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万葉県

1 :名無しちゃん…電波届いた?:2019/10/28(月) 13:39:40.96 .net
千葉を超えた

2 :真琴:2019/11/03(日) 01:41:49.17
ここに、そこに、もしくはどこであれ、偏在する意識が不意に
焦点を結び、わたしは地球の上の上のほうから
このすべてを、蠢く機械を、眺めているのか、あるいは、
NOVAに到るすべての通り道を封鎖されて、顕微鏡の
対物レンズの倍率を上げるように、降り立つ点を

3 :真琴:2019/11/03(日) 01:46:08.49
書けた。書き込めた。当たり前か。様々な状景が
乱れながら浮かび上がる。脳髄、という感じがする。
迷宮のなかを歩く。暗い。無数の記憶が扉の向こうにある。
廊下の奥の方は闇に包まれている。やみ。やま。山に登る登り口が
何でも無い住宅街のとある庭の奥に

4 :真琴:2019/11/03(日) 01:50:38.67
水分子何個分か分からない膨大な数の水分子が流れを成して
地球が凍りついていた頃、この時空には座標もなかった。
白く冷たい、白く冷たい、自動車が液晶画面のなかで広い
庭に滑り込んでくる。彼方に大洋が見える。大洋が不意に
ふくれあがって「こらっ」と怒る。それではそろそろやまへ

5 :真琴:2019/11/03(日) 01:55:09.36
有限の水の時空に生きる魚。地下を流れる水脈が
だからといって軌道上の衛星都市に異形の存在が歩き回っているとしても
無数の水分子が7次元時空を突進して気がつくとわたしは
この部屋にいる。このいま、このいま、樹海の奥では
かたことと……だからやまなのか。頂点から跳ぶのか

6 :真琴:2019/11/03(日) 22:36:14.59
暗い廊下が前方で二つの方角に分岐している。しかし、これまで
歩いてきた後方こそが正しい方角という可能性もあるのだから、
選択肢は三つ、そのどの方角へも暗い廊下がつづき、廊下の両側には
無数の扉が並んでいる。あ、扉を
開けてしまうという選択肢もあるのか、前方右の廊下の奥の方で

7 :真琴:2019/11/03(日) 22:42:35.74
樹木のような小さな影がゆらり踊っている、あれ、さっきまで
踊ってたっけ、ゆらんゆらん、樹木のような小さな影は、球体の腹部から
下にも上にも下半身が生えた人物のようにも見える。踊っているその姿は
遠いから小さい、だとすると近ければ、と思った瞬間、目の前にいる。
気がつくとスカイツリーの足下の広場にいて、踊る樹は彫像だった。

8 :真琴:2019/11/03(日) 22:47:15.86
見上げるツリーの頂点の上に月が浮かんでいる、あれ、と思うと、
しまった、チャートがはじかれた、三分岐廊下こそがぎりぎりの特異点だった、
とりあえず中空に浮かび平面に広がる都市を眺める、都市は
丸いお盆のような大地の上に広がっていて、
無数の蟲のような機械仕掛けの<世界>でしかない

9 :真琴:2019/11/03(日) 22:52:21.76
暗い廊下に戻ろう、暗い廊下に戻ろう…… いや、戻るべきではないのか、
わたしは<世界>の夜の上を漂いながら、蟲のような真空が充満した
7次元時空のことを考える、するとそこはすでにそこだったから
まるでいままであるいてきたかのように、しまった、まだ罠が続いている、
このままでは

10 :真琴:2019/11/03(日) 23:36:20.54
百葉箱の中は芋虫だらけ、もう観測なんて行われていない、
GPS衛星はいまごろ何をしているんだろう、
丸いお盆のような大地は徐々に真空に溶けつつある、
日常の崩壊に到るまではまだ時間が掛かるにしても、
その<時間>自体が溶けつつあるのだから、誰かの脳髄の

11 :真琴:2019/11/04(月) 22:21:37.27
「民草」とは良くも言った、人間は考える葦なのだ、冥界に
広がる一面の葦の原、その一本一本が人間のモナドであり、背骨に
沿って切り開くとひとりの人間の<生>の全体を繰り広げる、そんな葦の原に
漂っていると、膨大な数の水分子が押し寄せて
みるみる河川敷を浸してゆく、これ、リアルでは何が起こっているんだろう……?

12 :真琴:2019/11/04(月) 22:26:36.50
現実とは7次元時空に析出した不確かな沈殿に過ぎない、だから、
丸いお盆の上のこの世界においては、時間さえ、もうじき溶けてゆく。
時間が溶けきってしまうまでもう時間が無い。時間が溶けてしまうと、
この世とあの世の境目が薄れてゆく、すべてが言葉になってゆくから。
百葉箱ももう機能しないし、万葉県も崩れ落ちる。

13 :真琴:2019/11/04(月) 22:31:09.80
千葉県市川市真間に手児奈の伝説がある。これこそが
特異点だったのかも知れない。遠い約束、むかしむかしに
結ばれた時空柱。もしアクセスできればそこから裏側へ、
彼岸へと脱け出ることができるのかも知れない。でも、押し寄せる
膨大な数の水分子が

14 :真琴:2019/11/04(月) 22:36:59.74
わたしは大鴉はガイアの遙か上を舞い飛びながら山頂に立つ
わたしを見下ろし、山頂のわたしは大鴉を見上げ、チャートを
開こうと努めるが既に全球凍結した座標無きガイアは座標無きがゆえに
NOVAに準ずる特異点として機能し、その「ゼロぶんのゼロ」からは
あらゆる魑魅魍魎が湧きでてくる。だとしても

15 :真琴:2019/11/04(月) 22:44:44.98
懸垂式モノレールが這う、それを見上げながら
住宅街と工場の境目のような曖昧な場所を歩いていると、ああ、
ブランコが見えてくるべきなのか、でも、ブランコには
――ブランコにはとんでもないものが乗っていた、ブランコは、
ゆれる、ゆれる、その往復運動に

16 :真琴:2019/11/05(火) 20:58:07.20
このブランコに乗っている者は、なぜかいつも無貌の者として浮かぶ、
無貌のものと言えばナイアルラトホテプではないか、だが、かれが
ナイアルラトホテプだと考えたことはこれまで一度も無い、今回の
歩行において初めてこの語を得たことに意味はあるのか、何事かの
開示なのだろうか。それとも

17 :真琴:2019/11/05(火) 21:01:03.90
この語を得たのが今回初めてであるという記憶こそが
改変されたものであり、毎回ブランコがゆらんゆらん、
揺れているだけだというのに無闇に恐怖するのは、そのたびに
実は無貌の者を眼にしていたのだろうか、だとすれば今回の
歩行において初めて記憶の改変が行われなかったことには

18 :真琴:2019/11/05(火) 21:05:24.65
気がつくと公園にいる。樹を見上げている。樹は夜の空へ
毛細血管のように枝を広げており、臓器の解剖図のように見える。
動き出すのか、ゆらんゆらん、無風なのに樹が踊る。
気がつくと、しめた、あの暗い廊下にいる、廊下は三方向に分岐しており、
その一つの方角の彼方で樹が、

19 :真琴:2019/11/05(火) 21:09:27.09
樹のような小さな影が、球体の腹部から下にも上にも下半身が生えた人物が、
踊っている、これ結局、無貌の者から逃げられていないのかな?
いや、そもそも逃げるべき相手なのか、
むしろこの禍々しい人物こそが特異点なのではないか、万が一には
この人物こそが手児奈なのではないかという啓示が浮かぶ

20 :真琴:2019/11/05(火) 21:13:34.02
暗い廊下を、この分岐の方角に、進むのか、退くのか、折角
三分岐廊下に戻ってきたのは惜しい、しかし、あの手児奈かも知れない、
ナイアルラトホテプかも知れない、無貌の者はあまりにも恐ろしい、
逃げたい、意識するよりも前にそう思ってしまうと、「わ!」
無貌の者が目の前にいる。

21 :ヨシキ:2019/11/07(木) 02:03:45.18 .net
バンバ バンバ

22 :真琴:2019/11/07(木) 17:14:20.32
わたしは反射的にチャートを開き、飛ぼうとする、が、
飛べない! 7次元時空的に膜が張られている。間近で見る
蠢く樹木は巨大で、表面が無数の蟲で覆われている。下の方に
虚(うろ)がある。これが特異点の入り口なのかも知れない、
飛び込むべきなのか?

23 :真琴:2019/11/07(木) 17:18:58.94
でも虚(うろ)のなかへチャートを接続するのはあまりにも
向こう見ずな気がする。しかしここを回避していては、
先へ進めないのか? もう一度、4次元時空に対して垂直な方角への
接続を試みる、――が、チャートは開かない。気がつくと
状況は陳腐化していてわたしは夜の公園にいる。夜の公園で、

24 :真琴:2019/11/07(木) 17:24:04.15
宇宙に向けて、毛細血管のように枝を張り巡らせている
大樹を見上げ、「わぁ……」と思っているだけだ。チャンスを
逃したのかも知れない、見上げると大樹の上の上のほうに
満月が出ている、満月の鏡に見入ると、ふわり、とチャートが開いて
わたしは大地から弾かれた。

25 :真琴:2019/11/07(木) 17:38:36.80
<世界>が丸いお盆だとしたら、そこには表もあれば裏もある。
アーカーシャのうえで、本来の<ガイア>から千切れたこの
丸いお盆の<世界>は、明瞭に二重化していた。すべての存在が二重であり、
至る所に亀裂と齟齬があった。結ぼれは
至る所でほどけようとしていて、もうじき<時間>さえ溶けてしまう。

26 :真琴:2019/11/07(木) 17:48:24.40
わたしはとりあえず京成電車に乗って、千葉県市川市真間の、
手児奈霊堂を訪ねることにする。電車は崩壊しつつある<世界>とは
思えないほど、確かな実在感とともに走る。だがそれとともに
虚在感はむしろ薄れ、状況はますます陳腐化してゆく。
なぜわたしは電車になんか乗っているんだろう。

27 :真琴:2019/11/09(土) 00:10:21.59
電車の扉にもたれ、飛び去ってゆく街の景色を眺めている。
手児奈霊堂を訪ねるつもりなら、「今」は昼なのだろうか、
京成津田沼行きの各駅停車は11時57分に市川真間駅に到着する。わたしは
先頭車両から降り、双胴船のようなホームの上を、二本の脚を
交互に動かして移動する。こうごにうごかして

28 :真琴:2019/11/09(土) 00:16:12.94
それとも、あるいは、もしかしたら、
手児奈霊堂を訪ねるつもりなら、「今」は夜だ、ということはないだろうか、
夜の霊堂にこそ、行くべきなのではないか、でも、棲んでいるわけでもない
土地で、深夜、ふらりと立ち寄ることは、考えてみると起こりづらい、
不可能ではないがほとんど起こらない事象であり、

29 :真琴:2019/11/09(土) 00:24:54.67
起こりうるすべての事象を集めたモジュライ空間において、ある種の
空隙を成しているのかも知れない、そこに形而上物理学的な物理法則が、
つまりある種の魔法のようなもののつけいる隙があるとも言える。
京成成田行きの各駅停車が、夜の11時57分に市川真間駅に到着する。わたしは
先頭車両から降り、双胴船のようなホームの上を、

30 :真琴:2019/11/09(土) 00:31:40.91
電車の扉にもたれ、飛び去ってゆく街の景色を眺めている。
夜の底に沈んだ街のなかに、一瞬、電球に照らされて、とある部屋のなかが、
まるでセレクトショップの展示箱のように露呈する、畳のうえに置かれた
丸い卓、部屋の壁には箪笥、なにやらごちゃごちゃと置かれた物たち、
その中央に立って踊っているのは……樹木のような小さな影、

31 :真琴:2019/11/09(土) 00:37:22.04
「あ」と思う間もなく、その明るい箱は過ぎ去り、
いま見たモノがほんとうは何だったのか、もうわからない、
京成上野行きの各駅停車は、夜の11時59分に市川真間駅に到着する。わたしは
先頭車両から降り、双胴船のようなホームの上を、二本の脚を
交互に動かして移動する。こうごにうごかす、こうごにうごかす、

32 :真琴:2019/11/09(土) 01:23:45.35
わたしは電車の扉にもたれ、飛び去ってゆく街の景色を眺めている、と、突然、
家々や建物の屋根を貫いて、ぼこぼこと大樹が噴き出してくる、
夜の空に向けて踊る何匹もの大樹から、何か胞子のような煙が立ち上っている、
よく見るとおそらくはあれ、無数の蟲だ、大樹の表面を覆う蟲たちが
夜の空へ飛び立っているのだ、わたしは顕微鏡の対物レンズを

33 :真琴:2019/11/09(土) 01:32:54.35
一気に月の高みにまでのぼる。
丸いお盆の<世界>で、月は
意外と低い位置に、意外と小さな模造品が置いてあるだけで、
辻褄のあわなさはチャートの集積が不真面目に帳尻を合わせている。
わたしは月に軽く手を触れながら街を見下ろし、

34 :真琴:2019/11/09(土) 14:17:32.59
虚空に、
ホワイトノイズの空洞(ボイド)の彼方に、何か
途轍もなく巨大な存在が蠢く気配を感じる、もしかしたら
<ガイア>かも知れない、この丸いお盆のような<世界>の母体、この
溶けかけた<世界>が千切れてきた源(みなもと)、

35 :真琴:2019/11/09(土) 14:27:47.34
わたしは「虚空を渡る」というアイディアを脳内で弄ぶ。もちろん、
虚空のなかでチャートは接続できない。虚空を渡るとしたら、
いままさにこの丸いお盆がアーカーシャのなかを漂っているように、
何らかの構造体を「舟」とする必要がある、――いっそ、この丸いお盆に
「舵」と「推進力」を設備すれば良いのか……?

36 :真琴:2019/11/09(土) 14:36:16.66
京成津田沼行きの各駅停車は11時46分に市川真間駅に到着する。わたしは
街に降りると、線路沿いに少し歩き、線路に垂直な大通りの
こちら岸に出た。踏切の警報音が鳴り始め、遮断機が下り、わたしは大通りの
向こう岸へ渡る。轟音とともに特急が現れ、駆けてゆく。わたしは
街の表にふいと口を覗かせている路地の、長い長い蛇のような躰に呑まれる。

37 :真琴:2019/11/09(土) 14:45:42.24
路地はくねくねと続く。
わたしは初めて見る住宅街の、一軒一軒の
表札を眺めて、そのそれぞれがそれ自体であることが、何だか楽しい。
とある古びた板塀にこどもがガムのおまけのシールを貼っている、それを見ているうちに、
こどもが古びた板塀にシールを貼った瞬間へとチャートが開けそうな気がして、

38 :真琴:2019/11/09(土) 21:49:30.68
誰かがシールを貼ったからそれがいまここにある、それ以前に、
誰かがシールのおまけ付きのガムをスーパーであるいは駄菓子屋で買った、
いや、そもそも、どこかの工場でシールのおまけ付きのガムが製造された、
誰かがこのシールの図案を描き、誰かが印刷し、一方、ガムを作るには、
どんな誰が関係しているのか、外国とかも関係しているのか、

39 :真琴:2019/11/09(土) 21:56:33.82
気がつくと古びた板塀に貼られたシールから、細かい蟲たちが
どやどや噴き出してきて、時空がほどけてゆく。
イソギンチャクの触手のような、糸のようなゆらゆらが
時空に空いた穴の縁で揺れ、その中央から蟲たちが噴きこぼれている。
わたしは住宅街のなかに横たわる長い長い蛇のような路地を走って逃げる。

40 :真琴:2019/11/09(土) 22:02:56.62
臓器のあいだを走る何かの管みたいに、住宅街に埋もれながら、
市川真間駅前と手児奈霊堂近辺を繋いでいる長い長い蛇のような路地。
気がつくとわたしはこの状景を上から見下ろしていて、外科手術のように
ピンセットで管の一端をつまんで、管を臓器から引きはがしてゆく。
長い長い蛇のような路地が住宅街からぺりぺりと剥離されてゆく。

41 :真琴:2019/11/09(土) 22:07:00.33
住宅街から剥離された長い長い蛇のような路地は、
ピンセットにつままれたまま、
空中でうねりくねり蠕動している。わたしは路地をバットのうえに落とす。
バットのうえで蠕動しながら路地は、管の表面に無数の細かい蟲を噴き出させ、
路地に面したいくつかの戸建てを復元し始めている。

42 :真琴:2019/11/09(土) 23:03:06.20
わたしは路地を歩きながら路地に面した戸建てを見上げる、と、とある戸建ての
2階のベランダにひとの気配がする…… こども?
シールを貼ったこどもの、
霊、というわけではないが、実体というわけでもなく、その子のモナドに
集積した蟲たちから分泌された蟲、とでもいうべきかも知れない存在が、

43 :真琴:2019/11/09(土) 23:13:02.31
気がつくと、ああ、ここに来てしまった、
空中を懸垂式モノレールが這っている、それを見上げながら
街のスキマ、住宅街と工場の境目みたいな曖昧な場所を歩いていると、
殺風景な公園にブランコがあって、ブランコにはこども?が乗っている、
こどもの顔は、

44 :真琴:2019/11/10(日) 23:17:10.58
どうしても手児奈霊堂まで辿り着けない。
市川真間駅前と手児奈霊堂近辺を繋いでいる長い長い蛇のような路地は、
一見ワームホールのようでいて、実は「直線状迷路」なのではないか、
だとすれば一切の数学的解析を行わず、ただただ真っ直ぐ駆け抜ければ
入り口から出口に到る可能性も

45 :真琴:2019/11/10(日) 23:22:55.27
あるいは出発点を市川真間駅に置くのが間違っているのか、むしろ、
真間山のうえにいきなりチャートを開き、寺の石段を降りることで
手児奈霊堂に接続すれば…… 無理。
真間山のうえこそフダラク市とのリンクによって7次元時空が
激しく渦巻いており、とてもチャートが開ける感じではない。

46 :真琴:2019/11/11(月) 00:16:51.63
なんでこんな大事なことを忘れていたんだろう、丸いお盆みたいな
この<世界>には、操縦用のコックピットがあるんじゃなかったっけ……?
わざわざ「舵」と「推進力」を新しく設備しなくても、それはもともとアル、の
だったはず。わたしは4次元時空沈殿に対して垂直な方角へチャートを開き、
「ひみつきち」へ飛ぶ、その瞬間、遙か高空を大鴉が、

47 :真琴:2019/11/11(月) 00:43:05.89
大鴉がバサッと羽ばたくと、
頭の固い軍属の体が即座に千枚の薄切りにされた。
薄切りたちは一瞬だけもとの体のかたちをとどめているが、のち、
ぷらんとズレ始めると床にバサバサまき散らされる。
軍属の隣り、病床に半身を起こしていた男が恐怖する。

48 :真琴:2019/11/11(月) 00:55:36.16
丸いお盆の裏側では砂海の魔少女が「月面タブレット」を手に入れようと、
ロレンスという男を拷問し続けていた。いまも病床のロレンスの横で
頭の固い少佐の体を断層撮影のように千枚の薄片にスライスしたところだ。
「げ、月面タブレ、し、知らな…」
ロレンスが必死に言っても魔少女は聞く耳を持たない。

49 :真琴:2019/11/11(月) 01:01:07.29
その様子を横目で見ながらわたしは、裏側で進行している事態が
表側に深刻に波及した場合、いったい何が起こるのか、少し考えてみる。
とりあえず、邪魔しとこうかな、そう思ったわたしは、月を蹴って
地上にダイブする、目の前に見る見る大地が迫ってくる、そしてわたしは
大地を突き破り、裏側に出た。

50 :真琴:2019/11/11(月) 01:05:14.30
同時刻。同時刻? 同時刻、富士の樹海では人知れず
死体が腐り続けていた。そのことを誰も知らない、誰も、
そう、誰一人知らないので、富士の樹海で人知れず
死体が腐り続けていることを誰一人知らなかった、
誰一人知らないこの破片は誰のモナドに集積されているのか

51 :真琴:2019/11/11(月) 01:10:27.39
現実とは7次元時空に析出した不確かな4次元沈殿に過ぎない、時間とは、
アーカーシャ(7次元時空)において4次元時空に設定された
仮初めのt軸に過ぎない、ふたつの<ガイア>が衝突し、かつ、
時間軸が互いに斜めである可能性がある。
時間が溶けきってしまうまでもう時間が無い。

52 :真琴:2019/11/11(月) 22:44:51.26
わたしではないわたしがなぜこのわたしに攻撃を仕掛けてくるのか分からない、
でも、とにかく、砂海の下から突然、高エネルギー体が
大地を突き破って発射され、天頂に向けて白熱した軌跡を描いた。
凄まじい地震が起こり、ワイヨ市は崩壊した。
しかもその高エネルギー体は、観測によると、どうやらわたしなのだ。

53 :真琴:2019/11/11(月) 22:52:47.85
早く「月面タブレット」を取り戻して、コックピットを管制下に置かないと。
このモナド集積体は、何らかの「爆発」によって、ひとつの百万都市が
まるごと<ガイア>から切り離されたことによって成立している、と考えられる。
その「爆発」時に、この集積体を集積させるため、何らかの超AIが
神経系のような役割を果たしたらしく、現在のこの<世界>は、

54 :真琴:2019/11/12(火) 09:50:04.51
砂海の裏側から侵入してきたわたしは天頂まで飛ぶと、
チャートを維持できなくなって、ぎゅん、と縮退した。この<世界>は
分極しているのだから当然だ。わたしも砂海の裏側に何度か接続を試みたが、
チャートが維持できなかった。この<世界>は「天然もの」のモナドと
超AIから感染した言語的データとのキメラであり、

55 :真琴:2019/11/12(火) 09:54:08.13
不意を突かれたわたしは大人げなく報復するか、あるいは
わたしでないわたしにとらわれずにわたし自身の行動を貫くか、一瞬考えたが、
結論はあきらかで、もちろん後者。
おそらくこの侵入は足止めに違いない、だから相手にせずに
一刻も早く「月面タブレット」を回収するべき。

56 :真琴:2019/11/12(火) 23:35:53.04
ワイヨ市軍の第5中隊第3小隊第8分隊は、
砂海の裏側から発射された謎の高エネルギー体の調査のため、
砂ボートで発射点にきた。発射点には斜めに坑道のような穴が空いている。
穴の内壁は、超高温で溶けた砂が再結晶してできたと思われる、つるつるの
材質のトンネルになっていて、地下へ伸びる全長は機器の測定能力を越えていた。

57 :真琴:2019/11/12(火) 23:42:53.04
第8分隊長は、ある種のゴンドラを工夫して、クレーンで吊って
トンネルに降ろし、奥深くの調査をすることを献策した。
サルベージ船がトンネルの入り口にフックされ、工兵がゴンドラを仕立てた。
第8分隊8名はそのままトンネル深部探査隊となり、だいぶ温度が下がったとはいえ、
まだ余熱が感じられるトンネルへと降ろされた。

58 :真琴:2019/11/12(火) 23:50:56.58
「チェーン長、3989ネトル、依然、底が観測されません」
「目視によるトンネル壁の状態は変わらず、つるつるで堅固です」
将来的には大地深部の学術調査に使うこともできるのではないか、
大学上がりという奇妙な経歴を持つ第8連隊長はふとそんなことを思ったが、
軍組織で述べるべき所見ではないので、口には出さなかった。

59 :真琴:2019/11/12(火) 23:54:54.11
地上のサルベージ船では、鋼鉄のチェーンは何ネトルまで安全に垂らせるか、
そろそろ限界ではないのか、などの議論をしながら、ゆっくりとチェーンを繰り出していた。
と、
「あれはなんだ?」
艦橋にいた士官が叫んだ。砂海の空中に少女が浮かんでいる。

60 :真琴:2019/11/13(水) 00:01:59.34
艦長は、先のパイプライン切断事件の時、現場にいたロレンスとかいう人物が、
「空中に砂海の魔少女が飛び、視線を向けるだけで物体を平面で切断した」と
証言していることを知っていた。ロレンスの証言は
極度の緊張による発狂の所産と受け止められていたが……、
これ、が、その魔少女なのか?

61 :真琴:2019/11/13(水) 00:06:38.36
砂海の魔少女が見る、と、ゴンドラを吊っているチェーンがスパンと切断され、
穴のなかにずるずると落ちていった。
「全砲、艦首の飛行物体を攻撃せよ!」
トンネルの入り口に蝟集していた全船からの砲火が
空中を蜜蜂のように飛ぶ魔少女を追う、が、

62 :真琴:2019/11/13(水) 00:12:49.41
魔少女が視線を送るたびに船が、架空の平面に沿ってスパンと切断されてゆく。
全船が沈黙すると、魔少女は空高く飛び上がり、やがて見えなくなった……
傾いた艦橋で身を起こした艦長はいまさらながらに
第5中隊第3小隊第8分隊の安否を案じた。最後の報告の時点でゴンドラは
チェーン長3989ネトルの深度にいて、しかもなお「底がない」ということだったのだ。

63 :真琴:2019/11/13(水) 00:16:34.05
「わぁあああああぁあああぁぁぁああああぁああああああ」
突然自由落下が始まった。
「身を守れ!」
第8分隊長は部下に叫ぶと、みずからも亀のように丸くなった。
だが、ゴンドラはどこまでも、どこまでも、どこまでも落下してゆく。

64 :真琴:2019/11/13(水) 00:20:38.97
第8分隊長の意識が薄れかけた頃、
不意に周囲の様子が変わり、ゴンドラは物凄い速度で空中に射出されていた。
もみくちゃの中、第8分隊長は一瞬だけ、<世界>を見た。
<世界>は丸いお盆のようなかたちをしていて、そのうえにびっしりと
都市が広がっていた。ここは砂海ではない、異世界だ。

65 :真琴:2019/11/13(水) 00:26:39.53
わたしではないわたしはこのわたしに左右されず自らの行動を貫くことを
選んだようだったけれども、チャンスを見たら悪戯心が湧いたみたい、
そういうところ、やはりわたしによく似ている。
わたしは8人を単純に殺してしまってはつまらないと思い、
ゴンドラに空中で制動をかける。

66 :真琴:2019/11/13(水) 00:34:25.74
月を蹴って地上にダイブしたとき、わたしは、
真間山の上、お寺の境内のあまり目立たない場所から穿孔した。
フダラク市とのリンクのせいで7次元時空的に乱れているので、
ちょっと針を刺してみたかったということもある。
ゴンドラは真間山から飛び出し、制動を受け、放物軌道を描いて東京湾に落ちた。

67 :真琴:2019/11/13(水) 00:46:57.96
ゴンドラに制動をかけるとき、4キロ近い長さの鎖は危ないから消滅させた。
正確に言うと7次元時空のなかで4次元沈殿から少し横にずらした。
少しずれた位置のまま、「世界の果て」まで飛んでいったに違いない。
さて。
とにかくこれで表と裏を繋ぐトンネルができてしまったことになる。

68 :真琴:2019/11/13(水) 02:03:38.60
分極している<世界>、丸いお盆のような<世界>、表と裏のある<世界>、
そこに差し込まれた、表と裏を真っ直ぐ繋ぐ、注射針のような構造体。
「裏」をちょっと邪魔してみようと気まぐれを起こした時点では、
こんな意味に達してしまうとは思ってなかった。そして早くも幻視を得た、
このトンネルの中央部に無貌の者が棲みつき、管を無数に分岐させ始めている……

69 :真琴:2019/11/13(水) 02:15:25.07
部下のうち4人は死んでいた。残りの3人に自分も合わせ、生存者も4人。
1人が1人ずつ霊を背負えば帳尻が合う。
ワイヨ市軍第5中隊第3小隊第8分隊長はゴンドラを船にし、何とか
生存しようとしていた。すると、工兵隊が急拵えで作った、第8分隊の
地下探査用のゴンドラのそばに、すーーーっと、ヴェネツィアのゴンドラが現れた。

70 :真琴:2019/11/13(水) 02:23:55.12
いわゆる「瘴気」、というのはつまり、
高濃度の蟲を含んだ大気の流れのことなのだ。
真間山のうえのお寺の境内の目立たない場所にぽっかりと穴が空いていて、
そこから「瘴気」が次々あふれ出ていた。極度の混乱状態のなか、
逆にチャートが開きやすくなった。わたしは境内に降り立ち、石段を降り始める。

71 :真琴:2019/11/13(水) 02:28:10.56
石段の前方には大門通りが真っ直ぐ彼方まで続いていて、この状景が
衛星都市フダラク市の大門通りと重なる、だが、「瘴気」が強くなるにつれ、
フダラク市とのリンクは掻き乱され、むしろ歩きやすくなった。
一歩一歩、石段を降りる。
石段を降りて大門通りをちょっと歩き、左に曲がれば手児奈霊堂だ。

72 :真琴:2019/11/16(土) 23:57:34.13
手児奈霊堂の参道を歩いている。場所のうえに時間が降り積もる。
この土地は、万葉の頃から、この土地だった。
その頃は小川が流れていた。
いま、参道の両側には民家が並ぶ。
とあるアパートのブロック塀のうえで大きな猫が眠っている。

73 :真琴:2019/11/17(日) 00:04:44.31
白昼堂々、真間山のうえから迫撃砲(?)が撃たれ、
謎の物体が放物軌道を描いて東京湾に落下したというのに、
この<世界>の社会機構は真面目に対応していない。
ヴェネツィアのゴンドラのような舟で東京湾岸をさ迷うことが趣味の男が、
ワイヨ市軍第5中隊第3小隊第8分隊の隊長以下4名及び霊4体を拾った。

74 :真琴:2019/11/17(日) 00:10:51.09
手児奈があの無貌の者であるはずがない、わたしはふとそう思った。
この霊堂には禍々しいものは無い。ただ、凄まじい特異点がある、ということだけは確か。
凄まじい特異点と万葉県の小川には関連があると感じる。そういえば、
第八小隊を救出したヴェネツィアのゴンドラの男の名はオガワだった。
オガワに助けられた分隊長は、

75 :真琴:2019/11/19(火) 00:19:49.32
オガワエガオは胡散臭い男だった。胡散臭い男らしく、鼻が利いた。
だからあるとき、街の大通りで、目の前で、にんげんがほどけて消滅するのを
見て以来、この世界に根源的な不信感をいだき、――そして、
ヴェネツィアのゴンドラで海に出て、湾岸をさ迷うことで本人なりに危険を
回避しながら、事態の解明の糸口を探すようになったのだった。

76 :真琴:2019/11/19(火) 00:24:23.91
(ここは、どこなんだ? なんでこんなに水があるのか?
まるで砂の代わりに水が満ちた砂海みたいだ……)
第8分隊長とオガワの会話は、お互いに手探りしながら、
やがてある共通理解へと収束していった。二つの世界がある。
一つは砂海を取り囲む世界で、もう一つは東京湾を取り囲む世界だ。

77 :真琴:2019/11/19(火) 00:30:00.80
とりあえず、第8分隊を乗せたゴンドラをこの世界に射出したという、
世界間トンネルの開口部を探すべきだ。
この<世界>の社会機構は不真面目にしか動いていなかったが、
あのゴンドラの軌跡を動画に撮っていた民間人、そしてその動画を
ネットにアップする民間人はたくさんいたのである。

78 :真琴:2019/11/19(火) 00:36:51.61
ゴンドラがとある丘のあたりから射出される…… (え?)
拡大された動画をもう何回目になるのか、見直していた第8分隊長は、
ゴンドラの軌跡のやや上を飛ぶ、小さな黒い点を見つけた。
小さな黒い点は、小さな黒い点は、第8分隊長は震えながら拡大した、
小さな黒い点は……、黒いドレスを着た花嫁だった。(砂海の魔少女、とやらか?)

79 :真琴:2019/11/19(火) 00:42:07.46
発見した瞬間に周囲がばばばっと発火した、というような展開を
第8分隊長は覚悟したが、瞬間が通り過ぎ、気がつくと数分を経過しても、
何も異変はなかった。
ワイヨ市軍は、あのロレンスとかいう人物の尋問をもっと徹底的にやるべきだったのだ。
ロレンスによれば砂海の魔少女は、視線だけで任意の物体を平面切断できるのだという。

80 :真琴:2019/11/19(火) 00:49:05.88
胡散臭いオガワエガオは政府や経済界との怪しげなツテを頼り、
真間山周辺に存在するはずの時空異常の調査団を立ち上げることに成功した。
調査団は東京大学と軍と企業からの出向者が1対1対1の割合でブレンドされた、
ちゃんと機能するのかどうかもよく分からない代物だったが、
とにかく行列を成して石段を登り、真間山のうえに至った。

81 :真琴:2019/11/20(水) 00:45:26.38
石段の一番上に立ち、見下ろすと、足下を真っ直ぐくだってゆく石段が、
そのまま真っ直ぐ大門通りに接続し、遙か彼方まで直線を描いている、
その状景が、衛星都市フダラクの大門通りの様子に重なる。
フダラク市とは、NOVA警察の遺棄施設を人類が拾得し、活用したもので、
ラグランジュポイントにありながら、富士の樹海とトンネルで繋がっていた。

82 :真琴:2019/11/20(水) 00:55:31.19
フダラク市の最期が思い浮かぶ。NOVA警察の索敵艦が、通りすがりに
小さなブラックホールを投げ込んだのだった。
大門通りの中空に浮かぶ黒い球は青く光りながら凄まじい勢いで質量を喰っていった。
退避する宇宙船が、宙域に、蜘蛛の子を散らすようにばらまかれた。
とある研究員は、禁則事項を破り、トンネルをくぐって富士の樹海に逃げた。

83 :真琴:2019/11/20(水) 01:01:26.17
樹海に逃げた研究員はどこにも行けずに夜の闇の中、あたまがおかしくなり、
あと100mほども歩けばわかりやすい遊歩道だという場所で、
あきらめて樹の虚(うろ)に倒れ込むように潜り込んだ。無数の蟲がわきたった。
この死体は腐り続けている。そのことを誰も知らない、誰も、
そう、誰一人知らないので、富士の樹海で人知れず死体が腐り続けていることを

84 :真琴:2019/11/20(水) 01:07:02.67
いまは夜、この夜のなかで、いま、富士の樹海の奥深く、誰かが、あるいは何かが、
不意に立ち上がった。誰もそのことを知らない、だが、たしかに何かが立ち上がった。
夜は暗く、寒い。無数の蟲が蠢いている中、誰も見ていないのに、
何かが立ち上がった。蟲のけむりがわきあがり、しばらくしておさまる。
誰も知らないこの出来事は、卵の殻の中で黄色かった。

85 :真琴:2019/11/20(水) 01:11:34.92
そう、卵の中に特異点があるのか、スーパーで買ってきた卵を
パックごと床に叩きつけて割ることは可能な動作だが、通常は「不可能」である、
ちょうど電車が来るので鳴きわめいている踏切で、遮断機を越えて
軌条に入ることは実に可能な動作なのに、通常は「不可能」であるように、
このように、通常行われない動作のなかに魔法の糸口がある。

86 :真琴:2019/11/20(水) 01:16:06.05
ためしてみるねうちがある、ためしてみるねうちがある、
不意に瘴気に襲われた東京大学の院生が、真間山の石段の一番上から、
真下に向けてダイブした。このように、通常行われない、日常に対して
垂直な方向の動作によって、なにか未知の因果律、すなわち魔法が
発見されるという想念に取り憑かれたらしい、30人ほどを連鎖的に巻き込みながら

87 :真琴:2019/11/20(水) 01:20:34.02
石段のうえからにんげんがつぎつぎに転げ落ちてくる。うわー
軍人たちは機敏に逃げたが、企業からの出向者や東京大学の関係者たちは
巻き込まれ、転げ落ち、そしてさらに下の者を巻き込んだ。
転げ落ちてくるにんげんのうちのとあるひとりが不意に渦を巻き始めたかと思うと、
ほどけた。第8分隊長はその現象をはっきり目撃した。

88 :真琴:2019/11/20(水) 01:28:37.24
行列の先頭のほうにいたオガワエガオにも瘴気が取り憑いた。
目の前に口を開く世界間トンネルが、とても魅力的なロングロング滑り台に
見えてきたのだ。土が超高温で融けたのち、冷え固まってできたトンネル壁は
つるつると固く、ちょうど滑りやすそうだった。
オガワエガオは不意に腹ばいになると、両手を万歳し、あたまから滑り落ちていった。

89 :真琴:2019/11/20(水) 01:32:43.45
楽しいな、楽しいな、滑り台は楽しいな、どんどん滑る、どんどん滑る、
加速がつき、凄まじい速度で滑り落ち、既にオガワエガオの前面の皮膚は、
衣服もろとも剥がれおちていた。
っどん!
トンネルを塞ぐように立っていた樹の幹のようなものに引っかかり、

90 :真琴:2019/11/20(水) 01:42:17.86
ブロック塀のうえの猫が不意に目を開け、大きく伸びをすると、
塀の向こう側へすとんと降りていった。すると空気が変わった。
わたしは手児奈霊堂の参道を歩いている。
場所のうえに時間が降り積もる。この土地は、万葉の頃から、この土地だった。
その頃は小川が流れていた。

91 :真琴:2019/11/20(水) 23:32:05.45
あらゆる存在がおかれている根源的な<場所>のことを、
アーカーシャ、とか、7次元時空、などと呼ぶ。いわゆる「星の宇宙」とは、
7次元時空に析出した4次元的な不確かな沈殿に過ぎない。
アーカーシャにおいて、<ガイア>の「外側」には真空が充満しており、
真空ではチャートが接続できない。

92 :真琴:2019/11/20(水) 23:37:19.50
したがって、<ほかのガイア>なるものが、そもそも存在するのかどうか、
知ることができない。ただ、
<このガイア>と<ほかのガイア>(存在するとして)のあいだに
廻廊を開くかも知れないと言われている、究極のシンギュラリティが存在する。
<ガイア>の死。NOVAと呼ばれる、極限点である。

93 :真琴:2019/11/20(水) 23:46:10.24
定説、というか、公式化された俗説、あるいは、伝承によれば、NOVA警察とは、
NOVA廻廊を通って<このガイア>に侵入してきた勢力なのだという。
太陽系の死とともに<このガイア>に侵入し、侵入するや、時間を遡行して
<ガイア>の全域に神経系を張り巡らし、「支配下」においたのだ、という。
NOVAに到るすべての通り道は、NOVA警察によって封鎖されている。

94 :真琴:2019/11/20(水) 23:52:45.40
この舟、つまり、百万都市を丸ごともとの<ガイア>から切り離し、
アーカーシャのなかを航行するようにした、この<世界>は、
暴走の果てにNOVAに至ることを企図して造られた、というか、
わたしが造った、のだと思う、たぶん。
出航後になにか事件か事故が起こり、わたしは記憶を失い、舟は

95 :真琴:2019/11/20(水) 23:58:54.07
丸いお盆のような<世界>、お盆というよりはむしろ、
古代の神鏡に似ているかも知れない、この<世界>は、
表と裏に分極している、が、わたしがそんな設計をしたはずが無い、と思う、
なぜならそうする理由がないから。
舟の操縦用のコックピットの位置もわからない、推進機関がまだ稼働しているのかも、

96 :真琴:2019/11/23(土) 00:03:21.56
気がつくと暗い廊下に立っている。
暗い廊下は前方で二つの方角に分岐している。この場所は何なのか。
この場所が「ひみつきち」の廊下である可能性が不意に思い浮かんだ。
だとすると、この場所に関わるチャート群を地鎮すれば、
舟の操縦を取り戻すことが出来るかも知れない。

97 :真琴:2019/11/23(土) 00:06:54.43
暗い廊下の奥の方で樹木のような小さな影が、今回は踊っていない。
わたしは無人の暗い廊下をゆっくり歩く。
廊下の両側に並ぶ無数の扉を片っ端から開けてみるべきなのだろうか。
ゆっくり歩いて、さあ、分岐点についてしまった、
左に行くのか、右に行くのか、それとも来た道を戻るのか。

98 :真琴:2019/11/23(土) 00:14:16.90
不意に、店の中央に大きな石油ストーブが置いてある中華料理屋の記憶が、
彼方の子ども時代から、あぶくのように浮かび上がってきた。
いま、暗い廊下の左手にある扉を開けたら、なかはこの店で、
広間の中央には大きな石油ストーブが燃えているのかも知れない。
それを取り囲んで壁沿いにテーブルが並んでいる。

99 :真琴:2019/11/23(土) 00:19:20.86
もう、前後も座標もわからない、
ほんとうにあったことなのかもわからない、
こんな記憶の断片は、脳髄の底に澱のようにたまって、
いったい何を形成するのだろう。わたしは扉を開ける誘惑から
強制的にわたしを引き剥がし、暗い廊下の分岐点に立ち戻る。

100 :真琴:2019/11/23(土) 00:26:34.81
今度は江戸川の状景が浮かぶ。江戸川の取水塔を眺めている。
暗い廊下の右手の扉を開けたら、この状景を眺める堤防に出るのだろうか。
この暗い廊下がわたしの脳髄の表象に過ぎないとしたら、あんまり面白くないな、と感じる。
いっそ、この地点から半径30mくらいを球状に爆発させたらどうなるんだろう。
やってみようかな。

101 :真琴:2019/11/23(土) 00:33:46.96
さすがに半径30mを球状に爆発させるのは無謀なので、
床に穴を空けることにした。見つめると、不意に床がシュッと蒸気になり、穴が空く。
穴の向こうは、5mくらい下方に黒い床が見えている。わたしは穴をくぐって
ふわりと舞い降りた。そこは巨大な客船の、夜の甲板だった。
あたり一面は海であり、しかも底知れず暗い。そのなかで、艦橋が輝いている。

102 :真琴:2019/11/23(土) 00:39:40.78
この舟はたぶん、タイタニック号。面白いような、つまらないような。
わたしは夜の甲板を歩く。呼吸とともに肺に入ってくる空気が冷たい。
結局、あの暗い廊下での三分岐選択から、なんだかんだ言って
逃げてしまったんだな、と気づく。あるいは、あの暗い廊下が、
このタイタニック号の内部であるという可能性はないか。

103 :真琴:2019/11/23(土) 00:51:50.18
宙を見上げると、底知れぬ闇のなかに、一瞬、巨大な渦状星雲が、幻視される。
これは、アーカーシャのなか、真空のすこし向こうに、
<ガイア>全体が横たわっているということの、何らかの変換像なのか。しかし、
百万都市船を出航させた目的が、NOVA警察の裏をかき、封鎖線を迂回して
NOVAに至ることだったとしたら、<ガイア>に戻ることに意味は無い。

104 :真琴:2019/11/23(土) 00:59:51.89
舟はいま、正しくNOVAを目差しているのか、
それともアーカーシャのなか、特に意味の無い方角に飛んでいるのか、
あるいは、事態はもっと深刻で、
歪んだ軌道を描いて<ガイア>との衝突経路に乗っていたりするのか。
唐突に浮かんできたタイタニック号という象徴が、不安な連想をさせる。

105 :真琴:2019/11/23(土) 02:38:40.72
なんか腑に落ちた…… 膨大な数の水分子はボイドを埋める真空粒子を連想させ、
タイタニック号はこの百万都市船を連想させ、そして、
舟に起こった何らかの事件または事故を連想させる。これではまるで合理的だ。
わたしは手児奈霊堂の参道を真っ直ぐ歩き、ついにお社に至る。二礼二拍手一礼。
そして顔を上げるとそこに立ち現れた凄まじい特異点に身を投げる。

106 :真琴:2019/11/26(火) 23:50:20.49
ロレンスは「出航の日」、院生としてのIDを使い、東京大学のAIを介して、
何重もの擬装を経て、軍のSQ1にちょっかいを出していた。
そして、何かおかしな風になった。
ロレンスは、院生は、キメラのような二重の主語となった。
院生としての過去と砂海のロレンスとしての過去が二重写しになっている。

107 :真琴:2019/11/26(火) 23:53:56.99
ロレンスの胸部にある蜘蛛の巣状のひきつれたような傷跡のことを、
砂海の魔少女は「月面タブレット」と呼んだ。
そして、それをよこせと、ロレンスに迫るのだった。
院生はロレンスって誰だ、と思いながら、状況に怯えていた。
わけがわからない、なぜ自分はアニメの設定のなかにいるのか。

108 :真琴:2019/11/26(火) 23:59:17.25
「出航」のために稼働していたSQ1が、なぜか増幅して拾い上げたノイズなのか。
たしかにSQ1は百万都市を<ガイア>から切り離すためにフル稼働していた。
そして、「出航」後、なにかの事件か事故が起こった。
舟の制御系は失われ、というか、
わたしに対して、失われ、いまどのようになっているのか、わからない。

109 :真琴:2019/11/27(水) 00:03:50.22
現在、現在って何なのかわからない、とにかく現在、
舟は古代の鏡のような形状になっていて、表と裏に分極している。
そして、一方の<世界>は東京湾を囲み、他方の<世界>は砂海を囲んでいる。
砂海のロレンスの胸部にある「月面タブレット」が制御系の鍵であるかのようなことを、
わたしでないわたしが言っていたような気がするけど、

110 :真琴:2019/11/27(水) 00:09:45.76
「砂海逆隕石」、とその事件は名付けられた。突如、砂海のなかから
謎の高エネルギー体が発射され、激しい地震によってワイヨ市は壊滅した。
そして、高エネルギー体が射出された跡はトンネルになっており、
ワイヨ市軍第5中隊第3小隊第8分隊が調査のため、ゴンドラで降りているときに、
砂海の魔少女が飛来してゴンドラをトンネルに吊している鎖を切断したのだった。

111 :真琴:2019/11/27(水) 00:13:45.23
ロレンスは病床の窓から瓦礫の山となったワイヨ市を眺めていた。
(ロレンスって誰だよ、ここはどこなんだよ)
中空に白い偽りの月が昇っている。
(偽りの月って、何だ? ここは東京じゃないのか?)
と、偽りの月から黒い小さな点が、みるみる大きくなりながらこっちに来る。

112 :真琴:2019/11/27(水) 00:42:25.47
もはや砂海の魔少女は「月面タブレット」をよこせと声に出しさえしなかった。
窓の外に浮かぶと、まるで実験動物を見るような眼でロレンスを観察するだけだった。
そして、うん、とうなずくと、窓と壁が円形に消滅した。
両手の細い指が伸びてきて、ロレンスのシャツをはぎ、ハンドルでも握るように
胸部の蜘蛛の巣状の傷を左右から掴む。

113 :真琴:2019/11/27(水) 00:48:39.73
砂海の魔少女の両手の細い指が、彼女が「月面タブレット」と呼ぶ、
ロレンスの胸部の蜘蛛の巣状のひきつれた傷跡を、しっかり掴んで固定している。
そして、それ以外のロレンスの部分が、くるくるくるくるくるくると
物凄い速度で回転し始めた。車輪のように回転するロレンスが獣のような声で
苦痛を叫ぶ。「これ、もらうからっ」砂海の魔少女が喜びの声を上げる。

114 :真琴:2019/11/27(水) 00:57:15.62
回転とともに、ロレンスの胸部の皮膚が円柱状にねじれて筒をつくる。
ロレンスはもう声も出せない。高速で回転し、混ざった色の円盤になっている。
そして、ぶちっと筒が千切れ、ロレンスの本体は
ぶわぁっと血を噴き出しながら回転して飛んでゆき、部屋の壁に激突した。
「月面タブレット」からは血まみれの組織が臍帯のように垂れ下がっている。

115 :真琴:2019/11/27(水) 01:02:46.68
砂海の魔少女は、早速「月面タブレット」を起動させる。
偽りの月が同期するまで、時間が掛かる。「月面タブレット」から垂れ下がる
臍帯のような組織の端で拍動しているのは、……ロレンスの心臓だった。
ロレンスの心臓は「月面タブレット」を構成する部品だったのだ。
壁に激突して床に打ちつけられたロレンスは、心臓をなくした躰で蠢いていた。

116 :真琴:2019/11/27(水) 01:08:44.80
し、死にまふ、し、しんぞうとられたら、しにまふ、
し、心臓をかえせ、しんぞうをかえせ、しにまふ、しにまふ、
しんっ、しんぞっ、しんぞお、しんぞおをかえせ、死、ししししし、
しむ、し、しむ、しむじゃないかっ、し、しんぞおぉおおぉおおお
「だいじょうぶだよ、無くても」

117 :真琴:2019/11/27(水) 01:12:13.09
砂海の魔少女に鈴の音のような軽やかな声で言われるとロレンスは
心臓など無くても大丈夫だという気分がしてきた。そうか、だいじょうぶなのか。
そして、胸部に大きな穴がぽっかり空いたまま、すっと立ち上がった。
いままで何を心配していたのだろう。心臓などに心を配るから心配だったのだ。
無くても良いのか。そうか。だいじょうぶか。

118 :真琴:2019/11/29(金) 00:44:13.88
「月面タブレット」はアーカーシャ上での偽りの月の絶対座標を与える。
もちろん、厳密な意味での絶対座標など存在しないので、形而上物理学的に
じゅうぶん地鎮されていると考えられる領域内における相対座標の一つに過ぎない。
正式な学術用語としては、
「堅固な岩盤上において相対的に絶対性を与える意味論的ジャイロ」という。

119 :真琴:2019/11/29(金) 00:51:04.86
「同期、完了しました」
「月面タブレット」が窓の初期音声で告げた。わたしは即座にチャートを開き、
偽りの月へ、わたしとわたしでないわたしの「ひみつきち」へ、飛んだ。
「ひみつきち」は記憶の通りに存在している。懐かしすぎて泣きそうになる。
わたしは「ひみつきち」の廊下を歩く、都市演奏室へ。

120 :真琴:2019/11/29(金) 00:56:57.15
わたしが飛ぶとき、ロレンスの心臓無き躰は、
「月面タブレット」の部品と化した心臓と、細い細い念糸でまだ結ばれていたから、
引きずられ、床や壁と激突し、そして宙に吊り上げられた。
マリオネットのようにしばらく宙で踊っていたが、やがて力尽きたようにだらんとなり、
砂海へと落下する。

121 :真琴:2019/11/29(金) 01:34:27.97
廊下、そう、廊下を歩く。不意に照明が暗くなり、廊下の隅っこの方で
闇が蠢き始める。前方に分岐点がある。わたしは「月面タブレット」の
強制正準化モードを使って座標変換する、と同時に視線を送って
廊下を含む空間を斜めに切断する。断面から無数のミドンさんたちが虱のように
あふれてくる。NOVA警察!

