下) K・アン・ポーター

第二部 25ページより

フラウ・リッタースドルフはデッキ・ボーイに命じて、椅子の背を掛けごこちのよい高さまで立てさせ、赤いシフォンのヴェールを目深におろした。

155 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:04:55.05 ID:d8R4juPH.net
「リーバーさんがユダヤ人と同室にさせられていたことについて、多少いざこざがあったが、現状どおりということになった。

彼を移す場所がないためらしい。

あの人がどうなろうと、わたしはあまり関心をもつことができない。

救いようがないほどがさつで、低級な人だから――ああいう人がどうして船長のテーブルに席をあたえられているのか、わたしにはさっぱり理由がわからない。

なにかの出版をしているそうで、その点は考慮しないわけではないけれども――

しかし、ユダヤ人と同室があの人には分相応のところ、といってもわたしが意地悪ということにはならないと思う。

156 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:05:53.77 ID:d8R4juPH.net
もちろん、すべての責任は事務長にある。

ところが、事務長は事務長で、多くの乗客について不完全な、誤解をまねくようなデータしかよこさなかったメキシコ市の船会社代理店がわるいのだという。

わたしはだれも咎めようとは思わない。

うたがいもなく、やや退屈になったといわねばならぬこの船旅に、いささかの興をそえるささやかな気晴らしとして、楽しませてもらうだけである」

157 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:07:37.90 ID:d8R4juPH.net
フラウ・リッタースドルフはヴェールをおしあげ、万年筆にキャップをし、執筆の緊張をときほぐすために慎重に頸と腕をのばした。

ところがちょうど運わるく、それが、スペイン人男性舞踏手の一人であり、仲間からチトーと呼ばれている、ローラの亭主らしい男の注意をまたもやひいてしまった――

158 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:08:34.14 ID:d8R4juPH.net
軽喜歌劇団(サルスエラ)の「スター」であり、

うわさではあの何とも表現しようのない双生児の父親とされている男である。

もっとも、あの双子が人間から生まれたとはとうてい考えられないのであるが、

むしろ、あれは小さな妖鬼なのだ。

目のまえで、硫黄の臭いを発して破裂し、姿をかき消しても、だれも不思議に思わないであろう。

159 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:09:25.86 ID:d8R4juPH.net
このチトーが――二日まえの晩、

彼女がすてきにかわいい、若い高級船員とたのしく一曲おどりおえたときに、

このチトーが、厚かましいといおうか、ずうずうしいといおうか、おそれる色もなく彼女に歩み寄り、踊りを申しこんだのだ!

160 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:10:28.62 ID:d8R4juPH.net
その後に生じたことを思いだすたびごとに、そしてまたかた時もそれを忘れることができないでいるのだが、

彼女は、頬が紅潮し、全身が真赤になり、陽焼けの火ぶくれが体中に生じたような感じにおそわれるのだ。

彼女は思いだすまいとあらためて自分を鞭うち、断乎として日記ではそれについていっさい触れず、

邪悪をはらすおまじないにおぼえているかぎりの祈りを早口に何べんもくりかえすことまでしたのである。

161 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:11:21.37 ID:d8R4juPH.net
彼から不謹慎な申しこみをうけて恐れをなしていることを気取られないように、

男性にたいして使いなれている気さくな、親しげな口調ではっきりとことわればよかったのだが、

目のまえのわずか数インチのところに光っている蛇のような彼の黒い目に射すくめられて、彼女はものもいえず、口を開けて、石のようにつっ立ていたのだ。

そして、同意もしないのに、いつのまにか、体に腕がまわされ、雲のようにふわふわと運びさらわれていたのだ。

162 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:12:22.38 ID:d8R4juPH.net
かつて経験したことがないほど軽く、しかも確実に、やんわりと抱擁され、

まるで自分が軽くて実体のない空気の精にでもなったかのように、無邪気な娘時代このかた夢にさえみたことのない踊り方をしていたのである――

ああ、ほんとうにわたしがあんなはしたないことをしたのかしら?

彼女はほとんど呻くようにつぶやいた。

ああ、ほんとにわたしは黙ってあんなことさせておいたのかしら?

163 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:13:45.42 ID:d8R4juPH.net
踊りがすむと、彼は、すばやく彼女の手に接吻し、茫然と佇む彼女をのこして、そそくさとそばをはなれた。

そばを通りかかったリッツィ・シュペンキーカ―がからかった。「カスタネットは? お忘れになったの?」

164 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:14:46.32 ID:d8R4juPH.net
淑女の態度、振舞をついぞくずしたことのないわたしである。

夫はどんな人の前に出ても、そんなわたしを誇りにしていたものだ!

