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邪馬台国畿内説 避難所
- 120 :名無しさん?:2018/12/29(土) 23:26:40.77 ID:NcAb33p9.net
- オオナムチは初期のヤマト政権に与した勢力だろうな
気多大社の謂れは興味深い。
孝元天皇の時代(台与の頃かな)オオナムチが【化鳥、大蛇】を退治して【海路が開けた】とある
倭国大乱の余波で日本海航路は安全が担保できない状況だったんだろう
四隅突出墳丘墓の分布
広島→岡山、島根、鳥取→石川、富山
舞鶴マイヅル、敦賀ツルガに無いのは興味深い
更に気多大菩薩は、孝元天皇の時代、従者を引き連れて渡来した異国の王子とある。 新羅の王子だろう。
オオナムチは異国の勢力の浸入を手引きしてまで、在地の勢力を討とうとした。
敦賀湾〜伊吹山の勢力は義に厚く最後までヤマト政権に抗ったんだろう。日本書紀にある伊吹山の荒ぶる神。
伊吹山は和歌に於いて一途な思いの代名詞
伊吹山にはヤマタノオロチの神霊が眠ると言われている。
伊吹山の麓の稲部遺跡、貴重な鉄が放置されている。
風の宮の神、級長津彦命 級長戸辺命
しなは息が長いという意味。
息が長い、吹子のことだろう。鉄。ヤマタノオロチ。
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