122 :真琴:2019/11/29(金) 01:41:37.18
<ガイア>のなかでは、NOVAに至るあらゆる経路は
NOVA警察に封鎖されているので、いっそ「出航」しよう、
「出航」後、NOVA警察に関して無菌化した舟でNOVAを目差す、というのが
基本計画だったはずなのに、やはりこの百万都市船もNOVA警察に汚染されていたらしい。
だとすると、<ガイア>とのあいだにも無数の念糸が結ばれているのか?

123 :真琴:2019/11/29(金) 01:46:31.03
深く、深く、深く……
手児奈霊堂の特異点に沿って螺旋状に深く深く深く潜ってゆく。
万葉県の地図は奥の方で<ガイア>に通底していた。
地鎮された領域のいちばん深い場所が無数のミドンさんたちに侵食されている。
ここを焼き払ってしまうと古鏡も崩壊してしまう。

124 :真琴:2019/11/29(金) 01:54:14.29
遙かな高みを大鴉が飛翔している。
わたしでありわたしでないわたしであるわたし。
わたしであるわたしは肯定し、無数のミドンさんたちを領域ごと焼き払う。
世界樹の根が<無>に溶けてゆく。
わたしは焼き払う。

125 :真琴:2019/11/29(金) 01:57:14.56
動き始めた。
この都市は、いずこかへ向けて、とにかく動き始めた。
市民たちはただもうとにかくそのことだけを感じた。
動き始めたのだ、と。
動き始めたのだ、と。

126 :真琴:2019/11/29(金) 02:07:17.92
この舟がNOVAに到着するのは午前零時、闇の正午である。
京成上野行きの各駅停車は、夜の11時59分に市川真間駅に到着する。
あと一分。どうりで到着を妨害する動きが繰り返され、時間がずらされたわけだ。
気がつくとわたしは深夜、土手の護岸プレートに座って江戸川を眺めている。
現実には、現実って何だろ、現実にはこんなこわいことしたことない。

127 :真琴:2019/11/29(金) 02:11:14.49
想像のなかで、想像って何だろ、想像のなかで深夜の江戸川は
ゆったりと流れている、大きな生き物のように。
空間にはどっかりと闇が居座っているが、あちこちに灯りが無いわけではない。
灯りが川面にきらきらした線を描いている。
と、轟音がして、鉄橋を、京成電車が走ってくる。

128 :真琴:2019/11/30(土) 00:12:51.73
鉄橋を渡ってくる京成電車は上野行きではない。千葉行きか、万葉行きか。
世界樹の至る所に兆葉が繁っている。
世界にまったく新しい何かが誕生する兆しの葉。気がつくと兆したちが歩き始めている。
兆し兆し 兆し  兆し兆し兆し
兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し兆し

129 :真琴:2019/11/30(土) 00:20:29.19
江戸川の此岸が千葉県ではなく万葉県だとしたら、彼岸は穢土だろうか。
穢土が無数のマイクロマシンのカタマリに還元され、カタマリはヘドロのように蠢く。
時間が溶け始めている。空間が溶け始めている。意味が溶け始めている。
古鏡がアーカーシャのなかで解体し始めている。NOVAへ!
わたしは都市演奏室に入ると、モナド融合ドライブをフルスロットルにする。

130 :真琴:2019/11/30(土) 00:28:24.92
その瞬間、1024人のにんげんが燃やされ、古鏡は<速度>を増した。
おそらくこの舟はいま、<ガイア>に並行し、
部品と排気流をアーカーシャに撒き散らしながら、
分速一億年くらいで飛んでいる。
「出航」時から侵入していたミドンさんたちさえ振り切れば、

131 :真琴:2019/12/01(日) 00:16:08.36
午前零時、大いなる闇の正午が近い、京成電車が鉄橋で江戸川を渡る、
鉄橋の音がいつにもまして凄まじい、轟音、車窓の外では上流から下流へ、
江戸川が龍のようにうねくりながら、渡る京成電車の下をくぐってゆく、
夜が動き回っている、兆し、兆し、兆し、
夜が巨人たちが歩き回っている足下に丘がうずくまる、

132 :真琴:2019/12/01(日) 00:19:54.98
不意に一面が真っ白くなる、凍結した、全球凍結、
すべてを氷結した水分子が覆う、なにこの幻視、なめらかな白い曲面、
一切の座標がキャンセルされてゆく、と思ったら
不意にもとの一面の闇に戻る、兆し、兆し兆し兆し、
巨人たちが夜が歩き回っている足下に丘がうずくまる、

133 :真琴:2019/12/01(日) 00:24:52.85
京成電車が国府台駅に入り、停車する。
ドアが開く。ドア、が、開く。え?
ドアがドアがドアが開くとなにかがなにかがなにかが乗り込んでくる。
乗り込んでくる侵入してくるのは黒い闇のカタマリ、
ドアが開く、その瞬間にわたしは電車の外に飛び出す。

134 :真琴:2019/12/01(日) 00:29:32.00
まだ国府台駅だ、市川真間ではない、あと一駅、しかし手児奈霊堂に行くなら、
大門通りをまっすぐ行くなら国府台からの方が近いくらいなのか?
無人の深夜のプラットホームを走り、自動改札をくぐって夜の街に出る、
ここの街はまだ街としてのゲシュタルトを保っている、でも、
にんげんが殻のなかに潜んでいる感じが乏しい、天から夜が押し寄せてくる、

135 :真琴:2019/12/01(日) 00:34:57.24
「月面タブレット」は、じゅうぶん地鎮された領域における意味論的ジャイロを成すに過ぎず、
そろそろ地図と現実の、現実ってなに? 知らない、とにかく現実のアーカーシャとの
ズレが誤差が大きくなり、その告げるところの信憑性が疑問になってくるけど、
とにかく<ガイア>の尻尾はあるいは頭部は「前のほう」にあるらしい、
「前のほう」ってなに? 知らないけどとにかく軌道を斜めにしてぶつける。

136 :真琴:2019/12/01(日) 15:09:39.57
百万都市船、古鏡、舟、そのいくつもの場所において
既に<世界>は崩壊し、ヘドロのような黒いカタマリと化している。
いくつかの場所ではまだ<世界>が蠢いているが、時間も空間も情報も溶け始めている。
百万都市船、古鏡、舟は壊れながらアーカーシャのなかを物凄い速度で飛び、
分速五億年を記録したところで<ガイア>に斜めに突き刺さる。

137 :真琴:2019/12/06(金) 00:51:22.86
――こんなことに、なるなんて。
わたしとわたしでないわたしは都市演奏室のフロアの中央に渦巻く「それ」、を、
いつまでも見つめ続けている。「それ」、が<ガイア>だった。
地球上の生命はほぼ死に絶え、<ガイア>に沈殿するモナドはいまや少ない。
百万都市船、古鏡、舟のほうが余程大きいのだ。

138 :真琴:2019/12/06(金) 00:56:42.04
突入の瞬間、巨大だった<ガイア>は、突入後、座標変換がほどこされ、
自然な大きさまで縮んだ。いまや<ガイア>は都市演奏室のフロアで渦巻く
「それ」、でしかない。その<ガイア>に対してこの百万都市船、古鏡、舟は、
分速百万年くらいの速度で動いている。ときどきチャートを開いて
渦巻きのなかを覗くと、太陽が徐々に赤色巨星化し、ぶよぶよと膨らんでゆく。

139 :真琴:2019/12/06(金) 01:01:52.40
太陽程度の質量では、いわゆるNOVA、新星化は、起こらない。
巨星化した太陽が地球を飲み込むとき、<ガイア>が死滅し、
それを星系の死滅の一般論のなかでとらえるとNOVA、ということになるのか、
なぜNOVA警察が「NOVA警察」と呼ばれるのかは、謎なのだった。
あるいはやはり起こるのか、NOVA爆発が。

140 :真琴:2019/12/06(金) 01:06:06.07
それとも起こすべきなのか、NOVA爆発を。わたしとわたしでないわたしは、
もしかしたらフダラク市に投入されたブラックホールは、
こんな手法があるよ、とNOVA警察が教えてくれたのではないか、という議論をしている。
そもそもわたしとわたしでないわたしは気になって仕方が無いのだ、
わたしたちこそがNOVA警察だった、という転倒因果の到来が運命なのか否かが。

141 :真琴:2019/12/06(金) 01:11:59.30
あるいは、都市演奏室のフロアの渦巻きでしかない<ガイア>が、
ある日、最後の日を迎え、ぷつんと千切れて終わり、
にもかかわらず、百万都市船、古鏡、舟がそのまま飛び続けたとしたらどうしたらよいのか。
アーカーシャの終焉を目差すのか……?
目差しながら途上で解(ほど)けるのか……?

142 :真琴:2019/12/06(金) 01:16:33.93
<ガイア>の終焉を超えて飛び続けた百万都市船、古鏡、舟が、
次の<ガイア>を創始するのだろうか。
次の、そうか、次の<ガイア>の始点が、
この百万都市船、古鏡、舟だったりするのか。
ここから紡錘形に次の<ガイア>が兆すことを幻視する。次の。つ・ぎ・の、次の。

143 :真琴:2019/12/06(金) 01:21:01.86
わたしとわたしでないわたしは、
鰍とアイが混ぜ合わされて再合成されたような存在らしい。ふたりとも、
途轍もなく大きな存在、大鴉――の降臨体であるらしい。
わたしとわたしでないわたしはじゃれあいながらよもやまのはなしをする。
じゃれあうこと、いちゃいちゃすることはとても大事。

144 :真琴:2019/12/07(土) 00:31:31.63
NOVAをくるんだままここに静止し、<ガイア>の冠になる、そして、もしかしたら
NOVA警察を組織し、遡行して全<ガイア>を支配する。
あるいは、
NOVAを超えて真空に突き進み、<次のガイア>を起こすことに賭ける、そのために
NOVA爆発を無理矢理起こさせ、そのエネルギーからアーカーシャでの速度を得る。

145 :真琴:2019/12/07(土) 00:37:13.05
わたしとわたしでないわたしが
検討したりじゃれあったり思考したりしているうちにも、
百万都市船、古鏡、舟はNOVA、つまり、地球が赤色巨星化した太陽に飲み込まれ、
すべてのモナドが「物質」的な基盤を見失い、残留思念的な素粒子に還元される
<ガイア>の終点に向かって突き進んでいる。

146 :真琴:2019/12/07(土) 00:43:21.41
ちょっと外に出てみよう、わたしとわたしでないわたしは
双子のような装いで、「ひみつきち」を出て街に舞い降りる。
江戸川のこちら、市川の大門通りのあたりはまだ街として機能していた。
いまは昼間。ぽかぽかとした午後の日差しを浴びながら、
わたしとわたしでないわたしは大門通りを真間山に向かって歩く。

147 :真琴:2019/12/07(土) 00:49:42.53
街並みのところどころに真っ黒い欠落がある。
<世界>が維持し切れなくなっている箇所だ。
大門通りが京成電車を横切る踏切のところで、ふと左の方を見ると、
江戸川のあたりに真っ黒い壁が立っていて、その向こうは、
何か黒い粒子が蟲のように蠢き続けている。

148 :真琴:2019/12/07(土) 00:55:02.34
サンシャインとかツリーのあたりは地鎮されてないんだろうか、
それとも江戸川の向こうはもう全部、溶けちゃってるのかな。あるいは、
地鎮されていることを期待することが既に発想が狭いので、
あの蠢く蟲空間のなかでこそ、<次のガイア>を発生させるための機が
探せるのかも知れない。

149 :真琴:2019/12/07(土) 01:02:50.49
<マイクロ・ガイア>とも言える百万都市船が、
モナドを燃やしながら鰍粒子をばら撒きアーカーシャにおける速度を獲得する
モナド融合ドライブで飛んでいるとしたら、<ガイア>全体をテラ艦と見なし、
速度を与え、アーカーシャのなかで飛ばすことはできないだろうか、
と思った瞬間、あ、それがNOVA警察の目的なのかも、と思いつく。

150 :真琴:2019/12/08(日) 00:55:08.35
踏切を渡ってそのまま大門通りを真っ直ぐ歩くと、やがて今度は
真間川とクロスする。真間川の水を眺めていると、水の流れを伝って
江戸川から無数の黒い蟲たちが侵入してくる気配がする。座標変換して
遮断するけど、スキマから微量ずつ浸透してくるのは防げない。
それはそれとして、水の流れは眺めていて飽きない。前方遠くに真間山の石段が見える。

151 :真琴:2019/12/08(日) 01:02:23.92
真間山の石段から、どうしよう、巨人のような存在が、
一体、二体、三体、四体、五体、……次々にゆっくり降りてくる。
巨大な仏像のようにも見える。<世界>の終わりに際して、
モナドたちから析出したこういう存在たちも歩き始めたのだろうか。
仏像たちは次々と石段を降りてきては大門通りに足が触れると掻き消えていく。

152 :真琴:2019/12/08(日) 22:21:05.18
物体が先なのか、言葉が先なのか。モナドたちに反映した<世界>は、
逆にモナドたちからの不確かな沈殿物として4次元の「星の宇宙」を形成する。
その4次元時空沈殿からの、多様な、互いに齟齬する反映としてモナドたちがある。
モナドたちはアーカーシャに置かれ、<ガイア>を成す。
「星の宇宙」の有り様は、実は、その時々の<世界観>による。

153 :真琴:2019/12/08(日) 22:29:46.46
物体が先なのか、言葉が先なのか。<ガイア>もNOVAのあたりまで来ると、
「星の宇宙」の大部分が決定論的になっており、モナドの総量も貧弱になっている。
物体としては、既に死体どころか塵芥に宿る残留思念のようなものでしかない無数のモナド、
しかしそれはまだモナドを形成している。だがやがて赤色巨星化した太陽が地球を解体すると、
そうなると、さすがにモナドと呼べるほどの「濃さ」を失う。

154 :真琴:2019/12/08(日) 22:47:59.18
物体が先なのか、言葉が先なのか。NOVAにおいて、一惑星規模のモナドが縮退する。
すると、モナド融合ドライブの原理と同じで、莫大な鰍粒子が放出される。
そうか、「星の宇宙」の側では太陽は新星化しないが、
アーカーシャの側では、たしかに<ガイア>が超新星爆発を遂げるのだ。
その奔流が何かを成し遂げるのだろうか。

155 :真琴:2019/12/10(火) 00:06:25.12
ある晴れた日の手児奈霊堂は砂海のなかにたたずむ。大門通りツァーも
終点に近づき、真間山の石段の下まで来た。石段の下から山の上を望む。
巨人のような存在がゆっくり降りてくるという現象は、既に止んでいる。
代わりと言っては妙だけど、石段の涙石――いつ見ても必ず濡れている
謎の石――の辺から「ぷぅーっっ」と風船のようなものが膨らんでいる。

156 :真琴:2019/12/10(火) 00:11:48.84
風船みたいな黄色い大きな袋は見る間にどんどん、どんどん膨らんでゆく。
気味が悪いし、石段を登るつもりはなかったから、放置して後戻り。
石段を背にして左手、さっきまでの大門通りツァーの進行方向で言えば右手、
そこに開口する手児奈霊堂の参道に入る。ブロック塀のうえの猫が
不意に目を開け、大きく伸びをすると、塀の向こう側へすとんと降りる。

157 :真琴:2019/12/10(火) 00:18:41.46
もうじき「星の宇宙」の側では、赤色巨星と化した太陽が地球を飲み込む。
すると、一惑星規模のモナドが縮退し、<ガイア>がNOVAを迎える。
そうすると、どうなるのか、わたしとわたしでないわたしはどうするのか、
見通しも利かず、決心も固まらないまま、時間だけが溶けてゆく。
物体が先なのか、言葉が先なのか。「光あれ」とでも言ってみるべき?

158 :名無しちゃん…電波届いた?:2019/12/11(水) 05:41:21 .net
ち ば け ん

159 :真琴:2019/12/13(金) 01:40:31.60
地球が消滅する。
都市演奏室のフロアの中央で渦巻く<ガイア>のNOVA端が白色に発光する。
午前零時、大いなる闇の正午。
<ガイア>のNOVA端は凄まじく発光し、そして
わたしとわたしでないわたしは幻視する、遙かな高みを大鴉が

160 :真琴:2019/12/13(金) 01:47:53.49
――行ってしまった。
わたしとわたしでないわたしのうちのどちらかのわたしは、
大鴉とともにあるいは大鴉として、NOVAのエネルギーによって
アーカーシャに凄まじい速度で撃ち出された。
ぬばたまの闇のような黒髪が彗星の尾のように広がり黒衣の花嫁が飛ぶ。

161 :真琴:2019/12/13(金) 01:51:23.46
わたしとわたしでないわたしのうちのどちらかのわたしは、
というよりも、わたしとわたしでないわたしのうちの一部分は、
フダラク渡海へ赴くわたしとわたしでないわたしのうちの他の部分を
眺めながら、NOVAの際(きわ)に立ち止まり、
どうしようかな、これで終わりというなら懐かしい時空に戻ろうかな、と考えている。

162 :真琴:2019/12/13(金) 01:57:42.02
膨大な<ガイア>の時のなかで、人類が繁栄したときなど、一瞬に過ぎない。
あの21世紀初頭に戻るのは、動画で一瞬の名場面をシークするのに似ている。
わたしとわたしでないわたしのうちのどちらかのわたしは、
膨大な<ガイア>の時を検索可能にするために無数の浮標を撒いた。
これがNOVA警察の始まりだった。

163 :真琴:2019/12/13(金) 02:04:12.61
NOVAのエネルギー、
<ガイア>の死の全エネルギーを使って飛んだ黒衣の花嫁が、
彼岸であたらしい<ガイア>を創始したのかはわからない。
とにかく、アーカーシャのなかで繁茂する種子はこのように飛ぶ。
フダラク渡海の向こう側は見えない。

164 :真琴:2019/12/13(金) 02:07:50.22
わたしとわたしでないわたしのうちのどちらかのわたしは、
とりあえずこの壊れやすい特異点を、NOVAを、パラドックスから守ることにした。
黒衣の花嫁が飛ぶというこの時空の襞をうっかり損なうことが無いように、
NOVAに至るあらゆる経路を封鎖する。
なるほどね、こういうことだったんだね。

165 :真琴:2019/12/13(金) 02:12:03.66
わたしとわたしでないわたしのうちのどちらかのわたしは、
気持ち悪い生き物、ミドンさんたちを造る。
ミドンさんたちを<ガイア>に撒き散らし、<ガイア>の神経系とする。
かれらは人類にとてもよく似た生体機械である。
かれらが人類の祖先なのかはわからない。まだ。

166 :真琴:2019/12/15(日) 00:02:08.82
人類の誕生前だったり、人類の絶滅後だったり、
不確かな沈殿が異なる世界線を描いていたり、
突然時間が途絶える支流だったり、
懐かしいわたしの世界を見つけるまでの手間はたいへんなものだった。
しかも見つかった世界が「ほんとうに」わたしの世界なのかは不可知である。

167 :真琴:2019/12/16(月) 18:55:21.84
江戸川の土手の護岸プレートに座って流れを眺めている。
直射する太陽は暖かいけど、空気は冷たい。
戻ってきたんだなぁ、と感じる。ここも不確かな4次元時空沈殿に過ぎず、
その意味ではあの「百万都市船=古鏡=舟」と同じだが、
ここにいる太陽はパノラマ島の贋物ではなく、太陽のモナドの現われだ。

168 :真琴:2019/12/16(月) 19:02:06.77
ときどき、京成電車が江戸川の鉄橋を渡る、左から右へ、右から左へ。
ここも不確かな4次元時空沈殿に過ぎない以上、
チャートの変質による「攻撃」はいつでも、いくらでもありうるが、
いまではNOVA警察の組織の頂点がむしろわたし、という点が大きく異なる。
もっとも、気持ち悪いミドンさんたちはわたしにはほとんど制御できない。

169 :真琴:2019/12/16(月) 19:07:39.93
わたしにできることは自爆コードの起動くらいだ。
もしミドンさんたちの全組織を消滅させたいなら、それは出来る。
結局、膨大な<ガイア>の時のなかで、この懐かしい世界を見つけるための、
神経系のような網の目をわたしは必要とした、そしてその神経系は、
一度作られると自走するようになった、それがNOVA警察の正体だった。

170 :真琴:2019/12/16(月) 19:13:59.79
だから相変わらず、気持ち悪いミドンさんたちからわたしが
謎の「攻撃」を受ける可能性は、ある。繁茂したミドンさんたちから、
より上位の階層が生じている可能性もある。わたしにできることは
自爆コードの起動くらいだが、NOVA警察が<ガイア>の蠢きに
何らかの貢献をしている可能性は高いので、その選択はしないと思う。

171 :真琴:2019/12/17(火) 23:21:42.41
わたしは江戸川の土手をあとにすると、迫力のあるバス道の坂を登り、
真間山に西から登る切り通しの坂の入り口に出る。
両側が崖の切り通しの坂を登り、真間山のうえに出て、
しばらく歩くと背後からあの地点に出る。あの地点、つまり、
正面の南から登る石段の到達点、ダイモン通りを真っ直ぐ見下ろすあの地点。

172 :真琴:2019/12/17(火) 23:30:06.29
胡散臭いオガワエガオ率いる調査団が、この石段を転げ落ちて壊滅したなんて、
信じられない。もっとも、あれは「百万都市船=古鏡=舟」での出来事だから、
パノラマ島での茶番みたいなものだけど。
石段に左右の崖からさしかかる樹木の、隙間にのぞくダイモン通りを見るうちに、
衛星都市フダラクの中央を貫くダイモン通りの映像が浮かぶ。

173 :真琴:2019/12/17(火) 23:36:33.28
一千万年前くらいの時空で、
とある大陸にわたしが作っていた「ミドンさんたち工場」が天変地異に見舞われ、
かなりの数のミドンさんたちが流出した事故がある。
ミドンさんたちから人類が発祥したとするなら、アレが怪しい。
もしわたしがミドンさんたちの自爆コードを起動したら人類はどうなるんだろう。

174 :真琴:2019/12/17(火) 23:49:30.98
「ん」
チャートを開くと衛星都市フダラクのダイモン通りにいる。
アーカーシャを飛ぶわたしの力はだいぶ強くなった。
まだ、大鴉とか女帝アグノーシアの域には達していないけど。
向こうの方で、わたしのことを見かけた矢場徹吾市長が驚いた顔をしている。

175 :真琴:2019/12/17(火) 23:58:53.45
そう、ここでのわたしは『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』を書いた
気鋭の形而上物理学者であり、そしてフダラク市から謎の失踪を遂げたのだった。
そのわたしがダイモン通りをふつうに歩いていたら、それは驚くよねえ。
矢場徹吾市長と首猛夫束京大学大学院新領域創生科学研究科衛星都市研究分室分室長が
わたしのほうへ早足で来るので、角を曲がったところでチャートを開く、飛ぶ。

176 :真琴:2019/12/19(木) 01:16:40.06
やはり真間山の内部には巨大な卵が埋まっている気がしてならない。
戸建てくらいの大きさの巨大な卵。卵が埋まっているかどうかはともかく、
真間山の内部が見てみたい。真間山をぱかっと割ってみると良いのか。
割ってみたら内部にはやはり豊富な生物群を抱えた土が詰まっているのか。
意外と卵どころか内臓がでろんと出てきたら凄い。

177 :真琴:2019/12/21(土) 00:14:45.68
わたしは石段を降りずに真間山の上をうろうろする。そして、
ここだ、ここ、という場所を見つける。
「百万都市船=古鏡=舟」では、裏世界と表世界を繋ぐトンネルが
ここに開口していた、はず、たぶん。土がお饅頭のように盛り上がっている。
枝垂れ桜とか、鐘撞き堂との位置関係は合っている、はず。

178 :真琴:2019/12/21(土) 00:28:54.25
西の切り通しの坂から登ってきて、真間山の上をうろうろして、
東の端っこまでゆく。そこは崖になっていて、広く街を眺められる。
この場所に立った気分は、松島の福浦島の東の崖を連想させる。崖に沿って
南の麓まで降る坂があり、逆に
北へ、真間山の向こう側へ降りてゆく坂もある。この坂を左へずっと行くと蓴菜池。

179 :真琴:2019/12/22(日) 23:03:18.99
懐かしいような感覚がする。NOVA警察だ。取り囲み、攻撃しようとしている。
しかし一体どうしてNOVA警察はわたしとわたしでないわたしたちを追い回す
組織に変質してしまったのだろう。作ったのはわたしだし、NOVA警察を
神経系として使うことで「ここ」を見つけ、帰ってくることができたのに。
膨大な<ガイア>のなかで、人類の棲息する時空など、極微少な領域だ。

180 :真琴:2019/12/22(日) 23:11:41.32
どうもわたしが衛星都市フダラクへ飛んだことが引き金になって
NOVA警察の興味を惹いたらしい。時空を隔てた2点間に連絡をもたらす
という意味で、確かに<ガイア>の原始的な神経系として機能している。
もしかしたらより高度な意味も獲得しているのだろうか、
アーカーシャにおける<ガイア>の「運動」を制御する、というような?

181 :真琴:2019/12/22(日) 23:24:40.19
もし海面が上昇したら真間山は福浦島みたいに島になる。
つまり、真間山は周囲に対して丸く膨らんだ丘として、あり、
いまわたしが歩いている道は、真間山の北側の「海岸線」の下の大陸棚を
東から西へ走っていて、西端で蓴菜池に接続している。
そのあたりに姫宮がある。室町時代に百合姫が身を投げた、という。

182 :真琴:2019/12/22(日) 23:33:05.61
そのあたりの特異点に沿って、NOVA警察が時空を賽の目に区切っている。
すべての経路を塞いでいるつもりみたいだけど、軽くチャートを書き換えながら
すり抜けてゆくと、まるで座標を完全に無効化しているかのような演出が出来て、
気分良い。この辺はなんだか、「身を投げる姫」と「涙をながす石」の伝説が
多過ぎる気がする。もとは一つだったものが二重写しになっているのか。

183 :真琴:2019/12/23(月) 01:06:34.80
太い自動車道を渡ると蓴菜池。後ろからNOVA警察が
時空を賽の目に区切ってくるので、視線を送り、
4次元時空沈殿に対して垂直な方向にアンカーされている
NOVA警察のひみつきちの空気を炎の海にする。
百人くらいのミドンさんたちが燃える。

184 :真琴:2019/12/23(月) 01:13:00.55
ミドンさんたちは苦し紛れにチャートを開く、その場所が蓴菜池の上空
だったらしく、燃え上がるミドンさんたちが虚空からぱらぱらと墜ちてきて、
蓴菜池にざぷんざぷんと吸い込まれてゆく。しかし、水面下に沈むや否や
ひみつきちに掬い上げられているらしく、死体が蓄積することはない。
墜ちてくるミドンさんたちが途絶えると、みなもだけが荒く揺れている。

185 :真琴:2019/12/23(月) 01:34:21.19
ひみつきちに回収されたミドンさんたちの死体には
ツノモが付着している。わたしはツノモの優美な形を思い浮かべ、
顕微鏡レベルのそのサイズを書き換える。手の平大になったツノモには
硬さも与えたので、ツノモたちはひみつきちの床に思い思いの方角で転がる。
そしてツノの先端からレーザー光線を放つ。

186 :真琴:2019/12/23(月) 01:44:07.86
崩壊するひみつきちから四方八方へ通信が放たれる。そのなかから
衛星都市フダラク方面のものを拾い上げると、通信の波に乗り
向こう側の位置をつかむ、と同時に、破壊因子を運ぶ。送受信装置が火を噴く。
衛星都市フダラクの「未知機械の森」の奥に隠されているアジトが蹂躙される。
ミドンさんたちがわーわーきーきー叫んでいる。

187 :真琴:2019/12/23(月) 01:48:24.76
考えてみると不思議なのは、わたしがいまいる<世界>は、
アルジャーノン指数が最初から0に近い分枝なのに、
衛星都市フダラクがあるのは、最初はアルジャーノン指数がかなり高く、
形而上物理学が隆盛を極めたのち没落した分枝だということだ。
ほんらい異なる二つの<世界>が入り交じっている。

188 :真琴:2019/12/23(月) 01:54:58.81
アイが「百万都市船=古鏡=舟」を出航させ、舟の排気流を
噴きつけることによって<世界>のアルジャーノン指数を0に下げたのは、
向こうの分枝の話だ。向こうの分枝から「百万都市船=古鏡=舟」は出航し、
そしてわたしはこちらの分枝に「帰ってきた」ことになる。
どうもこの辺に何かある感じがする。わたしは蓴菜池のベンチに背を預ける。

189 :真琴:2019/12/23(月) 22:32:51.05
みなもが荒く揺れる蓴菜池を眺めながら同時に
ミドンさんたちのひみつきちが墜ちる過程を眺めている。
生存者たちは脱出するのか、特攻するのか、議論しているみたい。
ツノモがあちこちを切り裂き、既に巨大装置としてのひみつきちは崩壊している。
脱出にせよ、特攻にせよ、生き残ったミドンさんたちがボートに集まっている。

190 :真琴:2019/12/29(日) 23:04:00.95
残存した13体のミドンさんたちを乗せたボートがアーカーシャに漕ぎ出す。
ひみつきちが圧壊してゆく。
ぎゅむ、ぎゅむ、ぎゅむと縮退し、やがて観測不能な点になる。
ボートは迷子のように離れてゆく。きっちり全滅させようかな、と一瞬思ったけど、
わたしも鬼ではない、見逃すことにする。

191 :真琴:2019/12/29(日) 23:26:23.73
「鬼だよー」
NOVA警察がなぜか敵対的な動きをするの、というわたしの悩み相談を聞いていた
デュカスが叫んだ。
「鬼だよー 毎回そんな風に虐殺されていたら、敵対的にもなるでしょー」
デュカスとは日仏会館以来の腐れ縁だ。

192 :真琴:2019/12/30(月) 23:09:46.46
でも、敵対的だから、虐殺するんだけどなぁ、と考えながら、
ふと根本的なことに気づいた。
わたしがデュカスと会っていた世界では形而上物理学が隆盛だったはずで、
それに対して、いまのこの世界では最初から形而上物理学が芽生えていない。
もともと世界なんて不確かな沈殿だけど、それにしても変すぎる。

193 :真琴:2019/12/30(月) 23:14:54.85
形而上物理学が無いとすれば、デュカスが、都市伝説としてであれ、
NOVA警察について知識を持っていることが奇妙だ。
異なる複数の世界でデュカスは何をしているのだろう…… と思ったところで、
はっ、と現実に戻った。わたしはまだ蓴菜池のベンチにもたれて宙を凝視めている。
いまのはゆめか、それとも世界の混線か?

194 :真琴:2019/12/30(月) 23:17:16.41
あるいは世界が沈殿の仕方を組み替える――編集する瞬間を味わったのか?
残存した13体のミドンさんたちを乗せたボートがアーカーシャに漕ぎ出す。
ひみつきちが圧壊してゆく。
ぎゅむ、ぎゅむ、ぎゅむと縮退し、やがて観測不能な点になる。
ボートは迷子のように離れてゆく。わたしは視線を送り、きっちり全滅させる。

195 :真琴:2019/12/31(火) 00:09:12.81
「鬼だよー」
というデュカスの声が聞こえる気がする。うーん、気になる。
デュカスは何の役割を果たしているんだろう。
わたしはふらっと4次元時空沈殿を蹴って、垂直な方向に登り、
ガイアの営みを俯瞰しながらデュカスの存在を検索する。

196 :真琴:2020/01/02(木) 22:59:45.43
遙か下の方で何か小さな点が煙を噴いている、あれが、さっき壊滅させた
ミドンさんたちのひみつきちだ、いま、
遙か上方をゆっくり漂っているわたしは、もしかしたらもう既に、
遙か下の方から見上げたとき、
大鴉のように見える存在と化しつつあるのかも知れない……

197 :真琴:2020/01/02(木) 23:03:19.06
<ガイア>は流れのように、龍のように、あるいは
無数の蟲か機械のように、たえず蠢き続けている。
眺めているあいだに、とある分枝が鰍粒子を大量に噴出しながら崩落した。
<世界>としての沈殿の仕方に矛盾が累積し、
自身の構造が支えきれなくなったのだろう。

198 :真琴:2020/01/02(木) 23:07:43.86
――こういう「世界震」がさっきも起こったのかも。
でも、だとしたら、この「世界震」の頻度は高すぎると感じる。
やはり、わたしやわたしやわたしたちの行動がこの辺の<ガイア>に
無理な力を掛けているのだろうか。
そもそも「百万都市船=古鏡=舟」の出航による後遺症って、なかったんだろうか。

199 :真琴:2020/01/02(木) 23:13:51.29
最初に姿を現したとき、アイは、
アンチNOVA警察の組織「エイヴォン」のエージェントであり、
シゾフライトで飛ぶ舟を操ってフダラク市の近くにいた。
マイクロブラックホールを投げ込んでフダラク市を殲滅したミドンさんたちが、
ついでにアイの舟を操船不能にした。

200 :真琴:2020/01/02(木) 23:21:29.54
アイは舟を捨て、「ひみつきち」をバッグ大に畳んで肩から掛けて、
アーカーシャのなか4次元時空沈殿にほど近い、冥界と呼ばれる場所に逃げ込んだ。
そして<ガイア>のとある分枝に入るが、そこは柊の国であり、
しかも時間的前方においてアルジャーノン指数が漸減し0に至る閉塞した分枝だった。
この分枝から脱出する手段を探すうち、アイは鰍主任科学官と出会う。

201 :真琴:2020/01/02(木) 23:32:48.51
鰍はアイを研究助手兼年上の親友としながら
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』を著した。しかし、
アイは鰍の「都市演奏室」を横から奪い、
百万都市杣台の全住人のモナドを<ガイア>から切り離して、
舟の構造材及び燃料として使う、モナド融合ドライブによる「舟」を作る。

202 :真琴:2020/01/02(木) 23:38:14.93
百万都市船の出航の時、黒衣の花嫁または大鴉の導きで
「都市演奏室」まで飛んだ鰍は、アイの裏切りを知り、
主任科学官としての超越命令によって、おりしも出航作業をこなしていた
軍用AI〈杣台SQ1〉をフリーズさせる。しかし、アイの話を聞き、
百万都市船というアイディアを面白がり、アイとともに出航することを決める。

203 :真琴:2020/01/02(木) 23:48:20.86
この出航時のフリーズが、その後の百万都市船の運命を歪めたのではないかと思う。
そのあと何が起こったのか、記憶も記録も無い。とにかく、
わたしとわたしでないわたしが目を覚ましたとき、百万都市船は
古鏡のような形状になっており、都市の生活を演じるパノラマ島と、
砂海のロレンスをめぐる世界という、表と裏が発生していた。

204 :真琴:2020/01/02(木) 23:55:12.79
砂海のロレンスを構成する核になっていたのは、出航時、たまたま
大学のAIを介して〈杣台SQ1〉にちょっかいを出していた院生が、
〈杣台SQ1〉に巻き込まれたものらしい。わたしとわたしでないわたしも、
どうも鰍とアイが融合した存在である節がある。そしてそもそも、
黒衣の花嫁、大鴉、女帝アグノーシアなどと呼ばれる存在の顕現の一つであるようだ。

205 :真琴:2020/01/03(金) 00:01:28.89
アイはもともとアルジャーノン指数が漸減し0になる分枝から脱出する手段として
百万都市船を構想した。そして、この分枝の閉塞は、NOVA警察による攻撃だと考えていた。
――だが実際には、百万都市船の出航による鰍粒子の排気流を浴びせられた結果、
この分枝のアルジャーノン指数は漸減したのだった。そしてNOVA警察は、
そもそもアイのこの暴挙を止めるためにアイの舟を攻撃したのである。転倒因果!

206 :真琴:2020/01/03(金) 00:09:31.39
(「都市演奏室」で内界を凝視めた時、そこにいた黒衣の花嫁から
「大宇宙、最悪の魔女」と皮肉られたっけ……)
(舟は、「百万都市船=古鏡=舟」と化しながらも、当初の計画通り、
とにかくNOVAまで旅した。)
(黒衣の花嫁あるいは大鴉は、<ガイア>のNOVAに乗って飛んでいった。)

207 :真琴:2020/01/03(金) 22:57:17.62
気がつくとわたしは夜の住宅街を歩いている。
道は整然とした道ではなく、いにしえの川の名残が、
地権者だか行政だかの狭間で、己の姿をどう定めたら良いのか
迷っているという感じの、長方形を思わせない流れで、
雑草とか樹とかが雑然と生えている。

208 :真琴:2020/01/03(金) 23:02:36.23
両側の家の塀は繋がって一本の直線を形成しない。
家ごとにたてた塀が、互いに食い違って膨らんだり凹んだりしている。つまり、
「無限に」長い長方形という感じの整然とした道の両側に家々が並ぶ、
のではなく、家々が勝手に生えている隙間に、何か太い流れが流れている、
それがこの道だ。夜。両側の家々の窓は明るかったり暗かったりする。

209 :真琴:2020/01/03(金) 23:07:00.79
道の両側の家々の窓は明るかったり暗かったりするが、人影は見えないし、
生活音もしない。話し声とか、TVの音とか、あるいは、
料理の音や匂いもしない。
見上げると、とある家の二階の窓を通して部屋の天井の灯りが見えるが、
その灯りの下にどんな部屋があり、どんなひとが棲息しているのか、気配がない。

210 :真琴:2020/01/05(日) 00:36:16.32
――その灯火の下では、形而上物理学を学ぶとある大学院生が、
3冊の古典を「獺祭」しながら読んでいた。「獺祭」とは、正確には
「獺祭魚」つまり「獺(かわうそ)、魚を祭る」と言い、
河原に魚を並べる獺の習性を、複数の書物を並べて読むさまの喩えとする言い方である。
院生は読んでいた、『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』と、

211 :真琴:2020/01/05(日) 00:41:34.15
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』と、そして、
……と想像してみたが、実際には、夜の住宅街の路上に立ち、
見上げると、二階の窓を通して部屋の天井の灯りが無言で灯っているだけで、
何の動きも、音も、匂いも無い。
と、突然、その灯りが消えた。

212 :真琴:2020/01/05(日) 00:46:38.51
(誰か、いるんだ。)
唐突な他者の存在にわたしは驚き、足早に道を進む。
現実には「非常識」なので実行できないが、もし引き返してあの家に行き、
ピンポンを鳴らして、あるいは、ドアをどんどん叩いて、
とにかく家の中にいるモノを呼び出したら、そのあとどうなるんだろう。

213 :真琴:2020/01/05(日) 00:50:04.70
空想のなかではまったく限定されないその何者かは、ドアが開いた瞬間、
ごく平凡なある特定の顔貌を備え、その顔は困惑しているだろう。
「あのー、突然電気が消えたので、どんなひとがどんな風に棲息しているのか、
見てみたいと思いまして……」
そう言いながらわたしは靴のまま家の中に土足で上がる。

214 :真琴:2020/01/05(日) 00:55:01.92
家の主人は困惑していて、それが徐々に怒りに変わっているが、
あまりにも「非常識」な事態なので、どう対処して良いかわからない。
そのあいだにもわたしは階段を見つけ、二階へと登ってゆく。
「あ、この部屋だ。」
わたしはその部屋に入り、天井の灯りを眺めて満足する。これだ。

215 :真琴:2020/01/05(日) 00:57:00.72
わたしは灯りを点ける。
明るくなったその部屋は勉強部屋(?)で、壁一面に本棚が並んでいる。
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』
……、ああ、やっぱり形而上物理学の研究者なのか。

216 :真琴:2020/01/05(日) 01:04:18.75
勉強部屋の畳の上に土足で立つわたしは、ふと窓に気づき、窓に近づき、
窓枠に手を掛けながら、窓から道を見下ろす、道には、
道には、道には、
道にはわたしが立っていて、わたしを見上げている、
……というようなことを幻視しながら、わたしが不定形の道を歩いていると、

217 :真琴:2020/01/05(日) 23:11:53.36
道の前方左側に、二階建ての古いアパートが見えてくる。
直方体の歪んだ箱、これが建物で、二階の廊下が側面を渡っているが、
その薄い板の重量は赤茶けた細い鉄骨だけで支えていて、まるで、
すぐにも取り外せる部品みたいに見える。
錆でぼろぼろの階段が斜めに登っている。

218 :真琴:2020/01/05(日) 23:17:21.42
アパートの側面には3×2個のドアが無言で並んでいる。
道と建物のあいだに「庭」というか、無意味な空白地帯があって、
もし仮にこのアパートにこどものいる家族が棲息しているというなら、
昼間、こどもが土でも掘って遊んでいそうな広がりだが、
夜見ると、名状しがたい悪い気配が漂っている虚無にしか見えない。

219 :真琴:2020/01/05(日) 23:22:52.43
「庭」と道とを区切って、背の低いブロック塀が走っており、
そのブロック塀にポスターが貼られている。
かなりぼろぼろのポスターだが、紙なので、ほんとうに古ければ風化して
消えてしまうだろう、意外と貼られたのは最近なのかも知れない。
「市会議員・小川笑顔」のポスターだった。オガワエガオ……?