こんどだって堂々と振舞っていればいいのだわ。

隙をみせなければ、リッツィのような女でも、思いあがったスペイン人の一件を船長のテーブルで披露しようなどという気は起こせないだろう。

そのほかのだれにせよ、このことについてなれなれしい口をききたがる者があらわれたとしても、いわせておきはしない。彼女は意気ごんだ。

165 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:15:52.77 ID:d8R4juPH.net
しかしその必要はなかったのだ。

だれも何ともいわなかった――うわさを聞いている者すらいないようすだった。

翌日になっても、リッツィすらそのことを匂わすような微笑ひとつうかべなかった。

しかし、けっきょくは、このほうがかえってしまつがわるい――

みんな口をつぐんでいるということは、彼女の行為にたいする、あるいは徳性にたいする一種の批判なのかもしれない――

でも、と彼女は自分にさとした、面とむかってとりざたされたり、何かをされたりするよりはましではないか。きれいに忘れてしまえばいいのだ。

166 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:17:22.22 ID:d8R4juPH.net
フラウ・リッタースドルフは溺死しかけているような感じにおそわれた。

目を閉じ、あえいだ。頭がゆらゆらと揺れた。彼女はまた目をみひらいた。

目のまえにぴったりした黒い舞踏服に身をつつんで、優雅に上体をかがめたチトーがいた。

赤い腰帯、短い上衣(ボレロ)、ひだつきのシャツという例のいでたちで。

そして彼は話しかけていた――いったい何をしゃべっているのかしら?

左手に、小型の、何かチケットらしいものの束をもっている。

彼はそれを抜きとり、彼女のほうへさしだした。

167 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:18:23.51 ID:d8R4juPH.net
微笑をうかべもせず、催眠術にかけようとするかのように彼女の視線をとらえている。

フラウ・リッタースドルフは手をさしのばして、チケットをうけとろうとした。

そのとき、チケットはひっこめられた。

彼はいった。「まださしあげるわけにはいきません。そのまえに、説明をきいていただきます……」

フラウ・リッタースドルフの頭あはっきりしてきた。

いずまいをなおし、注意ぶかく耳をかたむけた。

168 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:19:05.87 ID:d8R4juPH.net
なにか邪な、不都合な、ごくひかえ目にいってもいかがわしい話を聞かされるのだと思った。

ところが、拍子ぬけするほど、ばかばかしいくらい単純なことだった。

169 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:20:00.86 ID:d8R4juPH.net
軽喜歌劇団(サルスエラ)は、船上のすべての人が参加できるようなささやかな祝祭を発起したいと思っている。

それは、とくににぎやかな晩餐会といった程度のもので、

みなさんに仮面をつけていただき、席も自由にかわってもらうことにする。

楽団にも腕によりをかけて演奏してもらい、どなたにも踊っていただく。

軽喜歌劇団としては、レパートリーのなかからとくに優美なものをよりすぐって、ひと晩じゅうショーをお目にかけるつもりである。

170 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:20:49.43 ID:d8R4juPH.net
さらにまた、チケット番号による美しい賞品の福引きをおこなうことを考えている。

賞品の購入はサンタ・クルス・デ・テネリフェの店でおこなう。

洗練された手芸品、細工物の産地として有名な土地であるから。

祝祭は、すべて船長にたいする感謝のしるしとして催すのであって、

船がわれわれ一座の者が下船するヴィーゴへ着く前の晩におこないたいと思っている。

171 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:21:26.83 ID:d8R4juPH.net
「われわれにいわせれば、このような長い船旅のあいだみんなで楽しむ機会を一ぺんももたずにおわるのは、残念なことですからね」

とチトーはまじめな顔でいかにも誠実そうにいった。

172 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:22:35.77 ID:d8R4juPH.net
フラウ・リッタースドルフの頭はまた一段とはっきりしてきた。

損得の本能が目ざめた。

「でも、芸人さんにしては、ずいぶん商売上手ね。そんな現実的なことに、よく頭がまわるわね」

「わたしは一座の支配人ですからね」と彼はいった。

「そのうえ監督もつとめています。家内を助手にして」

「ローラね?」フラウ・リッタースドルフは恩きせがましい口調でたずねた。

「そう、ドーニャ〔女性の名前につける敬称〕・ローラです」と彼は傲慢に彼女のいい方を訂正した。

173 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:23:45.61 ID:d8R4juPH.net
その語調を聞いて、フラウ・リッタースドルフの肚はきまった。