220 :真琴:2020/01/05(日) 23:31:31.64
この夜の住宅街はいったい、「どこ」、なんだろう。オガワエガオと言えば、
「百万都市船=古鏡=舟」の都市生活パノラマ島サイドにいた、胡散臭い男だ。
なぜそれがこの、本物の<ガイア>にいるのか。いや、……いても良いのか?
互いに別分枝での同位体なのか? ――きな臭いものを感じたわたしは夜の散歩を
切り上げてチャートを開く、が、開かない。そうだよね、これ、罠だよね。

221 :真琴:2020/01/05(日) 23:40:10.39
突然、古アパートの3×2個のドアがいっせいに開き、なかから
樹木のような触手のような化け物が飛び出してきた、り、は、しなかった。
むしろ不定形の道はいっそう静寂が深まり、金属の棒で叩けば
「きぃーーーん」と音が出そうなくらい空気が緊迫している。ふと見ると、
ポスターのなかのオガワエガオの顔が、にやにや笑いに変化している。

222 :真琴:2020/01/05(日) 23:51:47.65
このまま待っているとポスターのにやにや笑いのなかから本体が出てきそう。
チャートが開かないなら走って立ち去ろう、わたしがそう思った瞬間、
4次元時空沈殿に対して垂直な方角から槍のようなものが「す」と突き出された、
わたしの脳髄に向かって。気配を察知したわたしがかわすと、
何も無い空中(さっきまでわたしの脳髄があった場所)に十字架型の刃が出現し、消える。

223 :真琴:2020/01/05(日) 23:59:56.41
わたしは不定形の道の前から後ろへ、すぅうううううっと視線を送る。
この道はいにしえの小川である。小川は水を流すが、水を炎に変換する。
不意に水量が上がった小川の流れのように、不定形の道を
前から後ろへ、凄まじい炎の流れがなみなみと満たす。
炎の濁流に乗ってわたしは(ふつうの4次元時空沈殿的な意味で)飛ぶ。

224 :真琴:2020/01/06(月) 00:04:54.24
演算が間に合わないらしく、さっきわたしが二階の窓を通して
部屋の天井の灯りを眺めていた家の辺りで、封鎖に綻び(ほころび)が生じている。
わたしがさんざん自己言及ループを編んでおいたのだから当然だ。
破綻を喰い破ってチャートを開く、開く、すかさず4次元時空沈殿に対して垂直な方角へ飛び、
スケールを変換して一帯をサーチ。

225 :真琴:2020/01/06(月) 00:19:27.72
ミミズのような小さな管状の分枝の表面に、
ミドンさんたちが千体くらい、細かい蟲みたいにみっしり貼りついている。
どうもこのミミズが、あの道の時空らしい。一箇所、穴が空いて煙が噴き出している。
とりあえずミミズを蠕動させる。
ミドンさんたちがぱらぱらとアーカーシャに撒き散らされる。

226 :真琴:2020/01/06(月) 21:32:41.80
タナガがこの仕事に応募したのは、単純に時給2000円だったからだ。
「時給2000円、宇宙の秩序を守る仕事です」
どう考えてもまともな仕事ではなかったが、タナガが想像していたのは
せいぜい脱法ないし違法な仕事をやらされる黒企業だった。まさか、
ほんとうに「宇宙の秩序を守る仕事」つまり、NOVA警察の下級戦闘員だとは思わなかった。

227 :真琴:2020/01/06(月) 21:38:06.81
ノーマルスーツを着たタナガがアーカーシャのなか、4次元時空沈殿から
垂直な方角に1mmほどズレた時空点に位置しながらミミズ時空のなかを
観察していると、いきなり不定形の道が炎の濁流に満たされた。
「え? え?」
思う間もなくミミズ時空が揺れ動き、タナガはふるい落された。

228 :真琴:2020/01/06(月) 21:41:11.33
激しく回転しながらアーカーシャのなかを飛んでゆく。
(いいか、アーカーシャのなかは物理学的な世界では無い。
物理法則は忘れろ。おまえらが物理法則を知ってるかどうか知らないが、
知ってようが知るまいが、とにかく、忘れろ。
アーカーシャのなかの法則は難しいが、簡単に言えば、心を強く持て。)

229 :真琴:2020/01/06(月) 21:44:55.54
研修の教官の言葉が脳裏に浮かび、タナガは心を強く持った。
「止まれ! ……というか、……止まる。」
止まらそうとするのではなく、止まることの絶対的事実性を強く思う。
すると、止まる。
タナガは肉壁のようなミミズ時空から目をそらし、中空を見る。

230 :真琴:2020/01/06(月) 21:48:39.04
途方もなく高い位置に大鴉が黒い羽を全開にして飛んでいる。
と、大鴉から何か霧のようなものが撒かれる。
「吸うな!」
耳元で班長の声がするが、ノーマルスーツ越しに何を吸うというのか?
だが、降ってきた霧につつまれたとき、タナガは覚った、スーツ越しに何かを吸った。

231 :真琴:2020/01/06(月) 21:54:28.21
タナガが吸ったのはある種の脳改造を行うナノマシンである。
吸い込まれた蟲はひたすら脳髄を目差す。そして、脳に混ざり、
もともとの活性は維持したまま、必要に応じて主導権を奪取する。
みずからの人格が根底から盗まれつつあることを感じてタナガの眼から
涙が流れる。その時、タナガの脳内で音楽が鳴り、画面が開く。

232 :真琴:2020/01/06(月) 21:59:16.37
「初期化、進行中。」
「初期化、進行中。」
「ワタシハ 制御システム、クラリスデス。」
「あなたは、女帝アグノーシアの端末として、初期化されました。」
画面が閉じ、しばらく待っても何も起こらない。タナガはゆっくり班長の方を目差す。

233 :真琴:2020/01/06(月) 22:04:46.50
ミドンさんたちは64体ずつひとくくりにされ、融合させられ、
吸盤状の「足」に加工された。
何でも、ミミズより芋蟲の方が可愛いから、「足」をつけるのだそうだ。
64体ずつ束ねて、8個の「足」が作られた。64×8=512
残りの約500体は、すり潰され、時空の補修に使われた。

234 :真琴:2020/01/07(火) 22:13:49.44
朝起きたタナガが窓から外を見下ろすと、不定形の道、土地のにんげんからは
「芋蟲みち」と呼ばれている不定形の道には、既にちらほらと通勤者たちの
往来が見られる。タナガも会社に急がなければ、と思ったところで、
何かを忘れている、何か根本的な勘違いがある、という気分が、
脳髄の真ん中にぽっかりと虚(うろ)のように居座っている気がするが、気にしない。

235 :真琴:2020/01/07(火) 22:21:29.37
家を出たタナガは「芋蟲みち」を歩く。やがて
道の前方左側に、二階建ての古いアパートが見えてくる。
直方体の歪んだ箱、これが建物で、二階の廊下が側面を渡っているが、
その薄い板の重量は赤茶けた細い鉄骨だけで支えていて、まるで、
すぐにも取り外せる部品みたいに見える。

236 :真琴:2020/01/07(火) 22:27:14.13
道と建物のあいだに「庭」というか、無意味な空白地帯があって、
そこに気味の悪いこどもがうずくまり、土を掘って遊んでいる。
こどもには顔が無い。顔があるべき場所がつるっとしていて、何も無い。
タナガはこんなアパートでも家族連れがいるんだなと思いながら、通り過ぎる。
通りすがりに、ブロック塀に貼られた「市会議員・小川笑顔」のポスターを見る。

237 :真琴:2020/01/07(火) 22:35:23.71
「芋蟲みち」の端まで行くと円形の広場があり、通勤者たちは
思い思いの姿勢で意識を脱落させている。
「芋蟲みち」の両端を現実の世界に接続する、という案もあったのだが、
技術的に面倒くさいし、あまり必要が無いので、端子だけ作って使用していない。
擬似世界をパノラマ島的に一式作るのも大変すぎる。

238 :真琴:2020/01/07(火) 22:39:29.19
だから、通勤者たちは、いずれかの端の円形広場まで来ると、
「芋蟲みちの時空」から意識を脱落させて、
AIが見せるヴァーチャルな擬似世界のなかに出勤し、
その夢というか悪夢のなかで昼間を過ごしたあと、退勤し、
「芋蟲みち」の端の円形広場に達したところで目を覚ます。

239 :真琴:2020/01/07(火) 22:48:35.77
かれらの真の「おしごと」は、ヴァーチャル世界での寝言ではなく、
アーカーシャのなかで<ガイア>のうえをもぞもぞ動く、
「芋蟲みちの時空」の8個の「足」を成すことだった。
64個の脳髄が束ねられて1個の「足」を構成している。「足」を成り立たせる演算は、
にんげんたちの脳髄を計算機として使用しておこなわれているのだ。

240 :真琴:2020/01/08(水) 23:22:57.77
Aを東京とする。これは時空における一つの場所である。
東京から大阪に行くとき、飛行機で行くか、新幹線で行くか、自動車で行くか、
あるいはいっそのこと徒歩で行くか、によって、到達する場所は同一なのだろうか。
異なる場所B1、B2、B3、…に到達していたりはしないのだろうか。
(到達時刻Tが異なるというようなことを言っているのではない。)

241 :真琴:2020/01/08(水) 23:29:45.47
<ガイア>において、この世界からあの世界まで、一気に飛ぶのと、
芋蟲型の時空を這わせてゆるゆる到達するのとで、異なる効果が出るかも知れない。
出ないかも知れないが、アーカーシャではいわゆる物理法則が通じないのだから、
「客観性」が成り立たず、経路に依存して到達する場所にズレが出ないとも限らない。
出ないに決まっているというのは「客観世界」に毒された先入観だ。

242 :真琴:2020/01/08(水) 23:36:12.65
とにかく、いままで試してもみなかった莫迦莫迦しいアイディアを検討してみる必要がある。
「一体何が起こっているのか」について探究を深めるために、
この芋蟲型の時空には、<ガイア>の表面を、気が遠くなるような遅さで移動してもらうことにした。
百万都市船の場合のように、住民を燃料としてすり潰すことはしない。
むしろ、かれらに四六時中「歩行」を続けてもらう。

243 :真琴:2020/01/10(金) 00:49:59.97
そして、四万日が経過した。約110年である。
10年目くらいにタナガも、何か変だと感じ始めた。だが、まぁ
人生こんなものかと、回し車を回し続けるハムスターのように、
代わり映えのしない毎日を送った。
30年目くらいにタナガは、得体の知れない空虚感に囚われ始めた。

244 :真琴:2020/01/10(金) 00:55:12.57
徐々にタナガは「前世」を思い出し始めた。
この代わり映えのしない住宅街に囚われる前、自分は、
汚いアパートに暮らすフリーター、つまり都市下級労働民だった。
その後、何だか、「傭兵?」をやった記憶がある。
要人警護だか暗殺だか、道をずっと凝視し続ける仕事をした記憶がある。

245 :真琴:2020/01/10(金) 01:01:49.88
爆発? 弾き飛ばされて、途方もない広がりの遙かな高みを見上げる、
あれは戦闘機か? 大きな翼を広げた存在が……
この一群の記憶は一体何なんだろう。
そして、ときおりみるゆめのなかでタナガは芋蟲の足の構成部品になって、
「地面?」を舐めながら、ぐももももと顔を振っている。

246 :真琴:2020/01/10(金) 23:10:02.10
龍のような、大河のような<ガイア>、その表面に
ゴミみたいな小さな小さな小さな棒が付着している。よく見ると
棒は芋蟲で、腹側に4対8個の吸盤状の「足」を持っていて、
その「足」を使って<ガイア>の表面を這っているのだった。さらによく見ると
その「足」の表皮に並んでいる64個の突起は、64個の感情の無い人面だった。

247 :真琴:2020/01/10(金) 23:17:02.25
人面が順に<ガイア>と接触し、
それを顔面全体で舐めるようにしながら次へ送ることによって、
芋蟲は這っている。もう四万日もこんな風にしてきたのだった。その結果、
内部に「道」を抱え込む芋蟲は、進んだあとに、
極めて堅牢に地鎮された「幹線軌道」を分泌していた。

248 :真琴:2020/01/10(金) 23:22:08.85
わたしは翼を全開にしながら「幹線軌道」のうえを物凄い速度で飛んでいる。
気持ち良い。
自走する芋蟲時空が道路工事をしてくれるなんて、思ってもみなかった。
わたしの時間では芋蟲時空の設置は3日前の出来事に過ぎない。
芋蟲時空のなかでは百年くらい経ってるんじゃないかな。

249 :真琴:2020/01/11(土) 16:13:49.96
このスケールで眺める<ガイア>は、流れというよりも、大海原のように見える。
果てしなく広がる大海原、そのうえに、
明瞭に飛びやすい「幹線軌道」が走っている。
本当なら、点Aから点Bへ、チャートを開くだけで一瞬で「跳べる」のだが、
実験的価値を除いても、この景色と速度には魅力がある。

250 :真琴:2020/01/11(土) 16:22:47.71
彼方に小さな小さな小さな棒が見えた、と思う間もなく、
見る見る距離が縮み、棒は巨大な円柱形の構造体に膨らんだ。
底部で「足」が蠢いている。「足」一つにつき64個の感情の無い人面が、
リズミカルに舌を出したり引っ込めたりしている。速度を殺すこともなく、
衝突する直前、わたしはチャートを開いて芋蟲のなかに入る。

251 :真琴:2020/01/11(土) 21:30:37.43
タナガは階段を降りて玄関で靴を履く、が、
そこにはもう意識と呼べるようなものはほとんど無く、
外骨格の昆虫の硬い殻の内側にニチャーッと白い汁が張りついているように、
四万日のあいだに完全に習慣化というか機械化した動きのスキマに、
ほとんど意味の無い差異のようにして、「意識」があった。

252 :真琴:2020/01/11(土) 21:35:14.69
タナガがいつものアパートの横を歩くと
いつものように顔の無いこどもが土で遊んでいて、しかしきょうは、
そのこどものそばに立っている存在があった。
何万日ものあとで味わう異質な時間は衝撃だった。
タナガはその存在の方をおどおどと見る。

253 :真琴:2020/01/11(土) 21:38:52.66
その存在を眺めるうちに、タナガの内面で何かが干上がってゆき、
やがて魂のすべてが乾燥した土のゴミのような物になり、
ボロボロと壊れていく。
顔の無いこどもの、おもちゃのスコップが自分をほじくる。
タナガのモナドは機械化した「ホネ」だけを残して風化する。

254 :真琴:2020/01/11(土) 21:42:04.48
っわ!
タナガは汚い四畳半のアパートで目覚める。
なんか、とても恐い夢をみていた。
物凄く長い長い長い時間、同じことを繰り返すのだ。
――わたしは興味深い事例を手に入れてとりあえず満足する。

255 :真琴:2020/01/11(土) 21:49:36.30
物体が先なのか、言葉が先なのか。
4次元時空沈殿と葦の原は「モヨコ双対」の関係にあり、
4次元時空沈殿におけるにんげんのモナドが葦の原に析出し、逆に、
葦の原の葦のなかにモナドの全体が、世界のすべてが反映している。この個体は
芋蟲時空によって遠方まで運ばれてきても、「本籍」はもとの世界にあったらしい。

256 :真琴:2020/01/12(日) 22:42:48.66
タナガがその仕事に応募したのは、単純に時給2000円だったからだ。
「時給2000円、宇宙の秩序を守る仕事です」
どう考えてもまともな仕事とは思えないが、
脱法ないし違法な仕事をやらされる黒企業だとしても、背に腹は代えられない、
タナガは応募した、するとノーマルスーツを着ての研修が始まった。

257 :真琴:2020/01/12(日) 22:49:08.77
隊長がブリーフィングしている。
――今回の作戦目標は「黒衣の花嫁」の暗殺である。既に第538作戦部隊工作班は、
「黒衣の花嫁」をおびき寄せるためのミミズ型時空を制作している。
この時空に「黒衣の花嫁」を誘い込んだうえで、隙を突いて、
プラスαの次元から攻撃をする。ただし、「黒衣の花嫁」はおそろしく手強い。

258 :真琴:2020/01/15(水) 00:26:43.42
タナガが「道」を監視していると、不意にそこに、そのひとが立っていた。
そのひとはふつうに夜の散歩を楽しんでいる体(てい)だったが――、
アパートの前で一番手のズスギが槍の刺突で特攻を仕掛けるとそれを
察知してかわし、しかも、二番手以下十二番手までを無効化したうえで、
「道」を炎の奔流で満たした。と、タナガはアーカーシャに放り出された。

259 :真琴:2020/01/15(水) 00:31:47.12
そして、魂、命、モナド、葦、何と呼んでも良いが、とにかく「それ」を、
すり切れて壊れるまで、四万日ものあいだ酷使され、
すり切れて壊れたら「振リ出シニ戻ル」、――これを果てしなく繰り返すうちに、
タナガたちの魂は、命は、モナドは、葦は、何と呼んでも良いが、とにかく
「それ」は、A点とB点を固く結ぶ、縄のようなものになった。

260 :真琴:2020/01/15(水) 00:37:40.16
(さて、何が起こるんだろう……)
わたしは落成した「第1幹線軌道」を眺めながら、期待に胸を膨らませる。
<ガイア>の異なる分枝どうしのあいだがこれほど強固に架橋されることは、
かつて無かったのではないか? 分枝と分枝の動き、そして「幹線軌道」の強度、
一体どこに「無理」が現われて特異点を成すのか?

261 :真琴:2020/01/18(土) 00:01:54.71
「幹線軌道文明」の繁栄の基盤は、3つの分枝世界を結ぶ13本の幹線軌道にある。
そのうち、第1〜5幹線軌道は、
帝国の太祖・女帝アグノーシアみずからの制作になると伝えられている。
アグノーシアはあらゆる時空に姿を現す女神であり、
いま現在も帝国の各所を歩いては、作り、壊し、遊んでいる、という。

262 :真琴:2020/01/18(土) 00:11:34.89
3つの分枝世界――テータ、コヨ、カサタのうち、
帝国の中心を成すと言えるのはカサタ国である。
やや従属的な地位にあるテータとコヨは、二位争い、あるいは最下位争いをし、
そのためますます国力を削がれた。
コヨ・テータ連盟の成立は、カサタ国によって妨害され続けている。

263 :真琴:2020/01/18(土) 00:20:23.94
コヨ国の科学者・柊特務科学官は、仮説の帰結に恐れおののいた。
このままでは、コヨ国――この<ガイア>の分枝は崩壊する。
しかも、帝国の繁栄の基盤と言える、幹線軌道からもたらされる力によって、
歪まされ、弱められ、引き裂かれるのだ。
その結果、この分枝は「世界としての自我」が維持できなくなる。

264 :真琴:2020/01/18(土) 00:23:34.31
(「帝国の繁栄」……? カサタ国の繁栄だろ?)
柊特務科学官は声に出さず、こころのなかで毒づく。
3世界のなかでもっとも踏みつけられているのがコヨ、だとも言える。
(もし、幹線軌道によってこの世界が崩壊するなら、
いっそ、幹線軌道を切断するべきではないのか?)

265 :真琴:2020/01/18(土) 00:29:53.29
(いや? コヨ国だけの話なんだろうか。
コヨ国が崩壊した場合、13本の幹線軌道によって緊密に結びあわされた、
テータと、そしてカサタも無事では済まないのではないか。単純に考えても、
コヨの崩壊によって、いわば「引っ張りっこ」をしていた相手を失うわけだから、
テータとカサタは、アーカーシャのなかで……吹き飛ぶ。)

266 :真琴:2020/01/18(土) 00:36:51.95
その辺まで考えたところで、不意に柊特務科学官のあたまが吹き飛ぶ。
コヨの4次元時空沈殿に対して、ややずれた位置からの暗殺ショットである。
そして、第3幹線軌道を通ってカサタ国軍が侵攻してくる。
ヘリコプターのような機械が大挙して飛来し、コヨの中枢を制圧する。
柊首相による傀儡政権が組織される。

267 :真琴:2020/01/18(土) 00:43:16.31
カサタの科学者・田所博士も、柊特務科学官と同じ結論を出している。
「幹線軌道文明」の繁栄の基盤と言える、3つの分枝世界を結ぶ13本の幹線軌道こそが、
この3つの分枝世界を「沈没」させるのだ。
はじめ田所説を信じなかったカサタ政府も、いくつかの災害を経て、
現実的な対策を講ずるべき、という結論に至る。

268 :真琴:2020/01/18(土) 00:51:00.93
コヨ国の抵抗組織は、ひそかにテータ国と結び、支援を受け、
カサタの傀儡である柊首相政権に抵抗している。
柊隊員774号が時空域縮退爆弾を起動させると、カサタ国軍人、
及び、コヨの腐ったエリートが、時空域ごと野球ボール大の黒い球形に縮退する。
柊隊員774号は笑いながら、火炎放射を受けて死ぬ。

269 :真琴:2020/01/18(土) 00:54:45.59
カサタ国軍のヘリコプター部隊は、
コヨ国の抵抗組織が拠点としている村を発見し、蹂躙する。
千人ほどが「モナド解体」される。
それによる鰍粒子の大量発生は、
アーカーシャに余計、不安定要素を積み増す。

270 :真琴:2020/01/18(土) 00:58:13.23
カサタの科学者・田所博士を中心とする思考組織は、
3世界沈没の危機において、なんとかカサタだけでも救う方法がないか、
模索している。
ついに田所博士は、ある発狂的な案を思いつく。
伝説の、神話の、女帝アグノーシアを探し、そのお力にすがるのだ。

271 :真琴:2020/01/18(土) 01:12:26.53
カサタは、コヨの柊の民・100万体を燃やし、アーカーシャに狼煙をあげる。
これほど巨大な狼煙なら、かならずや女神のお目にとまるだろう。
そう、その通り、――わたしは田所博士の前に姿を現す。
「じょ、女帝アグノーシア様、であらせられます、か?」
「はい、そうです。何のご用ですか……?」

272 :真琴:2020/01/18(土) 01:15:47.44
田所博士は一生懸命、帝国の危機を、データを交えながら説明する。
「えーっと。で、どうして欲しいのですか?」
「たすけていただきたいのです。3世界の崩壊、
せめて、カサタの崩壊を何とかして欲しいのです。」
「それは……、いやです。」わたしが言うと、田所博士は驚愕する。

273 :真琴:2020/01/18(土) 01:18:31.52
「な、なぜですか???」
「だって、そもそも、
世界がどんな風に崩壊するかを観察したいから、
幹線軌道を5個も作ったんですよ……? それは確かに、作っているうちに
面白くなっちゃって、作ること自体も楽しかったですけど。」

274 :真琴:2020/01/18(土) 01:28:32.33
「ち、地球人口が、いち世界につき70億だとして、
さ、3世界で、210億、そ、それが滅びても良いと?」
「はい。――ただ、正確に言うと、
カサタとテータの140億を燃やし、それによって得た鰍粒子を
ロケット噴射みたいに使って、アーカーシャのなか、コヨを発射してみたいです!」

275 :真琴:2020/01/18(土) 01:35:12.07
「カ、カサタを燃やして、コヨを飛ばす、だと?
あ、あんた、なに言ってるんだ? それでも神か?」
「神か神でないかは分かりませんが、神みたいなものですよ?
――そもそも単なる個人とか、個人的価値観に基づく<自分たち>を、
神さまにたすけてもらおうという考えが間違っています。」

276 :真琴:2020/01/18(土) 01:40:21.65
「神とは、森羅万象をおもちゃにして遊ぶ存在のことです。」
「がぁあああああぁあああぁああああああああ」
田所おぢさんは叫び、
公安4課の作戦員たちがアグノーシアのいる時空を封滅しにかかる。そのとき、
第3幹線軌道が、荷重をかけられすぎたロープが切れるみたいに、切れる。

277 :真琴:2020/01/18(土) 01:52:06.87
かつてない世界震がカサタを襲い、世界としての論理的構造がごちゃごちゃに
なるので、三角形に何か丸いものが埋没することで、気がつくと赤くなっており、
その温度によって巨大な音声が墓地で呟き続け、小腸が蠕動が呟きが
埋没する何か丸いものが住宅街のブロック塀が黒猫が、辛くて足並みを揃えて
バスケットボールが人差し指がタイマツが、……………グシャ。

278 :真琴:2020/01/18(土) 23:12:47.36
<すべて>が置かれている場所――アーカーシャのなか、
4次元時空沈殿の近くに、それを取り巻くように「冥界」と呼ばれる場所がある。
「冥界」を、とある標準的な座標で眺めると、一面の葦の原のように見える。
その葦の一本一本が、にんげん一人ぶんのモナドである。
このモナド――葦を切り開くと、なかでは、全き(まったき)世界がまるごと展開する。

279 :真琴:2020/01/18(土) 23:16:11.42
4次元時空沈殿がそのまわりに冥界という葦の原を分泌している、
とも言えるし、逆に考えて、
葦の原の葦たちが中空に現実という虚像を結んでいるのだ、
と論じることも出来る。4次元時空沈殿と葦の原は「モヨコ双対」の関係にあり、
その双方がアーカーシャのうえに置かれているのだった。

280 :真琴:2020/01/18(土) 23:23:06.68
いま、カサタに相当する葦の原の一帯では凄まじい噴煙があがっている。
カサタだけでは無い、テータもだ。――コヨのあたりもやや乱れている。
コヨの乱れはカサタ国による人為的なものであり、カサタ国軍が
コヨの抵抗組織を弾圧・蹂躙したり、女帝アグノーシアに連絡するために
コヨの柊の民・100万体を燃やしたりした結果である。

281 :真琴:2020/01/18(土) 23:34:10.27
だが、カサタとテータの有り様は、天変地異としか言い様がない。
凄まじい噴煙が上がりながら、連鎖的に葦の原がぐちゃぐちゃにかき混ぜられてゆく。
モヨコ双対を成す4次元時空沈殿の側でも、至る所で矛盾が発生し、
世界が世界律を維持できなくなりつつある。わたしは貴重な実験の成り行きを、
踊るように盛んにチャートを切り返しながら、胸が弾む思いで、静かに凝視めている。

282 :真琴:2020/01/18(土) 23:41:17.01
カサタやテータの住民の大部分にとっては、
今日という日も、毎日と同じ一日に過ぎない。
ただ世界が終わるだけだ。
――世界のなかで、自分の肉体が毀損したり、死んだりする、というのではなく、
自分はふつうに過ごしているまま、世界が不意に途絶するのである。

283 :真琴:2020/01/18(土) 23:48:47.13
たとえるなら、映画のフィルムが燃えてゆく感じ。
フィルムに映っているのは、ごくふつうの毎日と同じ一日で、
フィルムのなかでは、ふつうの一日が歩みを続けているのに、
フィルム自体は燃えつつあり、フィルムが燃えてしまったら、
フィルムのなかの人物は、まったく健康体のまま、世界が途絶する。

284 :真琴:2020/01/19(日) 00:03:16.52
たとえにおいては、映画のなかの人物の成り行きはフィルムと完全に独立だけど、
もちろん、カサタやテータの場合、住民は、最後のほうでは、
世界が何か異様な相貌を帯びた感じ、をいだくに違いない。ただそれは、
ビルが爆発する、とかではなく、世界が世界として成り立っている感覚が、
何か根底的に壊れたという感じであり、たぶん、発狂と似ている。

285 :真琴:2020/01/24(金) 00:57:57.26
アーカーシャのなかで<ガイア>の「外側」には真空が広がっている。
モナドはごく少数で真空に浮遊していると、やがて霧散してしまう。
百万都市船のアイディアとは、百万体にも上るモナドの複合体(=都市)を、
丸ごと<ガイア>から切り出して、いわば「ミクロコスモス」と成し、
真空に浮かべる、というものである。

286 :真琴:2020/01/24(金) 01:04:19.56
モナドの集積体は「中央部」に4次元時空沈殿を析出するが、
それはパノラマ島と化した都市である。しかもそれが、何らかの事故によって、
表と裏に分極した古鏡のような世界を構成したのだった。
百万都市船、古鏡、舟は、真空を隔てて<ガイア>と並行して飛び、
NOVAにまで至ったのだった。

287 :真琴:2020/01/24(金) 01:08:01.80
<ガイア>の「外側」、真空の向こう側、つまり「彼岸」に、
<別のガイア>が存在するのかどうかはわからない、が、
百万都市船、古鏡、舟の事例は、真空を隔てたふたつのガイアが
存在しうる証明と言える。
<別のガイア>、それは想像を絶する。

288 :真琴:2020/01/24(金) 01:11:43.29
<ガイア>にはいくつもの分枝が存在する。
分枝、それは「パラレルワールド」と呼んでも良いが、
モナドたちの集積から析出してくる世界=沈殿の、
複数の可能性である。分岐の股のあたりに棲息するモナドにとって、
世界は不可解で有り、ともすれば矛盾に耐えきれずモナドが破裂する。

289 :真琴:2020/01/25(土) 13:21:50.81
カサタやテータのモナドたちが溶岩のようにどろどろと溶け、
13本もの幹線軌道に沿って流れ、コヨに集まってくる、
その巨大な光景をわたしは、息をするのも忘れ、目を瞠って凝視めている。
惑星2個分の鰍粒子を惑星1個の周辺に凝縮する。
臨界まではまだ間がある。

290 :真琴:2020/01/25(土) 13:29:19.27
百万都市船の場合、鰍ちゃんが国家のために作った都市演奏室を簒奪し、
軍事AI〈杣台SQ1〉を通して都市を制御しながら、「出航」した。
――今回はそんな繊細な制御を可能にする設備など無い。
でも、今回のわたしの実験では、<ガイア>に沿ってNOVAを目差す、
みたいな精密な目標など無いから、問題無い。

291 :真琴:2020/01/25(土) 13:34:58.33
今回のわたしの実験は、惑星1個分のモナドを、
<ガイア>に対して垂直な方向に、
とにかく撃ち出す、撃ち出してみる、
ということに尽きる。
コヨという分枝世界を、まるごと「フダラク渡海船」にする。

292 :真琴:2020/01/26(日) 23:06:46.03
「結局デュカスの謎は分からずじまいだねー」と、わたしが言う。
「あの出来事の記憶が、事実の記憶なのか、ゆめの記憶なのか、あるいは
なんらかの仮想現実の記憶なのか、最初からほとんどよく分からないし、
時間が経つと、どんどんどうでも良くなっていくし。」と、わたしが答える。
わたしとわたしは臨界に向けて高まってゆくコヨの景色を前に、会話している。

293 :真琴:2020/01/26(日) 23:10:13.06
「このすべてが実は夢オチで、
気がつくとわたしはまだ蓴菜池のベンチに座っている。」
わたしがとんでもなく笑えないジョークを言うとわたしは
「うん、あるかも。」と深刻そうな顔つきでうなずく。
そしてふたりで笑う。

294 :真琴:2020/01/26(日) 23:14:52.89
「にんげんは冥界に葦の形でモナドを並べているけど、
わたしって、その辺、どうなってるんだろう。」
「思うんだけど、わたし、脳でなんか考えてないよね。
脳を通して何かをしているのは確かなんだけど、もっとダイレクトに
森羅万象全部が躰になってて思考しているというか……」

295 :真琴:2020/01/26(日) 23:21:41.18
「もしかしたら、わたしに対応する葦は、
宇宙樹ユグドラシルみたいになってるのかなぁ」
「なんにしろ、座標変換が見せる一つの形象に過ぎないから、
あんまり気にしても仕方ない気がする。むしろ、座標変換を超えて
どんな不変量を成しているのかの方が気になる。」

296 :真琴:2020/01/27(月) 23:12:18.40
「「そろそろ臨界だね。」」
「「楽しみ。」」
「「飛ぶよ。」」
そして凄まじい勢いでコヨのモナド集積体は<ガイア>に対して垂直な方向へ
撃ち出される――わたしはそれを見送り、蓴菜池のベンチに、どさっと背を倒れさせる。

297 :真琴:2020/01/27(月) 23:18:12.22
白昼夢、だけど現実だったはず。ほんとかな……?
うん、ほんと。
カサタやテータを溶かしたときのデータなど、ちゃんと残ってる。
発射の余波が「各地(?)」に世界震をもたらす。
そして、――ああ、なるほどね。そーいうことか。

298 :真琴:2020/01/27(月) 23:22:16.62
「鬼だよー」
デュカスの声が聞こえる。
デュカスのモナドの破片がここまで飛んできてわたしをかすったみたい。
――あり得ることかな。大海原のなかの一本の針みたいなものだよね。
やっぱりただの幻聴の類いだという気もする。不可知。

299 :真琴:2020/01/27(月) 23:31:15.16
正面には蓴菜池のみなも。右の方には小さな丘があり、樹木に満ちている。
左は住宅街だけど、公園の境界に樹木が植えられているので、
ベンチに座って眺める限り、左右の樹木群にはさまれて、中央に湖がある。
何ということもない、地球重力下での美しい光景。
わたしはしばらく時を忘れて見入っている。

300 :真琴:2020/01/29(水) 00:18:33.67
わたしとわたしのうち、どちらが「飛ぶ方」で、どちらが「残る方」になるのかは、
原理的にフィフティフィフティになるようにしてあったんだけど、どうも
わたしが「残った方」らしい。
「ん」
軽くチャートを撫でてみると<ガイア>とのアクセスが確認できる。

301 :真琴:2020/01/29(水) 00:26:26.18
目の前の光景だけではわからない。地球丸ごと1個撃ち出したから、
この蓴菜池の光景が、「世はすべて事も無し」な状態のまま、
<ガイア>から切断されていたとしても、それ自体はあり得る。
――「飛んだ方」は今頃どうしてるだろうか。
フダラク渡海船の内部を見ることはできない。想像することすら難しい。

302 :真琴:2020/01/29(水) 01:08:42.01
「補陀落渡海(フダラク渡海)」とは自殺行(ぎょう)の一種で、
行者たちは舟に乗り込み、海の彼方の「補陀落(フダラク)」を目差す。
舟は帰ってこない、きっとフダラクに到着したに違いない、
――現実には沈没したと考えられるが、共同体の側ではわからない。
フダラク渡海船の内部を見ることはできない。想像することすら難しい。

303 :真琴:2020/02/06(木) 01:48:55.59
わたしが、フダラク渡海に赴いたわたしのことを考えながら、蓴菜池の
ベンチから立ち上がると、円形に囲まれている。わたしを囲んでいる
ミドンさんたちの真ん中にも、わたしがひとり立っている。
わたしは言う、「わたしは少しばかり沈殿を乱しすぎ。だから逮捕するよ。」
わたしは言う、「NOVA警察側に立っているわたしもいたんだ、驚いた。」

304 :真琴:2020/02/06(木) 01:53:25.89
NOVA警察の接近は察している。もし仮にわたしの目的がわたしの抹殺だとしたら、
わたしなら無言で暗殺を試みる、わざわざ気配を察しさせたりしない、だから、
わたしの目的はわたしの抹殺ではないはずで、言ってみれば「対話」が目的だろう、
だとしたら接触してみるのもおもしろい。そう思って事態の進行を横目で
眺めていたんだけど、「逮捕」という単語の詳しい意味が知りたいな。

305 :真琴:2020/02/06(木) 01:59:27.35
ほんらいアーカーシャにキャノニカルな時間軸の方向など存在しない。
時間軸は沈殿のなかに形成される。<ガイア>には、だいたいの時間軸の方向として、
「概時間軸」が存在する。しかし、わたしとわたしが
コヨという世界のカタマリを概時間軸に対して垂直に発射した結果、
「ここら辺」では、沈殿が不規則化し、ヨコに向かう時間軸が繁茂している。

306 :真琴:2020/02/06(木) 02:06:56.73
わたしが姫宮のシンギュラリティを開き、その漏斗状の歪みのなかに
わたしを引きずり込み、幽閉しようとするので、
わたしはNOVA警察のミドンさんたちのひとりを解体して、白い汁に変え、
それを蜘蛛の巣のように張ってシンギュラリティを塞ぐ、すると
わたしがミドンさんたちの何体かを解体して槍衾を作り、

307 :真琴:2020/02/07(金) 23:55:06.20
その場にいたミドンさんたちはすべて解体され、あとにはわたしとわたしが残る。
「わたし、なかなかやるね。」「わたしもな。」「うふふ。」「あはは。」
「それにしても……」とわたしが言いかける。
それにしても……概時間軸に対して垂直な方向に伸びる分枝が多すぎるし、しかも、
分枝の多くは成長しているので、その方向に既に千年くらい歴史が沈殿している。

308 :真琴:2020/02/08(土) 00:07:53.52
と言っても、<ガイア>の百億年に及ぶ時間と比べたら、千年など、
一千万分の一に過ぎない。だから、「ここら辺」の沈殿に異常がある
と言っても、<ガイア>がまるで十字架のようになってしまった、
などということではなく、<ガイア>の「ここら辺」がほんのちょっと腫れている、
と言う程度のことに過ぎない。

309 :真琴:2020/02/11(火) 00:08:56.28
でもさらに何億年という単位まで分枝が成長し続けたら……?
そうなったらこの<ガイア>は、NOVAを二つ以上もつことになるのか……?
そうなる以前に構造が崩壊するのだろうか。――そもそも、
アーカーシャのなかでの時間発展とは、なんなのだろう……?
百万都市船の瞬死する時間からそもそも謎だった。理論化されていない。

310 :真琴:2020/02/11(火) 00:13:57.05
私鉄の駅を極として街は放射状に広がっている。
その一つの半直線はアーケイド商店街になっていて、
極と反対側の端で住宅街へと溶け込んで終わる。
この街がわたしの棲んでいる街でない場合、駅から離れすぎると
帰れなくなるだけだ。商店街が住宅街に溶け込む直前に、古本屋があった。

311 :真琴:2020/02/11(火) 00:18:18.50
書棚と書棚のあいだが狭く、半ば倉庫でありながら店舗営業をしている。
いったいどんな本が並んでいたのか、急にそれが気になる。
極を中心とする同心円に沿った方向に歩くと、
放射線のアーケイド商店街から一歩踏み出しただけで、暗くなる。
住宅街でもなく、栄えてもいない。

312 :真琴:2020/02/11(火) 00:22:48.61
遠い昔には店をやっていたような構えだが、いまとなっては
壊れかけている建物があって、地面にうずくまっているその建物のなかにも
誰かが棲息しているのか、二階の磨りガラスの向こうに灯りが灯っている。
あの窓の向こうにどんな部屋が展開しているのか、
どんなにんげんが妖怪のようなじんせいを送っているのか。

313 :真琴:2020/02/11(火) 00:29:21.34
極を中心とする同心円に沿ってさらに歩くと、私鉄の線路にぶつかる。
駅のことを極とみなしてきたが、
駅、というのは実際には点ではなく、線分なので、私鉄の線路とぶつかる
と言っても、実際には、柵の向こう側にプラットホームが横たわっている、
そういう光景にぶつかる。柵のこちら側には自転車が並んでいる。

314 :真琴:2020/02/11(火) 00:51:00.19
自転車置き場のラックも錆びているし、自転車も錆びている。
暗い道ににんげんらしきものが歩いているが、ほんとうのところはわからない。
とつぜん、白いひかりが乱入してきて、ドアが開き、乗り降りがある。
発車音楽が鳴る。気がつくとここは東京ではなく、軌道上の衛星都市に
造られたある種の懐古エリアであるような気がする。どちらだろう。

315 :真琴:2020/02/11(火) 00:55:54.07
白いひかりが去ったあとのホームを眺めると、次の駅は
「第3幹線軌道港」となっている。そうか、ここは溶かされる前、
繁栄を誇っていた頃のカサタの地方都市だ。
ということは、東京は東京なのか。溶かされる前のカサタはもちろん
アーカーシャのうえに残っており、わたしならチャートを開ける。

316 :真琴:2020/02/11(火) 01:04:03.40
電車に乗って一駅、「第3幹線軌道港」に着く。
さっきの駅と大差ない小さな駅だが、今度の駅前には
一本だけ高層ビルが立っている。その高層ビルのよこに、
時代に取り残されたようなアーケイド商店街の入り口がある。入り口に立つと、
前方、無限の彼方まで商店街が続いている。第3幹線軌道だ。

317 :真琴:2020/02/11(火) 23:44:45.71
第3幹線軌道商店街で働く店主・店員たちはNPCというわけではなく、
れっきとしたにんげんなのだが、場所に束縛されており、しかも、
幹線軌道を通るにんげんと、「商店の人間と客」以外の関係を作ることができない。
したがって、機能面から見ればNPC同然だと言える。しかし、
アーカーシャという「虚空」に通路を維持するには、にんげんの活動が必須なのだ。

318 :真琴:2020/02/11(火) 23:55:40.67
第3軌道商店街の入り口から500mほどはふつうの市街とも接続しており、
地元の商店街として機能している。500mくらいからあとは隧道(トンネル)のように
アーカーシャという「虚空」に突き刺さっており、店と店のあいだに顔を覗かせる
小路に入り込むと、最悪戻ってくることはできない。商店街はずぅぅぅぅぅっと続くが、
途中からは客も無しに店を開き・閉じる、ゾンビ活動の様相を呈する。

319 :真琴:2020/02/12(水) 00:03:00.43
わたしは第3軌道商店街の中央をすたすた歩く。
まだ夜の8時くらいでひと通りも多い。入り口から500mくらいは
地元の商店街として機能しているが、店主・店員はNPCじみたにんげんだ。
客の地元民は異質な店主・店員のことをどう考えているのだろう。
いや、「商店の人間」とはそもそもNPC的な存在なのだろうか……?

320 :真琴:2020/02/12(水) 00:12:05.12
700mくらい歩いた頃、脳内に声が響き始める。
――こちらは第3幹線軌道商店街です。奥まで歩くと、戻ることが困難になります。
――進む場合は自己責任で進んでください。一切、救助はおこないません。
1000mくらいになると、商店街のセンターに路面電車の駅がある。
アーケイド商店街の中央を路面電車が走るのだ。

321 :真琴:2020/02/12(水) 00:47:38.23
急に海が見たくなる。路面電車など、どうでも良い、というか、
考えてみると、路面電車から江ノ電を連想したから、――海、なのだろうか。
だが脳内に浮かんでいるのは「ソラリスの海」のような、一面の大海原である。
岸もなく、座標の設定が困難で、ただ波が揺らぎ続けているような、海。
気がつくとわたしは第3幹線軌道を抜け出て、<ガイア>を高みから見下ろしている。

322 :真琴:2020/02/14(金) 00:04:30.91
蟲のように蠢き、機械のように動作している、果てしない大海原。
見惚れている、と、不意に視界を、
魚のような形の奇妙な<もの>が、小さな点が、凄まじい速さで泳いでゆく。
「え?」
わたしは、大鴉は、翼を広げ、追跡する。

323 :真琴:2020/02/14(金) 00:09:57.94
小さな点は、魚のような形の奇妙な<もの>は、
<ガイア>をかすめるように、凄まじい速さで泳ぐ。
ときに<ガイア>に潜り、ときに<ガイア>から飛び出す。
その軌跡はどういうわけか、概時間軸と適合している。
このまま追跡を続けるとNOVAに至ってしまう。

324 :真琴:2020/02/14(金) 00:14:21.52
魚のような形の奇妙な<もの>が、小さな点が、
NOVA警察の封鎖線にぶちあたり、
凄まじい勢いで鰍粒子が撒き散らされる。
しかし、小さな点は、魚のような形の奇妙な<もの>は、
NOVA警察の封鎖線を貫通し、依然、泳ぎ続けている。

325 :真琴:2020/02/14(金) 00:20:43.78
NOVAが迫る。ざっ
ざざっ ざざざざざざざざーーーーーーーーーーっ
気がつくとわたしは第3軌道商店街の1000mポイントくらいにある
路面電車の駅に立っていて、入線してくる折り返しの車両を眺めている。
駅名は「カサタ端」。カサタたん? 謎の萌えキャラのポスターが貼られている。

326 :真琴:2020/02/14(金) 00:27:50.59
あの小さな点、魚のような形の奇妙な<もの>は、いったい何だったのか?
凄まじい速度でNOVAに突っ込んでいった。その結果、特異点がさらに複雑化し、
おそらくわたしははじかれたのだ。あるいは、
確かに見届けたのだが、記憶なり「現実」なりの削除が行われたのか?
うーん。すべての鍵はアーカーシャにおける時間発展の理論化、だな。

327 :真琴:2020/02/15(土) 00:02:03.49
わたしは路面電車に乗らないことにし、第3軌道商店街を戻る。
「第3幹線軌道港」駅から私鉄に乗り、終点の××駅まで乗って、
山手線に乗り換え、新宿駅でホーム反対側の中央総武線各停に乗り換える。
各駅停車が一つ一つstationsをこなすあいだ、わたしは
Michael Swanwickの『Stations of the Tide』を読む。こうして市川に帰る。

328 :真琴:2020/02/15(土) 00:08:59.56
<私>の時間軸が世界の時間軸と概ね重なっている場合、
わたしは世界のなかにいることになる。いっぽう、わたしが
アーカーシャのなかで<ガイア>を俯瞰する場合、
<ガイア>の概時間軸と<私>の時間軸は重なっていない。
いまでは<ガイア>の概時間軸自体に独立な2方向があるから、……

329 :真琴:2020/02/15(土) 23:49:55.50
電車が江戸川を渡る。幅広い黒い流れが左の方から蛇行してくる。
夜なので、流れの背後にうずくまっている丘が黒い巨人のよう。
ところどころ、光の点が光っている。
あの光の真下にはどんな光景があるんだろう。
河川敷に座り、鉄橋を渡る電車をじっと凝視している黒い影など、見当たらない。

330 :真琴:2020/02/15(土) 23:57:56.97
市川駅前から左の方へ、そして大門通りに入り、真っ直ぐ北へ進む。
おどろおどろしいイメージが重ねられた大門通りを歩くのは、ちょっと恐い。
ここが、相対的に安定した世界の大門通りなのか、それとも、
崩壊すれすれの世界でのパノラマ島的状景なのか、一瞬わけがわからなくなり、
発狂したような気分になる。ぱららら、っと、世界の頁がめくり上がりそうになる。

331 :真琴:2020/02/16(日) 00:06:23.20
大門通りが真間川に至る。道の真っ直ぐ正面に真間山が見えてくる。
やはり真間山の内部には巨大な卵が埋まっている。
卵について情報を得ようとすこしチャートを開けてみると、当たり前だが、
濃い土の匂いがする、――そして、無数の蟲たちが蠢いている気配。
蟲たちの蠢きをスキャンすると、戸建てくらいの大きさの球形の空白が浮かぶ。

332 :真琴:2020/02/17(月) 00:11:07.20
卵の殻のなかへチャートを接続するのは難しいし、なんとなく躊躇われる。
それにしても、前方に、丘のなかに抱卵されている卵を幻視しながら、
ダイモン通りを真っ直ぐ歩く夜、というのは、
神秘的で、いつかどこかでそんな絵を眺めたことがあるような気分がする。
いつだろう……? 気がつくとわたしは美術展にいる。

333 :真琴:2020/02/17(月) 00:14:29.36
気がつくとわたしは美術展にいて、
「前方に、丘のなかに抱卵されている卵を幻視しながら、
ダイモン通りを真っ直ぐ歩く夜」を描いた油彩を眺めている。
廻廊は閑散としていて、NPCじみた人影がなんとなくうろついている。
これはいったいどういう展覧会なのか? この油彩の画家の名は?