「もうすこし考えさせてちょうだい」と彼女は気だるそうにいい、もう一度日記をひらくしぐさをした。

「福引きのようなものは、何によらず好きじゃないの――」

彼女の視線はあたりをさまよい、デッキ・チェアふたつへだてた先にリッツィの姿を認めた。

リッツィは大判の雑誌を手にしていながら、それを読むふりさえしていない。

それを見て、フラウ・リッタースドルフはいらだった。

きり口上でいった。「福引きのチケットは、いったいいくらくらいなの?」

「わずか四マルクです」とチトーはいい、二人ともとるにたらぬ金額であると考えねばならぬということを示すために、下唇をつきだした。

174 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:24:29.11 ID:d8R4juPH.net
「お金はいくらでもかまいはしないけれど」とフラウ・リッタースドルフはいい、

よりによって今がちょうどいちばん人目の多い夕刻であることに気づき、その場の情景を見られるのではないかとやきもきした。

175 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:25:05.92 ID:d8R4juPH.net
夕食を待って、人びとが往きかいはじめていたのである。

花嫁と花聟、あれはあざとくないからだいじょうぶ。

シューマン先生、あら、どうしましょう!

キューバの学生たち、さいきんはいくぶん鳴りをひそめているようだけど、きっと毒舌にものをいわせて、さんざん悪ふざけするだろう。

176 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:26:30.85 ID:d8R4juPH.net
愚鈍な娘を連れた愚鈍なルッツ夫妻、あれはゴシップしか頭にない人たちだ。

二人の司祭――あえばいつも会釈を忘れたことはないけれど、でも今はこの身をいっそ消してしまいたい。

いやらしいうすら笑いをうかべ、邪な目つきをしたあのぞっとするようなアメリカ人デニー――

船上の一等船客が寄ってたかってひとの苦境につけこもうとしているみたいだわ。申しひらきできないのをいいことにして。

177 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:27:13.69 ID:d8R4juPH.net
というのは、チトーが歓迎されていることを確信しきっているような態度で上体をかがめてたからである。

まるで彼女がいまにも彼のコーヒーへの誘いに応じようとしているかのように。

178 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:28:05.20 ID:d8R4juPH.net
フラウ・リッタースドルフは気力をふりしぼり、前よりも一そう背すじをのばした。

そのときに、これまたひだをとった舞踏服を着たローラとアンパロが近くの手すりによりかかっているのに気づいた。

179 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:30:06.76 ID:d8R4juPH.net
「ほかの人たちの話をうかがってからにします」と彼女はいった。

「はっきりのみこめないところがありますから。

どうしてあなた方がわたしに参加させたがるのか、まだ納得できないのです。

あなた方の提案はぜんぜん慣習に反しています。

一流の船には、航海の中途で船長のために祝宴をはるような習慣はまずみられないでしょう。

180 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:31:21.20 ID:d8R4juPH.net
いずれわたしのいうとおりだということがおわかりになると思いますけれど、

晩餐会は、船が最後の目的地へつく二日前の晩が正しいのです。

うそじゃなく、これまでわたしはいちばん豪華な船でしか旅をしたことがありませんけれど、

上流社会(ル・ボーモンド)ではそういう習慣になっていますの……

天候や何かを考慮して、ごくはやくひらくとしても、三日前の晩ですわ……

そう、あなた方がヴィーゴでお下りになるからというただそれだけの理由で、その機会をはやめなければならないとはどうしても考えることができませんわ。

181 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:32:31.11 ID:d8R4juPH.net
ブレーメルハーフェンへ到着する直前でしたら、

こんどの航海でわたしたちのためにお骨折りいただき、ご苦労してくださった船長への感謝の念を示すための計画に、わたしもよろこんで加わらせていただきます。

それまではおことわりです。

せっかくですけれど、辞退させていただきますわ」

182 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:33:29.11 ID:d8R4juPH.net
「しかし、ヴィーゴで下船するわれわれも、礼儀として、気高き船長に謝意を表したいとねがっているのです」

チトーは威厳を正し、かなりりっぱなドイツ語でいった。

「上流社会の人間はそういうやり方はしないのです」とフラウ・リッタースドルフはこたえた。

今や彼女は教師としての意欲に燃え、その淡い青色の目を神の言葉を伝える使徒のようにかがやかせていた。

183 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:34:15.60 ID:d8R4juPH.net
「船長をおもてなしするのはけっこうですけれど、社交生活の慣例を無視したものなら、およろこびになるはずがありません……

そしてまた、あなたはご存じないようですが、いまだかつてほとんど――じっさい、わたしは一ぺんもそうした会をみたことがありませんが、

商業的な匂いのする、あるいは籤などというものをとりいれた晩餐会などおこなわれたためしがありません。

チケットなど買って開くような性質のものではないのです。

184 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:35:26.45 ID:d8R4juPH.net
じっさい、せんじつめていえば、お別れパーティーは、船長が乗客を招待して催すものであって、その逆ではないということです。

食物、装飾、贈物、音楽、じっさいシャンパンいがいすべてのものは、

船長のテーブルの人びとのみならず全乗客のために、売店から提供されるものなのです。ですから」と彼女は意気揚々とむすんだ。

というのは、チトーが一心に耳をすませており、彼女の教訓が頭にしみこんでいるようにおもわれたからである。

185 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:36:00.37 ID:d8R4juPH.net
「あなたおよびあなたのスペイン人のお仲間がお好きなようになさるのは勝手ですけれど、

こうしたことについて考えを異にする人をまきぞえにしないで、内輪でしていただきたいものですわ!」

186 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:37:13.51 ID:d8R4juPH.net
チトーはローラ、アンパロとすばやく視線をかわした。

彼女たちはすこし近くへ移動し、ヴェールを腕までたらしていた。

彼はエナメル革のパンプスの踵を小気味よい音をたててかちあわせて、

ドイツふうの敬礼を上手にまね、笑いながら火をふくようなスペイン語でまくしたてた。

「老いぼれ婆のケツでつくった、臭気プンプンのソーセージみたいなドイツ女め、

おまえの気に入ろうと入るまいと、おれたちゃ、おれたちのショーをやってみせるわ。

そしておまえたちをダシにもうけさせてもらうぜ」

187 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:37:57.70 ID:d8R4juPH.net
ローラとアンパロはお腹をかかえてとめどなく笑いだし、彼の名演技に喝采をおくった。

彼は身をひるがえして彼女たちとならび、三人はいっしょに歩んですこしはなれたところへ佇み、なおも笑いころげた。

チトーは腰をおり、ほそい腰を両手でおさえていた。

188 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:39:01.74 ID:d8R4juPH.net
フラウ・リッタースドルフは事態をのみこめず、耳にしたかに思われるいまの言葉も信じかねる面もちで、

励ましを期待できる知人にでも話しかけるように、リッツィにむかってこぼした。

「ほんとにあきれてしまいましたわ。あんまりしようがない人たちなので」

189 :青火 ◆xgKzWyAAH4vO :2024/04/11(木) 09:39:32.01 ID:d8R4juPH.net
「あの人だって、ダンスのお相手はとても上手につとめるじゃありませんの!」とリッツィはいった。

フラウ・リッタースドルフは彼女の毛孔から悪意が電気火花のように発しているのを感じた。

流れてくる彼らのかささぎのような話声は、デッキ・チェアに掛けている二人をつつむ陰気な雰囲気を一段つよめていた。

190 :青火 :2024/04/11(木) 11:19:25.80 ID:d8R4juPH.net
>>167
×頭あはっきりしてきた。
〇頭ははっきりしてきた。

191 :青火 :2024/04/12(金) 07:47:48.86 ID:LommdHQY.net
>>139
×ほかのほとんどすべて場所で
〇ほかのほとんどすべての場所で

192 :青火 :2024/04/12(金) 08:34:08.03 ID:LommdHQY.net
愚者の船(下) K・アン・ポーター

第二部 43ページより

「問題は」とデニーはぐいぐいと一気にあおったあとで、彼の頭を占めているただひとつの考えを困ったような口調でたどりつづけた。

193 :青火 :2024/04/12(金) 08:39:35.74 ID:LommdHQY.net
「問題は、この船には場所がないということなんです。

彼女のところにはひもがいっしょにいますからね。

例のアンパロのひもが、彼らの部屋にハンセンが来ているあいだは、

昼間だろうと、夜中だろうと、船の中をうろうろして暇をつぶしていることはもちろん知っていますが、

ああいうんじゃ、どうもおちつけないと思うんです。うまくないんですよ、ぜんぜん。

194 :青火 :2024/04/12(金) 08:41:28.97 ID:LommdHQY.net
リーバーと例の脚の長いロード・ランナー〔米国西部産のかっこうに似た鳥で地上を疾走する〕が