334 :真琴:2020/02/17(月) 00:17:31.43
額縁の下のプレートを読もうとすると、空間が歪曲し、字が読めない。
「前方に、丘のなかに抱卵されている卵を幻視しながら、
ダイモン通りを真っ直ぐ歩く夜」自体を眺める限り、何の異変もない。
額縁の下のプレートを読もうとすると、空間が歪曲し、字が読めない。
わたしは次の絵に移ろうとする。

335 :真琴:2020/02/17(月) 00:23:10.64
もちろんそうなるよね、わかってた、と言いたいくらい、
予想通りの異変が起こる、つまり、空間が歪曲し、次の絵に移れない。
仕方ないのでわたしは「夜、ダイモン通りを真っ直ぐ歩きながら、
前方に、丘のなかに抱卵されている卵を幻視する」をぼんやり眺め続ける。
するとじょじょに絵のなかの卵が割れつつあるみたいに感じる。

336 :真琴:2020/02/17(月) 00:30:06.19
静止画がメタモルフォーゼして攻撃してくる、というのも、
とてもありがちな手法なので、わたしは軽く身構える。
気がつくとNPCじみた人影が全員、わたしの方を向いて立っている、が、
かれらの顔はつるんとしていて、目も鼻も口も無い。どうしよう、
暴虐を振るおうか、それとも、卵からなにが生まれるのかを見届けようか。

337 :真琴:2020/02/17(月) 23:03:12.30
結局わたしには「前方に、丘のなかに抱卵されている卵を幻視しながら、
ダイモン通りを真っ直ぐ歩く夜」を鑑賞し続けるしかすることが無い。
じょじょに卵が割れつつあるような気がしたのも気のせいだったみたい。
気がつくとわたしは、夜、ダイモン通りを真っ直ぐ歩きながら、
前方に、丘のなかに抱卵されている卵を幻視している。

338 :真琴:2020/02/17(月) 23:35:48.33
石段の真下まで来る。さすがに、夜、石段を登るのは恐い。
見上げると、闇に見下ろされる。
わたしは石段に背を向け、歩いてきたダイモン通りの方を見る。
「ん」
チャートを開くと衛星都市フダラクのダイモン通りにいる。繁華な真昼。

339 :真琴:2020/02/17(月) 23:44:11.18
ダイモン通りは衛星都市フダラクの中心街である。
円筒形の衛星都市の回転軸に平行で、両端がそれぞれ
円筒形の「北面」「南面」に至る。この場合の南北は、いかなる意味でも
現実の情報を担っていない、純粋な象徴である。
「北面」には第1宙港、「南面」には第2宙港がある。

340 :真琴:2020/02/17(月) 23:50:27.44
ダイモン通り沿いに、
束京大学大学院新領域創生科学研究科衛星都市研究分室図書館がある。
わたしは久しぶりに形而上物理学を理論的に探究したい、と思っている。
アーカーシャにおける時間発展を理解したい。
NOVAを眺め、世界を3個潰し、データなら豊富にある。

341 :真琴:2020/02/17(月) 23:59:14.57
前に気まぐれでここに来たときは、昔のわたしが失踪した
あとの時刻に出現したので、
いきなり出くわした矢場徹吾市長に不審がられた。だから、今回は、昔のわたしが
いる時空域に出現している。これはこれで厄介だけど、
特に気にすることは無い。現実など、不確かな沈殿に過ぎない。

342 :真琴:2020/02/18(火) 00:16:18.94
わたしはまず昔のわたしの労作『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』の
復習から取り掛かる。荒削りであり、チャートを開いたときの
アーカーシャでの有り様についてまだ経験不足なときに、理論先行で
書いているので、いろいろおかしな記述もあるけどむしろ、
よくまあここまで論理の眼だけで洞察したものだと思う。でも、ちょっと書き直してみたくもなる。

343 :真琴:2020/02/18(火) 00:23:19.18
ときどき昔のわたしが癖である素早い足取りでダイモン通りを歩いてくるのを
見掛ける。わたしはフダラク市のAIに対抗措置をとっているので、基本的に
問題は発生しないけど、たまにわたしの二重(以上の)存在に
AIが「首をかしげる」ことがある。でも、理解可能なミステイクに還元されて終わる。
二重「以上の」というのは、わたしの他にもわたしが来ているかも知れないから。

344 :真琴:2020/02/18(火) 00:28:26.57
次に、わたしの第2主著、というか、わたしの一部を成す鰍ちゃんの著作だけど、
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』――これの復習は
それなりに細心の注意を払っておこなう、なぜなら、
フダラク市の現時点においてまだ存在しない論文だから。これを
昔のわたしに読ませちゃったらなにがどうなるんだろう面白そうだなと思わないでもない。

345 :真琴:2020/02/18(火) 00:37:23.08
<私>の時間軸は、つねに、
「わたしが世界=内=存在としてそのなかにいる世界の時間軸」と概ね重なっているが、
この重なりをほどく座標変換を作れば、アーカーシャにおける時間発展を俯瞰する
一段上のアーカーシャが姿を現す。「一段上」と言ったが、
本質的には階層性ということではなく、いままで見えていなかった広がりが見えるようになるだけ。

346 :真琴:2020/02/18(火) 23:20:52.91
フダラク市は円筒形のスペースコロニーであり、円筒の内側に広がる「大地」には、
形式的な「東」「西」「南」「北」が割りふられている。円筒の底と蓋にあたる丸い面のうち、
第1宙港がある側が「北面」、第2宙港がある側が「南面」とされ、
それらを結ぶ側面上のとある線分、ダイモン通りが、本初子午線、経度0とされ、
そこから、北を向いて右へ東経、左へ西経がカウントされる(地球とは表裏が逆)。

347 :真琴:2020/02/18(火) 23:27:39.04
東経180度=西経180度 の線分、つまり、
「ダイモン通りに立って真上を眺めたとき回転軸構造体の向こう側に見える線分」上に、
「未知機械の森」がある。それは、このコロニーを軌道上に残した「宇宙人」の遺跡であり、
ほとんど解明されていない。(むしろ、よく分からない「未知機械の森」の反対側に
じんるいの植民地を作り、ダイモン通りとし、本初子午線としたのだ)

348 :真琴:2020/02/18(火) 23:34:13.66
フダラク市を建設したのはNOVA警察の一つの勢力であるが、
この勢力がどこから来て、どのようにフダラク市を作り、どこへ去ったのか、
その歴史は全くわからない。現在はじんるいの植民地と化している。
だが実は、「未知機械の森」の奥には、NOVA警察のアジトがある。ただし、
フダラク市の建設者たちではなく、もっとずっと小さな勢力である。

349 :真琴:2020/02/18(火) 23:46:24.30
――なぜ、アグノーシア様はフダラクを去らないのだ!?
NOVA警察のフダラク基地司令は怯えながら疑問を口にする。
市川基地司令から「アグノーシア様の捕獲に成功」という連絡があったときは、
全身の血が逆流する思いがした。絵を経由して卵の殻のなかに封じる、とのことだが、
うまくいくわけがない。似たことをおこなった部隊がどんな目に遭ったか……

350 :真琴:2020/02/18(火) 23:56:27.76
――懲役百年ののち、幹線軌道のNPCに改造された、と聞く。しかもその後、
世界が3個、繁栄ののち潰された。「作り、壊し、遊ぶ」……
フダラク基地司令の方が上位なので、市川基地司令に、
アグノーシア様の怒りを(というか、気まぐれを)買わないように、
なるべくなにも無かったようにすることを命令した。

351 :真琴:2020/02/19(水) 00:20:17.51
市川の大門通りとフダラク市のダイモン通りは「霊的に」重ね合わせられているらしく、
チャートを繋ぎやすいようだ。アグノーシア様が、
フダラクに飛びたいから市川を歩いていたのか、
市川を歩いていたから飛びやすいフダラクに来たのか、どちらなのかはわからない。
ただ、その後、フダラクに棲むようになり、一帯をどんどん不安定にさせていることは確かである。

352 :真琴:2020/02/19(水) 01:07:02.79
ふと日付を見て、きょうなのか、と思った。
昔のわたしが未知機械の森で「失踪」する日。
路面電車赤道線にわたしが乗り込もうとしている。
まるで遠足にでも赴くように、未知の存在への好奇心でキラキラしている。
(いってらっしゃい) わたしはこころのなかでエールを送る。(良い旅を)

353 :真琴:2020/02/19(水) 01:12:00.01
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』の著者はフダラク市で失踪している。
市警察は、市当局及び束京大学大学院新領域創生科学研究科衛星都市研究分室の
全面的な協力のもとに、じんるいの管理領域における通常犯罪の線から綿密な捜査を行ったが、
犯跡は何一つ出なかった。未知機械の森のどこかに飲まれたか、「遊泳禁止」を冒してチャートを開き、
戻って来られなくなったのか…… あるいは、それとも、戻って来ない、のか。

354 :真琴:2020/02/19(水) 01:31:16.70
さて、わたしがいなくなってしまったので、
わたしもここにいるわけにいかなくなった。
市には厳戒態勢が敷かれているし…… どうしよう、かな?
<私>の時間軸と「わたしが世界=内=存在としてそのなかにいる世界の時間軸」との
重なりをほどく座標変換は、まだ「見えて」いない。もう少し研究してたいな。

355 :真琴:2020/02/19(水) 23:54:30.30
昔のわたしと同じ時空で過ごしたこのわたしのことを一巡目と呼ぶなら、
いっそ二巡目をやるのはどうだろう。
昔のわたしは気鋭の形而上物理学者として超常の理論と実践に没入していたが、
生活者としては単なるアカデミシャンだった――「失踪」するまでは。
だから、まさか同じ図書館にわたしがいるなんて想定しなかったに違いない。

356 :真琴:2020/02/20(木) 00:03:16.86
でも、一巡目のわたしはわたし以外のわたしの存在も考えていたし、
何よりわたしが昔のわたしの横にいるのだから、
――他のわたしがわたしの横にいてもおかしくはないと想定し、
わりと頻繁に探してみていたんだけど、わたしなど、いなかった。でも、だからと言って、
一巡目のわたしがこれから二巡目ができない、ということにはならない。

357 :真琴:2020/02/20(木) 00:09:36.07
いっそ、二巡目をやり、しかも、一巡目と意見交換しながら協同研究をしたらどうか。
一巡目の時、二巡目など見掛けなかったからと言って、
二巡目の時、一巡目と会話できないわけではない。現実など不確かな沈殿に過ぎない。
沈殿の結晶構造がすこし崩れるだけだ。崩れが大きすぎると、
沈殿が積層していったあとで、成長の限界を迎え、最も激しい場合は分枝が崩壊する。

358 :真琴:2020/02/20(木) 00:17:52.57
「矛盾」のまわりに螺旋状に渦を巻くこの不規則結晶の構造を分析することは、きっと、
アーカーシャにおける時間発展を「見る」のに役立つ。
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』を書いたばかりのわたしに、
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』を教え、協同研究などした場合、
かなり大規模な分枝の崩壊をまねくと思うけど、一巡目と二巡目の実験程度なら……

359 :真琴:2020/02/22(土) 02:58:13.71
S1 一巡目Aは、二巡目を見掛けない。二巡目Aは、一巡目Bと共同研究をする。
S2 一巡目Bは、現われた二巡目Aと共同研究をする。
二巡目Aから「一巡目の時、自分には二巡目が現われなかった」と聞く。
「失踪の日」が来て、一巡目Bは、二巡目Bとなり一巡目Cと共同研究をする。
ここであえて一巡目から隠れ、さらに結晶を不規則化することも可能だが、今回はそうしない。

360 :真琴:2020/02/22(土) 02:59:26.08
S3 一巡目Cは、現われた二巡目Bと共同研究をする。
二巡目Bから「一巡目の時、自分にも二巡目が現われた」と聞く。
「失踪の日」が来て、一巡目Cは、二巡目Cとなり一巡目Dと共同研究をする。
――ステージ3までくると、二巡目Cは、一巡目Dと一巡目Cの相似を感じるようになり、
世界線は急速に収束してゆく。あいだに、S1とS2が縞模様のようにはさまる。

361 :真琴:2020/02/22(土) 03:00:10.89
しかし共同研究の内容は? 一巡目が二巡目に入ることにより、
進捗した研究内容はサイクルからサイクルへ受け継がれる。
二巡目が持ってくる中間段階はどんどん高度化し、
共同研究で創造するべき残余が減ってゆく。最終的には二巡目が来た段階で
既に研究が完成しているだろう。――それからどうなる?

362 :真琴:2020/02/27(木) 01:40:46.96
気がつくとわたしは夜、大門通りを歩いている。
悪戯が過ぎたのか、
フダラク市でのわたしの実験を含む
世界線の大規模な崩落が起こったのかも知れない。
過去のわたしの「失踪」のあと、図書館で実験計画を立てていた以後の記憶が欠けている。

363 :真琴:2020/02/27(木) 01:45:01.85
真間山の石段を登ってみようと思う。
石段の真下まで来る。さすがに、夜、石段を登るのは恐い。
見上げると、闇に見下ろされる。
石段の奥、真間山の内部には、巨大な卵が埋まっている。
わたしは一段一段、登ってゆく。

364 :真琴:2020/02/27(木) 01:48:43.98
見てはいけない…… あれは

石段を登りつめた場所には    があった。わたしは反射的に
チャートを開き、跳ぼうとするが、
世界の卵のなかには眼が有り、眼は

365 :真琴:2020/02/27(木) 01:53:48.74
狭い路地。真っ直ぐではなく、折れ線のような路地。
とある塀にお菓子のおまけのシールが貼ってある。
わたしはそのシールをじっと凝視している。
じょじょに意識が戻ってくる。ここはどこなのか。
ここは、――市川真間駅から真間山へ向かう路地だ。とりあえず脱出できたみたい。

366 :真琴:2020/02/27(木) 02:17:46.94
結局フダラク市のわたしは「実験」をしたのだろうか……
そう考えた瞬間、完成した形での理論が脳内に浮かび上がってくる。
従来、わたしがみていたアーカーシャは歪んだ射影みたいなもので、
ほんらいの姿まで膨らませてやると、……なるほど、
ということは、この「真の」アーカーシャのなかでチャートを開くには……

367 :真琴:2020/02/27(木) 02:21:45.01
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』、
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』に続くわたしの第3主著、
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』は、アウトプットすれば
すぐ書物にできる形で、わたしの脳内で完璧にできあがってしまっている。
やはりフダラク市のわたしは何かやらかしてる。

368 :真琴:2020/02/29(土) 01:47:58.99
それにしても、
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』はpublishすべきなのか。
第3主著で組み立てている座標変換が、理解できたり、使いこなせたりする存在なんて、
わたしやわたしやわたし以外には存在しないと思う。
じんるいの世界内でpublishする必要があるのだろうか……?

369 :真琴:2020/02/29(土) 01:55:42.43
とりあえず、わたしが使ってみよう!
早朝の路地で塀に張られたお菓子のシールを眺めながら、わたしはそう考える。
夜が明けてくる。
わたしは一瞬、真間山の方角を眺め、次の瞬間、その方角に背を向けると、
市川真間駅の方へ歩き始める。あの卵の近傍で迂闊なことをすべきではない。

370 :真琴:2020/02/29(土) 02:01:31.53
路地から大通りに出るとそこは京成電鉄の大きな踏切だ。
踏切がいきなり鳴り始める。遮断機が遮断する。
なにかとんでもない電車がやってくるのではないかと身構えるが、
来たのはふつうの各駅停車である。右から左へ、轟音とともに電車が通り、
すぐそこにある市川真間駅に停車する。

371 :真琴:2020/02/29(土) 02:08:02.76
踏切が上がり、わたしは大通りを歩く。
JRの市川駅に出、早朝の中央総武線各停に乗り、江戸川を渡り、
新宿へ、そして山手線に乗り換えて、さらに私鉄に乗り換え、
「第3幹線軌道港」駅で下車する。駅に向かう通勤者たちと逆向きに歩き、
第3幹線軌道商店街へ。商店街のシャッターはまだみんな下りている。

372 :真琴:2020/02/29(土) 02:12:22.08
第3幹線軌道商店街をすたすた歩く。
商店街は軽く傾斜してごくわずかだが上り坂になっている。
700mくらい歩いた頃、脳内に声が響き始める。
――こちらは第3幹線軌道商店街です。奥まで歩くと、戻ることが困難になります。
1000mくらいになると、商店街のセンターに路面電車の駅がある。

373 :真琴:2020/02/29(土) 02:28:33.65
路面電車の駅名は「カサタ端」。
この路面電車は「カサタ端」と「コヨ端」を結んでいる。
小屋のような駅舎の外壁に、
「カサタたん」と「コヨたん」という謎の萌えキャラのポスターが貼られている。
しばらく待っていると、折り返しの車両が入線してくる。

374 :真琴:2020/02/29(土) 02:43:01.14
レトロな感じの車両で、わたしは扉を入ってすぐのシートに腰を下ろす。
いつのまにかNPC染みた群衆が、あるいは、幽霊染みた群衆が、
ぞろぞろと乗り込んでくる。路面電車の運転士は「たなかいちろう」さん。
漢字では「田中胃血狼」と書くらしくてこれはいったいどういう命名なのだ。
NPC染みた群衆のなかで胃血狼さんの顔は意外にもリアリティがある。

375 :真琴:2020/02/29(土) 02:51:03.95
車窓の向こうを流れる第3幹線軌道商店街の店たち。
こんな奥の方になるとふつうのにんげんは来ないから、
客も店員もNPCである。かれらは毎日毎日、毎日を繰り返している。
この筒状のアーケイド商店街の「外」は剥き出しの「虚空」であり、「なか」に
にんげん染みた存在が有り続けていないと、溶けて消えてしまうのだ。

376 :真琴:2020/02/29(土) 03:04:21.13
NPCと言っても、その「材料」は、もともとは本物のにんげんである。
にんげんのモナドというか、「魂」的なものを加工して、
「虚空」を貫くこの隧道(トンネル)を作っている。
「思念物の粘度・印度の測定なら、浜崎測定器へ。オーダーメイドで作ります。
次は「深淵車庫前」」車内放送を聴き、わたしは降りるボタンを押す。pin!pon!

377 :真琴:2020/03/02(月) 02:42:54.38
第3幹線軌道商店街は、
カサタ端から深淵車庫前まで、ゆるやかな上り坂であり、
コヨ端から深淵車庫前までも、ゆるやかな上り坂である。
両端の時間はそれぞれの分枝世界と連動しているが、あいだでの時間は
NPCたちの作る「班」ごとに毎日毎日、毎日を繰り返している。

378 :真琴:2020/03/02(月) 02:47:30.07
わたしが路面電車から降りたとき、深淵車庫前は薄曇りの正午だった。
人影一つ無い。
いきなりNPCの群衆が何食わぬ顔で歩き出す可能性はあるが、とりあえず人影一つ無く、
開かれたゲートの向こう、深淵車庫には、何台もの路面電車が並んでいる。
物陰から絶えず黒い闇のようなものが侵入しようとしている。

379 :真琴:2020/03/03(火) 00:33:37.94
この点までチャートを開いて一気に跳ぶのではなく、
世界に沿って移動してきたことには意味がある。
幹線軌道を作るとき、
64体のにんげんを芋蟲状に加工して四万日ぶん這わせ続けたように、
世界に沿った移動はアーカーシャにある種の繊維を残すのだ。

380 :真琴:2020/03/03(火) 00:41:03.83
その繊維こそアーカーシャに書き込まれた固有時の軌跡なので、
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』が描く座標変換の組み立てとは、
極めておおざっぱに言えば、この繊維たちをもとに
「ファイバー空間」を構成することなのだ。その結果、
いままで圧縮されて見えなかった角度から、アーカーシャが見えるようになる。

381 :真琴:2020/03/03(火) 00:48:23.30
深淵車庫の隣りには、古い路面電車を遊具として開放した児童公園がある。
人影一つ無い薄曇りの正午、
わたしは児童公園のベンチに座り、
「大気」に潜む繊維の痕跡――のようなものを読み続けている。
気がつくとまわりじゅうを黒い小さな子どもたちが取り囲んでいる。

382 :真琴:2020/03/03(火) 00:52:43.50
黒い小さな子どもたちには顔が無い。
一気にあたりを焼き払うようなことをしたら元も子もないので、
どんどん増えてゆく子どもたちを完全に無視しながらわたしは「大気」を読む。
わたしを取り囲んでじっと見つめているのは12体くらい、
あとは児童公園らしくわあわあ遊び回っている、声も無く。

383 :真琴:2020/03/04(水) 00:34:36.28
さて、組み上げた写像にしたがって眺めてみよう……
「現実」がずるり、とずれてゆく感じがし、
「映像」が斜めに重なりながらここでは無い場所に向けて走り、塔を成す。
わたしはその塔の回転軸のなかにいて、螺旋を描くチャート群を
「超越的」な観点から眺めては、次々にその観点を平らに編み込む。

384 :真琴:2020/03/04(水) 00:38:10.54
次々に噴出する螺旋をその都度、くくり込みながら、押さえつけ、
その上へ、その上へ、と飛ぶうちに、ふわり、と天地が裏返り、
わたしはそこにいる。
真のアーカーシャ、より上位のアーカーシャ。
アーカーシャにおける時間発展をも取り込んだアーカーシャ。

385 :真琴:2020/03/04(水) 00:42:17.90
そこにはすべてがあった。
そもそもアーカーシャとはすべてがある場所のことなのだから、
そこにはすべてがあった、と言うよりも、
すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、があった。
わたしはそのすべてに偏在する。

386 :真琴:2020/03/04(水) 00:50:43.81
「あ」と思うと、
わたしの「躰」に沿って、まるで靴から脚のうえへ登ってくる蟻のように、
あの顔の無い黒い小さな子どもたちが、
わたしの作った通り道に沿って、すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、へと、
キョロキョロ動いては止まり止まっては動く蟻のように、入り込んでゆく。

387 :真琴:2020/03/05(木) 01:39:58.97
黒蟻が、すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、に浸透してしまう。
広大な景色をいましばらく味わっていたかったのに、
わたしはチャート(ハイパーチャート)を閉じる。
わたしは路面電車の車庫の横にある児童公園のベンチに座り、
正午の薄曇りの空を、アーケイドの天井の硝子を通して見上げている。

388 :真琴:2020/03/05(木) 01:43:36.88
顔の無い黒い小さな子どもたちが厳密にどんな存在だったのかはわからない、
見当はつくけど。
とにかくかれらはわたしの「躰」を通して、
すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、に浸透してしまった。
いま児童公園には、と言うか、この近辺には、わたししかいない。

389 :真琴:2020/03/05(木) 01:51:22.93
街を歩いているとき、不意に、
わたしはここで何をしているのだろう、と感じるときがある。
にんげんて、疲れる。
ハイパーチャートを開いて眺めた広大な光景のなかで、あの撃ち出されたコヨは、
美事に成長し、既存の<ガイア>と垂直に交わる<ガイア>を形成している。

390 :真琴:2020/03/07(土) 00:15:35.42
「わたし」とは、
与えられた世界のなかでinput/outputによって動作する一連のシステムのことだ。
その世界が、偏在するすべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、へと広がった結果、
突然、それは起こった。
わたしはわたしはわたしはわたしはわたしは……、

391 :真琴:2020/03/07(土) 00:19:01.51
わたしは……、という「主語」に対して、「述語」が焦点しない。
わたしはわたしはわたしはわたしはわたしは……、無限に空転を繰り返す。
ハイパーチャートのなかでは、
すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、のなかの
わたし、わたし、わたし、わたし、わたし、……、がすべてわたしだった。

392 :真琴:2020/03/07(土) 00:24:44.94
第3幹線軌道商店街の路面電車の深淵車庫、
その隣りにある・古い路面電車を遊具として開放した児童公園、
人影一つ無い薄曇りの正午、
ベンチに座っているわたし、
――それは開かれた一つのチャートに過ぎない、

393 :真琴:2020/03/07(土) 00:28:00.85
チャートからチャートへ単に跳ぶというのでは無く、
すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、のチャートが
「一つ」に焦点すること無く、強い風にまくられた本の頁が
ばたばたとはためくように、同時にすべて展開していて、
そのすべてをとらえ損なって、わたしはわたしはわたしはわたしはわたしは……、

394 :真琴:2020/03/07(土) 00:34:34.14
(わたしはいま溺れている)
(初めてチャートを開いてアーカーシャのなかを跳んだときと同じ)
(ハイパーチャートを開くことをまだ本当には習得していないだけ)
(わたしがわたしがわたしがわたしがわたしが……、という「主語」が「述語」を
とらえ損なっているのは、小さいままだから)

395 :真琴:2020/03/07(土) 00:43:47.28
座標が設定できないまま溺れているわたしはわたしはわたしはわたしはわたしは……、
本能的にもう一度ハイパーチャートを開く。
すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、を眼下に眺め、
途方も無く大きな黒い翼が開く、
ぬばたまの闇のような黒髪が彗星の尾のように広がりすべてを覆う。

396 :真琴:2020/03/09(月) 02:12:37.60
                                           .

397 :真琴:2020/03/09(月) 02:13:26.30
ここに、そこに、もしくはどこであれ、偏在する意識が不意に
焦点を結び、わたしは地球の上の上のほうから
このすべてを、蠢く機械を、眺めているのか、あるいは、
NOVAに到るすべての通り道を封鎖されて、顕微鏡の
対物レンズの倍率を上げるように、降り立つ点を

398 :真琴:2020/03/10(火) 01:20:58.31
                                           .

399 :真琴:2020/03/10(火) 01:31:16.41
路地裏の塀に張られているガムのおまけのシールは、
とあるとき誰かがそれを張ったからいまここに張られてある。
万葉の歌は、とあるとき誰かがそれを詠ったからいまに伝わり、
図書館のこの本に収録されている。
われも見つ人にも告げむ葛飾の真間の手児奈が奥つ城ところ。

400 :真琴:2020/03/10(火) 01:37:48.44
図書館、それは市川市立図書館かも知れないし、フダラク市の図書館かも知れない。
東京大学の図書館かも知れないし、見知らぬ街を歩いているとき、
ふと通りすがったので入ってみた図書館かも知れない。そのようにして
一度だけ入った図書館の印象は、不思議にいつまでも覚えている。
とにかくわたしはいま図書館の机で万葉集を開いている。

401 :真琴:2020/03/10(火) 01:49:19.28
万葉集を開いているのだから、万葉県の県立図書館であるべきかも知れない。
とにかく、万葉の歌人たちが詠った時点で既に手児奈は伝承だった。
わたしも見た、ひとにも告げよう、葛飾の真間の手児奈が眠るところを。
手児奈の死はこの時点で既に伝承だったということは、
とあるとき手児奈が死んだから墓の地が伝承されている。

402 :真琴:2020/03/10(火) 01:56:30.88
手児奈は死ぬとき自分の死が千年以上の時を越えて伝承されてゆくなどとは、
思わなかったに違いない、ただ、目前の死を見ていたのだろう。
だが、彼女の死は伝承された、だからそれに沿って一つの時空柱が構成され、
螺旋を描きながら繊維がアーカーシャのなかを貫いている。
その螺旋階段が万葉県への入り口である。

403 :真琴:2020/03/12(木) 00:12:23.07
手児奈の死の「現場」に向けてチャートを開くことは、
理論的にはもちろん可能だが、実行は難しい。
まず、その「現場」自体はありふれた事件現場に過ぎない。
古代の一人の女性が自死する、あるいは真相が殺人事件だったとしても、
いずれにせよ、そういう単なる出来事に過ぎない。

404 :真琴:2020/03/12(木) 00:15:41.91
アーカーシャには索引がついているわけではないから、
膨大な「いま=ここ」のなかからその「現場」を特定しなければならない。
もし、とある「現場」を見つけたとしても、
それが他ならぬ「手児奈事件」の現場であることを特定するには、
ある意味、文献学的な探究が必要になる。

405 :真琴:2020/03/12(木) 00:21:39.02
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』第5章「過去」第3節で分析したように、
にんげんの数だけ存在する無数の死と死と死のなかで、とある特定の死が伝承化するには、
当たり前のことだが、モナドたちのなかで伝承化が起こらなければならない。
誰かが、そう、板塀に張られたガムのおまけのシールのように、
誰かが、とあるとき、「手児奈事件」を言語化しなければならない。

406 :真琴:2020/03/12(木) 00:31:15.73
どの事件がどういう経路をたどって伝承化し、
万葉集で詠われ、手児奈霊堂を生んだのか。
それはガイアという肉のなかに潜む細い細い神経繊維のようなもので、
それをたどるためには無数のモナドをテイスティングしながら、
「これは、あれのことか」と遡行してゆくことになる。

407 :真琴:2020/03/12(木) 00:36:37.63
(いや、いっそのこと、遡行してつきとめるのでは無く、
のちに手児奈霊堂となるあたりに、五百年くらい棲んでみれば良いのか……?)
そうすれば、とある日、事件が起こり、
それがこのように伝承してゆき……、という経過を、まさに定点観測できる。
一瞬、それをやってみるのも面白そうだな、と思ったけど、やはりそこまでは、しない。

408 :真琴:2020/03/12(木) 02:36:14.85
わたしは日本古典文学全集の万葉集を閉じると、机を離れ、書庫に入る。
万葉集を書架に戻すと、書架と書架のあいだを歩く。
階段を昇って二階に自然科学とか社会科学があるみたい。
数学、物理学の書架を眺めるわたしはふと立ち止まる。
「形而上物理学」 そうか、この項目があるような、世界なのか。

409 :真琴:2020/03/13(金) 01:15:50.25
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』(第2古典)は、
理学系専門書の英知出版から出た、鰍ちゃんの撮り下ろし巻頭グラビアつきの、オリジナル版で、
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』(第1古典)は東京大学出版会のオリジナル版では無く、
鰍ちゃんの本に合わせて出された、英知出版による版、だからこの2冊の背表紙は統一感がある。
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』(第3古典)は無い、たぶんまだ、わたしの脳内にしか。

410 :真琴:2020/03/13(金) 01:39:19.62
この2冊に並んで、『わからなくても感じれる形而上物理学』という新書もある。
若手の学者の苦心がにじむ本で、彼の専攻分野への深い愛は感じるけど、
素人がこれ読んでもわからないだろうなぁ…… これらの本が図書館にあるということは、ここは、
時ならぬ形而上物理学ブームが起こった世界、つまり、
杣台の「出航」が起こる頃以後のコヨの一つのヴァージョンだ、と思われる。

411 :真琴:2020/03/13(金) 01:53:46.13
「いま=ここ」のいまは、
杣台の「出航」の、直前なのか? 直後なのか? ずっとあと、なのか?
アイと鰍ちゃんが百万都市の杣台をモナドごとガイアから削り取って百万都市船を作り、
それをNOVAに向けて「出航」させた事件、あの事件のとき、
杣台の外部から事件がどう見えたかには興味がある。

412 :真琴:2020/03/13(金) 02:00:44.09
でもそもそも「いま=ここ」のここはどこなんだろう? ここが「杣台図書館」とかだったら、
それでも別に困りはしないけど、面倒くさい事態になる。杣台の外部だったら良いな、
と思いながら、
司書さんたちのカウンターの前を歩き、いかにも出入り口風のドアを通り、
わたしが図書館の外へ一歩出ると、

413 :真琴:2020/03/13(金) 02:02:27.03
暗い廊下が前方で二つの方角に分岐している。しかし、これまで
歩いてきた後方こそが正しい方角という可能性もあるのだから、
選択肢は三つ、そのどの方角へも暗い廊下がつづき、廊下の両側には
無数の扉が並んでいる。あ、扉を
開けてしまうという選択肢もあるのか、前方右の廊下の奥の方で

414 :真琴:2020/03/14(土) 00:47:54.50
「きょう、午後11時、市場浄化委員会の榎少佐は、
当面、国軍が杣台一帯を封鎖する、と発表しました。
これは一昨日の昼頃から杣台一帯で発生している異常現象への対応だということです。
杣台一帯では、一昨日の昼頃から、交通、情報、その他、あらゆる流れに関して、
杣台一帯とそれ以外とのあいだに原因不明の断絶が発生しています。」

415 :真琴:2020/03/14(土) 00:54:12.56
アイとその配下のAIは、当初、とても巧みに断絶を隠したので、
一昨日の午前11時頃、断絶が始まった時点では、外部からは何も異常が見えなかった。
翌日になり、束京の中枢に集約されてくる情報が(どうもおかしい……)ということになって、
遡って精査したところ、異常は前日の午前11時頃から発生していた。
アイとその配下のAIは、それこそ一件一件事案を処理して、迷彩を獲得していたのである。

416 :真琴:2020/03/14(土) 01:09:31.61
わたしは、一昨日、
仮初めの身分で借りている束京のマンションのリビングでふつうの一日を過ごしながら、
午前10時頃、(杣台ではそろそろアイがファーストインパクトを始めてる……)と思い、
距離で隔てられた別な場所での動きを、ここにいながら言語的に把握していることの
面白さにわくわくしていた。途轍もない事件が始まっているのに、日常は日常だった。

417 :真琴:2020/03/14(土) 01:25:57.70
杣台は、「都市の幽霊」とでもいうほかない存在になった。
そこにいるのだが、交流することができず、気がつくと消えている。
杣台に滞在していた「国家の少女神」、鰍主任科学官は行方不明になった。
この事態は、その鰍ちゃんの実験こそが「杣台消散」の原因なのではないか、という
憶測の雑音を伴っていたが、榎少佐と鰆主任経済官がそんな雑音は打ち消した。

418 :真琴:2020/03/14(土) 15:12:20.96
たとえば車で杣台市内に入る、するととりあえず入れる、
これまで何度か杣台に来たことがあるひとなら「ああ、杣台だ」という景色が見える、
にんげんと話すとなにか話したような記憶は残るが会話の内容は覚えていない、
気がつくと杣台市内に入る直前の時空点に戻っている、
まだ杣台に入っていない…… ――仕方が無いので、国軍によって一帯を封鎖したのだった。

419 :真琴:2020/03/14(土) 15:20:01.02
ピンポーン。マンションの入り口で誰かがわたしの部屋の番号を押している。
カメラで見ると軍属らしい。なるほど、そろそろ来る頃だ。部屋へ通す。
「……というわけで、軍では杣台の現象について、
形而上物理学的な観点からの分析が必要だと考えております。
是非、調査チームに参加していただけないでしょうか。」

420 :真琴:2020/03/14(土) 15:34:37.57
チームリーダーはあの『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者だった。
若手の気鋭の学者らしく、未知の現象への期待で興奮している。
分析すべき未知の現象が与えられれば、そのぶん、学問が進む。
ひたすらだだっ広く、物が何も置かれていない部屋の、
中央部に集結した一同を前に、榎少佐が簡単なスピーチをした。

421 :真琴:2020/03/14(土) 15:40:43.88
極めて興味深い現象であり、解明することは知的にエキサイティングだと思います。
ただし、調査自体は軍の極秘行動ですので、
publishについては一定の守秘義務が課されます。
アカデミックな権勢欲よりも、自分自身の知的好奇心を重視してください。
(ふうん、これが鰍ちゃんのおにいちゃんか……)

422 :真琴:2020/03/15(日) 01:57:32.90
ひところ『無能力(むのうぢから)』という新書が流行ったが――
「無能こそリーダーに求められる力だ」
「努力など、奴隷の能力」「出る杭は打て!」などの刺激的なコトバに満ちた啓蒙書である――、
この無能力(むのうぢから)だけで生き抜く文系官僚たちと対極的な存在が、
理学部戦略経済学科系の人材を中心とする、榎少佐や鰆主任経済官たち現指導部だった。

423 :真琴:2020/03/15(日) 02:06:42.57
鰆や榎は鰍ちゃんにとって、ワタリ孤児院以来の親友、というか、
姉や兄みたいな存在だった。
榎と鰆はこの国を独裁支配するという事業の共同経営者であるが、
肯定的な現実主義者である鰍は、ただ面白いという気持ちのおもむくままに
研究し、その成果によって、兄や姉を助けてきた。

424 :真琴:2020/03/16(月) 00:21:12.49
第1次調査は、同時に60方向から
杣台領域に向けてAI操縦によるドローンを飛ばし、映像やデータを収集しながら
可能なら杣台駅での集結を目差す、というものだった。これは特に問題も無く完遂できた。
AIに対しても形而上物理学的な効果は無いわけではないが、やはり
観測に掛からないほど微弱なのだ。杣台市はいつも通りそこにあるかのように見えた。

425 :真琴:2020/03/16(月) 00:27:55.48
ただし、空撮された映像をにんげんが仔細に眺めていると、
気がつくと自分が何をしていたのかを忘れ、
ふと時計を見ると眺め始めた時刻まで引き戻されている。
確かに長時間、都市の有り様を眺め続けていたという記憶はあるのに、
夢から覚めたときのように、ディテールを思い出せない。

426 :真琴:2020/03/16(月) 00:35:06.50
そこで第2次調査は、「空撮された映像をにんげんが仔細に眺める」という
その行為自体を実験と見なし、形而上物理学的な測定をおこなった。
その結果、映像を眺め始めた「ミクロな幅をともなう瞬間」に、
アルジャーノン指数が爆発的に高まり、その「瞬間」のなかに
とても長い時間が畳み込まれていることが分かった。

427 :真琴:2020/03/16(月) 00:40:56.45
現実など、アーカーシャのなかでの不確かな沈殿に過ぎない。
杣台との界面においては、沈殿の構成が何かうまくいかない、ということのようだ。
(それはそうだよ、いまこの領域は百万都市船の「出航」で荒れに荒れているんだから……)
チームリーダーは第3次調査として、有人突入を計画した。
(それはやめておいた方が良いと思うよ?)

428 :真琴:2020/03/17(火) 00:36:06.64
第1次調査での60機のドローンは、杣台駅西口ペデストリアンに集結した後、
領域各所に展開し、継続的にデータを送信し続けている。
第3次調査ではこれをビーコンとして使う。
調査チームの研究者を「2人×5組」に分け、軍属6人と研究者2人で装甲車に乗り、
同時に5方向から杣台領域に突入する。

429 :真琴:2020/03/17(火) 00:49:24.50
(おすすめは、しないなぁ)
アイと鰍が杣台市をモナドごとガイアから削り取って舟にしてしまったので、
いまの杣台市は、残余のガイアから再結晶しようとしている「都市の幽霊」みたいなもの。
「出航」直後だったら、侵入が弾かれて終わるくらいで済んだだろうけど、いま侵入すると……
(でも、「それ」を見てみたい気も、するね!)