ボート・デッキやあちこちの暗がりを徘徊しているのも知っていますが、しかしあの二人はやってるわけじゃないと思うんです。いちゃつき合っているだけで。

195 :青火 :2024/04/12(金) 08:42:24.42 ID:LommdHQY.net
それにまた、パストラは金のことはいいましたが、ほかのことは何もいわなかったんです。場所も、いつということも」

「きけばいいじゃないですか」

「きいたんです。明日なら、たぶん、といわれたんですがね。しかし、場所がね、こいつがきがかりなんですよ。」

196 :青火 :2024/04/12(金) 08:43:07.58 ID:LommdHQY.net
「鉱山の宿営地にはね」とデイヴィットはいい、また一杯注ぎ、栓をしめ、両方の足でびんをはさんだ。

「ぼくがはじめて就職したメキシコの山の中には、淫売屋が一軒しかなかったんですが、それがたったのひと部屋なんです。

納屋みたいにでっかい大部屋で、そこに人がやっと通れるくらいの隙間をおいて簡易ベッドがびっしり並んでいましてね。

しかもひと隅に赤い灯りがともっているだけで、中は暗いんです。

197 :青火 :2024/04/12(金) 08:44:12.26 ID:LommdHQY.net
空いているベッドにぶつかるまで、女と二人で手さぐりしてまわらなければならない。

手さぐりしていって、ひとの脚やしりにさわらないやつが見つかったら、そこにあがって重なるというわけです……」

「ひどいな、インポになったほうがましだよ、それじゃ」デニーはあっけにとられ、床へ腰をおろして、靴をぬぎすてた。

「そんなにわるくなかったですよ」とデイヴィットはいった。

198 :青火 :2024/04/12(金) 08:44:50.94 ID:LommdHQY.net
愚者の船(下) K・アン・ポーター

第二部 47ページより

リーバーはいよいよフロライン・リッツィ・シュペッケンキーカ―についての決断をかため、奮いたった。

199 :青火 :2024/04/12(金) 08:46:30.67 ID:LommdHQY.net
風車に抱きついているようなものだった。

しかし苦闘しながらも、腹のなかではほくそ笑んでいた。

この女を御しえた暁には、持っていて損のない上玉を手にいれたことになる、と思ったからである。

200 :青火 :2024/04/12(金) 08:47:19.36 ID:LommdHQY.net
だが、彼女はいっこうに降伏の気配をみせていない。

あばれ馬を鎮めようとしているかのように両膝がしらで彼をおさえ、

少年のように長くて細い強靭な腕の筋肉を動員して、ほとんど堪えられないほどきつく抱きしめている。

彼は、これまで、適当に潮どきをみて勝ちをゆずらないような女に出合ったことがなかった。

直感で時機の来たことがわかりそうなものじゃないか!

201 :青火 :2024/04/12(金) 08:47:59.30 ID:LommdHQY.net
うすがりのなかに白い影がうかんでいた。

よく見ると、ベベの静止した姿だった。

ベベはフッテン夫妻の船室のドアがすこしあいているのを見てぬけだし、

あてもなく徘徊したあげく、彼らから三フィートとはなれていないところにきて、えんりょなく眺めていたのだ。

202 :青火 :2024/04/12(金) 08:48:42.44 ID:LommdHQY.net
「リッツィ、犬だ!」

「どこ?」彼女の腕の力がゆるんだ

「あっちへ行け、行くんだ」とリーバーはベベ自身の口から出たと思われるほど太い声で命じた。

「あっちへ行きなさい。いい子だから」と彼は、こんどは、彼としては最高の猫なで声でベベに話しかけた。

リッツィは、こらえきれず、頭をかかえて笑いだした。

203 :青火 :2024/04/12(金) 08:49:25.03 ID:LommdHQY.net
ベベはやがて音もなく立ちさった。

彼のおかげで今日のところは台無しなってしまったのだ。

リッツィがいくぶんしとやかになっただけに、前より有望にはなっているのだが、

ひきつづいてやるだけの元気がもうリーバーにはなくなっていたからである。

なにはともあれ、彼女も女であることにかわりはない――かならずや方法があるはずだ。それを見つければいいのだ。

204 :青火 :2024/04/12(金) 08:50:29.45 ID:LommdHQY.net
愚者の船(下) K・アン・ポーター

第二部 51ページより

それよりまえ、おなじ晩の夕食の席で、

205 :青火 :2024/04/12(金) 08:51:16.09 ID:LommdHQY.net
フッテン教授は、もり沢山な料理の皿をおしのけて立ちあがり、新鮮な空気を吸いにいきたいという気持をかろうじておさえていた。

しかし彼の妻は旺盛な食欲を示していた。

彼にとってなんとなく腹立たしい光景だが、しかしだからといって彼女の食事をやめさせていいということにはならない。

ほかの客たちも普段とかわりない様子をしていた。

206 :青火 :2024/04/12(金) 08:51:53.58 ID:LommdHQY.net
医師はにこやかに沈黙をまもり、

リーバーとフロライン・リッツィはいかがわしい関係にある男女のなれなれしげな、いまわしい雰囲気をにじみ出させている。

フラウ・シュミットは例のごとくひっそりとひかえている。

207 :青火 :2024/04/12(金) 08:53:40.66 ID:LommdHQY.net
ただフラウ・リッタースドルフだけは船長へむかってぺらぺら話しかけている

――うすっぺらい女だ、あの年齢になってあきれるほど虚栄心がつよい!――

彼女はティーレ船長の注意をそらさないようにしながらぬけめなく彼らを見まわし、声をすこし大きくして話の仲間いりをさせた。

208 :青火 :2024/04/12(金) 08:54:40.87 ID:LommdHQY.net
軽喜歌劇団のさいきんのふざけた振舞や、船上における社交的催しの作法――おもしろく思った人もいれば迷惑をおぼえた人もいる。

仲間からチトーと呼ばれている男はとくに生意気である。

彼は仲間うちで考えだしたけちな詐欺をはたらくためにチケットめいたものをわたしに売りつけようとした。

なにを考えているやら知れたものではない。

209 :青火 :2024/04/12(金) 08:55:14.57 ID:LommdHQY.net
「ええ、そうね」とリッツィは口をさしはさんだ。「富くじね! わたしは一枚買って厄介ばらいしましたわ」

「いってくれればよかったのに!」とリーバーは叫んだ。

「ぼくは二枚買っておいたんですよ――あなたはだれかにあげなければいけませんね!」

「彼らにもどして、お金をとりかえしますわ!」とリッツィは頭をそらしてうれしそうな声をあげた。

210 :青火 :2024/04/12(金) 08:56:49.43 ID:LommdHQY.net
「あら」とフラウ・リッタースドルフはいった。

「それはちょっと見物だわ、山賊からはした金(プフエニヒ)をとりかえすなんて。だって、あの人たち、山賊みたいなものですものね!」

「しかし、あの連中はダンスのパートナーとしてはすばらしい、そう思いませんか? リッタースドルフさん」とリーバーは愉快そうにたずねた。

211 :青火 :2024/04/12(金) 08:58:03.29 ID:LommdHQY.net
リッツィは怒って彼の手をひっぱたいた。彼女は自分でそれをいおうとしていたのだ。

「恥ずかしくないの? あなた。そんな残酷なことおっしゃったりして。

パートナーがなかなか見つからないときだってあるものですわ。あまり気むずかしくよりごのみしていられないときが」

212 :青火 :2024/04/12(金) 08:59:27.77 ID:LommdHQY.net
フラウ・リッタースドルフはちょうどあの異常な出来事について光彩陸離たる説明をおこなおうとしていたところへ、

このように話の方向をかえられて衝撃をうけ、高い、しかし淑女らしいソプラノ声で叫んだ。

「あら。でもぜんぜん思いもかけないときに、あまりずうずうしい態度に出られると、かえってたしなみを忘れ、隙だらけになってしまうものですわ。

そんなときは、本能の――ええ、教養ばかりじゃなく!――導きにしたがい、異変などおこっていないかのようにふるまうのが無難なのですわ――

ああしたことを自分からしようなんて夢にだって見たことがございませんわ」

213 :青火 :2024/04/12(金) 09:00:28.25 ID:LommdHQY.net
彼女はすわりなおし、ナプキンを口へあて、困りはてながらナプキンごしにリッツィを見つめた。

リッツィはころげ落ちるブリキ製品のようにけたたましい声をあげて長々と笑っている。

214 :青火 :2024/04/12(金) 09:01:02.56 ID:LommdHQY.net
「なるほど。しかし、ご婦人というのはまさにそうしたことを夢みているものだとされているようですな」