430 :真琴:2020/03/17(火) 02:56:40.60
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)と、わたしと、6人の軍属。
軍属のうち2人は正・副・操縦士(ただし基本的に操縦はAIに任せる)。残りの4人は実験助手。
この組み合わせで、装甲車1号は出発――他のポイントにいる他の4台と同時に。
わたしたちの装甲車1号は国道4号線で広獺川を越える。
物々しい国軍の封鎖線がある以外は、ごくふつうの道が杣台市まで続いている。

431 :真琴:2020/03/18(水) 00:04:26.17
国軍によって封鎖されているのだから国道4号線を走る車はわたしたちの装甲車1号を除けば、
もちろん一台も無い。ところが不意にたくさんの車が出現した。
杣台圏内に入ったのだ。これらの車はいわば「幽霊」である。
いちおう出現しているが、現実に組み込もうとすると、気がつくと消滅している。
信号などもそれらしく動作している。見かけ上、ごくふつうの道が杣台市まで続いている。

432 :真琴:2020/03/18(水) 01:26:03.81
わたしはその光景を、アーカーシャのなかでやや浮き上がった位置を飛んでいるわたしと一緒に眺めている。
うえから見ると凄い。ぽかりと空いた空洞と、それを埋めようとする有象無象な断片たち。
無数の「浮遊霊たち」が、誘蛾灯に誘われる蟲たちのように、7人に蝟集し始めている。
――わたしはふと空洞の彼方を見、鰍ちゃんとアイはいまごろどうしてるのかな、と思う。
遙か遙か上空を飛ぶ大鴉、ハイパーチャートを広げたわたしは、百万都市船の航跡も追っている。

433 :真琴:2020/03/19(木) 01:51:18.35
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)は、もちろん、
いま杣台一帯で起こっている現象の形而上物理学的な実相を理解できていない。
そもそも、公式なアカデミズムでは、形而上物理学は「とんでも科学」の一種ととらえられている。
鰍ちゃん自身も、(アイが実験結果を隠蔽していたので)形而上物理学は物理学としては不発で、
数学としてのみ値打ちがある、と考えるしか無い、と考えていた。

434 :真琴:2020/03/19(木) 02:03:06.63
榎少佐と鰆主任経済官が、杣台の事態の本質は形而上物理学的な現象に違いないと確信していたのは、
行方不明になる前の鰍ちゃんとの会話が根拠だった。鰍ちゃんは、
形而上物理学の検証実験が(アイの隠蔽により)「失敗」に終わったあとも、兄姉との個人的な会話では、
うーん、おかしいなー、絶ぇぇぇぇぇ対に「アル」んだけどなぁ、と盛んに言っていたのだ。
だから、今回の第2次調査でのアルジャーノン指数の爆発的増加だけでも凄い結果だと言える。

435 :真琴:2020/03/19(木) 02:12:48.20
しかし、榎政権としては、
鰍主任科学官の実験で百万都市が吹き飛んだ、というのは、困った事態だった。
実体として事態をなんとかすることと、
言語的なレベルでどういう物語に落としどころを見つけるのか、
その両方の準備として、まずは事態を正確に把握したいのだった。

436 :真琴:2020/03/19(木) 02:28:05.31
国道4号線をたどりながら、『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)は興奮している。
「凄い…… アルジャーノン指数がありえないくらい高い。鰍主任科学官の理論は、
数学としてだけで無く、物理学としても正しかったんだ……」
(でも、あなたは、チャートを開いて飛んだことも無いでしょ? それに、
現政権がいかに理傾主義的だとしても、あなたの立場は政治的にとても危険だよね。)

437 :真琴:2020/03/19(木) 02:28:46.69
石段のうえからにんげんがつぎつぎに転げ落ちてくる。うわー
軍人たちは機敏に逃げたが、企業からの出向者や東京大学の関係者たちは
巻き込まれ、転げ落ち、そしてさらに下の者を巻き込んだ。
転げ落ちてくるにんげんのうちのとあるひとりが不意に渦を巻き始めたかと思うと、
ほどけた。第8分隊長はその現象をはっきり目撃した。

438 :真琴:2020/03/19(木) 02:36:27.74
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)は考える――杣台市自体は
車もたくさん走っているし、いつも通りだけど、
形而上物理学的な何らかの厄災がタナガ興業への納品、期日までに仕上がるかなぁ
間に合わなかったら、土下座か? 職人は現場の苦労を知らんから……
厄災の正体はマグロ、補給頼みます。え? こ、混線してる、俺は、

439 :真琴:2020/03/20(金) 00:46:28.16
装甲車1号のなかで実験装置を見ていた軍属の一人が不意に渦を巻き始めたかと思うと、
ほどけた。うえから眺めていると、
蝟集した「浮遊霊たち」がバーゲンワゴンの品を取り合うようにかれを引き千切り、
細切れになった断片は杣台の各所へと飛び散っていった。
(49体じゃ、ひとばしらには足りないね。百万都市を削ぎ落としたんだから、せめて一万体は必要かな……)

440 :真琴:2020/03/20(金) 00:54:12.86
「な、なにが起こったんだ!」
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)が叫ぶ。
続いて二体目の軍属がほどけた。そして三体目……
「現実とは不確かな沈殿に過ぎない。いま、杣台の現実が再結晶しようとしていて、
そのための材料として解体吸収されたんですよ。」

441 :真琴:2020/03/20(金) 00:57:38.99
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)が
なんだかわからないという眼をしてわたしを見ている。
「ちょっと、見てみますか……?」
うえから眺めているわたしがかれの脇の下に手を入れて、するっと引きずりあげる。
途轍もなく巨大な空洞がガイアのなかに空いていて、無数の蟲たちが乱流を成している。

442 :真琴:2020/03/20(金) 01:03:46.49
「アーカーシャです。」
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)は
眼を見開いてその光景を見る、そのかれの「躰」にも無数の蟲たちがびっしりと張りついている。
「こ、これはいらっしゃいませー、お昼ご飯何食べようかな、残念だったけどある意味では、
そういうひとってよっぽど暇なんだと思う、だからだから、え? え? え?」

443 :真琴:2020/03/20(金) 01:12:28.57
「無数の蟲たちがモナドを必要としています。思いっきり単純化して言えば、
魂の無い浮遊霊たちが魂を求めているんです。ああ、ちゃんと話しても大丈夫ですよね、
4次元時空沈殿と葦の原のあいだには「モヨコ双対写像」があるわけですが、
いま、杣台一帯では葦の原がごっそり削ぎ落とされているので、断片的な双対子が
再結晶化のためにマイクロ写像を粒子状に活性化させているんです。それが杣台現象の真相です。」

444 :真琴:2020/03/20(金) 01:18:30.16
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)の瞳に、
理解の歓びの色と、でもまだわからないという疑問の色と、
自分自身にまつわりつく無数の蟲たち(それによって攪乱される自分自身の状態)への恐怖の色が浮かぶ。
末期に浮かんだその理解の歓びの色が、わたしにはうれしい。
(たすけてみようかな……)わたしがそう思った瞬間、かれは引き千切られ、ほどけた。

445 :真琴:2020/03/22(日) 00:19:24.49
あーあ、にんげん社会の構成員としての生活をもうちょっと楽しみたかったのにな……
と、わたしが呟くと、それは無理だと最初っから分かっていたよね、とわたしが諭す。
わたしだけを乗せた装甲車1号はAIの操縦で杣台駅西口のロータリーを目差している。
他の4台もやはりAIの操縦で合流ポイントを目差している、他の4台のなかは空っぽ。
そして5台すべての「うえ」にはわたしとわたしとわたしとわたしとわたしが飛んでいる。

446 :真琴:2020/03/22(日) 00:30:14.38
装甲車1号の窓の外にはふつうの都市の状景が展開している。が、これは
石鹸膜のように壊れやすい幻影に過ぎない。その石鹸膜のうえにいま、
5方向から繊維を張っている。繊維を蜘蛛の巣のように張り巡らして
欠けた杣台を取り繕ってみようと考えているのだが、うまくいくかはわからないし、
別に空洞を放ったままどうなっていくのかを観察しても面白いと思う。

447 :真琴:2020/03/23(月) 01:04:38.13
一粒万倍日、市バス、牛丼、金融、ペデストリアン、ドラッグストア、……
男の子が歩いている。「サラリマン」たちが歩いている。
少女と男が歩いているのを見て、ふと、鰍ちゃんと柊准尉が想い浮かぶ。
それはほんの十数日前の出来事に過ぎない。
鰍ちゃんとアイはNOVAを目差し彼方へ、そして柊准尉は福裏島で死んだ。

448 :真琴:2020/03/23(月) 01:10:40.15
たとえばあの男の子にふと話しかけたら、現実は細部を埋めることができず、
石鹸膜は破れ、調査チームは弾かれ、そのとき、時刻ゼロまで戻されるのだとしたら、
解体された49体はリセットされるのだろうか……?
ともあれ、5台の装甲車は集結した。
わたしとわたしとわたしとわたしとわたし、そして、わたし。

449 :真琴:2020/03/24(火) 22:49:53.22
「議長!」
「別にわたしは議長じゃ無いよ」「わたしも」「はい、発言を認めます」
「蜘蛛の巣を張り巡らせて杣台を修復するより、そこらへんを歩いてる誰かに話し掛けて、
石鹸膜みたいなリアリティがぱんっとはじけ飛ぶ瞬間を味わう方が、
……面白くないかな?」「うーん」「同感、かも」

450 :真琴:2020/03/28(土) 02:13:08.57
「ちょっと待って、議長!」
「だから、わたしは議長じゃ無いよ」「わたしも」「いいよ、発言を認めます」
「いきなり石鹸膜を割るのは、粋じゃありません。割れるかもとドキドキしつつ限っ界まで補修したあとで、
思いっ切り負荷を掛けて、ぱんっとはじけ飛ぶかどうか試す方が、
……面白くないかな?」「なるほど」「同感、かも」

451 :真琴:2020/04/01(水) 20:15:07.66
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)と、わたしと、6人の軍属。
軍属のうち2人は正・副・操縦士(ただし基本的に操縦はAIに任せる)。残りの4人は実験助手。
この組み合わせで、装甲車1号は出発――他のポイントにいる他の4台と同時に。
わたしたちの装甲車1号は国道4号線で広獺川を越える。
物々しい国軍の封鎖線がある以外は、ごくふつうの道が杣台市まで続いている。

452 :真琴:2020/04/01(水) 20:16:26.26
(……弾かれたね)(弾かれたね)
わたしかわたしかわたしが石鹸膜を割るまでも無く、現実は壊れたらしい。
これは厳密に言えば「時間の巻き戻し」では無い。
不確かな沈殿が固まろうとして果たせず、壊れたに過ぎない。沈殿が形を崩したとき、
沈殿に対して相対的に自律している存在にとっては、「時間の巻き戻し」のように見えるだけだ。

453 :真琴:2020/04/02(木) 00:02:59.91
国道4号線をたどりながら、『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者(チームリーダー)は興奮している。
「凄い…… アルジャーノン指数がありえないくらい高い。鰍主任科学官の理論は、
数学としてだけで無く、物理学としても正しかったんだ……」
(さて、2回目だけど、どうしよう。最初からたすけて、……使ってみる?)
(はい、議長!)(だから、議長では……)(物凄く面白い案があるよ?)

454 :真琴:2020/04/06(月) 00:25:44.56
気がつくとわたしは高円寺南口の商店街を歩いている。
アーケードの坂を下り、川の名残の遊歩道を越え、坂道を上っている。
上りながら、むかし、市川に棲んでいた頃、自転車で遠乗りをしていて、
いままで一度も来たことのない街に着いたときの、その状景を思い浮べている。
そこには大きなスーパーがあり、

455 :真琴:2020/04/06(月) 00:35:14.61
そこには大きなスーパーがあり、スーパーの横に剥き出しの線路が走っている。
――スーパーの大きな建物に沿って道が走っていて、
柵も無いのに、道と建物のあいだ、盛り土の上を単線の線路が走っている。
完成したばかりの線路で、電車は来る気配も無い。
スーパーの正面あたりが線路の端の始点=終点駅になっている。

456 :真琴:2020/04/06(月) 00:39:12.45
この状景を見た記憶ははっきりとあるのに、この路線や、この駅が、
現実においては何なのかが、調べてもわからない。
ありえないような気もする。剥き出しの線路が、盛り土の上、
スーパーの大きな建物と道のあいだを、柵で仕切られもせずに走るなんて。
そもそも架線が走っていた記憶は無いのだ。架線は無かった……?

457 :真琴:2020/04/06(月) 00:43:58.62
夢で見た状景だった気もする。夢であれ、現(うつつ)であれ、
ただ一度だけこの場所を見たとき、
こんな玩具みたいな線路にどんな電車が走るんだろう、と思いながら、
スーパーの正面を始点=終点として走る線路の彼方を眺め、
でも、見通せないほど遠方まで線路は走っているし、やはり本気なのかなぁ、と考えた記憶がある。

458 :真琴:2020/04/07(火) 23:22:40.61
この謎の線路の記憶に関連して必ず思い浮かぶのは、
道沿いに水路があり、水路の向こう側がだだっ広い更地になっていて、
そこがいまは工事中であるという状景だ。この状景も、
ただ一度だけ、現(うつつ)か、または夢で見たきりで、
そこがどんな場所なのか、もはや検索しようが無い。

459 :真琴:2020/04/07(火) 23:28:56.30
気がつくと夜道を歩いている。街灯は乏しく、空間は暗い。
道沿いに水路があり、水路の向こう側はだだっ広い更地になっていて、
そこがいまは工事中である。記憶ではこの場所を訪れたのは薄曇りの昼下がりで、
しかも自転車に乗っていたはずだけど、いまは夜道を歩いている。
住宅街というよりは田んぼなども広がる郊外で、夜の空間は大きく、暗い。

460 :真琴:2020/04/07(火) 23:35:49.53
ここが記憶の通りの場所なのかわからないし、
なぜこの地点に飛ばされたのか、ここに何か意味があるのかも、わからない。
あの謎の線路を探すべきなんだろうか、でも、記憶のなかでも、この地点と、
あの謎の線路の始点=終点であるスーパーの地点はかなり離れていた。しかもこの水路には
どことなく特異点の気配がある。水路の横壁から丸い管が突き出していて、黒い汚水が垂れている。

461 :真琴:2020/04/09(木) 22:18:24.97
よく分からないままにとにかく歩こう、この地点は必ず鎌倉の、
あの花のお寺の裏手から山へ登ってゆくハイキングコースの入り口の
状景を呼び覚ます、それがなぜなのかはわからない、ひるひなか眺める
入り口は、郊外の何と言うことも無い街の裏手に特に意味も無く現われた
道に過ぎない、しかし夜見ると、それは山への入り口で、

462 :真琴:2020/04/09(木) 23:01:57.02
富士の樹海のなか、あるいは、全球凍結した地球のとある地点、
あるいは、夢のなかで一度だけ行った電車の切り替えポイント、
あるいは、ペルタンルアバ大陸のとある浜辺、あるいは、
八幡の、あの神社の鳥居の足元、あるいは、高円寺南口の
商店街を、アーケードを下って小川の痕跡を渡ったあとで上る坂、

463 :真琴:2020/04/09(木) 23:08:04.50
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者を議長とする杣台修復会議は、
杣台駅地下駐車場に五芒星の形に集結させた5台の装甲車を本拠地とする。
ここが蜘蛛の巣の中心であり、ここを中心として巣を編み、欠けてしまった
杣台を取り繕う。壊れやすい石鹸の膜をなんとか強化しながら杣台を修復し、
その上に「ふたつの」ガイアが育ってゆく。「ふたつの」ガイア。

464 :真琴:2020/04/11(土) 03:04:47.45
アイが杣台を出航させた世界、コヨ、この分枝世界はその後、
幹線軌道によって結びつけられ、テータ、コヨ、カサタの「幹線軌道文明」をなすが、
その「幹線軌道文明」のなかでコヨの地位は最下位だった。
しかも、女帝アグノーシアの実験のために、
ガイアに垂直な方向に向けて分枝世界ごと射出されるのである。

465 :真琴:2020/04/11(土) 03:12:00.33
この実験の結果、「幹線軌道文明」の跡地である領域では、
ガイアの概時間軸に対して垂直な方向の時間軸が芽生えてゆく。
わたしが思いついた「物凄く面白い案」とは、杣台をわざと弱く修復しておき、
垂直方向のガイアが充分(最低でも10億年くらい?)育った頃、
杣台時空のところでふたつのガイアをはずす、というものだった。

466 :真琴:2020/04/11(土) 18:17:47.34
柊少年は正社員階級の子だったが危なっかしい性格をしていて、
都市の裏側を散策する趣味を持っていた。その日は杣台駅前のビルを地下へ地下へ、
とにかく潜ってゆくという遊びをするうち、とある薄暗い階段の踊り場にある、
匿名の金属扉をふと開けた、すると扉は開いた。
柊少年はこの行為が合法か否かに不安と刺激を感じながら、扉のなかに入った。

467 :真琴:2020/04/11(土) 18:19:22.04
暗い廊下が前方で二つの方角に分岐している。しかし、これまで
歩いてきた後方こそが正しい方角という可能性もあるのだから、
選択肢は三つ、そのどの方角へも暗い廊下がつづき、廊下の両側には
無数の扉が並んでいる。あ、扉を
開けてしまうという選択肢もあるのか、前方右の廊下の奥の方で

468 :真琴:2020/04/11(土) 18:26:09.96
迷路のような無機質な廊下を歩くうち、柊少年の脳内の地図は壊れた。
「都市の地下」から「迷路」への入り口を開いたあの扉、柊少年の脳内では
薄暗い階段の踊り場にあった匿名の金属扉として浮かぶアレ、ソレを迷路側から――裏側から
眺めた視覚印象は、紅茶につけた角砂糖のように溶けてしまっている。
ここまでにんげんをまったく見掛けない。

469 :真琴:2020/04/11(土) 18:32:27.42
とある扉を開けるといきなり広大な空間だった。冷え切った空気が全身を襲う。
薄暗い空間は空っぽの地下駐車場のようだった。
アスファルトの床に線や数字が書かれている。
いや……? 空っぽでは無い、あの遠い場所に、
5台の装甲車がなぜか五芒星の形に止められている。

470 :真琴:2020/04/11(土) 23:25:39.40
(あ、あれはなんなんだろう……?)
柊少年がこわごわ歩き始めると、
「見たね?」
不意に真横に男性が一人立っていた。
仕立ての良いスーツを着こなしたその人物の顔には焦燥と狂気があった。

471 :真琴:2020/04/11(土) 23:31:26.94
「み、見てません。あ、すぐ帰ります。道に迷ったんです。済みませんでした。」
「見たね? 見たね? か、帰るのかい? 帰れるのかい? どこに出口が、どこに出口が、
ぼくなんかもう何年も何年も何年も探してるけど出られないんだ、出られるのかい?
出られるのかい? 廊下のドアのなかには、<外>に通じてるやつがあるのか?
ほんとか? ほんとか?」男性は泣きながら叫び、柊少年の両肩をつかんで揺さぶる。

472 :真琴:2020/04/11(土) 23:34:40.15
「た、たすけてください、知らなかったんです、ここはどこですか?
あ、教えてくれなくて結構です、間違えて紛れ込んだだけなんです、
何も見ませんでした、帰らせてください、帰らせてください」
「うーそだね、見たね! ほら、いま見てる! 装甲車が5台あるでしょ?
見てるよね、見てるよね、――出られるのか? 出られるのか? 出られるのか?」

473 :真琴:2020/04/11(土) 23:40:14.28
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、あなたは誰ですか? あ、
秘密ですね? 秘密ですよね、聞かなくて良いです、何も見てません」
すると、男性は一瞬だけ、突然スイッチが入れられたかのように直立不動になり、冷静な声で話した。
「私は杣台修復会議議長です。――で、ところでなんで議長なのかというと、
あのかたがおっしゃるんだ、いまわたしのなかで議長という単語が流行ってるから、って」

474 :真琴:2020/04/11(土) 23:47:40.89
議長が一瞬、直立不動になったと同時に、柊少年は議長の手を逃れて走り出した。
静寂と冷気に満ちた広大な伽藍堂のなかで、自分自信の軽い足音と激しい呼吸だけが柊少年の脳髄を振動させる。
彼方に廊下からの光があふれる開放されたままの扉がある。
あそこまで逃げ切れば…… と、その長方形の光のなかに、不意に黒い人影が出現した。
「アグノーシアさま」議長がアスファルトにひれ伏して叫んだ。

475 :真琴:2020/04/11(土) 23:57:53.90
わたしはなんかおもしろいことになってるなー、と思いながら状景を眺めている。
柊少年にぶつかられてもいやなので、すっと凝視めてかれの動きを止める。
きょうは10億年目のきょうなのだ。きょうはいつだってきょうだけど、
ハイパーチャートのなかで見ると、この時空点がここで有り続けて
かれこれ10億年目なのである。そろそろふたつのガイアを切り離す実験がしたい。

476 :真琴:2020/04/13(月) 00:04:52.21
いまここはいまここである、いまここがいまここであることは、
くりかえしくりかえしくりかえされていることだ、
どれくらいくりかえされているかというと、
いまここがいまここであることはかれこれ10億年くらいくりかえされている、
その10億年のあいだに垂直方向の第2ガイアはまさしく10億年くらい成長した。

477 :真琴:2020/04/13(月) 00:11:57.76
雨のなか、杣台市の端っこまで歩いてくると、河を渡る橋のたもとに
大地から生えたデベソのような小さなビルがあって、その三階建てのビルが、
地下一階から地上二階まで古本屋になっている。地上三階部分は店主の住居のようだが、
建物の外側に蔦のように絡まっている非常階段を好奇心のまま登ることは出来て、登ると、
立ち入り禁止の看板がある柵の内側、玄関の前に、三輪車が置いてあった。

478 :真琴:2020/04/13(月) 00:19:09.07
わたしにとっては古本屋である建物がじぶんの家であるようなこどもがいるということは、
なんだかとてもおもしろいことだ。一般的な小説などが一階にあり、二階には
文学全集や自然科学、社会科学などがある。
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』

479 :真琴:2020/04/13(月) 00:28:29.96
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』、この第三の主著は、
じんるいの世界内でpublishしていないのだからもちろん書棚にも並んでいない。
でも、わたしが自分用に作った、プリンターで印刷したものを書物の体裁に閉じた
私家版はある。不意に悪戯心が湧いて、わたしはその私家版を
第一主著、第二主著のとなりに並べる。三冊揃っているところを見るのは楽しい。

480 :真琴:2020/04/13(月) 00:37:35.08
いまここはいまここであるという10億年にも及ぶくりかえしのなかで、
杣台はつねに震えていた。概時間軸が互いに垂直なふたつの方向に延びているからだ。
いまここがいまここでありながら10億年のあいだつねに未決定だったのである。
このため、杣台では奇妙な現象がたくさん起きた。どちらの方向であれ、
概時間軸に沿って多少とも進むとある程度安定するのだが、分岐点自体は震え続けていた。

481 :真琴:2020/04/13(月) 00:43:57.80
一方には百億年にも及ぶ主ガイア、第1ガイアがあり、
そしてコヨの杣台を起点として、第2ガイアが、
前方後方それぞれに10億年くらい育っている。それは
主ガイアに比べればか細いが、しかし既に充分な存在感を備えている。
このふたつを切り離す。

482 :真琴:2020/04/13(月) 00:52:05.98
わたしは意図的に脆弱に修復した杣台市を崩壊させるために、薄暗い地下駐車場のアスファルトを
素早く真っ直ぐに歩く、――五芒星の形に集結させた5台の装甲車の方へ。
アスファルトにひれ伏していた議長は、わたしが横を通り過ぎると身を起こし、
あの柊少年が目指していた扉に向けて走り出す。わたしも特に止めない。
もう彼に任せていた仕事は終わったし、どのみち異界迷路廊下は抜けられない。

483 :真琴:2020/04/13(月) 00:58:53.68
わたしが歩く架空の直線の両側にNOVA警察のミドンさんたちが、
一人現われ、二人現われ、やがて、ずらっと整列する。
かれらはわたしを止めようとせず、ただ、抗議するような、問いかけるような眼でわたしを見ている。
止めても無駄だと理解しているのだろう。
わたしはそれらの視線にまったく答えず、ただ素早く真っ直ぐに歩く。実験が楽しみだから。

484 :真琴:2020/04/13(月) 01:07:02.50
座標変換して眺めると5台の装甲車から宙空へ、無数の繊維が走っている。
これらの繊維が蜘蛛の巣を成し、欠落した杣台をかろうじて支えているのだ。
わたしは五芒星の中心に立ち、くるりと一回転して、
5台の装甲車の操縦席をひととおり見る。
にんげん状の形体で残している軍属がふたりずつ座っている。

485 :真琴:2020/04/13(月) 01:11:01.83
わたしはもう一回転、舞いながら、指先で操縦士たちを順に指揮する。
スイッチが入り、かれらは装甲車のエンジンを掛ける。
装甲車たちは一度バックすると、斜めに前進し、やがて渦を巻くように
わたしのまわりをぐるぐる左回りに走り始める。無数の繊維が、
からまり、ねじれ、それにつれて杣台市は、

486 :真琴:2020/04/13(月) 01:23:05.77
束北大学の柊院生はいつもの習慣で橋のたもとの古本屋に立ち寄ると、
二階に上がり、数学・物理学の棚を眺める。
(ん? これ、なんだ……?)
形而上物理学の二大古典の隣りに、いわゆる書籍では無い、
プリントを閉じたような「本」が並んでいる。

487 :真琴:2020/04/13(月) 01:28:05.54
これはとても面白そうだと感じた柊院生がその「本」をレジに持って行くと、
店主はその「本」をためつすがめつしながら不思議そうな顔をしている。
こんな物、入荷した記憶が無いのだ。値段もつけられていない。
「値段、ついてないんですけど、いくらですか?」柊院生が訊くと、
店主はそれ以上考えることをやめて、「うーん、そうだね、500円でどうですか」

488 :真琴:2020/04/13(月) 01:35:49.81
あれ、売れちゃったよ、おかしいなぁ、わたしの目論見としては、
あの「本」は売れずにずっと残り、店主一家のいまは三輪車に乗っている子供が、
これなんだろうと妙に魅了されながら小学校、中学校と過ごし、やがて形而上物理学を志すに至る、
そういうオブジェのつもりで置いたんだけど、なかなか目論見通りには行かない……、
いや、柊院生は「500円は高いや」と言って買わなかった。やった!

489 :真琴:2020/04/13(月) 01:41:52.37
古本屋を出た柊院生がふと広い空を見上げると、空は奇妙な台形の形に歪んでいた。
台形は引っ張られてつぶれそうになっていて、八百屋がトマトを売るように、
まるで真っ赤に熟したカーテンが燃え広がる植木鉢から金魚が泳ぎだし、
青い長方形の豆腐の柔らかさは脳髄のようだった。方位磁針が零度を指している。
蟻の行列が黒すぎて、あるいは甘くてイボガノン酸ナトリウムを、

490 :真琴:2020/04/13(月) 01:55:19.81
うーん、でも、矛盾している。わたしはいまこの杣台市を
完全に消滅させようとしているのだから、
「大地から生えたデベソのような小さなビル」の三階で育つこどものために
オブジェを残しても意味が無い。かのじょも杣台市とともに消滅するのだから。
いや? しないのか? わたしとわたしの行動の矛盾には何か意味があるのだろうか。

491 :真琴:2020/04/13(月) 02:01:20.43
杣台駅前を歩くひとが歩くひとが歩くひ、とがあ、げとな、べとせ、
ゆらいむかしからこの辺ではラー、面積の事情からエグミを引くと、
りけら、トップスは豪、蟹を食べる時ひ、とがあ、げとな、べとせ、
ゆらいむりすうであることの、照明が明るすぎてかえって、くださ、
胃というと、れんと、原産地はパプア、ニューヨークということは、

492 :真琴:2020/04/13(月) 02:06:39.28
珈琲が甘すぎるから天井の電気を明るくすると急に時計が素早く
溶け始めて5分後にはホットケーキが焼けると思うので、そんなに
責められるとどうしても計算を速くやらなければという気分になるから、
かえって飛行機が離陸するときのように、曖昧な態度のままで、
歯車がぐるぐると噛み合い続ける、これでもう大丈夫、ちゃんと乾くよ。

493 :真琴:2020/04/13(月) 02:11:59.76
気がつくとわたしは、とんっと大地を蹴り、アーカーシャの高みに跳んでいる。
主ガイアと第2ガイアの繋ぎ目のあたりで凄まじい煙が上がっている。
杣台が急速にすり潰されているのだ。
――やがて、第2ガイアが、くらり、と動いたかと思うと、主ガイアから外れた。
外れたかと思うと、アーカーシャのなかを急速に移動し、真空粒子の彼方に消えた。

494 :真琴:2020/04/13(月) 15:46:15.12
これでかねて気に掛かっていた問題に、極めて貧弱な結果だが、一つの結果が得られた。
「アーカーシャのなかに別なガイアが存在するか?」という問いである。
今回の実験では「別なガイアを作った」と言えないことも無い。
ただ、分離後の第2ガイアが存在し続けているかは、フダラク渡海であり、観測できない。
また、このガイアの「子」でしかなく、「別な」とはとても言えない。

495 :真琴:2020/04/13(月) 15:51:20.09
第2ガイアの観測問題については、もし観測できたらそれはコミュニケートしたということであり、
「別な」とは言えない、などという議論なら、空疎なトートロジーでしかない。
百万都市船がアーカーシャの真空のなかを飛んだ実績からして、おそらく
第2ガイアは自律的に存在していると思う。そしていつの日にか邂逅することもあり得るのではないか。
百万都市船がガイアに再突入したように。

496 :真琴:2020/04/13(月) 15:55:27.23
「別なガイア」がもし存在したとしたら、それとの遭遇は凄まじい齟齬だろう。
単に「子ガイア」に過ぎなくても第2ガイアを出航させたことには意味があると思う。
もしガイアが生命だとしたら、繁殖くらいしても良いはずだからだ。
わたしが「子ガイア」を出航させた最初のわたしであるという確証はあるのだろうか。
もしかしたらアーカーシャのこの領域は既に複数のガイアに満ちているのかも知れない。

497 :真琴:2020/04/13(月) 16:04:18.09
10億年目の第2ガイア出航の日に、その場に柊少年が紛れ込んできたことに、
何か意味があるのかまったくの雑音なのかわからない、というか、
あの子、あのあとどうしたんだろう……? 巻き込まれて消滅したのか、
あるいはNOVA警察が保護してたりするのかな。あと、古本屋の三輪車の子も
気になる。一冊だけ出力した第三主著はご縁を結んでゆくのか? ただの雑音か?

498 :真琴:2020/04/13(月) 16:11:13.62
生命は繁殖などしない。繁殖するのは生物だ。
「もしガイアが生物だとしたら、繁殖くらいしても良いはずだ」と訂正すべきだ。
生命などというものは存在しないか、あったとしても一個だけに違いない。
いや、それを一個だけと言い切ってしまうなら、「別な」の探究には意味が無いのか。
このパラドックスはある種の認識形式における癖のようなものに過ぎないことになる。

499 :真琴:2020/04/13(月) 22:41:29.64
疲れた…… さすがに疲れたわたしは鎌倉の、
あの花のお寺の裏手から山へ登ってゆくハイキングコースの入り口に立つ。
疲れたと言ってるのになぜハイキングなんだろう。土の道は道というよりも、
そのうえに家々が生えてくる地面そのもので、草が生えたり
アオスジアゲハが飛んでいたりする。どうしよう、登るのかな。

500 :真琴:2020/04/13(月) 22:48:40.37
いまこの瞬間、違う時空点でわたしがガイア芽を切り離したとしても、
わたしは気づかないだろう。ガイアは広大なので、そのガイア芽の存在に
わたしが気づかずに終わる可能性もある。もっとも、自分がガイア芽の側に
乗っていた場合は、さすがにその事実には気づくだろう。
ガイア芽に乗ったまま出航させられることはフダラク渡海だ。

501 :真琴:2020/04/13(月) 22:55:13.94
肉の体を疲れさせた方がかえって躰は休まるのかも知れない、わたしは
ハイキングコースを登り始める。無限に細かい樹木の景色が、たしかに
躰の疲れを落とす、気がする。しばらく登ると、鎌倉の街を囲む山々の
尾根を歩く感じになる。とある場所で、道のすぐ横が崖で、空中たかく
ホバリングする鳶が眼の前に見える。滞空する鳶を眺めるうち、わたしは、

502 :真琴:2020/04/15(水) 22:55:35.87
気がつくとわたしは高円寺南口の商店街を歩いている。
アーケードの坂を下り、川の名残の遊歩道を越え、坂道を上ってゆくと、
上り切ったあたりに喫茶店がある、わたしが座るいつもの席は日本人形の隣り、
日本人形となんとなく会話をしながら珈琲を飲む、
見上げると店の天井の頂点に千羽鶴が吊されている、それは、

503 :真琴:2020/04/15(水) 23:01:32.08
純白な空間に無数の千羽鶴が散らされている、「現代芸術家」の作品だろうか、
無数の千羽鶴はわたしが実験に使って燃やしたり融合させたりした無数のモナドを
表現しているように感じられる、美しい、
この状景を見たのはどこかの美術展だったか、あるいはアーカーシャでのなにかの景色が
このように記憶されているのか、喫茶店の天井の頂点に吊されている千羽鶴を見るうちに、

504 :真琴:2020/04/15(水) 23:10:12.73
NOVA警察の杣台管区基地では、アグノーシアの第三の主著を入手するミッションが企画されている。
どうも、第三の主著が存在するらしいのだが、真偽のほどはわからない、
ただ、ガイアの分枝のあちらこちらに散らばる断片的な伝承によれば、
杣台消滅による第2ガイア出航に紛れ込ませて、
とある書棚に主著を三冊並べた、らしいのである、ということは三冊目があるのだ。それはどこの書棚なのか?

505 :真琴:2020/04/15(水) 23:16:41.23
「議長」は、第2ガイア出航時にNOVA警察杣台管区基地にスカウトされた人材だが、
内的資産としてはなかなか良いものを持っているものの、
多年に及ぶアグノーシアの蹂躙の結果、にんげんとしてはすっかり壊れていた、
だが、だからこそNOVA警察としては使い出がある人材なのだ、
第三の主著の探索はかれの専担事項とされた。

506 :真琴:2020/04/15(水) 23:22:39.85
きょうは新しい電車のオープンの式典がある。鉄道、などという固定しているはずの景色のなかに、
新しい路線、などというものが出現するのは不思議すぎる。
新しい路線はスーパーの正面入り口のあたりを始点=終点として、
と考えるうちにわたしは、第三幹線軌道の「カサタ端」駅に立っている、
カサタたん? 相変わらず謎の萌えキャラのポスターが貼られている。

507 :真琴:2020/04/16(木) 22:39:27.76
しばらく待っていると、折り返しの車両が入線してくる。
レトロな感じの車両で、わたしは扉を入ってすぐのシートに腰を下ろす。
いつのまにかNPC染みた群衆が、あるいは、幽霊染みた群衆が、
ぞろぞろと乗り込んでくる。路面電車の運転士は「たなかいちろう」さん。
漢字では「田中胃血狼」と書くらしくてこれはいったいどういう命名なのだ。

508 :真琴:2020/04/16(木) 22:45:28.88
「田中胃血狼」……、あ、田中胃血狼!
それはむかし『コヨなくice(はぁと)』というマンガを連載していたマンガ家の名だ。
あの名前、ペンネームじゃなくて、実名だったのか。それとも路面電車の運転士の名を、
ペンネームで出すことが可能なのだろうか。そもそも本人なのか?
コヨ世界の滅亡とアイスクリーム屋が絡んだセカイ系SFラブコメだった気がするけど、

509 :真琴:2020/04/16(木) 22:50:54.75
コヨ世界の滅亡……? たしかにわたしがコヨを滅ぼしたけど、
こんなのがなにかを啓示しているんだろうか。
車窓の向こうを流れる第3幹線軌道商店街の店たちを眺めながら、
この路面電車をいま運転している田中胃血狼氏の脳内に、
『コヨなくice(はぁと)』を描いていた頃の記憶というか思い出が眠っているのかと、

510 :真琴:2020/04/16(木) 22:54:44.57
雨のなか、杣台市の端っこまで歩いてくると、河を渡る橋のたもとに
大地から生えたデベソのような小さなビルがあって、その三階建てのビルが、
地下一階から地上二階まで古本屋になっている。一般的な小説などが一階にあり、二階には
文学全集や自然科学、社会科学などがある。地下一階はマンガや文庫本。
地下一階のとある書棚に、意識して眺めると、『コヨなくice(はぁと)』が並んでいる。

511 :真琴:2020/04/16(木) 23:06:14.39
Intrusion Countermeasure Electronics――ICE、侵入対抗電子機器。
アイスを意識しろという啓示……? たしかにそもそもアイが杣台を出航させたときは、
軍用AI〈杣台SQ1〉を使って都市を管制していたけど……
出航後の百万都市船で「砂海のロレンス」を構成する核になっていた院生は、
〈杣台SQ1〉のICEに引っかかっていた可能性が高い。まさか、これなのかな。

512 :真琴:2020/04/16(木) 23:16:41.77
それとも、「アイスクリーム屋」という方に力点があるのか、「アイ、スクリーム」とか……?
わたしは路面電車の扉を入ってすぐのシートに腰を下ろしたまま、運転席の田中胃血狼氏の、
NPC染みた群衆のなかで意外にもリアリティがある横顔を眺める。
この頭部のなかの、頭蓋骨のなかの、脳髄のなかにある内的世界で、
『コヨなくice(はぁと)』の記憶はどういう姿をしているんだろう……

513 :真琴:2020/04/16(木) 23:28:06.48
わたしは思い切って訊いてみることにする。
――あの、運転士さんって、マンガ家の田中胃血狼先生なんですか?
運転士は一瞬こちらをぎょろっと見ると、すぐ正面を向いた。
――あー、それ、良く言われるんですけど、僕じゃありません。
――でも、お名前が…… それ、ワーキングネームみたいに出来るんですか?

514 :真琴:2020/04/16(木) 23:34:42.07
――いや、出来ませんよ、免許ですから、実名じゃないと。というか、マンガ描いてたのは、
僕のいとこなんです。デビューするとき、勝手に名前使われちゃって。
意外な真相だった。そもそも、第三幹線軌道を走る路面電車の運転士なんて、
ほとんどモブのNPCに近い存在だろうに、なんでこんな「設定」があるんだろう。
その、「マンガ家の田中胃血狼先生」だったいとこさんに、なにかあるのかな。

515 :真琴:2020/04/18(土) 23:20:43.63
「思念物の粘度・印度の測定なら、浜崎測定器へ。オーダーメイドで作ります。
次は「深淵車庫前」」車内放送を聴き、わたしは思い出す、ああ、この深淵車庫前で
此の世を底とする「ファイバー空間」を編むうちにハイパーチャートの開き方を習得したのだった、
誰も降車ボタンを押さず停留所で待つ者も無く路面電車は「深淵車庫前」を通過する、
深淵車庫とその横の児童公園の状景が過ぎ去ってゆく。

516 :真琴:2020/04/18(土) 23:28:04.71
やがて路面電車は王子の坂を蝸牛のように這い上る、何度見ても
ゆめのなかのような光景で、わたしは車両の窓と窓と窓の向こうを
動き回る街を食い入るように凝視める、映画の楽しさはやはり
カメラが動き回ることだと思う、固定カメラの向こうで沈黙気味な演技が続くような映画はキライ、
気がつくとわたしは映画館の暗闇のなかで動き回る視線のなかで動く存在を凝視めている。

517 :真琴:2020/04/18(土) 23:41:05.59
映画館を出ると真昼の街。一瞬、さっきまで自分がどこにいたのか、まったく思い出せない。
ああ、映画のクライマックスでは路面電車が王子の坂を蝸牛のように這い上っていたのだった、わたしは、
上映室の階段を上ったぶんを相殺するかのようにスペイン坂の階段を下る、
この階段のたたずまいは神社の石段を思わせて楽しい、路面電車は王子の坂を登り切ると、
ある種の覚悟を決めて決然と住宅街に侵入してゆく、

518 :真琴:2020/04/18(土) 23:57:05.97
わたしは人混みを横切りながら東急文化村の方に向かい、そのまま坂を上って大学に出る。
そう、きょうは東京大学大学院新領域創生科学研究科主催の特別講義、
『形而上物理学の現在と過去と未来』があるのだ。……。講義が終わり、わたしは先生に質問する。
――すると先生は、7次元時空におけるガイアの浮遊性は、
たんに外部からの観測者の不在が原因だとおっしゃるのですか?

519 :真琴:2020/04/18(土) 23:58:18.64
――そうはいっとらんよ、君。
ただ、あと一歩踏み込めば不可知論になり、二歩踏み込めば宗教になってしまう。
科学者としては踏みとどまるべきだとは思わんかね?
ほら、踏み切りだ。遮断機がカンカン鳴っとるよ!
(でも、観測者はいるのです……)

520 :真琴:2020/04/19(日) 00:09:31.03
随分、懐かしいことを思い出した、このやりとりのあと、わたしは、
「じんるいこそNOVA族の神経素子なのではないか」という着想を得たのだった。
そして、東京大学大学院新領域創生科学研究科衛星都市研究分室の研究員として、
富士の樹海のなかにある次元廻廊を経由してフダラク市へ昇ったのだ。
衛星都市フダラク、形而上物理学研究のメッカ。

521 :真琴:2020/04/19(日) 23:02:12.81
これがその装置なのです、とNOVA警察の技官が言う、この装置の圏内でチャートを開けば、
向こう側の時間軸に対してこちらの時間軸を斜めに挿入できるのです、つまり
どういう効果があるかを単純化して言えば、向こうの1秒がこちらでは1時間に相当します、
もちろん座標変換の歪みは凄まじいものになりますから、操作を誤れば
チャート破裂、みたいな事態も考えられます、ですが、ミッション実現のためには、

522 :真琴:2020/04/19(日) 23:05:37.16
「議長」は曲がりなりにも形而上物理学者だった――なにしろ、
新書『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者である――が、
時間軸をそこまで極端に斜めに挿入する座標変換がいったいどういう原理のものなのか、
想像がつかなかった、もしそんなことをしようとするなら、
アーカーシャにおける時間発展についての理論を必要とするはずだが、そんなものはまだ、

523 :真琴:2020/04/19(日) 23:10:30.52
どうしても気になった「議長」は技官に質問した、あのー、
この装置の作動原理だけど、……だが、「議長」が質問し終わる前に技官は言った、
あ、原理は不明です、上層部から装置と取説だけが降りてきていて、
作動原理はぼくも知らないっす、ちょっと考えると、とても無理な動作ですよね、
アーカーシャにおける時間発展の理論なんて、いまだに雲をつかむ状態なのに、

524 :真琴:2020/04/19(日) 23:21:45.39
とにかくミッションは、コヨの杣台に、そこが消滅する直前というタイミングでチャートを開き、
『古書広獺川』の書棚からアグノーシア様の第三の主著を入手することです、
第三の主著はおそらくこの書棚にあります、多くの分枝世界における伝承を総合した結果です、
「議長」さんは当該世界のネイティブですからチャートも接続しやすいはずです、
想定される最大の危険はアグノーシア様とじかに遭遇することです、二番目は世界の崩壊とチャート破裂、

525 :真琴:2020/04/19(日) 23:29:48.24
「議長」は覚悟を決めて針の穴を通すような厳密なタイミングで
消滅する直前のコヨの杣台にチャートを開いた、伝承によればアグノーシア様が
悪戯心から書棚に三冊の主著を並べたのは世界崩壊の本当に直前だったらしい、
乱流のなかなんとかチャートを開くと、――雨である、「議長」は用意していた傘を開き、
杣台市の端っこあたりを歩く、すると、河を渡る橋のたもとに

526 :真琴:2020/04/20(月) 23:25:07.68
大地から生えたデベソのような小さなビル、『古書広獺川』、
雨のなかその前に立って「議長」はすこし躊躇う、これから動作原理も知らない装置に身を委ねるのだ。
と、ビルの正面の引き戸をガラガラと開けて学生風の男が出てくる。
急がないと世界の崩壊が始まる。「議長」はポケットのなかの装置のボタンを押して、
第二段階のチャートを開く、世界の最後の1秒が3600倍程度に引き延ばされる。

527 :真琴:2020/04/20(月) 23:31:57.59
世界が静止した。「議長」は学生風の男をよけながらビルに入る。
光景が見えているし、歩けている、呼吸できている、ということは、
この世界と「議長」とのあいだに何らかの形で相互作用は成り立っているはずだが、
どうにもその原理がよく分からない。主観的な時間拡張か? だとすれば、
世界のなかで肉体が動いている速度が解釈できない。

528 :真琴:2020/04/20(月) 23:36:24.16
とにかく「議長」は二階に昇り、物理学の書棚を探す――と、あった、これだ、
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』
その横に…… いや、三冊目は無い。どういうことだ?
『古書広獺川』の書棚に三冊が並んでいたというのはガセネタなのか?

529 :真琴:2020/04/20(月) 23:42:19.34
そもそも無意味だったのかも知れないミッションに生死を賭けていることが
「議長」に焦燥を生む。(まだ、時間はある)(店主のPCに在庫目録はないのか?)
「議長」は一階に戻ると、店主の座席にゆく。
店主は「プリントアウトを閉じたような冊子」を手に、動きを止めている。
「議長」は、開いている店主のPCの画面を見ながら、検索を試みる。

530 :真琴:2020/04/20(月) 23:49:50.97
(無い…… それらしいものが、まったく無い……)
「議長」の残り時間が逼迫してくる。焦るな、落ち着け、「議長」は深呼吸しながら
停止した店内を見回す、と、閾域下で訴えてくる何か、がある。
「議長」はもう一度落ち着いて店内を見回す、と、停止した店主が眺めている冊子の頁に
記号や数式が並んでいること、――これが形而上物理学のテクストであることに気づく!

531 :真琴:2020/04/20(月) 23:54:53.36
停止した店主に触れないよう、下から覗き上げると、
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』というタイトルが眼に入る。
これかあ! 「議長」は店主の手から本を入手しようと考える。
「議長」が本を引き抜いてからこの場を脱出すれば、店主的には本が瞬間的に消失したみたいに見えるはずだ。
しかし迂闊な動きは店主に大怪我を負わせる危険があるのでは無いか?

532 :真琴:2020/04/20(月) 23:58:27.42
(だが、どのみち崩壊する世界だ、店主が大怪我をしようが構うもんか)
それでも、本を引き抜くと同時に指がバラバラと跳ね飛ぶ、みたいなのは
勘弁して欲しい、「議長」はなるべくゆっくり本を引き抜こうと、
そーっと手を伸ばす。と。
その「議長」の眼の前で本がいきなり消失し、店主の指がバラバラと跳ね飛んだ。

533 :真琴:2020/04/21(火) 00:05:02.52
何が起こったのか、「議長」にはすぐには把握できなかった。
え? え? え? と動揺しながらあたりをキョロキョロ眺めるだけだった。
店主の指がバラバラと跳ね飛び、断面から血が噴き出している、それは、
「議長」の時間のなかで起こっていた、一方、店主の本体は静止したままだ、
そうか、俺のチャートに対して、さらに時間軸を斜めにして入ってきている奴がいるのか!

534 :真琴:2020/04/21(火) 00:10:23.51
も、もう無理だ、ミッションは失敗だ、脱出しよう、「議長」は
周囲を警戒しながら『古書広獺川』の外に出る、だが、未知の「敵」は
「議長」の時間における瞬間のなかに侵入できるのだから、もし殺すつもりなら
第三主著の奪取の時に既にやられているはずだ、だからとりあえず警戒する必要は本当は、無い、
『古書広獺川』の外に出て広い空を見上げると、空は奇妙な台形の形に歪んでいた。

535 :真琴:2020/04/21(火) 23:18:10.02
「議長」が『古書広獺川』に入ってからまだ1秒も経過していない、
引き戸のすぐ前には学生風の男が静止している、「議長」は第二段階のチャートを閉じ、
通常世界に戻った後、NOVA警察の杣台管区基地に跳ぶ、
――「議長」が基地のジャンピングスペースに戻った直後、
周辺のすべての物体が爆発炎上し始めた、うわぁああああ、なんだこれはぁあああああ

536 :真琴:2020/04/21(火) 23:24:05.77
未知の「敵」が簡単に殺せる「議長」を生かしておいたのは足跡をたどるためだった、
決して、「いつでも殺せるのに殺されなかったということは、とりあえず警戒する必要は、無い」
などということでは無く、むしろ「議長」は、簡単に殺せるのになぜ殺さなかったのか、そのことの
「敵」にとっての意義を考察するべきだったのだ、
――瞬く間にNOVA警察の杣台管区基地は壊滅した。

537 :真琴:2020/04/21(火) 23:31:09.26
後になって判明したことだが、犯行は帝国主義者たちの仕業だった。
この頃、NOVA警察には対抗するふたつの勢力があった、一方は帝国主義者たちであり、
アグノーシア様に文字通り女帝として君臨していただき、アグノーシア帝国を作ろうという勢力である。
この勢力は根本的にはアグノーシア様を舐めていた、女帝は親政などには興味を示さず、
宮廷政治に絡め取ることができる、と踏んでいた節がある。

538 :真琴:2020/04/21(火) 23:37:13.69
他方は人間主義者たちである、かれらはアグノーシア様の無邪気さをよく理解していた、
アグノーシア様には邪気、つまり悪意は無い、ただ、善意もないのだ、「作り、壊し、遊ぶ」……
アグノーシア様は慈愛と恐怖の女神であり、本人は、ただ、無邪気に遊んでいるだけなのである。
アグノーシア様はただ遊んでいるだけなのに、下界の者たちがそれを、
慈愛であるとか、恐怖であるとか、かれら自身の都合で秤量するのだ。

539 :真琴:2020/04/21(火) 23:44:11.11
人間主義者たちは、遠くから敬う、これこそがアグノーシア様への正しい態度であると理解していた、
――ただ、事実として言えることは、アグノーシア様によって実験なり何らかの理由で燃やされたモナドが
何百億に及ぶとしても、アグノーシア様によって切り開かれた時空に棲まうモナドは
何百兆にも及ぶ、そもそもガイアはもともとは静かな沈殿だったという、
アグノーシア様が攪拌することによって細胞分裂のように分枝世界が生じ、いまのような姿に進化したのだと、

540 :真琴:2020/04/23(木) 00:11:33.80
「やがて、第2ガイアが、くらり、と動いたかと思うと、主ガイアから外れた。
外れたかと思うと、アーカーシャのなかを急速に移動し、真空粒子の彼方に消えた。」
この瞬間の状景を何度も思い浮かべる。もちろん、観測もしてある。
ガイアの沈殿はそもそも凝集しようとするわけだが、ふたつのガイアが外れ始めたある時点からは、
急激に斥力が働いている。この斥力を定式化したい。

541 :真琴:2020/04/23(木) 00:25:20.04
「えゝ 水ゾルですよ/おぼろな寒天《アガア》の液ですよ」
アーカーシャの果てしない真空のなかに幾匹かのガイアが、
まるで《アガア》のなかの線虫のように踊っているのだろうか。
主ガイアから外れたあとの、あの第2ガイアは、
真空の彼岸でその後、どんな世界を紡いでいるのだろう。

542 :真琴:2020/04/23(木) 00:34:11.80
顕微鏡から眼を離したわたしは、生物学教室の窓の外の光景を眺めながら、
一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる、
さっきまで没入していた「蠕虫舞手」の世界から、この世界への切り替えが
うまく働かない、というか、急速にこっちに戻ってきたので、
さっきまでどこにいたのかがわからなくなった、鏡筒のなかを細く覗いて、あ、これだ、と思う。

543 :真琴:2020/04/23(木) 22:37:57.90
マーラーの交響曲第9番の第4楽章のなかに、
「死後の魂たちの待合室で鳴る呼び出しベルの音」と、
わたしが個人的に思っている箇所がある。わたしが穴をくぐって
ふわりと舞い降りると、そこは巨大な客船の、夜の甲板だった。
あたり一面は海であり、しかも底知れず暗い。そのなかで、艦橋が輝いている。

544 :真琴:2020/04/23(木) 22:44:14.36
樹の幹を下から上へ眺めてゆく。高さを「ある種の時間」の軸だとする。
ある高さで切断した幹の断面(じっさいに切断するのでは無く、幾何学的に考えた断面)を、
「ある時刻」での世界だと考えると、幹から枝が生えたとき、
枝が生えたあとの高さ(「時刻」)で断面を取れば、
世界が二つになっていることになる。このアナロジーで第2ガイアについて考えてみよう。

545 :真琴:2020/04/23(木) 22:49:24.97
チャートを開くとき、いまここからいまここではないいまここへ跳ぶわけだが、
それが可能なのだとしたら、主ガイアから第2ガイアへ跳ぶ座標変換ができても良い気がする。
ただし、主ガイアのなかでチャートを開くときは、まさしくガイアのなかでの座標変換だが、
主ガイアと第2ガイアのあいだには茫漠たる真空の大洋が広がっている。
しかし、「ある種の時間」を遡ってかれらが分岐する前を経由すれば……?