とリーバーはリッツィの騒々しい笑い声にかき消されないように体をのりだして、愉しげにいいはなった。

「そういうことをして、具合がわるい点でもあるのですか? うかがいたいものですね」

豚、犬畜生め、とフラウ・リッタースドルフは思った。

215 :青火 :2024/04/12(金) 09:03:25.85 ID:LommdHQY.net
「女性の夢みるものが何であるか、教えてさしあげましょうか?リーバーさん」と彼女はすご味をきかせていった。

リーバーにたいしてききめのある戦術だった。

リーバーは一度ならず怒りっぽい女性から頬を張られたことがあった。

いまのフラウ・リッタースドルフは口調も態度もそうした女性たちのすべてに似ていた。

216 :青火 :2024/04/12(金) 09:04:44.96 ID:LommdHQY.net
「座興としていったまでなんです、奥さん(マイネ・ダーメ)」と彼は前言を悔いたいんぎんな態度でいった。

「そうでしょうね」とフラウ・リッタースドルフはナイフの刃のように鋭い口調で彼の傷ついた虚栄心へ斬りつけた。「きっとそうでしょうよ」

217 :青火 :2024/04/12(金) 09:05:27.60 ID:LommdHQY.net
リーバーはきっぱり切りあげることができず、かえってへまを重ねた。

「フロイトの説を遠回しにいってみただけなんです。例の――アノー――夢の意味についての……」

「彼の理論はよく承知しております」とフラウ・リッタースドルフはひややかにいった。

「それと今の問題とのあいだには何のつながりも認められませんね!」

リーバーは下唇を垂らしてすわりなおし、むっつりとフォークを使いはじめた。

218 :青火 :2024/04/12(金) 09:07:15.66 ID:LommdHQY.net
フラウ・リッタースドルフはこの思いあがった男――フロイトだなんて? あきれたものだわ――をてってい的に懲らしめてやったために自信をみなぎらせ、

こぼれるような笑みを船長に向け、そしていった。

「わたしたちはみなあのスペイン人たちをあまり気にとめないようにしていますの。

じっさい、いたし方ないのですから、ヴィーゴへ着くまではあの人たちがいることを辛抱しなくてはならない、わたしはそう思っていますの。

でも、ああいう人たちがりっぱなドイツ船の一等で旅するというのがわたしには解せませんの。

どうしてそういうことになったのでございましょうね?

あの人たちのおかげで聞いたこともない状況におかれているのですわ、わたしたち……」

219 :青火 :2024/04/12(金) 09:08:34.67 ID:LommdHQY.net
船長は自分の船を「りっぱな」船といわれてもうれしいと思わなかった。

そう呼ぶのはお情けであるということをにおわす口調でいわれたかたである。

また客種のことをとやかくいわれるのも気にいらなかった。

個人的には伯爵夫人(ラ・コンデサ)をのぞいてどの客にも敬意をいだていないし、また彼女も人格の面で大きな失望をあたえていたのではあるが。

苛立たしげに頤をつきだし、できるかぎりそっけない口調でいった。

「彼らの料金はメキシコ政府がはらったのです。そういうことをしてまで彼らを追払いたいと考えたのでしょうな」

220 :青火 :2024/04/12(金) 09:10:11.29 ID:LommdHQY.net
>>219
×口調でいわれたかたである。
〇口調でいわれたからである。

221 :青火 :2024/04/12(金) 09:11:28.80 ID:LommdHQY.net
「きっとそうでございましょうね」とフラウ・リッタースドルフは快活に応じた。

「あの人たちがヴィーゴでおりたら、ほんとにせいせいいたしますわ。

あとは平穏無事な旅ができますもの……なぜってわたしにいわせれば、あの人たち、ぶっそうな犯罪人ですもの。

悪い人間、警察のとりしまりが必要な人間ですわ。

何をしでかすかわからないような人たちです」

リッツィはリーバーにたいする忠義だてとして、間髪いれず一撃をくわえた。

「あなたと踊ることさえやりかねない?」

222 :青火 :2024/04/12(金) 09:12:11.13 ID:LommdHQY.net
衝撃の波がテーブルの周囲に走った――

シューマン医師すらこのむこうみずな攻撃におどろいている様子だった。

223 :青火 :2024/04/12(金) 09:12:55.76 ID:LommdHQY.net
沈黙がフッテン教授にさえ気づまりを感じさせはじめた。

彼は支離滅裂な言葉の流れから「犯罪人――悪人――何をしでかすかわからない」と筋道をさぐりだし、

うらにてっていした公正の意識をひめたあの穏健な、ものやわらかい敬意をまじえた態度で、船長へ話しかけた。

224 :青火 :2024/04/12(金) 09:13:35.79 ID:LommdHQY.net
それはいつも船長には快く感じられた。

教授の関心が討論ではなく、人前で自分の考えを声に出してたどることにあるのだから、

聴いている必要もなければ、応答のかまえを示すひつようもないからである。

公衆を前に講じてきた教授は聴き手の沈黙こそ傾聴のしるしであることをつとに承知していた。

225 :青火 :2024/04/12(金) 09:14:29.34 ID:LommdHQY.net
「哲学の全体系は、人間の本性は悪であるという前提を基礎としております」と彼はきりだした。