546 :真琴:2020/04/23(木) 23:04:31.72
遊覧船の航路も終わりに近く、松島海岸が近づいてくる。
土産物屋やホテルの建物が国道に沿って立ち並ぶ様子が正面に見える。
真っ直ぐ波止場に向かう航路の右手、岸の近くに、
樹木に覆われた大きな島がひとつあって、岸から島へ、
朱塗りの細くて長い長い長い橋が、幾何学的な直線を描いている。

547 :真琴:2020/04/23(木) 23:07:50.08
陽がとうに沈み、夜が始まる頃、内海にのぞむ堤防に沿って歩く。
海に向かって右のほうには山並みが、
街を抱きかかえる巨人の右腕みたいに連なっている。
その頂上のあたり、黒々とした樹木のあいだに電気の灯かりが煌々と光っていて、
ホテルの宴会場か何か、大きな空洞空間をぽっかり浮かび上がらせている。

548 :真琴:2020/04/23(木) 23:09:20.69
朱塗りの橋のたもとまで来た。
橋の入り口には管理棟らしき建物があったが、夜になると開放するらしく、
脇にまわれば橋に入れた。
橋のたもとに『福浦橋』と書いてある。
直線が真っ直ぐ進み、その先は夜の闇のなかの黒い島に消えてゆく。

549 :真琴:2020/04/23(木) 23:12:18.73
橋を途中まで渡ってみる。橋の上から内海を眺めると――夜の底はほんのり明るい。
樹木に覆われた大小さまざまの島が夜の内海に黒い影のように点々と浮かぶ様子は
無意識の底を撮影した写真のよう。見上げると満月。
鏡のように光る月をじっと覗き込んでいるとだんだん爪先立ちになってきて、
不意に向こう側とこちら側が入れ替わる。

550 :真琴:2020/04/24(金) 23:39:48.15
住宅街の細道の、直角では無い歪んだ角の所に、青い物置が置かれている。
物置のなかに何があるのかはわからない。
物置のなかににんげんが一人封じ込められていて、直方体の空間から外に出られないまま、
生存していたとしても、わからない。このような封印空間がアスファルトの道路の下とか、
デパートの建物の壁のなかとか、公園の噴水の台座のなかとかにある可能性もある。

551 :真琴:2020/04/24(金) 23:48:51.18
樹海のなかのあの時空点に行くことは物理的には禁止されていないが、
現実には行かない、行けない、その到達不能点に、いま現在、とある蟲がいて、
その蟲が蠢き這っている、その地面の匂いとか感触、空気の寒さ、闇の暗さ、
そんなものを想い浮かべながら、鎌倉の、竹林の寺へ向かう裏道を歩いていると、
道沿いに並ぶ民家のうちの、とある一軒の二階の窓に明りが灯っている。

552 :真琴:2020/04/26(日) 23:15:01.41
その男はフダラク市にはありえない存在だった。
その男は浮浪者だった、ホームレスだった、路上生活者だったのだ。
フダラク市は衛星軌道上に存在する人工的な生活圏であり、全構成メンバーが
何らかの組織から莫大な予算を取得してここに来ている。
その男の存在は、言ってみれば「ISSのなかに浮浪者がいた」みたいな異常事態だった。

553 :真琴:2020/04/26(日) 23:23:36.09
逆にその男はここがフダラク市であることに気づいていなかった。
謎の「敵」にNOVA警察杣台管区基地を焼き払われ、うわぁああああ、なんだこれはぁあああああ、
と叫びながら、自分でもよく分からない座標変換を繰り返し、おそらくその過程で
装置のことを思い出して第二段階チャートを開いたりしたことも功を奏したのだろう、
追っ手を振り切ってただし身一つで見慣れぬ都市の路上に放り出された。

554 :真琴:2020/04/26(日) 23:33:18.51
フダラク市のAIはこの男のことをその出現直後から認識していたが、
解釈不能な事態なので、経過観察をしていた。なにしろ、
形而上物理学のメッカ・フダラク市である、異常事態は研究対象だ。
おそらく男はチャートを開いてフダラク市に侵入してきたものと思われるが、
フダラク市周辺は乱流だらけであり、遊泳不可能なはずなのだ。

555 :真琴:2020/04/26(日) 23:39:14.84
フダラク市のAIは三日待ったが、この三日間に男は浮浪者化、ホームレス化、路上生活者化を
深めただけだった。フダラク市のAIだけでなく、「市民」たちもこの男の存在の異常さに
気づいていたが、だからこそ多くの者は触れないようにし、秘密情報を知る一部の者及び
その部下たちだけが遠巻きに観察していた。三日目に市職員が男に話し掛けた。
――ええと、その、ここで何をしていらっしゃいますか?

556 :真琴:2020/04/26(日) 23:46:09.67
男は怯えて、あ、あ、あ、と口を開こうとして開きえないまま、
一歩ずつ後ずさってゆく。
――だいじょうぶですよ、こわがらないでください、お名前は?
男のどこかの回路が通電したらしい、不意に壊れた機械のように口が動き始めた。
――NOVA警察、杣台管区基地、工作員、コードネーム「議長」、であります!

557 :真琴:2020/04/27(月) 23:49:10.86
――NOVA……警察?
市職員の顔に緊張が走る。NOVA警察、それは形而上物理学界隈での都市伝説と言うべき
秘密組織である。もっとも、このフダラク市の場合、フダラク市自体がNOVA警察の遺棄施設であることから、
その存在は肯定されていた、ただ、実態はつまびらかではなかった。
眼を瞠る市職員の前で、突然、血しぶきが舞い、見ると「議長」とやらの体が消えている。

558 :真琴:2020/04/27(月) 23:56:26.18
いまここがいまここであることは「永劫回帰」的に何億年も繰り返されているのだが、
それが、今、すこし時間発展をした。いまここで帝国主義者が使った第二段階チャートの技術は、
「ポスト第3主著」の産物であり、ガイア全体の概時間軸のなかでは、因果的には、
この時空点に存在し得ないものである。それが使われた。パラドックスが時間を進める。
このとき、すこしの矛盾ならガイアの再結晶に吸収されるが、激しすぎる矛盾は結晶の崩壊を招く。

559 :真琴:2020/04/29(水) 23:05:54.16
スーパーの正面あたりが謎の線路の始点=終点駅になっている状景、
この記憶に関連して必ず思い浮かぶ、道沿いに水路があり、水路の向こう側が
だだっ広い更地になっていて、そこがいまは工事中であるという状景、
このふたつの状景がなぜ繰り返し思い浮かぶのか、特に後者の状景で、
水路の更地側の壁が、波打つ赤い鉄板を縦に地面に植え込んだものであることなど、

560 :真琴:2020/04/29(水) 23:11:28.39
スーパーの正面入り口、なのだろうか、記憶のなかのこの場所には、
陽光を半分通すようなビニール膜の覆いが掛かっていて、
安っぽいプラスチックの腰掛けがたくさん並んでいる、むしろ、
デパートの屋上にある屋外広場風に「見える」、だが、だとしたら、
見通せないほど遠方まで真っ直ぐ延びている線路の印象と喰い違うし、

561 :真琴:2020/04/29(水) 23:14:48.04
大きな建物の窓の無いのっぺらぼうな側面に沿って、
盛り土のうえを線路が走っていて、さらに、
線路のこちら側にはアスファルトの幅の広い道が走っている、
ただし、自動車の定常的な流れがあるようないわゆる車道では無く、
道の真ん中を歩行者たちがそぞろ歩いているような「車道」である。

562 :真琴:2020/04/29(水) 23:20:38.75
もしかしたらこの謎の線路は、
分枝世界どうしを結ぶ「幹線軌道」を走る路面電車だったのかも知れない、
――あの、カサタとコヨを結んだ第3幹線軌道の路面電車のような。
だとすると、どうしても記憶が鮮明にならないのは、分枝世界の崩壊に伴って
記憶素自体が欠落しているからなのか。

563 :真琴:2020/04/30(木) 01:12:43.72
崩壊した分枝世界、記憶に無い分枝世界、忘れてしまったことすら忘れてしまった分枝世界、
そのような分枝世界の状景であるのかも知れない、というか、
おそらくは「そう」なのだけど、とりあえず、記憶にある分枝世界、在りし日の分枝世界テータの市川に飛ぶと、
わたしは市川市の地図上を右上の方へ歩く、
記憶によればあの更地やスーパーはこの方角にあったはずだから。

564 :真琴:2020/04/30(木) 01:21:04.76
見覚えの無い住宅街や田んぼの横の道を歩く。田んぼの横の道と言っても、
アスファルトで舗装された小道である。まったく確信の無い感覚に導かれるまま、歩く。
と、とある角で、とある古ぼけたビルが佇んでいる角で、車道から一本奥の
無駄に広い道に入ると、あった、あったよ、あったよ、なんだこれ……
道沿いに水路があり、水路の向こう側にはだだっ広い更地。

565 :真琴:2020/04/30(木) 01:28:11.65
更地には建設計画の看板が立てられている。
『女帝アグノーシア宮殿』
なにこれ。謎の記憶の場所が実在しただけでは無く、そこは
帝国主義者たちの牙城の建設予定地だった。こうなってみると、
スーパーの正面を始点=終点駅とする線路は「幹線軌道」なのかも知れない。

566 :真琴:2020/04/30(木) 18:46:55.88
更地はここから見るだけでもおそろしくだだっ広い。わたしはいま
更地の東南角から南辺をすこし進んだ位置にいるが、南辺に沿った道の進行方向を眺めると、
道の果てまで、左には街並みが、右には更地が広がっている。
わたしは一度東南角まで戻って、今度は東辺に沿った道を歩いてみる。
この道も眺める限り果てまで右には街並みが、左には更地が広がっている。

567 :真琴:2020/04/30(木) 18:54:05.14
更地と道のあいだには、南辺の場合も東辺の場合も、水路が走っている。
お濠と言うほど幅広いわけでは無いが、水路が遮断しているので、更地に気楽に入ることはできない。
東辺に沿って道の反対側に広がる街並みは戸建てが多い住宅街で、
更地側はずっと水路が走っているのに、住宅街側にはときおり垂直に枝道が差し込んでくる。
かなり歩いた。かなり歩いて更地の北東角に到り、わたしは北辺に沿った道へ曲がる。

568 :真琴:2020/04/30(木) 18:58:28.85
北辺に沿った道も更地とのあいだに水路を挟んで果てまで真っ直ぐに進んでいる。
おそらくこの更地は長方形で、建物を建てるというより、一つの街に匹敵するくらいの広さがあるのだ。
確かに帝国主義者たちはここにわたしの「御所」を建てるつもりなのだろう。
北辺に沿って道の反対側は、林が広がっていて、林に埋まるようにしてときおり
住居が建っている。この林が登記上どのような存在なのかはわからない。

569 :真琴:2020/05/04(月) 00:34:50.35
地所の様子はだいたい分かったので北辺、西辺、南辺をすべて歩くことは割愛する。
折角だからこの広々とした更地を歩いてみたかったが、水路で囲まれているので、入るのが難しい。
チャートの切り替えで入るのもちょっと気分が違う。ふつうに道から歩いて入ってみたかった。
――更地の周囲を一周歩いたら元の場所と異なる地点に達する、とかなら、
更地のなかに面白い特異点があることになり興味深いけど、今回は一周は割愛しよう。

570 :真琴:2020/05/04(月) 00:43:29.33
地所の北東角から北北東へ斜めに道が走っている。地所を取り囲んでいる道とは異質な細い道で、
アスファルトで舗装されておらず、道沿いに松が生えている。
この道があの謎の線路の始点=終点駅となっているスーパーまで繋がっている、気がする。
この細い道は、古い道で、時空の繊維をたくさん集積している。
「御所」予定地の一周より、この道をたどることの方が面白そう。楽しそう。

571 :真琴:2020/05/06(水) 02:25:18.52
わたしたちはここでいったいなにをしているのだろう。
わたしたちはここでいったいなにをしているのだろう。
一度しか歩いたことのない道の状景がいつまでも消えない。
一度だけ歩くときこの状景がその後残るのかどうかそのときに判断できるのだろうか。
残ることなく消えた状景は記憶されなかったのだから思い出すこともできない。

572 :真琴:2020/05/06(水) 02:32:02.32
地所の北東角から北北東へ斜めに走っている道沿いの状景は、
奇妙に生々しく同時に奇妙に曖昧で、わたしに刻印されていつまでも残るような気もするし、
忘れてしまう気もする。木の長い塀や、コンクリートの長い塀。
塀の向こうに樹が植えられていたりするが、家は平屋だったり2階建てだったりする。
道は舗装されていない土の道で、道沿いに松が生えている。

573 :真琴:2020/05/06(水) 02:39:13.83
歯科技工士の工房がある。発注を受けてここで制作するのだろうか、
住居的な入り口の他に事務所的な引き戸もあって、建物がキメラになっている。
この建物は周囲にそぐわない。道沿いの他の住人たちには、
あの家がいつ頃あのように変質したのかについて一言ありそうな感じがする。
この家が「おじいちゃんのいえ」であるようなこどもがどこかにいるのだろうか。

574 :真琴:2020/05/06(水) 02:44:23.74
夏休みに「おじいちゃんのいえ」に行くとにんげんの口だけの模型があって、
独特な器具、独特な匂いがあった、そのようなこどもがどこかにいて、
一方、「じぶんのいえ」が大地から生えたデベソのような3階建てのビルで、
地下一階から二階までは古本屋を営んでおり、じぶんたちは三階に住んでいる、
そのようなこどももいるのだ。いけない、これではあのスーパーが遠ざかってゆく。

575 :真琴:2020/05/06(水) 23:14:44.05
このまま進んでもあの謎の線路の始点=終点駅となっているスーパーまで辿り着ける気がしない。
あのポイントまで繋がっていそうだという感覚が急速に退いてゆく。
北北東を目差していたはずの道も、気がつくと南南西を目差している感じがする。
わたしは「とんっ」と4次元時空沈殿を蹴り、虚空に浮かぶと、スケールを変換したうえで、
ガイアを外から眺める。と、「御所」予定地のあたりに凄まじい特異点の柱が立っている。

576 :真琴:2020/05/06(水) 23:20:52.07
やはりあの地所のなかには特異点が含み込まれていたらしい。
北辺、西辺、南辺をちゃんと歩くべきだったかも知れない。
凄まじい特異点の柱に隠れるようにして白い紐が走っている。
生魚に包丁を入れたとき白い紐のような神経が肉のあいだを走っているように、
独特な存在感を見せるあれはきっと幹線軌道だけど、わたしはあれを作った記憶がない。

577 :真琴:2020/05/06(水) 23:27:20.89
わたしが作ったけどわたしにはその記憶がないのか、
「未来の」わたしが作るのか、あるいはわたし以外の誰かが作るのか、
いずれにせよ、あの謎の線路の始点=終点駅までの距離は、一見近そうでいて物凄く遠い、
特異点の近傍だからだ。気がつくとわたしは、江戸川の市川市とは反対側の岸辺の
とある街にある書店にいる。なぜここに飛んだのか?

578 :真琴:2020/05/06(水) 23:33:07.08
小さな駅の(どの駅か?)駅前にある小さな書店、書棚の大部分は、
文庫本・新書本・雑誌・マンガ・実用書、なのに店主の矜持なのか、この書店には
「専門書」コーナーがあり、そこには2冊の本が並んでいた、
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』

579 :真琴:2020/05/06(水) 23:40:11.91
罠なのかな、うーん、罠だね、わたしが3冊目を置くことを期待しているのか、
それにしてもここはどこの街なんだろう、市川市とのあいだに江戸川を挟んでいることに
防壁的な意味があるのか、気がつくとこの書店の所在地が書き換えられていて、
ここは高円寺のアーケイド商店街、アーケイドに開口している古本屋さんに転換している、
わたしは後ろを見ずに店を出ると、アーケイドの天井を仰ぐ。

580 :真琴:2020/05/07(木) 02:26:03.72
アーケイドの天井いっぱいに大きな顔が浮かんでいる。どこが眼とか、
どこが口とか、特に定めることは出来ないけれども、とにかくこれは大きな顔だ。
大きな大きな顔、顔がこちらを見下ろしている。
わたしたちはここでいったいなにをしているのだろう。
わたしたちはここでいったいなにをしているのだろう。

581 :真琴:2020/05/07(木) 02:29:52.58
一度しか歩いたことのない道の状景がいつまでも消えない。
一度だけ歩くときこの状景がその後残るのかどうかそのときに判断できるのだろうか。
残ることなく消えた状景は記憶されなかったのだから思い出すこともできない。
記憶しなかった状景を思い出してしまったらどうすれば良いのか。
江戸川の向こう岸の本屋、床がざらっとしたコンクリートで、

582 :真琴:2020/05/07(木) 02:36:13.74
福浦島を歩いているとき、下り坂に沿って青い小さな建物があった、
建物には入り口が無く、出口も無く、内側に閉じた空間を孕んでいて、
そのなかにはとある殺人鬼の内面が封印されていた、だから、
そのなかに入るためにはチャートを開くしか無く、その福浦島と本土とのあいだには
福浦橋が架かっている、架空の橋は虚空へと、足元に見下ろす夜景へと、

583 :真琴:2020/05/07(木) 02:42:04.42
天井から見下ろしている大きな大きな顔の口らしき口では無い口からたらーっと
粘液が垂れてくるので気持ち悪いから頭をぶんっとふると髪が彗星の尾のように舞い広がり
大鴉の翼のようになり気がつくとすべてのうえのうえのほうを飛んでいてそこから
見下ろすと、そう、見下ろすとなんだか美味しそうになって口からたらーっと
つばきが垂れるのが気持ち悪いからいっそのこと飛び下りると世界がプールの水面のように

584 :真琴:2020/05/07(木) 02:48:17.35
「御所」予定地の南辺に戻る。南辺沿いには住居というより、
仕事をするビルのような建物がちらほら並んでいる。しかし、豆腐屋さんも在ったりする。
灰色の2階建ての会社のビルの横に豆腐屋さんがある。そのお豆腐の硬さは
大脳を指でぷにぷにした感じに近い。店先の水槽に浮かんでいるお豆腐に指を差し込むことは
社会的なにんげんとしてはできない、同様に、露出した大脳に指を

585 :真琴:2020/05/07(木) 02:53:48.11
どうしよう、前回はここから東辺に進んだ、だから今回は西辺に回ろうか、
あるいは逆回りなど避けるべきかも、前回と同じく東辺に進むべき?
西辺を目差すと空回りする気がする、その図書館はJRの駅と私鉄の駅の
中間くらいの丘の上にあった、どちらから目差しても坂を上る、
この図書館に通っていた頃、核戦争があったのだった、真夏だった、

586 :真琴:2020/05/09(土) 00:33:47.90
地所の東辺に沿って歩く。道を隔てて東側には戸建てが多い住宅街が広がっている。
あの2階建ての家、2階部分に広いベランダがあり、物干し竿を支える台などが見える、
その2階建ての家のところで東に向かう分岐路に入る。
分岐路をしばらく歩いたあとで後ろを振り返ると、道幅に切り取られた更地の状景が見える。
だいぶ歩いたところで左折、北を目差す。

587 :真琴:2020/05/09(土) 00:39:14.43
住人にとっては、一軒一軒、物凄い質と量の記憶の堆積物だが、
通りすがりに眺める限り、どれもこれも似たり寄ったりな家家が立ち並ぶ、
しばらく北を目差しては右折して東に向かい、東に歩いては左折して北を目差す。
あの「地所の北東角から北北東へ斜めに走っている道」に合流してしまうと、
筋道を掻き乱され、スーパーまで辿り着けないと思う、だから、

588 :真琴:2020/05/09(土) 00:45:52.81
気がつくと丘の中腹を横に這う道を歩いている。
道の傍らに露出した水路があり、丘の下の方へ激しく水が流れている。
水路は丘の上のほうから降りてきて、道の下をくぐって露出点に至り、
丘の下へ流れてゆくらしい。地形からしてあの住宅街とは異なる。
露出した水流は凄まじく、うっかり転落でもしたらどこまで流されるのか

589 :真琴:2020/05/09(土) 01:00:50.52
フダラク市は衛星都市なので、そこに至る経路としては、
チャートを開いてアーカーシャを跳ぶ形而上物理学的な方法の他に、
ふつうに4次元時空沈殿のなかで重力井戸から抜け出すという通常物理学的な方法もある。
都市のメンテナンス要員のなかには、ふつうに宇宙空間のなかで都市外に出て
作業をする専門の者たちもいる。

590 :真琴:2020/05/09(土) 01:08:54.29
わたしたちが「上下」だと理解している参照枠は、上下とは異なる何かだ。
わたしたちが直立しているとき、「上下」と上下は一致していて、
ものが落ちる方向がうえからしたへ、である。
だが、宇宙空間にいるときも状景には「上下」がある。
地球上で逆立ちをしているときに見える状景にも「上下」はあるのだ。

591 :真琴:2020/05/09(土) 01:17:12.65
NOVA警察がおこなった非道な実験の一つに、次のようなものがある、
大気中を浮遊するポッドのなかで、多数のにんげんたちを天地逆さまに飼育したのだ、
その結果、かれらの視界の常態は、つねに「上」を面(地面、海面)に蓋されて、
多くの物体がこの蓋から垂れ下がり、「下」はつねに茫漠と広がっている青、というものになった。
占有を離脱した物体は「上」にあがってゆく。このとき、被験体であるにんげんたちのモナドは、

592 :真琴:2020/05/09(土) 01:27:43.25
どうもおかしいと思ったら、ここは
千葉県市川市ではなかった、
万葉県市川市なのだ。だからだ、だからだ。
八幡から北東へ歩き続けたとき、
だだっ広い更地までは到達できても、

593 :真琴:2020/05/09(土) 01:38:02.85
「市会議員・小川笑顔」は、とあるだだっ広い更地の南側に面する、豆腐屋の次男として生まれました。
実家の小川豆腐店は、脳髄のかたちをした「脳髄豆腐」で一世を風靡した人気店で、
オガワエガオが小学生の頃は、まいにち百メートルもの行列で賑わっていました。
店頭の巨大水槽のなかに浮かぶ無数の「脳髄豆腐」、そのなかには本物の脳髄も混ざっていたと言われています。
医学部の入試に十年間失敗し続けた小川笑顔は、

594 :真琴:2020/05/09(土) 01:43:08.84
「議長」という通り名で呼ばれるNOVA警察上級職員は、
小学生の頃、お盆が来るたびに、とあるだだっ広い更地の北北東に位置する
歯科技工士のおじいちゃんの家に遊びに来ていた。
歯の生えた口の模型を眺めた幼少期と、形而上物理学の研究を目差した青年期のあいだに、
何か関係があるのかないのかは不明である。

595 :真琴:2020/05/09(土) 01:51:05.99
オガワエガオと「議長」が同じ小学校に通っていたという線はあり得るだろうか、
あり得るとしたらそれがこの一帯をややこしくこじれさせている一因かも知れない。
フダラク市で帝国主義者に拉致された「議長」は、その後、人格調整を受け、
新しいOSをインストールされて、NOVA警察上級職員になった。
オガワエガオはどういう立ち位置なのだろう……?

596 :真琴:2020/05/14(木) 23:53:59.64
建物の下を小川が流れている。建物の一階はコンクリート剥き出しの
車庫スペースで、そのスペースを区画する1尺程度の壁の向こうは
こどもの背丈くらいの斜面で、そこを小川が流れている。水流はわりと速い。
小川には幅1m程度の板が渡っていて、渡った向こう岸には倉庫風の建物がある。
こちら岸の建物は入り口を入ると階段で、2階から上は住居という感じ。

597 :真琴:2020/05/15(金) 00:04:17.79
歩いているうちに、あたり一面、墓地が広がっている。
墓地に蝶が舞っているが、ということは、冬から春にかけて、
墓地のどこかで芋蟲が育つということだ。そういえば幼稚園の正門の
左手にふつうひとの歩かない裏道があった。裏道を歩くと、
丘の西の切り通し坂に出る。樹で覆われた暗い道だ。

598 :真琴:2020/05/15(金) 00:13:30.90
駅前の商店街の、レンガを敷いたような路に、そんなものなかったはずなのに、
路面電車のレールが走っていて、気がつくと電車が来る。乗れるのだろうか?
乗り込みながら運転手さんに尋ねる、これに乗ればスーパーの入り口の
終点まで行きますか……? 運転手さんは黙って行き先表示を指さす。
NOVA――この路面電車のdestinationは森羅万象の終点なのだった。

599 :真琴:2020/05/15(金) 00:24:03.91
AVON――即ち、反NOVA警察の組織は、もともとはNOVA警察の一つのブランチだった。
ただし、帝国主義者というわけでもない。帝国主義者にせよ、人間主義者にせよ、
NOVA警察に違いは無いわけで、AVONはそのどちらとも敵対している。
AVONの技術者たちは鞄に収まるひみつきちを開発し、AVONのエージェントたちは
その鞄を持ってアーカーシャのあちらこちらに散り、蝶のように舞う。

600 :真琴:2020/05/15(金) 00:31:24.05
帝国主義者と人間主義者の戦争はついに4次元時空をも実体的に巻き込むようになる。
新宿のとあるペンシルビルが爆発し、まるで爆破解体のようにずずずずと
くずおれたあの事件は、実はかれらの戦争である。
戦争に敗れた帝国主義者たちは、全球凍結時の地球という、座標の彼方へ逃げる。
あの広大な更地を含む時空沈殿はミジンコになるまで磨り潰される。

601 :真琴:2020/05/15(金) 22:26:11.57
NOVA警察のフロント企業「新星帝国社」のオフィスは
新宿のとあるペンシルビルの3〜5階にある。社長である「議長」は
万葉県市川市に建設予定の『女帝アグノーシア宮殿』計画について、
進捗報告を上層部からせっつかれている。だが「議長」は思うのだ、
そんなもの建設して一体何になるのか、と。わたしも同感である。

602 :真琴:2020/05/15(金) 22:35:16.61
ある日、出社した「新星帝国社」社員たちは、狭い階段を昇り始めたときから
異常な気配を感じている。それが何か分からぬまま、3階の入り口のドアを開けたとき、
あまりの光景にさすがに動揺する。昨晩最後まで社に残っていたサイトウさんが、
椅子に座ったまま真っ黒焦げに炭化した死体となっているのだ。建物には影響を与えず、
正確にかれのボディの領域のみ、高温化されたらしい。超常現象的攻撃である。

603 :真琴:2020/05/15(金) 22:40:38.72
アーカーシャのなか、4次元時空沈殿からすこしズレた位置まで、
「新星帝国社」は警備している、だから、よくある亜空間からの攻撃という
手口ではない。どうやら、ある時期から業界に普遍化してきた、
隠密チャートによる侵入らしい。女帝アグノーシア様の第3主著から発生した
この手法は、NOVA警察内部での帝国主義者と人間主義者の戦争を加速している。

604 :真琴:2020/05/17(日) 00:11:44.71
昨晩に向けてチャートを開けば犯行時空点そのものに至ることは可能だが、
極めて近いポイントに向けて、しかも明瞭にパラドックスを引き起こすチャートを開けば、
激しい特異点を生じることになる。うっかりすると沈殿の微崩壊を招く。
被害側が調査のために開くチャートが引き金になって爆発が起こる、という
悪趣味な機雷の可能性があるので、4次元時空沈殿に沿った通常調査しかできない。

605 :真琴:2020/05/17(日) 00:18:32.76
もちろん調査をふつうの国家警察にやらせても無意味なので、黒焦げ死体は処理する。
4次元時空沈殿に垂直な方向へ軽く飛ばし、とりあえずアーカーシャへ流す。
それにしてもなぜ黒焦げなのか。純粋に殺したいだけなら、亜空間から指先を伸ばして
頭蓋骨の内部を掻き混ぜるだけで充分だ。そんなことをされないために亜空間側にも
警備員はいたが、その眼をかいくぐり、しかも丹念に燃やすとなると、

606 :真琴:2020/05/18(月) 01:15:45.00
道は丘の中腹を横に這っている。進行方向の左手が上、右手が下、
上から下へ小川が流れている。小川は道の左手で地下にもぐり、
道の下をくぐって、道の右手から再びあふれ出している。
激しい雨が降っていて、小川の水流は猛々しい。特に道の右手、
地下からあふれ出る水流は獰猛で、丸くふくれあがって下へ流れ落ちてゆく。

607 :真琴:2020/05/18(月) 01:30:53.14
サイトウさんの黒焦げ死体に憤った「新星帝国社」の面々が、
細けぇことは良いからとにかくサイトウを助けるぞ、と、犯行時空点にチャートを開き、
その結果、サイトウさんは死なないことになり、同時に、4次元時空沈殿に凄まじい亀裂が入る、――その場で、
死なないつまり復活したサイトウさんが、わははは、これぞわが計画通り、よく時空を壊してくれたご苦労さんと叫ぶ、
それを夢見てサイトウさんは自分で自分自身を黒焦げにしたのだった、としたら、

608 :真琴:2020/05/18(月) 01:36:52.94
こんなこと、どうでも良い。すっかりバカバカしくなったわたしは、
気がつくとだだっ広い更地の真ん中を歩いている。土の香りが凄い。
だだっ広い更地のなかから眺めると、南辺の向こうには灰色のビルが並んでいて、
小川豆腐店なんかもある。東辺の向こうには色とりどりの戸建てが並んでいる。
でこぼこした土のうえを歩いていると平衡感覚がくらりとして楽しい。

609 :真琴:2020/05/20(水) 23:13:01.66
コンクリートの天井に蓋をされた廻廊、両側は3階建ての建物が壁を成している。
巨大な蛇が這ったあとのように、やや曲がりながら向こうへ続いている。
電車の高架線の下なのだろうか。
廻廊の両側が建物なので、枝道というものがなく、
もし路上に怪物なり暴徒なりが現われた場合、逃げる先に困りそう。

610 :真琴:2020/05/20(水) 23:20:00.92
とある建物の狭い階段が廻廊に開口している。試しに入ってみる。
階段を昇り、踊り場で折り返して、また昇る。2階。
さらに階段を昇り、踊り場で折り返してまた昇ると3階で、
手摺りに沿った短い廊下を建物の裏側に回ると、そこから左右に狭い廊下が走っている。
廊下の窓から見えるのは、この巨大な蛇のような廻廊の外側の市街の景色。

611 :真琴:2020/05/20(水) 23:24:26.56
廊下を歩き、3つめの扉の前に立つ。305号室。
わたしは一瞬思案した後、扉を開ける。見知らぬ小さな空間が現われる。
ごちゃごちゃした生活空間をおぼつかない足取りで渡り、
巨大な蛇のような廻廊の内側を見下ろす小さな出窓に向かう。
窓から見下ろすと、あれ?

612 :真琴:2020/05/20(水) 23:30:35.86
廻廊を見下ろすはずなのに、窓の外には黒い河が流れている。
しかも、わたしは3階から見下ろす展望を想定していたのに、
この窓の直ぐ下が堤防のコンクリートで、黒い河の水面は近い。
どう考えれば良いのか、そもそもここは誰の部屋なのか。
黒い河をカヌーが近づいてくる。カヌーを漕いでいるのは、

613 :真琴:2020/05/20(水) 23:39:11.73
隣の部屋から突然凄まじい音量で激しい音楽が鳴り始める。
壁越しに聞こえるだけでも凄まじいから、隣の部屋のなかでは、
食器とかがポルターガイストのように踊り狂っているのではないか。
隣室の主はカメラマンであるという直感を得る。壁に掛けられた・
額装された作品も、振動して壁から落ちそうに違いない。

614 :真琴:2020/05/20(水) 23:46:57.37
再び出窓から黒い河を見るとカヌーがだんだん近づいてきている。
わたしは窓を閉め、扉から廊下に戻る。廊下の窓から見下ろす景色は、
だだっ広い更地に変化している。『女帝アグノーシア宮殿』予定地、南辺。
なるほどね。いまもし階段を降りると、
おそらくこの建物は南辺に沿って建っていて、きっと隣は小川豆腐店。

615 :真琴:2020/05/20(水) 23:50:27.24
わたしは狭い廊下を、来た階段とは逆の方へどんどん歩いてみる。
途中から、扉が並ぶのと反対側の壁から窓が消え、狭い廊下はどんどん薄暗くなって行く。
しばらく歩くと前方に小さな扉があり、それで行き止まりになった。
後ろを振り返ると碌な事になりそうにないから、後方は認識しない。
思い切って扉を開けると、

616 :真琴:2020/05/20(水) 23:58:50.51
気がつくとスーパーマーケットの売り場を歩いている。
牛、豚、鶏、魚、蟲、などの冷蔵棚を背に、香辛料だの油だのの棚を抜け、
出口の方に来ると、文房具売り場などがある。さらに進むと、あ、出口だ、
入り口でもある、わたしはスーパーの正面に出る。
そこにはあの謎の線路の始点=終点駅がある。

617 :真琴:2020/05/21(木) 00:07:03.44
スーパーの正面から街へ出ず、左の改札の方へゆく。
わたしは自動改札をくぐってプラットホームを歩く。
始点=終点駅なので、線路の端から見ると、彼方へ単線が走っているのが見える。
さて、電車は来るのだろうか、どこへゆくのだろうか、
ここが始点=終点であることとNOVAのあいだに関係はあるのか。

618 :真琴:2020/05/21(木) 02:26:49.06
スーパーの正面から街へ出る。白っぽい塀で覆われたお屋敷が眼の前にある。
塀のなかの庭には緑の樹木が植えられていて、道からも見える。
道は、スーパーの正面のところだけ丸い広がりになっていて、
二股に分かれ、そのあいだにお屋敷を挟んでいる。道を後ろへ、
スーパーに沿う方へ戻ると、れいの線路が走っている。

619 :真琴:2020/05/21(木) 02:32:17.96
あのうえが、まによろしければ、ほとろのすが、そうでないとからくすので、
暮らし山が峠の方まで、はからしるのを待つほかなく、墓所に暮れる夕陽が、
まるでモノレールが街の上空を漂うように、唐紅の唐傘がくるりくるりと、
気がつくとわたしはだだっ広い更地の真ん中を歩いている。土の香りが凄い。
だだっ広い更地のなかから眺めると、南辺の向こうには灰色のビルが並んでいて、

620 :真琴:2020/05/21(木) 02:37:34.41
更地の彼方、道の向こうに、3階建ての灰色のビルがまるで長城のように並んでいる。
とある座標のもとではあの長城の向こう側に、
巨大な蛇が這ったあとのような廻廊がやや曲がりながら走っているらしい。
305号室とは何だったのか。と、――更地から眺める灰色のビルの3階の、
とある部屋がいきなり火を噴き、爆発する。

621 :真琴:2020/05/24(日) 21:57:08.88
同時刻、新宿では、とあるペンシルビルが爆発し、
まるで爆破解体のようにずずずずとくずおれる。
それは「新星帝国社」が入っているビルである。
NOVA警察の乗り物、いわゆる「空飛ぶ円盤」が各地の上空を飛び回る。
至る所で局所的な時間軸が寸断され、

622 :真琴:2020/05/24(日) 22:00:21.55
スーパーの正面にある始点=終点駅に列車が止まっている!
「間もなく発車いたします、お急ぎください」
古風な発車ベルがけたたましく鳴っている。
わたしも急いで車両に乗り込むと、先頭車両を目差す。
車内にはおどおどした瞳のにんげんたちがちらほら乗っている。

623 :真琴:2020/05/24(日) 22:04:29.49
ベルが鳴り終わり、車掌が扉を閉める。列車が動き出す。
前方に線路は真っ直ぐ続いている。
去って行く街並みはごくふつうの街なのになぜか悲しみに満ちている。
何もいつもと変わらない、そう、何もいつもと変わらない、
わたしたちはここでいったいなにをしているのだろう。

624 :真琴:2020/05/24(日) 22:18:21.39
人間主義者たちは帝国主義者たちの基地世界に矛盾爆弾を次々に投下する。
深刻な矛盾はテータ世界の結晶秩序を壊してゆく。
時空が痙攣する。
この惨劇の目撃者たちのなかから、刹那主義と悠久主義という、
対立的な、しかし本質的には同族と言える思想潮流が発生する。

625 :真琴:2020/05/26(火) 00:18:37.34
刹那主義はある程度大きな塊としてのガイアの実在を否定する。
局所的な時間軸のみが実在し、大域的な概時間軸の実在を否定する。一方、
悠久主義は大域的な概時間軸のみが実在し、
局所的な時間軸はノイズに過ぎないと価値づける。いずれにせよ、
概ね安定的な時間軸のなかで生きるということからの乖離を示している。

626 :真琴:2020/05/26(火) 00:25:27.10
瞬間のみに生きる者も、永遠のみに生きる者も、
「ふつう」に生きるということから乖離している。
3つの分枝世界――テータ、コヨ、カサタ、そのどのヴァージョンにおいても、
(いまでは分枝世界のなかにもさらにさまざまなヴァージョンが発生している)
もう立ち直れないくらい世界は壊れてしまっている。

627 :真琴:2020/05/26(火) 00:31:48.31
スーパーの正面にある始点=終点駅から発車した列車の車窓を流れる世界の
景色を眺めながらわたしは、さすがにちょっと遊びすぎたかなー と反省している。
色々な色の絵の具を混ぜて遊んでいるうちに、虹色が出来た頃は良かったけど、
気がつくとぐちょぐちょにかきまざってパレットの上は気持ち悪い黒になっている。
実験で得たものも大きいけど、ガイアのこの領域はもう取り返しが

628 :真琴:2020/05/26(火) 00:35:59.40
帝国主義者たちの上層部がなぜ此のドグマを始めたのかは不明だが、単に
政治的敵対者との差異化に過ぎなかったのかも知れない、だが、
帝国主義者たちの末端では、女帝アグノーシアはこころからの信仰の対象だった。
上層部という脳を失った末端は、それでもぴくぴく痙攣する筋肉のように、
断片的なリーダーシップにしたがって逃走する、たとえば、

629 :真琴:2020/05/26(火) 00:42:09.40
「新星帝国社」のオフィスにサイトウさんの黒焦げ死体を起爆剤として撃ち込まれた
矛盾爆弾が世界の結晶を壊してしまう前に、そう、議長は自爆装置のボタンを押し、
矛盾が枝葉を伸ばして育つ前に、ペンシルビルごと該当領域を焼き殺した。
ビルの爆破自体は自爆だったのである。議長は社員残党とともにビルの地下の
「空飛ぶ円盤」に乗ると、概時間軸をひたすら遡行する。

630 :真琴:2020/05/26(火) 00:57:47.37
議長のつぎはぎだらけの人生記憶……小学生の頃、お盆が来るたびに、
とあるだだっ広い更地の北北東に位置する歯科技工士のおじいちゃんの家に
遊びにきた……形而上物理学者となり、新書本『わからなくても感じれる
形而上物理学』を書く……杣台事件調査のチームリーダーをし、
女帝アグノーシアのとある顕現体たちに遭遇し、杣台修復会議議長として

631 :真琴:2020/05/26(火) 01:05:30.81
想像を絶する長きに渡って(ある計り方では10億年くらい)酷使され、
アグノーシアによる第2ガイア切り離し実験に立ち会わされ、
このとき、……NOVA警察杣台管区基地にスカウトされ、世界の終わりの時に
アグノーシアの第3主著をかすめ取る任務を命じられ、失敗し、
フダラク市まで逃げ、……今度は帝国主義者たちにスカウトされ、

632 :真琴:2020/05/26(火) 01:12:04.05
末端の管理職として「新星帝国社」を営み、あのおじいちゃんの家の
近くのだだっ広い更地に『女帝アグノーシア宮殿』を建設するという
意味不明な業務に従事し、……そしていま、人間主義者たち(NOVA警察
主流派)の凄まじい粛清にあって潰走し、座標が設定しづらい領域へ、
つまり、全球凍結した地球に逃げのびてほそぼそと呼吸している。

633 :真琴:2020/05/26(火) 01:32:28.55
――いっそ、「空飛ぶ円盤」の設備を使ってこの地球を滅茶滅茶にして、
ガイアの全体に「復讐」してやろうかっ!
ジリ貧状態に追い詰められた議長はともするとこういう考えを弄ぶ。
だが、倫理観というよりは絶望によって、そんなことをしても無駄だろうと考える。
因果律の転倒法則。どうせそのような暴挙はガイアの大きな流れに吸収されるだけだろう。

634 :真琴:2020/05/26(火) 01:40:04.08
社員残党のうち、刹那主義を発症した者たちはまさに刹那的になった。
チャートを開き、アーカーシャ側から4次元時空沈殿を眺め――自分自身の
頭蓋骨のなかの剥き出しの脳髄をじかに見て、見ながら電極を突き刺し、
自分自身の脳髄で遊ぶことが流行った。のちには、相互に相手の脳髄で遊んだり、
そこにゲームや博奕の要素を持ち込む者たちも出る。

635 :真琴:2020/05/26(火) 01:48:23.06
社員残党のうち、悠久主義を発症した者たちは寝床に横になったまま、
呆然と悠久の時を眺め、そしてそれ以外何もしなかった、食事も取らず、
初期には糞尿も垂れ流し、いまでは何も流れず、ただ呆然と眺めている。
寝床のなかで即身仏になろうとしているようだった。
ゆっくりと物体になり、その物体のなかに<私>がいることを滅却していった。

636 :真琴:2020/05/26(火) 01:58:26.41
議長を含めた数人は肯定的な現実主義者だった。かれらは初めのうち、
刹那主義も悠久主義も放置していた、いまさら取り締まっても意味が無いと思ったのだ。
だが、全球凍結した地球で、「空飛ぶ円盤」に閉じ込められて、で、だとしても、
とにかく生きるのであれば、刹那主義者も悠久主義者も邪魔だった。そこで、
刹那主義者たちに「ええじゃないか」を流行らせた。

637 :真琴:2020/05/26(火) 02:02:22.65
ええじゃないか、ええじゃないか、と歌いながら、
刹那主義者たちは寝床から悠久主義者たちを引きずり出し、
ええじゃないか、ええじゃないか、とその骸骨のような人体を
抱きかかえて踊り狂い、そして「空飛ぶ円盤」の下部ハッチに飛び込んで、
地上へとゴミのように撒き散らされる。

638 :真琴:2020/05/29(金) 00:26:37.96
それにしてもこの電車はあのスーパー正面の始点=終点駅を出てから
どこにも停車すること無くしかも真っ直ぐな線路を走り続けている。
刻一刻と速度を上げているようだし、車内の客たちはNPC染みている。
これはどう見ても罠。このままわたしをガイアの外、
アーカーシャの真空のただなかに放り出そうということなのかも知れないけど、

639 :真琴:2020/05/29(金) 00:38:50.17
わたしはたぶん、どんな座標変換をしても消せない
ガイアの不変量みたいなものなんじゃないかと思うよ? 一方、
この電車はたぶん、一万体くらいのにんげんを燃やしながら飛んでいる。
百万都市船、古鏡、舟と同じ。<マイクロ・ガイア>がモナドを燃やしながら
鰍粒子をばら撒きアーカーシャにおける速度を獲得する。

640 :真琴:2020/05/29(金) 01:04:32.00
真っ直ぐな線路を凄まじい速度で走る電車によって、絶対に消せない歪みが
布の端の方へ追い込まれてゆく。「無限大マイナス無限大」のような均衡。やがて、
どこまでいっても布を打ち破って進むことができない電車の代わりに、布の方が、
つまりガイアの該当領域の方が、ガッと地震を起こし引っ張られ、次に、
線路がくにゃっと曲がる。電車もへしゃげ、魚のような形になり、暴走を始め、

641 :真琴:2020/05/29(金) 01:10:13.26
魚のような形の奇妙な<もの>は、まずガイアに凄まじい速度で突っ込み、
沈殿をザシュッとアーカーシャに巻きあげ、そのまま、
ときにガイアに潜り、ときにガイアから飛び出しながら、凄まじい速度で泳ぐ。
蟲のように蠢き、機械のように動作している、果てしない大海原を、
魚のような形の奇妙な<もの>が、小さな点が、凄まじい速さで泳いでゆく。

642 :真琴:2020/05/29(金) 01:11:49.57
魚のような形の奇妙な<もの>が、小さな点が、
NOVA警察の封鎖線にぶちあたり、
凄まじい勢いで鰍粒子が撒き散らされる。
しかし、小さな点は、魚のような形の奇妙な<もの>は、
NOVA警察の封鎖線を貫通し、依然、泳ぎ続けている。

643 :真琴:2020/05/29(金) 01:15:47.48
NOVAが迫る。ざっ
ざざっ ざざざざざざざざーーーーーーーーーーっ
気がつくとわたしは、巨大な蛇が這ったあとのような廻廊を歩いている。
両側は3階建ての建物が壁を成して並んでいて、天井はコンクリートに蓋をされている。
電車の高架線の下なのだろうか。というか、「電車」が通ったあとなのだろうか。

644 :真琴:2020/05/29(金) 01:19:42.19
この場所をまた歩けて楽しい。この前ここに来たときは、
とある建物の階段を昇って305号室に入ってみたけど、
今回は廻廊に沿ってどこまででも歩いたときどこに繋がるのかを
見てみたい。あ、この開口部から建物の階段を昇ったんだ、
というポイントを見つけて懐かしく思いながら、その先へ進む。

645 :真琴:2020/05/29(金) 01:23:48.31
ふと眼を上へやり、3階の出窓を見る、どれが305号室だろう……
しかしその窓を見つけてしまうと305号室に跳んでしまいそうなので、
慌てて眼を伏せて廻廊の湾曲の向こうを眺めるようにする。
巨大な蛇が這ったあとのような廻廊。大きな広がりを持つ空間でありながら、
閉じられてあり、しかも細長い。

646 :真琴:2020/05/29(金) 23:47:38.62
いくら歩いても廻廊の湾曲の向こう側に達するような気がしない。
湾曲の向こう側からは不思議な白色光が兆している。
たくさん歩いたなーと思ってふと彼方を見ると、やはり湾曲は前方にあって、
向こう側から不思議な白色光が兆している。かといって、
両側に並ぶ3階建ての建物たちに興味を持ちすぎるとさらにチャートが跳びそう。

647 :真琴:2020/05/29(金) 23:53:03.62
あっ と思う間もなく空間を何かが素早く横切って、
ばたばたばたっ と小さな赤い質量体がたくさん降り注ぐ。
廻廊の床に散らばる、それは赤い金魚たちである。
躰に当たって痛いというような重量ではないが、無感ではなく、
確かな質量感がある、そういう「やな存在感」が金魚にはある。

648 :真琴:2020/05/29(金) 23:59:58.90
NPC染みた歩行者たちのうちに一人、金魚を口に頬張る者がいるが、
その人物がどんな様子のにんげんか、表現することは禁止されている。
わたしはその一人と眼を合わせないように注意深く歩く。
その一人を見ないようにしながら歩くとチャートが跳んで廻廊から離脱してしまいそう、
だから湾曲の向こう側から兆す白色光以上に白い白さについて考察しながら歩く。

649 :真琴:2020/05/30(土) 00:06:18.82
気がつくと夜になっている、廻廊の至る所に闇が居座り、
両側の3階建ての建物の窓が気紛れにもたらす灯りだけが光っている、
下手に歩くと床の金魚を踏みつぶしてしまいそう、というか、
一歩一歩歩くごとに、踏みつぶして、いるね、既に、
ふと後ろを向くと、遠くの方から、大群衆が歩いてくるのが見える、

650 :真琴:2020/05/30(土) 00:17:30.40
気がつくと杣台の夜道を歩いている、左手に無表情な塀が続く、
塀の向こうには何か先端テクノロジーに関係する研究型企業の建物が建っている、
右はふつうに幅広い車道で、薄暗いなかをたくさんの自動車が走っている、
この企業、なんだったっけ、思い出せないでいると、
不意に脳内に〈杣台SQ1〉の専担キャラ桜子の声が響く。

651 :真琴:2020/05/30(土) 00:23:04.10
「束北大学の院生崩れです。セキュリティの甘い大学のAIに寄生して
繋いで来ています。実体は責葉区太町2丁目のマンション」
これは杣台出航時の〈杣台SQ1〉とアイの会話の一部だ。
何か、いろいろ混線している感じがする。この会話と研究型企業に
何か関係があるんだろうか。わたしはあの廻廊に戻りたい。

652 :真琴:2020/06/02(火) 00:03:44.96
議長は全球凍結下の地球に到着して以来、一度も円盤を亜空間飛行させていない。
アーカーシャのなかを飛ぶと、その航跡はたどりやすい。一方、
4次元時空沈殿のなかで通常物理的に飛ぶ限りでは、航跡も通常物理的でしかなく、
隠蔽しやすい。地球は広大だし、座標が構成しづらい世界でもある。
議長は沈殿のなかに潜り込んだままやり過ごせば生き延びられるのではないかと考えた。

653 :真琴:2020/06/02(火) 02:39:53.69
わたしが知らない、わたしが忘れてしまった、
わたしが忘れてしまったこと自体忘れてしまっている世界が存在したのに違いない、
おそらくその世界では百万都市船は杣台ではなく東京を材料に構成された、
ただ、東京を出航させた分枝世界は結晶崩壊し、
杣台を出航させたversionが生き残ったのだと想像される。

654 :真琴:2020/06/02(火) 02:45:35.12
でも、鰍ちゃんの物語は杣台を舞台にしてでないと成立しない。
やはり東京を出航させた分枝など存在せず、
出航した杣台が東京を夢見たという可能性の方が高いのか。
とにかく、古鏡と化した百万都市船の、
片側は砂海であり、片側は東京湾だった。なぜ、杣台じゃないんだろう。

655 :真琴:2020/06/03(水) 22:56:33.92
空飛ぶ円盤を閉鎖的なエコシステムとして循環させるためには、
形而上物理学的な手法を「錬成術」として使う、が、移動に関しては、
アーカーシャのなかガイアにへばりつき、「地に伏した」移動しか行わない、
このことを議長は徹底した。そのうえで議長は教養学部時代に戻った気分で、
ひたすら通常物理学を復習した。力学と電磁気学。

656 :真琴:2020/06/03(水) 23:03:46.79
ついに議長は空飛ぶ円盤からスペースコロニーを構築してみせた。
これを軌道上に打ち上げるため、残念ながら物質的な手段で行うことはかなわない、
議長は、形而上物理学的な座標変換をinfinitesimalに行い、
決して4次元時空沈殿から浮上せずに、ただし、4次元時空沈殿内部的には
地球から軌道に移行するように、そのような座標変換を無限に繰り返した。

657 :真琴:2020/06/03(水) 23:07:41.78
ぞろっ ぞろっとスペースコロニーが空中に浮かんでゆく。
通常物理学的な作用によるものではなく、形而上物理学的な座標変換が、
infinitesimalに無限回行われ、一切ガイアの外に出ることなく、
地球から離脱してゆく。そして、コロニーは軌道上におかれた。
フダラク市の創建である。

658 :真琴:2020/06/05(金) 00:17:02.43
そして7億年が経過した。
7億年のあいだ、フダラク市は、軌道上のそのポイントに存在し続けていた。
しかし、チャートを開くことを厳禁していたので、地上の詳細な観察などはできなかった。
ただただ、存在し続けていた。
やがて宇宙開発を始めたじんるいがフダラク市を発見し、「フダラク市」と名づけた。

659 :真琴:2020/06/05(金) 00:26:32.44
7億年のあいだにコロニーは増改築され、当初の姿からだいぶ変貌した。
空飛ぶ円盤を改造して作られた当初のコロニーは、
最終的な円筒状コロニーにおいて、「未知機械の森」と呼ばれる区画になった。
――議長は、この区画でいまだに生き続けていた。
かれは自分が果たして機械化されているのか、データ化されているのか、

660 :真琴:2020/06/05(金) 00:32:30.11
モナドのみが何らかの形態で働いているのか、自分でもわからなかったし、
そんなことはどうでも良かった。
じんるいはフダラク市に管理AIを設置した。
議長はフダラク市のAIと「仲良し」になったので、
フダラク市で起こっている事象のすべては議長にも流れ込んできた。

661 :真琴:2020/06/06(土) 18:51:59.26
来た、あの方だ、あの方が来た、とある日、議長は、
長いあいだ待ちわびた事態の到来を知った、それは、
自分のコロニーこそが、どうやらフダラク市になる、
と悟って以来、待ち焦がれていた事態である、ああ、
ここがフダラク市なのだとしたらあの方が来るのだ、

662 :真琴:2020/06/06(土) 19:21:42.60
ふと日付を見て、きょうなのか、と思った。
昔のわたしが未知機械の森で「失踪」する日。
路面電車赤道線にわたしが乗り込もうとしている。
まるで遠足にでも赴くように、未知の存在への好奇心でキラキラしている。
(いってらっしゃい) わたしはこころのなかでエールを送る。(良い旅を)

663 :真琴:2020/06/06(土) 19:24:01.28
わたしは路面電車赤道線に乗って円周の二分の一を移動し、
「未知機械の森」駅で下車する。
「フダラク市を建設したのはNOVA警察の一つの勢力であるが、
この勢力がどこから来て、どのようにフダラク市を作り、どこへ去ったのか、
その歴史は全くわからない。」

664 :真琴:2020/06/06(土) 22:26:38.61
その秘密が分かるとしたらここ、「未知機械の森」においてだろう、
フダラク市に来て以来、見てみたかったけど、いままで
機会が無かった。わたしは一見、遺棄機械の堆積にしか見えない
「未知機械の森」に入る。脳内でアルジャーノン指数が異常値を示す。
このポイントには数億年に及ぶチャートの歪みを感じる、

665 :真琴:2020/06/06(土) 22:28:40.90
それはありうることなのか? そうなのかも知れない。
NOVA警察に数億年に及ぶ歴史があるというのはありうることだ。
やはりじんるい史はNOVA警察の管理下にあったのだろうか?
機械のあいだを進んでいくと、やがてわたしは広場に出た。
――お久しぶりです。声がした。

666 :真琴:2020/06/06(土) 22:30:03.94
声が物理的に音として耳に来たのか、ダイレクトに脳に来たのか、
よくわからなかった。両方だったのかも知れない。
「どなたですか? たぶん、初めまして、だと思うのですが」
――あなたはこれから長い旅に出るのです。
私は未来のあなたと会ったことがあるのです、7億年以上昔に。

667 :真琴:2020/06/08(月) 01:02:49.69
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』の著者はフダラク市で失踪している。
市警察は、市当局及び束京大学大学院新領域創生科学研究科衛星都市研究分室の
全面的な協力のもとに、じんるいの管理領域における通常犯罪の線から綿密な捜査を行ったが、
犯跡は何一つ出なかった。未知機械の森のどこかに飲まれたか、「遊泳禁止」を冒してチャートを開き、
戻って来られなくなったのか…… あるいは、それとも、戻って来ない、のか。

668 :真琴:2020/06/08(月) 01:09:02.54
ゆるやかな登り坂。
右手にはフェンスがあり、フェンスの向こうは崖で、崖下を見下ろしている。
左手には個人経営の店が並んでいる。この坂は歩行者用のはずだが、
鉄道の線路にもなっていて、青い寝台列車がゆるゆると坂を上り、
途中で急激に左折して商店と商店のあいだの路地に入ってゆく。

669 :真琴:2020/06/08(月) 01:16:58.48
青い寝台列車の最後尾車両が路地に消えてゆく瞬間、一瞬、
青いターバンの少女のようにふりかえり、こちらをじっと見つめる。
青いターバンの少女のようにふりかえり、こちらをじっと見つめながら、
ゆるゆると商店と商店のあいだの路地に吸い込まれてゆく。
向かって左の商店は古い煙草屋で、右の商店は閉店中の印度カリー屋である。

670 :真琴:2020/06/08(月) 01:28:31.71
『青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)』がこの国に来たとき、
観に行った美術館は鎌倉ではなかった。閉店中の印度カリー屋のなかを硝子越しに
覗くと壁にメニューが貼ってある。カウンターに向かって丸い椅子が
七つ並んでいる。一番奥の椅子に何か黒いもやのようなものが座っているが、
謎の霊だろうか。ふと見ると青い寝台列車は路地の遠くまで進んでしまっている。

671 :真琴:2020/06/08(月) 01:34:50.05
マーラーの交響曲第2番を演奏しているDVDで聴衆の最前列に
青いターバンの少女が座っている。DVD収録の演奏で最前列に座っている
青いターバンの少女は、のちに高名なピアニストになったあのひとの
少女時代の姿なのかも知れない。
第1楽章が大脳の左半球や右半球に次々と火花を発火させてゆく。

672 :真琴:2020/06/08(月) 01:41:53.62
なぜ青い寝台列車が商店街の路地に侵入していったのかはよく分からない、むしろ
坂の片側のフェンスの向こうの崖下こそが鉄道の大規模な操車場なのだ。
そこでは無数の列車がうろうろと進んだり戻ったりしている、おそらく
その姿は無数の分枝世界がガイアのなかで組み立てられたり崩壊したりする姿の
隠喩なのだ。この状景を座標変換すれば、

673 :真琴:2020/06/09(火) 01:03:47.08
気がつくと巨大な蛇が這ったあとのような廻廊を歩いている。
青い寝台列車が突き進んでいった路地とこの廻廊には関係があるのかも知れない。
廻廊の煉瓦の床には、舟蟲のような小さな蟲がたくさん、ひっきりなしに動いている。
その動きは互いに同期していて、何かの演算をおこなっているように見える。
気がつくと廻廊が解体してまさに海辺の岩場になっている。これ舟蟲そのものだ。

674 :真琴:2020/06/09(火) 01:09:18.23
海の波が荒い。空は曇っている。荒い波が岩を打つ。
岩場に立って油断していると波になぎ倒され、海に引きずり込まれそう。
みんな、なんでこんな恐い場所で暢気に岩のうえに立っているんだろう。
一方、舟蟲たちは奇妙に理性的で、脇目もふらずに演算を続けている。
海の莫大量の水分子のことを考えると、

675 :真琴:2020/06/09(火) 01:14:01.76
あっ、と思う間もなく、波に殴られたにんげんが姿勢を崩し、
岩から滑り落ちて海へ、するとこんな暢気な海辺なのに、
滑り落ちたあとは地獄で、それはちょうど、日常生活に溶け込んでいる
鉄道の踏切のなかへ戯れに跳び込めば死ぬようなもので、
観光客たちが「え? え?」と言っているあいだにそのひとの姿は消える。

676 :真琴:2020/06/09(火) 01:18:28.72
あのひとはあのあとどうなったんだろう、莫大量の水分子のなかで
何を見たのか、海の底ってどうなっているのか、考えてみると、
江戸川の底がどうなっているのかも気になり出すと気になる、
わたしは堤防のコンクリートに座り、テトラポットを眺めおろしながら、
巨大な蛇が這ったあとのような江戸川の流れを見る。

677 :真琴:2020/06/11(木) 01:15:05.46
電車が江戸川を渡る。幅広い黒い流れが左の方から蛇行してくる。
夜なので、流れの背後にうずくまっている丘が黒い巨人のよう。
ところどころ、光の点が光っている。
あの光の真下にはどんな光景があるんだろう。
河川敷に座り、鉄橋を渡る電車をじっと凝視している黒い影など、見当たらない。

678 :真琴:2020/06/11(木) 01:23:53.06
本八幡で降りると駅前のロータリーでバスに乗る。
動き出したバスの窓と窓と窓を仕切る枠組みに切り取られながら
街がぐいぐいと動いてゆくのが楽しい。やがてバスは大きな通りから
やや寂しい車道に右折し、窓の外の景色も住宅街寄りになってゆき、やがて、
「××、脳髄豆腐の小川豆腐店はこちらです」と放送がかかる。pin!pon!

679 :真琴:2020/06/11(木) 01:37:36.17
人気の無い夜の街角の停留所で下車する。バスが走り去る。
バス道からすこし歩くと、幅の広い道なのに車通りが定常的ではない道が
30度くらいの角度で斜めに交差している場所があり、その角を曲がると、
――女帝アグノーシア宮殿があった。この断片では宮殿が完成してる?
あの広大な更地には巨大な建造物が建ち、煌々と灯りをともしている。

680 :真琴:2020/06/11(木) 01:45:27.72
それにしては車内放送でのバスの停留所の名は「××」であって、
「女帝アグノーシア宮殿前」ではなかった。バス道からこの「更地南辺の道」に入るとき、
角を曲がる瞬間にチャートが切り替わっている感じがする。
わたしは、煌々と灯がともり確かに活動しているはずなのに
無人に見える宮殿へ、進む。小さな橋で、お濠を渡る。

681 :真琴:2020/06/14(日) 22:30:20.99
「形而上物理学の標準的な理論構成では、
先にチャート集合があり、ガイアがあって、不確かな4次元時空が沈殿する、という
記述方法をとります。ガイアの終焉はNOVAです。ですが、先生、
どの分枝世界においても社会的な動物としてのにんげんは、これはもう
どの分枝世界においても必ず、21世紀から23世紀のあいだくらいに絶滅します。」

682 :真琴:2020/06/14(日) 22:34:40.52
「じんるいが絶滅したとしても、4次元時空沈殿そのものは存続するし、
いわゆる「物理地球」自体は、ある、わけです。――先生、
そのじんるい死滅以後の「物理地球」に、じんるい以外の知的生命体が
繁茂したとして、かれらが成すガイアは、じんるいのガイアと
どのような座標変換で繋がるのでしょうか……?」

683 :真琴:2020/06/16(火) 23:57:55.41
とても背の高い堤防があり、堤防の向こうには大きな河が蛇行している。
芝生で覆われた堤防を石段で降りると、ごくふつうの住宅街が広がっている。
住宅街の道はせせこましくなく、ゴミも見当たらない。
不思議に美しく整えられた住宅街を歩くと、やがてゴミゴミした古い住宅街に出、
やがて幹線鉄道の駅前繁華街に出る。道はゴミだらけ。

684 :真琴:2020/06/17(水) 23:58:08.00
どうもわかってきたことは、ガイアのなかに謎の大河が流れているらしい、
ということだ、その大河の現われが、たとえば穢土と万葉県を分かつ江戸川であり、
あるいは、『女帝アグノーシア宮殿』南辺の道に沿ったビルの背後に現われる
「巨大な蛇が這ったあとのような廻廊」であり、あるいは、その廻廊自体が、
ある座標変換のもとで姿を変えた黒い河、カヌーを漕ぐものがいる河、

685 :真琴:2020/06/18(木) 00:05:32.97
ガイアには概時間軸が存在するが、ガイア自体にも時間発展があり、
わたしが第3主著『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』で描写したように、
その時間発展は複雑に折り重なった形でガイアに射影されている、しかし、
わたしがハイパーチャートを開いた状態ではその時間発展も繰り広げられる、
謎の大河はその風景のなかを流れている気がする、

686 :真琴:2020/06/18(木) 00:13:12.13
黒い河でカヌーを漕いでいたのは何者だったのか、
305号室は誰の部屋だったのか、オガワエガオとはなんなのか、
深淵車庫の隣の児童公園でわたしがハイパーチャートを開く修業をしているとき、
まるで靴から脚のうえへ登ってくる黒蟻のように、わたしの「躰」に沿って這い、
すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、へと浸透していったあの顔の無い黒い小さな子どもたちは、

687 :真琴:2020/06/23(火) 23:28:10.03
物体が先なのか、言葉が先なのか。ふだんの議論では捨象されているが、
モナドというのは勿論、じんるいだけのものではなく、
猫のモナドとか、ミジンコのモナドとか、三日月藻のモナド、
縄文杉のモナド、玄武岩のモナド、窒素のモナド、水分子のモナド、
……などの複合物として、ガイアがある。

688 :真琴:2020/06/23(火) 23:37:18.24
物体が先なのか、言葉が先なのか。非じんるい由来のモナドは、
とくに単なる物体のモナドは、ガイアの沈殿結晶のなかでは「小さい」ので、
だからこそ、ふだんの議論では捨象されているわけだが、
もし、非じんるい由来のモナドで、極めて「大きい」が、何らかの理由で
じんるいには「見えない」ものが存在したとしたらどうだろう……?

689 :真琴:2020/06/27(土) 23:23:00.29
夜の闇のなかで煌々と灯をともしている『宮殿』を見上げながらわたしは
夜の海のうえで煌々と灯をともしているタイタニックの艦橋を思い浮かべる、
タイタニックの迷路のなかをさ迷っている頃、
胴の上と下に二本の脚が生えた無貌のもの、ナイアルラトホテプに
やたら遭遇している、バスにまでそのデザインが浸透しているので、

690 :真琴:2020/06/27(土) 23:24:26.43
陽がとうに沈み、夜が始まる頃、内海にのぞむ堤防に沿って歩く。
海に向かって右のほうには山並みが、
街を抱きかかえる巨人の右腕みたいに連なっている。
その頂上のあたり、黒々とした樹木のあいだに電気の灯かりが煌々と光っていて、
ホテルの宴会場か何か、大きな空洞空間をぽっかり浮かび上がらせている。

691 :真琴:2020/06/29(月) 19:52:41.79
気がつくとわたしは、巨大な蛇が這ったあとのような廻廊を歩いている。
両側は3階建ての建物が壁を成して並んでいて、天井はコンクリートに蓋をされている。
ずっと向こうの方、続いているはずの道で、何か異常事態が起こっている。
遠くの方、道の真ん中で、何かがじょじょに大きくなってくる、というかあれは、
近づいてきているのだ、巨大な蛇の顔が、口が、牙が、

692 :真琴:2020/06/29(月) 20:03:08.32
それは「新幹線」だった、太い「新幹線」が、
廻廊のチューブ型の空間を線路のように使ってぐんぐん進んでくるのだ、
「新幹線」が進むに連れ歩行者たちは押し倒され、「新幹線」の足元に巻き込まれ、
――まるである種の甲虫がくるまに踏みつぶされると
にちゃぁーっとした内臓を引きずりながらもだえるように、

693 :真琴:2020/06/29(月) 20:07:55.01
わたしは道沿いのとある家具屋の店先に跳び込む、
わたしが逃げ込んだ直後、店の道への開口部いっぱいを
高速で走る「新幹線」のボディが塞ぐ、
――やがて「新幹線」の速度がじょじょに遅くなり、遅くなり、遅くなり、
店の正面に「新幹線」の扉が停止する。扉が開く、

694 :真琴:2020/06/29(月) 20:11:51.95
店の正面に「新幹線」の扉が停止する。扉が開く、
なかから無数の……という展開を幻視したわたしは、
店の道への開口部いっぱいを塞ぐ、高速で走る「新幹線」のボディに
引っ掛けられないように注意しながら、家具屋の隣りに開口している階段へ
ゆっくりと躰を移す、うまくいった、即座に階段を昇る、

695 :真琴:2020/06/29(月) 22:51:06.93
305号室。
一瞬思案した後、わたしは扉を開ける。見知らぬ小さな空間が現われる。
ごちゃごちゃした生活空間をおぼつかない足取りで渡り、
巨大な蛇のような廻廊の内側を見下ろす小さな出窓に向かう。
窓から見下ろすと、

696 :真琴:2020/06/29(月) 22:55:13.05
それにしてもこの部屋はいったい誰の部屋なのだろう。
誰かの部屋であるその生活空間の焦点が不安定に揺らめく。
本棚とか、並んでいる本とか、DVDとか、CDとか、机とか、ノートブックとか、
衣服とか、テーブルとか、サモワールとか、鍋とか、皿とか、フォークとか、
スプーンとか、箸とか、珈琲カップとか、え? あ? え?

697 :真琴:2020/06/29(月) 23:00:01.95
305号室には玉座のように立派な椅子があった。
この椅子は…… わたしは判断を保留してもう一度、出窓から廻廊を見下ろす、
既に「新幹線」は通り過ぎていて、あとには踏みつぶされた甲虫の死骸のような
にんげんの死骸が散乱している、引き摺られた腸とかが道の床にまぶされ、
にちゃぁーっとした糸を引いている、奇妙に静かで灰色な朝、

698 :真琴:2020/06/29(月) 23:04:16.79
やっぱりこの椅子には顔がある。この玉座のなかには
にんげんが息を潜めていて、物体でありながらにんげんなのだ、
わたしが部屋に侵入してくる前は無人の部屋で、もの、もの、もの、もの、もの、
それなのにこの玉座のような椅子のなかにはなかのひとがいるのだ、
わたしは椅子に向けて包丁を構える、いい? ものに徹しなさい?

699 :真琴:2020/06/29(月) 23:06:16.13
隣の部屋から突然凄まじい音量で激しい音楽が鳴り始める。
壁越しに聞こえるだけでも凄まじいから、隣の部屋のなかでは、
食器とかがポルターガイストのように踊り狂っているのではないか。
隣室の主はカメラマンであるという直感を得る。壁に掛けられた・
額装された作品も、振動して壁から落ちそうに違いない。

700 :真琴:2020/06/29(月) 23:12:50.08
305号室を出て、廊下の窓から廻廊の外側を眺める、
目を奪うのは庭園の広がり、その奥に巨大な『宮殿』が望める、
『宮殿』は巨大な直方体とは言え、5階建てくらいに見える、
一方こちらは3階のはずなのに、妙に高所から見下ろした景色のように感じられる、
『宮殿』を見下ろして良いのだろうか? たしかに廻廊の壁は万里の長城のような

701 :真琴:2020/07/01(水) 01:10:01.72
再び305号室に戻る。玉座のような椅子は包丁に滅多刺しにされている、
特にその刺し傷から紅い液体が噴き出したりはしていない、
つまり、なかのひとなどいなかったのか……? あるいは、
椅子のなかで血みどろになりながら、その血が外に出ない何らかの工夫があるのか、
とにかく、椅子は死んでいた、もう顔を感じない、「うう」呻き声が聞こえる、

702 :真琴:2020/07/01(水) 01:27:57.62
「ものみなにみなことごとく一つづつ眼ありて我をつくづくとみる」
「いまだひとの足あとつかぬ森林に入りて見出でし白き骨ども」
「見よ今日もかの青空の一方のおなじところに黒き鳥とぶ」
「大いなるいと大いなる黒きもの家をつぶしてころがりてゆく」
「はてもなく砂うちつづくゴビの野に棲み玉ふ神はおそろしからむ」

703 :真琴:2020/07/02(木) 22:47:28.30
フダラク市とは、NOVA警察の遺棄施設を人類が拾得し、活用したもので、
ラグランジュポイントにありながら、富士の樹海とトンネルで繋がっていた。
フダラク市の最期が思い浮かぶ。NOVA警察の索敵艦が、通りすがりに
小さなブラックホールを投げ込んだのだった。
大門通りの中空に浮かぶ黒い球は青く光りながら凄まじい勢いで質量を喰っていった。

704 :真琴:2020/07/02(木) 22:48:17.81
退避する宇宙船が、宙域に、蜘蛛の子を散らすようにばらまかれた。
とある研究員は、禁則事項を破り、トンネルをくぐって富士の樹海に逃げた。
樹海に逃げた研究員はどこにも行けずに夜の闇の中、あたまがおかしくなり、
あと100mほども歩けばわかりやすい遊歩道だという場所で、
あきらめて樹の虚(うろ)に倒れ込むように潜り込んだ。無数の蟲がわきたった。

705 :真琴:2020/07/02(木) 22:48:52.52
いまは夜、この夜のなかで、いま、富士の樹海の奥深く、誰かが、あるいは何かが、
不意に立ち上がった。誰もそのことを知らない、だが、たしかに何かが立ち上がった。
夜は暗く、寒い。無数の蟲が蠢いている中、誰も見ていないのに、
何かが立ち上がった。蟲のけむりがわきあがり、しばらくしておさまる。
誰も知らないこの出来事は、卵の殻の中で黄色かった。

706 :真琴:2020/07/02(木) 22:57:24.94
いわゆる通常物理と違い形而上物理は、4次元時空沈殿の「面」からはみ出すものだが、
空飛ぶ円盤を軌道上に打ち上げるに当たって議長が用いた手法は、
形而上物理学的な座標変換を4次元時空沈殿の「面」から浮き上がらないように、
infinitesimalに無限回おこなう、というものだった。
ぞろっ ぞろっとスペースコロニーが空中に浮かんでゆく。

707 :真琴:2020/07/02(木) 23:05:16.38
このとき空飛ぶ円盤=スペースコロニーが辿った経路が、
のちに、フダラク市と樹海を結ぶ次元廻廊になったのではないか。
だとすれば、ここにも凄まじい特異点がある。
大鴉は、わたしはわたしはわたしはわたしはわたしは、アーカーシャの
遙か高空を飛びながら、その臍の緒のような渦巻きを眺めている。

708 :真琴:2020/07/03(金) 00:25:38.53
わたしは大門通りを歩いている。でも、わたしが大門通りを歩いているとき、
当たり前のことだがいつもは前方の景色、つまり、真間山の石段に至る大門通りの
景色を見ているのに、いまわたしは石段の下に立ち、
わたしが歩いてくる様子を眺めている、わたしが歩いてくる様子を眺めているわたしは、
手児奈、なのかも知れない。

709 :真琴:2020/07/06(月) 23:36:21.18
『宮殿』建設予定地であるだだっ広い更地の北辺に沿った道の北側には
林が広がっていて、林に埋まるようにしてときおり住居が建っている。
そのうちの一軒は、一階部分に
コンクリートの壁で作られた白っぽい直方体の空間が空いていて、
駐車場だか、工作場だかになっている。いまはシャッターを下ろしている。

710 :真琴:2020/07/06(月) 23:41:20.28
そのシャッターの向こう側では、いま、拷問がおこなわれているのかも知れない。
拷問するとき、ひとは、相手の頭蓋骨のなかの脳髄のなかに主観的に見えているものを
なんとかアウトプットさせようと、さまざまな工夫をするのだが、
相手の発言に満足するかしないかを決めるのは結局、拷問者自身なので、
その意味で、拷問にはもともと意味が無い。

711 :真琴:2020/07/06(月) 23:46:37.94
そのシャッターの向こう側では、いま、拷問がおこなわれているのかも知れない、
などと考えながら歩いていると、シャッターの下から血のような赤い液体が
道の方へ流れてくるので、わたしは気味が悪くなり、急いで進む。
しばらく歩いてから後ろを振り返ると、シャッターの前に、黒くて小さなにんげんが立っていて、
道のうえの血のような赤い液体を腰をかがめて眺めているが、不意にわたしのほうを見る。

712 :真琴:2020/07/11(土) 23:02:31.90
参道の両側には巨木と巨石が並んでいる。
参道は石段になっているが、一段一段が明らかに大きすぎる、
巨人が、あるいは鬼が登るのだとしたら、ちょうど良い具合の石段である。
前方遙か彼方に鳥居が見える。
鳥居のうえに大鴉がとまっている、ような気がする。

713 :真琴:2020/07/11(土) 23:15:06.92
わたしは、路面電車赤道線に乗ってフダラク市の円周の二分の一を移動し、
「未知機械の森」駅で下車する。駅のすぐそばに、個人経営のこじんまりとした
珈琲店がある。一面硝子張りで、なかのカウンターとか椅子とか空間が丸見えで、
地元の老人たちが静かにつどっている。その横から奥に向かうシャッター道が走っている。
道の両側は閉じたシャッターだらけで、どこからともなく機械の作動音が聞こえてくる。

714 :真琴:2020/07/11(土) 23:24:51.46
シャッター道が、くねくねと曲がりながらどこまでも続く。
道の両側は、その場しのぎの建築を重ねたようなビルが、
細胞のように軒を連ねていて、どのビルもシャッターを閉じている。
深くまで歩いてくると、だんだん、ビルの上層階に上がる階段が開口していたりするが、
そんな迷子遊戯をしなくても、シャッター道の道筋自体が、凸凹した坂になってくる。

715 :真琴:2020/07/11(土) 23:31:06.30
じょじょに道の両側が、剥き出しの機械だらけになってくる。
遺棄機械たちはみな、死んでいる。だがどこからともなく作動音が聞こえてくる。
わたしは数億年に及ぶチャートの歪みを感じる。
機械のあいだを進んでいくと、やがてわたしは広場に出た。
――お久しぶりです。声がした。

716 :真琴:2020/07/11(土) 23:32:08.92
声が物理的に音として耳に来たのか、ダイレクトに脳に来たのか、
よくわからなかった。両方だったのかも知れない。
「どなたですか? たぶん、初めまして、だと思うのですが」
――あなたはこれから長い旅に出るのです。
私は未来のあなたと会ったことがあるのです、7億年以上昔に。

717 :真琴:2020/07/14(火) 23:40:28.63
シャッターの音がする。
見上げると、天は漏斗状にすぼまって、その彼方に巨大な瞳(単数)がある、
瞳は顕微鏡を覗いてこの世界を観察している、
顕微鏡写真を撮っているのに違いない、
外部からの観測者? 外部? そと?

718 :真琴:2020/07/14(火) 23:45:40.77
大鴉は、つまり、わたしはわたしはわたしはわたしはわたしは、
ハイパーチャートを開いているとき、
外部からの観測者なのだろうか?
「見よ今日もかの青空の一方のおなじところに黒き鳥とぶ」
外部? そと? かつてわたしは、それはNOVAの向こう側にあるのだと、

719 :真琴:2020/07/15(水) 00:02:25.72
「幹線軌道文明はなぜ滅びなければならなかったのでしょうか」
『宮殿』の執務室で椅子に座るわたしに議長が問い掛ける。
「幹線軌道文明の3つの分枝世界――テータ、コヨ、カサタには
豊かな可能性があったと思うのです」
わたしはにこにこ微笑みながら議長の話を耳に入れている。

720 :真琴:2020/07/17(金) 00:18:19.52
蝸牛がその足を優雅に伸ばす。
一方、桜の樹の幹にはびっしりと桜餅が寄生している。
桜餅は二枚貝のようなその口を微かに開き桜の樹の幹を甘噛みしている。
桜の花びらが雪のように舞い散る。
桜の花びらは地面に触れると溶けてしまう。

721 :真琴:2020/07/17(金) 00:22:36.18
全球凍結している座標も無い大地の上空に
煌々と光る空飛ぶ円盤が漂っている。
円盤の下部ハッチから、じんたいがばらばらと降ってくる。
ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか。
刹那主義者たちは寝床から悠久主義者たちを引きずり出し、

722 :真琴:2020/07/28(火) 23:51:10.80
書店、あるいは図書館の、一階の天井の一部は吹き抜けになっていて、
テラスのように見下ろす二階に繋がっている。
その二階の壁一面が倉庫に改造され、来たるべき大災害への備えとして、
住人たちが家財道具一切を収納し始めたが、家財道具一切を収納してしまった場合、
とりあえず生活はどうするのだろう、新たに家財道具一切を買い直すのか……?

723 :真琴:2020/07/29(水) 03:20:04.49
私鉄の小さな駅の前の商店街、アスファルトの道沿いに不意に立っている
三階建てのビルの二階にある探偵事務所に入ると、
ワンフロアすべてが伽藍堂の遊び場になっていて、
象さんの滑り台があり、そして探偵は
「珈琲は二百円だよ」と言うのだった。

724 :真琴:2020/07/29(水) 03:25:45.77
住宅街のなかを流れる真間川のような河が豪雨のため、
氾濫しそうなくらい水位が上がり物凄い速度で流れているが、
空は晴れている、ただし風は強く、しかも埃っぽく、
荒々しい「圧」をはらんだ黄色っぽい風が吹いている。
葉をつけた樹の枝が濁流の河面を、

725 :真琴:2020/08/01(土) 00:22:29.58
わたしはにこにこ微笑みながら議長の眼をぼんやりと凝視め、
このひとの人生記憶はいったいどうなっているのだろう、と考える、
そもそも従来の分枝世界では『宮殿』は完成せず、
帝国主義者たちは人間主義者たちに粛清され、議長は全球氷結した地球にまで逃げ、
その結果、フダラク市が成立するのだ、このversionでそのへんはどうなって

726 :真琴:2020/08/01(土) 00:28:45.86
もちろん、ガイアの一角で起こった出来事は、即座に全体に波及するわけではない、
「議長が全球凍結した地球にまで逃げない」という断片は、
因果波をガイアに送り出すが、その結果、ガイアの沈殿の仕方が変質してゆくためには、
ハイパーチャート内における、とある有限の時間が必要である、
だがそれにしても、フダラク市が成立しないとなると、――大規模な結晶崩壊の可能性がある。

727 :真琴:2020/08/01(土) 00:44:26.80
駅前のペンシルビルに書店が入っていて、
一階は雑誌とか売れ筋の文庫本新書本とか、そんな感じの本を並べているけど、
二階は気合いの入った専門書、『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』なんかも並べていて、
その書店の三階に頑張って階段を登って入ると、奇妙な毒蛾のようなマンガが並べられている、
田中胃血狼の『コヨなくice(はぁと)』とか、

728 :真琴:2020/08/05(水) 00:35:52.70
幽霊が出る、ということ自体には特に問題は無く、
むしろ、色調が赤に寄っていることを考えれば、
なぜ、巨大質量による不均等拡散が起きないかの方が問題であり、
いずれにせよ、その本を受注することは、3階の寿司屋としては、
ランチで利益が出るようなものだった。だから、受注伝票は、

729 :真琴:2020/08/05(水) 00:41:30.69
この道は懐かしい、とても懐かしい、
この道を真っ直ぐ抜けると駅前ロータリーに出る、
市川駅の駅前ロータリー、駅ナカの珈琲店でわたしは、
ドストエフスキーの『悪霊』を読んだ、
駅前のレストランのビルがある土地には一時期、カレーハウスがあった、

730 :真琴:2020/08/06(木) 00:20:27.14
懐かしい道、この道は、ビルとビルの谷間を走る太い道で、
床には煉瓦が敷き詰められている、
道の両側の「壁」を成すと言えるビルを眺めているうちに、
この道の有り様は、あの『宮殿』南辺沿いを走る謎の道と
似ているような気がしてくる、繋がって

731 :真琴:2020/08/06(木) 00:30:04.35
コンクリートの天井に蓋をされた廻廊、両側は3階建ての建物が壁を成している。
巨大な蛇が這ったあとのように、やや曲がりながら向こうへ続いている。
わたしはこの謎の道を歩きながら、やはりこの道は市川駅前まで繋がっているに違いない、と感じる。
おそらく「新幹線」が走り去った方角、その果てに市川駅前がある、気がする。
手児奈の小川もこの道の支流なのかも知れない。

732 :真琴:2020/08/08(土) 00:09:08.72
何だかわからない道を歩きたい。
何だかわからない道は夏の日差しの下、堤防の土盛りの横を右にカーヴしている。
小さな蝶がはたはた翔んでいる。
土盛りのなかににんげんの死体が埋められていることは秘密だ。
蟲たちは蠢いている。

733 :真琴:2020/08/08(土) 00:15:36.76
『宮殿』の執務室の奥の壁に、一見壁のようだがよく見ると扉になっている箇所があり、
その扉を開けると狭くて急な階段がうえに登っている、
登ると、展望台のような小部屋に出、窓から遠方を臨める。
3階建てのビルの群れのような、城塞都市の壁のような、
あるいは高速道路かなんかなのだろうか、謎の構造物が

734 :真琴:2020/08/09(日) 00:40:23.42
大地から生えたデベソのような小さな三階建てのビルの、
その三階部分に居住区を持つ家族に生まれつくというのはいったい
どういう気分のものなのだろう、二階から三階への階段を昇る者は、
けっきょく三階から二階へ降りて街に出なければならない、
三階は大地から空中にせり上がった「洞窟の奥」なのだ、

735 :真琴:2020/08/09(日) 01:13:19.37
展望台のような小部屋は本当にただ窓から外を眺められるというだけの部屋で、
床の一角に昇ってきた階段の長方形の穴が空いている。だがよく見ると、
小部屋の壁にも、一見壁のようだがよく見ると扉になっている箇所があり、
注意深く擬装された窪みのボタンを押すと扉が開く。
扉の向こうは空っぽのクローゼットのような空間、それはエレヴェータだった。

736 :真琴:2020/08/10(月) 00:11:01.04
議長は、いまの自分の専門は「形而上物理学工学」だ、と言っていた。
この『宮殿』も、「形而上物理学工学」的なギミックに満ちているらしい。
エレヴェータで降りた先の地下深くが、7次元時空的にも「深い」ということは
ありそうだ。過去のNOVA警察との関係ではどうみても「罠」を
疑わざるを得ないけど、果たして「帝国主義者」たちは、

737 :真琴:2020/08/10(月) 00:15:48.27
エレヴェータに乗り込む直前にふとふり返って窓の外を眺めると、
3階建てのビルの群れのような、城塞都市の壁のような、謎の構造物の
とある窓の向こうに、人影が見える。なんだか、動いている。
気になって窓に近づくと、『宮殿』の前に広がる庭園も眼に入ってくる。
庭園にもまばらにひとがいて、機械仕掛けのようにゆるゆる動いている。

738 :真琴:2020/08/10(月) 21:56:21.51
なにか白い闇がもやもやとうずくまっていて、
白い闇のまんなかにおおきな蓮華が花開いている。
蓮華の茎に沿って「下」に降りてみる。
降りてゆくにつれて白い闇が火葬場の煙のような灰色に煤けてゆき、
いよいよ視界がきかなくなってくる。

739 :真琴:2020/08/10(月) 23:20:47.14
蓮華を少しでもゆらすとかれらに気づかれてしまう。
臆病な神経を張り巡らせながら、しかし毅然と、螺旋階段を降りてゆく。
と、うすぼんやりした骨色の闇の底を――小川が流れている。
小川に沿って進むと、
気がつくと手児奈霊堂の参道を歩いている。ここに繋がっているのか。

740 :真琴:2020/08/11(火) 00:39:33.15
参道に面したブロック塀のうえで大きな猫が眠っている。
ブロック塀の向こうには古びた二階建てのアパート、
このアパートは古びているわりに妙に清潔感があり、生活感が無い。
にんげんの棲みかというよりは自然物のように感じられる。
参道を隔てて反対側の民家が生活感あふれるのと対照的。

741 :真琴:2020/08/16(日) 00:02:09.54
ふと真間山のほうを見ると、
崖に沿って建つマンションの上空に、黒衣の花嫁が滞空している。
黒衣の花嫁、わたしは、時空をととのえるための七弦の琴をかかえ、
静かな瞳で手児奈霊堂の参道を、わたしのほうを、眺めている。と、
ブロック塀のうえの黒猫が目を開け、大きく伸びをし、塀の向こう側へすとんと降りる。

742 :真琴:2020/08/17(月) 23:48:31.58
従姉妹の家、ということはつまり、叔父の家、ということになるが、
その家の裏手の庭は「痕跡的な小川」に面している。
この家の土地を画する塀の向こうに首を出すと、
左右に遠くまで「痕跡的な小川」が、つまり、コンクリートで作られた水路が、
続いている。こどものころ、従姉妹と一緒にこの水路に沿って歩くと、

743 :真琴:2020/08/17(月) 23:53:58.71
従姉妹の家、ということはつまり、叔父の家、ということになるが、
その家の黒い塀は、不思議な形で道が分岐している場所に面していて、
塀に開いた戸を引くと、スーパーマーケットの入り口が正面に見える。
入り口の右にはなぜか鉄道の始点=終点駅があり、
ほんとうに現実感の無い不思議な感じがする。

744 :真琴:2020/08/21(金) 00:30:14.54
従姉妹の家、ということはつまり、叔父の家、ということになるが、
その家は大地から生えたデベソのようなビルの三階にあって、
地下一階から地上二階までは一家の営む古本屋であり、建物の外側に蔦のように絡まっている
非常階段を登ってゆくと玄関がある。「お邪魔しまーす」 リビングは大通りに面していて、
窓から見下ろすと、店の入り口をインサイドから眺める感じが面白い。

745 :真琴:2020/08/21(金) 00:51:58.22
オレンジ色の鞄に本を入れて図書館に行く。
図書館は船みたいな建物で、住宅街のなかに脈絡も無く建っている。
艦橋のような丸い書見室があり、広い窓の向こうはなぜか森になっている。
森のなかに沼があり、沼の中央に小さな島があって、祠がある。
沼の底は漏斗状の特異点になっている。