胸の前で両手の指先をあわせ、時おり指をのばし、ひろげ、またそれをぴったりあわせていた。

「体系の名は申しあげる必要がないでしょうな?」

彼はその必要は皆無であろうと考えながら、周囲を見まわした。

226 :青火 :2024/04/12(金) 09:15:17.14 ID:LommdHQY.net
「そして、若干のはなはだすぐれた人びとが、この命題を支持するはなはだ緻密な論をわれわれに提示していることは申しあげておかなくてはなりません。

人間の本性はてっとうてつび悪であって、

それを矯正することはできないということを証明する人間行動の側面を、彼らが強力な実例によって指摘しうることもまた否定しがたいところであります。

ではありますが、ではあるが」と彼はいった。

227 :青火 :2024/04/12(金) 09:17:05.58 ID:LommdHQY.net
「わが信念の誤りであることを承服せしむるに足る証拠があるにもかかわらず、

というよりむしろ非哲学的な人間が(もしくは健全なる宗教的訓練という支えを十分にもちあわせていない人間が)

自己の信念の誤りを証明していると考えざるえなくなるような様相が人間に認められているにもかかわらず、わたしは信じないではいられないのであります。

ゆらぐことなく――聖なる単純(サンクタ・シンプリキタス)とでも申しましょうか」

といって、彼は頤をひき、慎しく両手をすぼめ、指先をあわせた。

228 :青火 :2024/04/12(金) 09:17:40.66 ID:LommdHQY.net
「ゆらぐことなくしんじないではいられないのであります。

本質としての人間性は基本的には善なるものであることを。

それは肉体に光をあたえる神の発明なのだ、とそう申してよろしいでありましょう。

229 :青火 :2024/04/12(金) 09:18:41.19 ID:LommdHQY.net
悪をおこなう人間、生まれながらにして悪に傾き、かたくなに悪の道をたどっているかに見える人間は、

苦しみを負える者、異常なる者なのです――神の計画の外へ道を踏みはずした人間なのであります。

とは申しても、神のご都合よろしきおりにも、彼らのだれ一人として、罪をあがなわれることはないであろうという結論には、かならずしもならないのでありますが……」

230 :青火 :2024/04/12(金) 09:19:41.88 ID:LommdHQY.net
フラウ・シュミットは後へはひかぬ決意を見せて自分の考えを述べることいよって、みんなをおどろかせた。

「罪を悔い、神さまのお赦しをねがいさえすればよろしいのです。

なんぴとも、自分からそれに同意するのでなければ、魂を失うことはないということは、カトリックならだれでも知っていますわ――」

彼女はフッテン教授にさえぎられて、ひるんだ。

「いま問題にしているのは、かならずしもそのことではありません、シュミットさん」と彼はおそろしくものやわらかにいった。

231 :青火 :2024/04/12(金) 09:20:16.34 ID:LommdHQY.net
「わたしは、無知ゆえに悪をなす人間を、救いがたきものときめつけてはならぬと申しあげようとしていたのです。

教育がないがしろにされているがゆえに、若いおりに良い感化にふれなかったがゆえに、彼らは悪をなすのです。

232 :青火 :2024/04/12(金) 09:20:46.28 ID:LommdHQY.net
こういう場合には、しばしば、彼らに善いものを、真実なるものを、美しいものを――そうです、正しいものを示してやるだけでよろしいのです。

そうすれば彼らはそれにとびついてくるのですから」

233 :青火 :2024/04/12(金) 09:21:26.70 ID:LommdHQY.net
「わたしの経験では」と教授は、いまや心身とも上々の調子をとりもどして、つづけた。

「無条件的な神の慈悲にたいする信頼が、それは幼いおりにおしえられた教義に確乎たる基礎をおいているのでありますが、

ゆるがされたような出来事に出合ったことはごくまれにしかありませんでした……」

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