746 :真琴:2020/08/21(金) 00:59:37.57
エレヴェータで降りた『宮殿』の地下は果てしない分岐迷路だった。
いまでは「形而上物理学工学者」を名乗る議長が設計した、
ガイアに索引を与える施設なのだそうで、
わたしがさ迷いながら構造を確定させてゆくことで、
ガイアを条理化するのだそうだ。それが「女帝」の責務なのだろうか。

747 :真琴:2020/08/22(土) 01:30:20.49
わたしは何一つ「責務」なんて負っていないということを、
議長が理解していることを信じたい、というか、
それすらもどちらでも良いのだけれど、うん、そうだ、そういえば、
それすらもどちらでも良いのだ、いずれにせよ、
わたしの活動の結果このあたりの時空沈殿はだいぶ地鎮され、

748 :真琴:2020/08/22(土) 01:36:53.20
従姉妹の家で、お客さんであるわたしの布団は、
玄関から入って一番奥の畳の部屋に敷かれたので、
硝子戸の外は、「痕跡的な小川」に面している裏手の庭だった。
微少な時空粗片が「痕跡的な小川」に沿って絶えず流れている。
こどものころは、よく従姉妹と一緒にこの水路に沿って歩いて

749 :真琴:2020/08/22(土) 01:44:37.68
見ると裏手の庭の樹の陰に黒猫が眠っている。
わたしの視線を感じた黒猫は不意に起き、事も無げに塀をくぐると
水路に沿って歩いて行く。さすがにわたしは
水路に沿って歩くわけにいかず、従姉妹の一家と朝の時間を過ごしたあと、
正面の玄関から出る、すると路地をすこし進めば手児奈さんの参道に出る。

750 :真琴:2020/08/22(土) 01:52:44.20
真間山の石段の裏側に爆心地が存在するのだとすればここはかなりな危地だ。
わたしは手児奈さんの境内を歩き、池に沿って回ると、
大門通りではない方の通りに出、小学校のところで真間川を渡り、
市川駅を目差すならそのまま大通りをまっすぐ行けば良いのだが、
大通りはつまらないので左にずれ、住宅街を縫って走る路地に入る。

751 :真琴:2020/08/22(土) 01:58:43.52
臓器のあいだを走る何かの管みたいに、住宅街に埋もれながら、
市川真間駅前と手児奈霊堂近辺を繋いでいる長い長い蛇のような路地。
わたしはとある古びた板塀をしみじみと凝視める。
こどもがガムのおまけのシールを貼っている! それを見ているうちに、
古びた板塀に貼られたシールから、細かい蟲たちがどやどや噴き出してきて、

752 :真琴:2020/08/22(土) 22:53:26.39
京成電車の市川真間駅を見ると上野の状景が思い浮かび、
不忍池あたりから歩いて行くコースが思い浮かぶけど、そういう気分でも無く、
市川駅まで歩いて黄色い電車に乗る。
市川駅の周辺で、『宮殿』南辺の謎の道がここまで繋がっているんだった、
ということを思い浮べて、不思議な気分になる。

753 :真琴:2020/08/22(土) 23:01:38.44
黄色い電車が穢土川を渡るとき、一瞬、チャートが切り替わる気配がしたけど、
あまり追究せずに身を任せる。気がつくとわたしは第3幹線軌道商店街を歩いている。
路面電車の「カサタ端」駅が見えてくる。駅には始発のレトロ車両が止まっている。
わたしはなんとなく江の島あたりの海岸に跳んでしまいたくなる。
気がつくと江の島の、陸と反対側の奥の方の、岩だらけの海岸に立っている。

754 :真琴:2020/08/22(土) 23:15:08.78
従姉妹の家は、土地の旧家と言える「豪邸」だが、
その玄関の正面にはスーパーマーケットの入り口前広場が広がっており、
きょうはそこに地元の小学校のブラスバンド隊の女の子たちが揃いの衣装で来て、
何だか元気よく演奏している。きょうは鉄道の支線の開通記念式典なのだ。
スーパーマーケットの建物の横を走る玩具みたいな単線が、

755 :真琴:2020/08/26(水) 23:40:43.44
スーパーマーケットを出て正面には、
ふたまたに分岐する道に挟まれて大きな「お屋敷」があり、
「お屋敷」に沿って右手にゆく道を進むと道はやがて細くなり
住宅街のなかを走る。道を覆うアスファルトが端の方で丸まって終わり、
土が露出し、道沿いに松が植えられている。松並木。

756 :真琴:2020/08/27(木) 09:15:47.40
突然、視界が広くなる。道沿いに松が植えられた古い細い道が、
ある意味での終点を迎える。前方には逆T字型に近代的な道があり、
この古い細い道は逆T字型の交差点に「左下」から斜めに刺さっている。
「水平」方向の道はやや狭いアスファルト舗装道路で、
「垂直」方向の道は歩道付きの広い車道。そして、「右上」の区画には

757 :真琴:2020/08/27(木) 09:25:06.36
交差点の向こう側に渡り、歩いてきた古い細い道をふり返る。
「水平」方向の道に沿って左の方には山か森のような樹木の塊が広がっている。
道の角の所に、用途が不明な青くて白い古い建物がある。住居というよりも、
昔はお店だったがいまでは無人という風に見える。
その建物から右斜め奥へ、松の道が続いている。

758 :真琴:2020/08/27(木) 09:37:18.60
このversionでは『宮殿』は…… (ふーん?)
わたしは不意にうなづくと前方を見て瞬きをする。すると白い扉が現われる。
街角に現われた白い扉を開け、くぐり、閉じると、
なかには殺風景な廊下が左右に果てしなく続き、無数の扉が並んでいる。
最寄りの結節点まで歩き、エレヴェータで『宮殿』まで上がる。議長が

759 :真琴:2020/08/27(木) 23:53:53.42
青くて白い建物の内面は血塗られている。
右腕が何本か、左腕が何本か、右脚が何本か、左脚が何本か、
胴体、胸部、頭部、じんたいの部品が並べられており、
壁にも血の飛沫が無数に散っている。だが、
扉を開かない限り、建物の内面がそのようなものだとは誰も知らない。

760 :真琴:2020/08/28(金) 00:00:27.35
道の脇に立つ青くて白い建物を眺めながら土の道を下り、福裏島を歩く、鰍と柊准尉は、
自分たちに残された時間があとわずかであることを、
予感していただろうか、それとも、
仮に予感していたとしてもそんなはずはないと棄却していただろうか、
いずれにせよ、杣台は

761 :真琴:2020/08/29(土) 00:22:49.28
大門通りに「つぎはし」という橋があり、「痕跡的な小川」に架かっている。
この「痕跡的な小川」は従姉妹の家の裏手を流れ、暗渠化したあとで、
おそらく手児奈さんの池まで繋がっている。わたしは従姉妹の家の、
玄関から入って一番奥の畳の部屋に座卓を出して、形而上物理学の勉強をしている。
ときおり裏庭越しに「痕跡的な小川」を眺める。黒猫がこちらを見ている。

762 :真琴:2020/08/30(日) 00:09:59.63
MWM変換、ただし、
前半のMW変換が連鎖して描くガイアと
後半のWM変換が連鎖して描くガイアが
アーカーシャにおいて異なる多様体に置かれている、このようなMWM変換について、
行動群の要素一つ一つに対してスピノザ的な計算を行ううえで、鰍ちゃんの先駆的研究は、

763 :真琴:2020/08/30(日) 00:16:35.96
「ん」
チャートを開くと衛星都市フダラクのダイモン通りにいる。
大門通りの「つぎはし」に立ち、「痕跡的な小川」の奥の方にある
従姉妹の家の裏庭の塀を眺めるうち、不意に懐かしくなって跳んでみる。
ダイモン通りの至る所には黒い小さな子どもたちの煤のような姿が蠢いている。

764 :真琴:2020/08/30(日) 00:22:27.92
深淵車庫の隣りにある、古い路面電車が安置された児童公園でわたしが
ハイパーチャートを開いたとき、わたしの躰に沿って
すべてのすべてのすべてのすべてのすべて……、へと
浸透してしまった、顔の無い黒い小さな子どもたち、
その黒蟻の種族が衛星都市フダラクをいまこそ喰い潰そうとしている。

765 :真琴:2020/09/01(火) 00:23:15.30
フダラク市が「無かった」ということになると、多くの分枝世界が
根こそぎ結晶崩壊を起こす可能性がある。「最近」までフダラク市の
来歴は謎だった。フダラク市の発祥が全球凍結下の地球に逃亡した
帝国主義者たちであるとわかった結果、帝国主義者たちを粛清「しない」ことが、
むしろ女帝アグノーシアへの攻撃になると踏んだ勢力が

766 :真琴:2020/09/01(火) 00:32:48.84
わたしは現実が徐々に歪み始めているフダラク市を、あふれる懐かしさとともに
歩いている、束京大学大学院新領域創生科学研究科衛星都市研究分室図書館、
このドラッグストアの角を曲がると路面電車赤道線のダイモン通りステーション、
気がつくとあたまのなかで誰かが喋っている、ごあんしんください、
この事態を解決するために配下と言える者たちに指示しました、新宿の

767 :真琴:2020/09/01(火) 00:44:04.39
新宿のとあるペンシルビルにあるNOVA警察帝国主義派のフロント企業
「新星帝国社」のオフィスを襲撃し、サイトウさんを焼殺したのは、
――フダラク市の「未知機械の森」の奥に棲みついている議長に指示された、
NOVA警察帝国主義派の別な組織細胞だった。帝国主義者たちは粛清され、
全球凍結下の地球にまで逃亡しなければならないからだ。ビルが爆発し、

768 :真琴:2020/09/03(木) 01:32:38.97
だがそれは議長の早計だったかも知れない。フダラク市ほどの結節点の場合、
結晶崩壊は起こりにくい、という予測もある。だが、万が一、起こった場合、
「大惨事」になるというのも確かだった。とにかく議長は過去の議長自身を
7億年前に放逐した。ところで、『宮殿』が完成したversionは、分岐結晶として
残存した。こちらでさえ残存するなら、フダラク市は充分残存したのではないか……?

769 :真琴:2020/09/03(木) 01:39:17.58
だが、あの顔の無い黒い小さな子どもたちは? たしかにフダラク市に
異状はあった、が、それは結晶崩壊の兆しだったのか、あるいは別の何かだったのか。
ガイアはあまりにも広大であり、あまりにも多様な勢力が
それぞれの主観的世界像に立脚して行動するので、単純にジャッジできない。
――この頃から議長は、「消滅したい」と思念するようになった。

770 :真琴:2020/09/03(木) 01:49:00.31
「アグノーシア様のおちからで、蓮華の根もだいぶ条理化されてまいりました。
ありがとうございます」議長がひざまづいて低頭する。
わたしは玉座に腰掛けたままその顔をにこにこ眺めている。
にこにこ微笑みながら議長の眼をぼんやりと凝視め、
このひとの人生記憶はいったいどうなっているのだろう、と考える。

771 :真琴:2020/09/06(日) 00:16:58.72
海、海が近い、巨大な塊、海の底になにものかが這った跡がある、
衛星都市フダラクの外周壁の外側は宇宙である、管理部門の職員のなかには
宇宙服作業を担当する者もいる、地球から4次元時空的な手段で
物資を運んでくる船もある、フダラク市と富士の樹海を結ぶ次元廻廊が
どれほどの質量に耐えうるか未知だったので、

772 :真琴:2020/09/06(日) 00:30:05.55
小さな庭に面した縁側のある和室で座卓に向かって勉強をしている、
硝子戸の向こうの庭はほんとうに小さく、すぐ向こうに塀が見える、
塀は下の方が開いていて、すぐ外を流れる「痕跡的な小川」が見える、
小さい頃この家に遊びに来たわたしはよく従姉妹と塀の下を抜けてこの川に沿って歩いた、
川の道をどんどん歩いてゆくと「つぎはし」に至り、さらに歩いてゆくと、

773 :真琴:2020/09/06(日) 23:10:47.47
手児奈さんの参道と真間山のあいだを走る道、真間川と平行な道を、
そのままどんどん歩いてゆけば、あの場所の
南辺の道に続いているような気がする、歩いてみようか、
歩いてたどり着く場所は、広大な更地なのか、『宮殿』なのか、
それがどちらであるかによってこのversionについての理解が

774 :真琴:2020/09/07(月) 01:13:21.02
従姉妹の家の窓からは、広い歩道を伴った広い車道の幹線道路が見下ろせ、
道の向こう岸は大きな公園で、樹木が林のように並んでいる、
しかも三階の部屋の下、地下一階から二階までは古本屋という、
従姉妹にとっては当たり前なんだろうけど、わたしにはとても変わった経験で、
短い期間とは言えこんな家で暮らすのは楽しい。深夜、閉店後の古本屋で

775 :真琴:2020/09/07(月) 23:35:29.99
家の裏手が樹木に覆われた斜面で、見上げると山、というような家に棲むのは
どんな気分なんだろう。やま、やみ、よみ。家のすぐ裏手に
やま、闇、黄泉が迫っている。更地、もしくは『宮殿』の北辺の向こう側は
ちょっとした「やま」になっている。と言っても、「やま」というより
丘に過ぎない程度の隆起なので、殺人鬼に追いかけられている、とかいう場合なら

776 :真琴:2020/09/07(月) 23:46:03.99
陽がとうに沈み、夜が始まる頃、内海にのぞむ堤防に沿って歩く。
海に向かって右のほうには山並みが、
街を抱きかかえる巨人の右腕みたいに連なっている。
その頂上のあたり、黒々とした樹木のあいだに電気の灯かりが煌々と光っていて、
ホテルの宴会場か何か、大きな空洞空間をぽっかり浮かび上がらせている。

777 :真琴:2020/09/07(月) 23:47:05.06
裏庭の塀の下をくぐり、「痕跡的な小川」に沿って歩く。隣家の裏庭の
無表情なブロック塀とか、マンションのベランダなどの狭間を歩き、
やがてすぐ「痕跡的な小川」は「つぎはし」に、つまり大門通りに出る。
「つぎはし」に脇からよじ登る。これは従姉妹とわたしが家から外に出るときの、
標準的なコースの一つだった。だが、「つぎはし」の反対側から再び「痕跡的な小川」に

778 :真琴:2020/09/08(火) 00:48:42.98
「痕跡的な小川」は家の裏側と裏側の狭間を進む、古い木造家屋の
凸凹した直方体の区画とか、なかに誰か生存しているのか否か不明な、
不透明な白い硝子の窓とか、明らかに壊れかかった家とか、
両岸はどんどん奇妙な家並みになってゆき、気がつくと、あるはずが無いのに、
真っ直ぐ前方に「やま」が現われ、暗渠またはトンネルのようになって

779 :真琴:2020/09/09(水) 23:35:09.54
いや、この通路、「痕跡的な小川」は、真っ直ぐでは無く、
右に大きく湾曲していなければおかしい、そう考えた瞬間、
空中に、虚空に、上空に、七弦琴を抱いた黒衣の花嫁が見える、
見えた瞬間に座標変換が起こった、この時空を磨り潰そうとしている、
わたしはハイパーチャートを経由してその変換を無効化する。

780 :真琴:2020/09/09(水) 23:40:40.42
黒衣の花嫁は、わたしは、一瞬意外そうな顔をする、
それはそうだろう、「必殺」の座標変換が通ったと思った5ナノ秒前に遡って
解体されるのだから、わたしは、わたしはすかさず、とんっとガイアを蹴り、
アーカーシャの中空に跳ぶ、跳んだ瞬間に座標変換し、
「万葉県市川市」の全貌を眺め渡す、遠くで蓮の華が開いている。

781 :真琴:2020/09/09(水) 23:48:49.45
わたしが開いたチャートのなかに、気がつくと黒衣の花嫁が、わたしが、
浸入してきている、無数の蟲の群れのように、水分子のように、
スキマからしみこみ、至る所で座標をとろかしている、わたしは、わたしは
一帯を焼き払い……、いや、それではあまりにもありきたりだと思い、
むしろわたし自身が水分子より微細になり、わたしのチャートを粗暴化させる。

782 :真琴:2020/09/09(水) 23:58:14.91
わたしは七弦の琴をかき鳴らし、7次元時空を変調させる、
粗暴化させられたチャートを斜めに立てて、わたしの水分子より微細な
網の目をくぐらせ、「虚(うろ)」へと退く、遠隔地の保育園へ自転車で行く道は
一瞬坂になり、坂の盛り上がりでは墓地のブロック塀の横を走る、
車道からこの隘路に左折すると、うろうろするうちにそのポイントに出、

783 :真琴:2020/09/10(木) 00:09:12.45
NOVA警察では突如わき起こった黒衣の花嫁と女帝アグノーシアの戦闘を、
どう解釈すれば良いのかわからない、この車道と大門通りが交差するあたりに
古本屋が二軒ある、大門通りに沿ってフダラク市まで翔べば良いのか、
都電がサンシャインの裏あたりを走る状景が紛れ込んでくる、椿の花、
椿の花の蜜を吸う、小川が小さな橋の下を流れている、

784 :真琴:2020/09/14(月) 01:45:16.99
わたしの最初の主著は『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』だが、
その後、アーカーシャ形式での記述が主流になるに連れ、ほんらいの
「同一カオス」という概念は希薄化していった、だがこれは、あくまで
「同一カオスにおける多重コスモス場」なのであって、そもそも
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』自体が「同一カオス」のうえで定式化される。

785 :真琴:2020/09/14(月) 23:38:41.64
兆し、version、分枝、そういったものをアーカーシャのなかで並列させず、
同一カオスの変様として重ねたままで眺める、発生機のままの「世界」、
それ、が、それ、になることをいまだ達成していない「世界」、
夥しい双対子が渦を成しているままの「世界」、――このモードに入ると、
アーカーシャを構成しないぶん、刻(クロック)が微細化する。

786 :真琴:2020/09/14(月) 23:44:10.92
無数の素子が自分たちの次の状態を演算し続けている場で、
演算の刻(クロック)が微細化するということは、
マクロの「じんかく」レベルで見れば、時間の速度が
秒速3秒とか、秒速128秒とか、根源的に「速く」なるということだ。
兆し、兆し、兆し、兆し、兆し、兆し、兆し、

787 :真琴:2020/09/16(水) 00:06:27.74
わたしは黒衣の花嫁を封じ込めそのなかを解析する、
黒衣の花嫁、わたし、のなかには、

これこそが罠だったのか、
                           わたしがわたしの殻を剥くとなかには、

788 :真琴:2020/09/16(水) 00:07:11.99
見てはいけない…… あれは

石段を登りつめた場所には    があった。わたしは反射的に
チャートを開き、跳ぼうとするが、
世界の卵のなかには眼が有り、眼は

789 :真琴:2020/09/16(水) 00:10:19.09
橋を途中まで渡ってみる。橋の上から内海を眺めると――夜の底はほんのり明るい。
樹木に覆われた大小さまざまの島が夜の内海に黒い影のように点々と浮かぶ様子は
無意識の底を撮影した写真のよう。見上げると満月。
鏡のように光る月をじっと覗き込んでいるとだんだん爪先立ちになってきて、
不意に向こう側とこちら側が入れ替わる。

790 :真琴:2020/09/18(金) 00:16:37.99
わたしが初めて形而上物理学と出会ったのは小学5年生の頃。
タイムパラドックスもののSFの、あまりにも「合理的」なストーリィに
うさんくささを感じていたわたしに、「自然は矛盾を受け容れる、ただし、
あまりにも厳しい矛盾の前には、このとある一つの世界は崩壊する」という
形而上物理学の説明はしっくりきた。

791 :真琴:2020/09/18(金) 00:22:12.48
真間山の石段を登りながら、石段の側面の削られた土の断面を見ると、
眼を凝らすと、小さな蟲がうろつき廻っている、
涙石の当たりにおじさんが一人立っていて、大門通りの遠くを眺めている、
何だか知っているひとのような気がする、石段の上の方を見ると、
一番上にも誰か立っている、というか、立っているのはたぶん、わたしだ。

792 :真琴:2020/09/20(日) 00:54:01.32
あの地所の北辺の道を歩いている。右手には煤けたような建物と、
その背後の「やま」、左手は――広大な更地なのか、それとも、
『宮殿』の裏手なのか、認識できない。
道の左側は欠落しているようだ。ガレージのある家の、
そのガレージの前を歩く。不意に、白くて大きな蛾が翔んでくる。

793 :真琴:2020/09/20(日) 01:00:50.44
気がつくとここは、真間山のうえの、墓地と大学に挟まれた道だ。
何かとんでもないものが姿を現しそうで恐い。
墓地と大学が終わり、幼稚園と団地が始まる、この地点から
左に曲がって真間山の石段のうえに出るか、あるいは、真っ直ぐ進んで
切り通しから真間山の外に出るか、あるいは右に曲がって団地のなかに入るか。

794 :真琴:2020/09/20(日) 01:12:05.27
議長はアグノーシア様に連絡をつけようと、配下のNOVA警察メンバーを
各ポイントに走らせたが、何が起こっているのかつかめなかった。
大門通りと「手児奈の小川」がクロスするあたりでアグノーシア様と黒衣の花嫁が遭遇し、
凄まじい座標変換が始まったらしい。しかしなぜ黒衣の花嫁と……?
議長は真間山の石段の涙石の当たりに立ち、大門通りを呆然と眺める。

795 :真琴:2020/09/23(水) 02:09:49.14
深夜、パジャマで玄関を出て、従姉妹とふたり、非常階段を降り、
二階の鍵を開けて古書フロアに入る。古書の匂い。蛍光灯を点け、
ちょっとした作業用の机の天板に躰を丸めて寝そべったり、
脚立に腰掛けたりしながら、思い思いの本を眺める。ときおり、
表の大通りを飛ばす自動車の音がする。不思議な時間が流れる。

796 :真琴:2020/09/23(水) 02:14:05.75
昼間、店に来るひとたちは、深夜、わたしたちがこんなことをしているなんて、
もちろん知らないんだろうな、と思うと、ぞくぞくする。
従姉妹は、わたしに触発されて興味を持ったのだろう、
『わからなくても感じれる形而上物理学』という啓蒙書を読んでいる。
わたしは息抜きにマンガを読んでいる。『コヨなくice(はぁと)』

797 :真琴:2020/09/24(木) 22:55:44.32
夜の電車が見知らぬ街でとまる、改札を出る、私鉄の小さな駅なのか、
田舎の駅なのか、改札を出ると正面が駅前ロータリーであるような駅で、
人影も少ない、でも、もちろん、無人の荒野というわけでは無く、
この場所にはこの場所でずっと棲み暮らしているにんげんがいる、
その内部に入れば丸ごとできあがった<生>がある、とても不思議。

798 :真琴:2020/09/28(月) 01:01:55.80
真間山の石段に腰を下ろし、大門通りを眺めながら、議長は、
世界は広大なので、誰が、何のために、何をしているのか、など、
わかるわけがないと最初から諦めずに、ほんとうは、
誰が、何のために、何をしているのか、を、ちゃんと考えるべき
だったのかも知れないと思い、涙を流す。

799 :真琴:2020/09/28(月) 01:08:18.77
気がつくとその議長の前方斜め上の空中に、黒衣の花嫁が浮かんでいる。
黒衣の花嫁は微笑みながら議長に問う。
「誰が、何のために、何をしているのだと、思いますか……?」
議長は混乱して応えることができない。すると黒衣の花嫁は
槍を真っ直ぐ突き出して議長の腹を刺し貫く。議長は理解する。

800 :真琴:2020/09/28(月) 01:13:34.33
わたしは右に曲がり、団地のなかに入る。団地のベランダのサッシは
すべて欠落し、黒い。団地は3階建てで、その壁のような「面」が
連なっているのを見ると、――気がつくとわたしは、
『宮殿』南辺のあたりを走るアーケイドを歩いている。
道を走って青い寝台電車がくる。銀河鉄道? アーケイドの天井に無数の顔。

801 :真琴:2020/09/28(月) 01:18:34.68
崖沿いの道を歩いている。崖の下は操車場で、無数の列車が蠢いている。
そのなかに青い寝台列車は見当たらない。見上げると
夜の空は真っ暗で星は一つも見えない。
崖沿いの道から右にそれて住宅街のなかに入ろうと考えるけど、
その道の奥の奥の方に樹の切り株のようなものが座っているので、恐い。

802 :真琴:2020/09/28(月) 01:24:41.53
わたしは裏庭に面した机に向かって形而上物理学の勉強をしている。
MWM変換、その実例を、たとえば猫に対して計算してみたらどうだろう。
具体例を計算してみることで理解が深まることは良くある。
夢中になって計算しているとき、ふと裏庭を見ると、
――見ると、裏庭を黒猫が歩いている。眼が合った瞬間、黒猫が止まる。

803 :真琴:2020/10/02(金) 01:14:22.68
黒猫が再び「痕跡的な小川」に沿って歩く。状景は夥しい兆しに満ちて
歪んでいる。「つぎはし」のところで岩を跳んで上にあがる。赤い欄干を見て
不意に福浦橋に跳びそうになる。柊准尉の胴のところで両断された上半身。
垂れ下がる腸に沿って歩くと、気がつくと、大門通りを渡り終え、「とんっ」
と、跳び降りて「痕跡的な小川」に戻る。道は徐々に右に曲がってゆく。

804 :真琴:2020/10/02(金) 01:20:59.39
真間山の石段に腰を下ろし、大門通りを眺めながら涙を流す議長の、
前方斜め上の空中に、途轍もなく巨大な構造物がゆっくり降下してくる。それは
フダラク市のダイモン通りである。ふたつの通りが重なろうとしているのか。
見るとそのダイモン通りをあのお方が、見間違うはずも無い、大学院生時代の
アグノーシア様が歩いている。不意に議長の眼の前に黒衣の花嫁が出現し、槍で議長の腹を刺し貫く。

805 :真琴:2020/10/02(金) 01:27:12.38
「痕跡的な小川」の右岸に、凸凹した直方体を組み合わせたような
青い家が見える。この青い家は必ず真夏と関係している。蝉が鳴いている。
気がつくと「痕跡的な小川」はたっぷりとした水量を抱えた大河になっており、
わたしはヴェネツィアのゴンドラに腰を下ろしてゆったりと進んでいる。
ゴンドラを操ってくれている人物は…… 誰なんだろう、見えない。

806 :真琴:2020/10/04(日) 23:19:30.15
「この宇宙は、アグノーシア様が作られたのです」
玉座に座るわたしに議長が言う、でもわたしは創世神なんかじゃ無いよ、
と思った瞬間、駅街と駅街の間を繋ぐ、とある径路が思い浮かぶ。
「アグノーシア様が掻き混ぜなければ、ガイアはもっとずっと単純な
形をしていたはずです。何の多様性も無くNOVAへ向かうような」

807 :真琴:2020/10/04(日) 23:27:25.66
そもそもアーカーシャのなかに、最初に<存在>をともした存在は、誰なんだろう。
わたしが掻き混ぜることでガイアが多様化したとしても、
そもそも最初に<存在>をともした存在は、誰なんだろう……?
わたしたちはなぜ、NOVAのことばかり意識して、<始原>のことを
気にしないのだろう。<始原>にチャートを開くことはできないのだろうか。

808 :真琴:2020/10/06(火) 23:09:52.09
わたしたちが<始原>に手を出さないのは、結局のところ、恐いのだと思う。
ほんらいアーカーシャにキャノニカルな時間軸の方向など存在しない。
時間軸は沈殿のなかに形成される。だから、
<始>とは、単なる一つの時刻では無く、沈殿における時間の発祥なのだ。
極めて揺らぎやすい、白い場所。

809 :真琴:2020/10/06(火) 23:21:31.43
わたしはふと、大鴉にアクセスしてみる。わたしは、
わたしはわたしは、大鴉となりて、見よ今日もかの青空の一方の
おなじところに黒き鳥とぶ、アーカーシャに溶け込んで希薄になり、虚空高く翔び、
ガイアが小さな「蠕虫舞手」のようになり、――不意にわたしは冷水を浴びせられたような
気分になる。可能だ。いまのわたしなら<始原>にチャートが開けてしまう。

810 :真琴:2020/10/08(木) 00:33:56.64
                                           .

811 :真琴:2020/10/08(木) 00:35:10.69
ここに、そこに、もしくはどこであれ、偏在する意識が不意に
焦点を結び、わたしは地球の上の上のほうから
このすべてを、蠢く機械を、眺めているのか、あるいは、
NOVAに到るすべての通り道を封鎖されて、顕微鏡の
対物レンズの倍率を上げるように、降り立つ点を

812 :真琴:2020/10/08(木) 00:36:01.20
                                           .

813 :真琴:2020/10/08(木) 00:46:09.63
もしかして、NOVA警察とは、陽動だったのだろうか。NOVAを封鎖し、
戦闘や航海など、さまざまな事件がNOVAに向かうヴェクトルとともに起こるようにし、
ノーマークで放置された<始原>が誰の注意も引かないように。
だとしたらそれを企画・統制したのは「誰」なのか。<始原>に行ってみる……?
そう思った瞬間、誰かがわたしのなかに出現し、わたしの眼を覗き込む。わたしだ。

814 :真琴:2020/10/08(木) 00:53:09.66
<始原>では、無限に小さい場所に、
無限に多様で互いに齟齬する兆しが蠢いている。<始>において、
結晶がほんのわずか沈殿の仕方を変えるだけで、ガイア全体が組み換わり、
たとえば、物理宇宙を析出しないガイアになるかも知れない。
極めて揺らぎやすい、白い場所。

815 :真琴:2020/10/08(木) 01:03:20.32
「いちおうそれには異説があってね、<始原>は全ガイアの「底」にあり、
全ガイアから「圧力を受けている」から、揺らぎやすいどころか、
最も「硬い」という、『始原超高硬度超微細結晶構造説』ね。
でも、定説としては<始原>は揺らぎやすいとされているし、
わたしもそう思う。」わたしは何だか楽しそうににこにこしながらお話ししてくれている。

816 :真琴:2020/10/14(水) 00:42:17.22
『アグノーシア宮殿』の前庭は広大なので、遠方に宮殿を望みながら
植え込みの影に隠れて「hide and seek」をすることもできる、現にいま、
近所の小学校の低学年たちが、隠れたり走ったり絶え間なく動いている。
ふと見ると宮殿のとある窓からこちらを眺めている存在がある。もしかしたら
アグノーシア様なのかも知れない。見上げると空を飛行船がゆっくり進んでいる。

817 :真琴:2020/10/15(木) 00:04:56.72
空に、あたかも軌道があるかのように、飛行船が進む。NOVA警察・分枝世界テータ・
万葉県市川市基地の楸少佐は、上空から『アグノーシア宮殿』を眺め、
地脈を探っている。広大な長方形の地所の、南辺、東辺、北辺、西辺。
北東角から右上に松の木が生えた小路が走り、スーパーマーケットに至る。
スーパーマーケットから北北東へ、線路が走っている。

818 :真琴:2020/10/15(木) 23:49:28.56
ほんらいの「正史」ではテータは燃やされ、コヨを弾き飛ばすための
「エネルギー」に使われる。というかそれ以前に、幹線軌道力学の崩壊によって
分枝世界の結晶崩壊が起き、どうせ壊れるのなら、ということで、
女帝アグノーシアの実験に活用されるのだ。このテータはその筋道を
たどるのだろうか。NOVA警察の楸少佐たちの細胞は、この件を専担している。

819 :真琴:2020/10/16(金) 02:11:31.01
このテータにおいては「議長」が蓮華を構築している。それは
『アグノーシア宮殿』に重ねるように構築された形而上物理学的建造物で、
この沈殿をアーカーシャに対してアンカーする。――少なくとも、
そのような性能を持つ、と「議長」は表明している。
「形而上物理学工学者」を名乗る「議長」の最高傑作である。

820 :真琴:2020/10/24(土) 02:23:45.57
ふだん乗らない電車が駅に停まり、線路沿いのコンビニが眼の前に展開する。
知らない街を歩いていると、商店街にいきなり黒い和風建築が姿を現す。
この窓の向こうの部屋のなかは、どうなっているんだろう。
不意に意識が飛ぶ。わかりづらい古本屋は階段を登った二階にあった。
階段の傍らに足場が張り出していて、二階程度の高さだけど地上にダイブできる。

821 :真琴:2020/10/25(日) 23:44:50.18
この街はどこなのだろう、いつの間にかわたしは見知らぬ住宅街の、
塀と塀に挟まれたような細い道を歩いている。夜。
不意に細い道が開けた場所に出る。
広い道が横たわり、その道の向こう側は公園になっていて、
樹が生い茂り、暗く、樹の下には黒い沼がうずくまっている。

822 :真琴:2020/10/25(日) 23:52:03.50
黒い沼の背後に丘に登る石段が存在するような気がしてならないけど、
見たところこの公園は平地であり、そんな丘は存在しない。
闇ばかり凝視めていると良くないのかも知れないと思い、
時間軸に沿って後ろ向きに滑ると、空がキレイ。不思議な色の雲が
広い空間のなかに浮かんでいる。飛行機が飛んでいる。

823 :真琴:2020/10/27(火) 01:37:37.02
公園の前の広い道はバス道だったらしく、向こうからバスが走ってくる。
それを見掛けたわたしは一瞬の決断でバス停に立ってバスのほうを眺める。
間に合ったらしく、運転手さんがバスを停めてくれる。
乗客があちこちに座っているけど、運転手さんの隣の「こどもの憧れの席」は
空いている、でも、後部ドアのすぐ後ろの「観覧席」に座る。

824 :真琴:2020/10/27(火) 01:40:47.19
バスが発車するとき、窓の外に、「昨晩」この広い道に来るまで歩いていた、
塀と塀に挟まれたような細い道の、出口=入り口が見える。
バスの動きとともに細い道が見える角度が変わり、
ある瞬間、完全な放射線となって奥のほうまで真っ直ぐ見える。
道の奥のほうに誰かが立っている。よく見えない。

825 :真琴:2020/10/27(火) 01:41:31.85
カサタやテータの住民の大部分にとっては、
今日という日も、毎日と同じ一日に過ぎない。
ただ世界が終わるだけだ。
――世界のなかで、自分の肉体が毀損したり、死んだりする、というのではなく、
自分はふつうに過ごしているまま、世界が不意に途絶するのである。

826 :真琴:2020/10/27(火) 01:48:49.14
不意に、世界が、壊れる。
それ、が、それ、である、ことをやめ、時間がぶつ切りの
今、今、今、今、今、今、今、今、今、今、今、今、今、今、今、と化す。
建造物が派手に爆発する、とかでは無い、だが、
空は奇妙な台形の形に歪んでいた。

827 :真琴:2020/10/31(土) 02:35:01.71
バスが発車するとき、窓の外に、「昨晩」この広い道に来るまで歩いていた、
塀と塀に挟まれたような細い道の、出口=入り口が見えた。
バスの動きとともに細い道が見える角度が変わり、
ある瞬間、完全な放射線となって奥のほうまで真っ直ぐ見えた。
道の奥のほうに立っていた誰かが……記憶のなかで近づいてきている!

828 :真琴:2020/10/31(土) 02:37:38.97
バスの動きとともに細い道が見える角度が変わり、
ある瞬間、完全な放射線となって奥のほうまで真っ直ぐ見えた。
道の奥のほうに立っていた誰かが……思い出すたびに近づいてくる、
もうほとんど細い道の端まで来て、広い道に出ようとしている。
時間軸ではなく、わたしのなかの想起軸に沿って移動してきている。

829 :真琴:2020/10/31(土) 02:41:52.15
わたしは記憶のなかに蓮華の地下迷宮の廊下のパターンを展開する。
謎の追跡者はとりあえず地下迷宮の記憶のなかににじんでゆく。
追跡者の姿の記憶は……欠落している。もしかしたらこれは
4次元時空沈殿やその周辺のガイア領域からではなく、
ユグドラシルのほうから浸入してきているのではないか。ユグドラシル?

830 :真琴:2020/10/31(土) 02:43:26.30
暗い廊下が前方で二つの方角に分岐している。しかし、これまで
歩いてきた後方こそが正しい方角という可能性もあるのだから、
選択肢は三つ、そのどの方角へも暗い廊下がつづき、廊下の両側には
無数の扉が並んでいる。あ、扉を
開けてしまうという選択肢もあるのか、前方右の廊下の奥の方で

831 :真琴:2020/10/31(土) 02:58:27.90
バスは突然猛速度で走り出すようなことは無く、
思い出したようにわずかに速度を上げては減速し、
住宅街のバス道をゆるゆる進む。やがて車線の広い車道に出ると、
左にククククと曲がり、「駅」の圏内に入る。
道沿いにたくさんのビルが流れてゆく。ビルに囲まれて小さな公園がある。

832 :真琴:2020/11/02(月) 00:23:30.63
公園のベンチには議長が座っている。疲れている。眼の前の車道をバスが走る。
動くバスの窓の向こうにアグノーシア様を見つけると、最後の力を振り絞って
チャートを開き、アグノーシア様を時空片ごと連れ去る。気がつくと、
『宮殿』の玉座の間にいる。「アグノーシア様、幹線軌道が崩壊を始めます。
蓮華が機能するかどうか、なにとぞここで見届けていただきたい。」

833 :真琴:2020/11/02(月) 00:32:51.55
気がつくと大きなホテルのロビーの、吹き抜けの大広間にいる。
明かりは煌々と灯っているが、深夜であり、疲れ切った旅行者がひとりだけ、
ソファに物体のように転がっていたりする。噴水も動きを止めた
大広間の一角には、スケルトンのエレヴェータがある。
深夜であり、ほとんど動きが無いが、ごくまれに呼ばれてするすると動く。

834 :真琴:2020/11/02(月) 00:34:03.26
夜の闇のなかで煌々と灯をともしている『宮殿』を見上げながらわたしは
夜の海のうえで煌々と灯をともしているタイタニックの艦橋を思い浮かべる、
タイタニックの迷路のなかをさ迷っている頃、
胴の上と下に二本の脚が生えた無貌のもの、ナイアルラトホテプに
やたら遭遇している、バスにまでそのデザインが浸透しているので、

835 :真琴:2020/11/03(火) 02:09:13.10
急速にこの場所へのチャートが開きづらくなっている、『宮殿』南辺の、
両側に3階建てのビルが建ち並ぶアーケード、「場所」自体が崩壊しつつあるのか、
考えてみるとこの場所は、『宮殿』南辺でありながら、それに沿って西に進むと、
『宮殿』の北北東にあるスーパーマーケットのバックヤードに、
南南西に向けた道として接続するのだ、特異点の表現そのものと言える「場所」であり、

836 :真琴:2020/11/03(火) 02:14:38.01
305号室が痙攣しながら縮退してゆく。
閉じてゆく「場所」のなかで、何か黒い大きな影が叫んでいる。
黒い大きな影は歪んだ四角形になって窓から顔を覗かせ、叫んでいる。
その叫びは溶けた金属となって四方八方十六方三十二方に飛び散り、
ぐもぐも縮んでゆく「場所」から噴き出す。

837 :真琴:2020/11/03(火) 02:18:58.83
湖の向こうに富士山を望む宿。夜になると、黒い空間に光る点の道が浮かぶ。
山小屋が点点と上に向かっているのだ。あの光る点の場所に行けば、
何か明るい空間があるのだろう。そこから見ると下界こそ、
光点の群れる広がりなのか。
街の上空を深夜、飛行船で這うと、下界はどんな感じに見えるのか。

838 :真琴:2020/11/04(水) 01:23:29.42
楸少佐は市川上空を飛行船でゆるゆる這いながら、
立ち上る無数の「機」を眺めている。このたびのテータの滅亡に際して、
楸少佐の任務は、滅亡の阻止、などという大それたことでないのは当然として、
救援、ですらなく、単なる観察である。
女帝アグノーシア、議長の蓮華、その他の勢力が何をするのか、

839 :真琴:2020/11/04(水) 02:00:23.17
背の高い堤防があり、堤防の向こうには大きな河が蛇行している。
芝生で覆われた堤防を石段で降りると、
不思議に美しく整えられた住宅街が広がっている。
――この状景が執拗に浮かんでくる。
もしかするとこの街は既に濁流に呑まれてしまっているのだろうか。既に?

840 :真琴:2020/11/04(水) 02:04:35.35
小さな庭に面した縁側のある和室で座卓に向かって勉強をしている、
硝子戸の向こうの庭はほんとうに小さく、すぐ向こうに塀が見える、
塀は下の方が開いていて、すぐ外を流れる「痕跡的な小川」が見える。
この小さな庭には誰かの死体が埋めてある、などということは無い。
わたしはMWM変換の計算に夢中で時間を忘れている。

841 :真琴:2020/11/04(水) 23:01:57.31
「さぁ、これがサイトウさんだ」NOVA警察フダラク市深奥部隊の隊員イトウは、
隠密チャートのなかからオフィスを眺め、相棒であるサイトウ(偶然同名)に言った。
「俺も、サイトウさんだ。にしても、ここ、新星帝国社って帝国主義者じゃないのか?
――つまり、味方というか、同志じゃないのか? なぜ焼くんだ?」
イトウは無言で首を振る。理解できないほど大きな理由があるんだろうさ。

842 :真琴:2020/11/04(水) 23:12:02.06
【人体自然発火現象(Spontaneous Human Combustion)】
サイトウの事例:
xxxx年xx月xx日の晩、新宿の「新星帝国社」社員のサイトウは、最後まで社に残っていたが、
翌朝、椅子に座ったまま真っ黒焦げに炭化した死体で見出された。
建物には一切火災の痕跡が無く、正確にかれのボディの領域のみ、高温化した模様である。

843 :真琴:2020/11/04(水) 23:37:24.43
人体自然発火現象の仮説は、主に以下のようなものがある。
(略)(燐発火説、プラズマ発火説、人体帯電説、発火性遺伝子説、……)
〔秘密組織説〕通常の4次元時空を越えて7次元時空のなかで暗躍する秘密組織の
暗殺部隊が、4+αの次元から攻撃しているという説。
秘密組織の実在を仮定するなら、もっとも整合性が高い。

844 :真琴:2020/11/12(木) 01:09:30.68
アーカーシャの7次元時空において、4次元沈殿からやや昇ったあたりに、
「冥界」と呼ばれる場所がある。それはモナドたちが葦のような形態で
析出する場所で、一面の葦の原に「にんげん」たちが並んでいる。
この様態は鰍ちゃんによって「モヨコ双対モナドのモジュライ構造」として
理論的に予言されていた。

845 :真琴:2020/11/12(木) 01:13:10.07
わたしのモナド連鎖はあまりにも特異で、多様なので、
「葦」などという形態にはまとまらず、
「宇宙樹ユグドラシル」みたいになっているのではないかと、
以前、わたしとわたしとの会話で考えたことがあったけど、
事実、ユグドラシルはガイア自体の大域構造に食い込んでいるのだった。

846 :真琴:2020/11/16(月) 02:02:11.78
議長の設計した蓮華とは、女帝アグノーシア様のユグドラシルを
構造体として組み込んだ、花のような形をした形而上物理学的構造物であり、
ガイアの大域構造を成しているユグドラシルによってこのテータをアンカーする。
その構想を聞いたわたしは間髪を入れずに言った、
「そんなこと、手伝わないよ?」

847 :真琴:2020/11/16(月) 02:06:28.64
『宮殿』の玉座の間にいる。「アグノーシア様、幹線軌道が崩壊を始めます。
蓮華が機能するかどうか、なにとぞここで見届けていただきたい。」
議長は祈るように虚空を凝視している。どんっ!!
不意に衝撃を受けて議長は倒れる。わたしはその姿を観察している。
そう、蓮華の構造材として、議長は、みずからのモナドを使ったのだ。

848 :真琴:2020/11/16(月) 02:10:06.04
『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者を議長とする杣台修復会議は、
杣台駅地下駐車場に五芒星の形に集結させた5台の装甲車を本拠地とする。
ここが蜘蛛の巣の中心であり、ここを中心として巣を編み、欠けてしまった
杣台を取り繕う。壊れやすい石鹸の膜をなんとか強化しながら杣台を修復し、
その上に「ふたつの」ガイアが育ってゆく。「ふたつの」ガイア。

849 :真琴:2020/11/16(月) 02:11:51.82
迷路のような無機質な廊下を歩くうち、柊少年の脳内の地図は壊れた。
「都市の地下」から「迷路」への入り口を開いたあの扉、柊少年の脳内では
薄暗い階段の踊り場にあった匿名の金属扉として浮かぶアレ、ソレを迷路側から――裏側から
眺めた視覚印象は、紅茶につけた角砂糖のように溶けてしまっている。
ここまでにんげんをまったく見掛けない。

850 :真琴:2020/11/16(月) 02:12:51.86
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、あなたは誰ですか? あ、
秘密ですね? 秘密ですよね、聞かなくて良いです、何も見てません」
すると、男性は一瞬だけ、突然スイッチが入れられたかのように直立不動になり、冷静な声で話した。
「私は杣台修復会議議長です。――で、ところでなんで議長なのかというと、
あのかたがおっしゃるんだ、いまわたしのなかで議長という単語が流行ってるから、って」

851 :真琴:2020/11/16(月) 02:14:20.79
「議長」は、第2ガイア出航時にNOVA警察杣台管区基地にスカウトされた人材だが、
内的資産としてはなかなか良いものを持っているものの、
多年に及ぶアグノーシアの蹂躙の結果、にんげんとしてはすっかり壊れていた、
だが、だからこそNOVA警察としては使い出がある人材なのだ、
第三の主著の探索はかれの専担事項とされた。

852 :真琴:2020/11/16(月) 02:15:20.64
とにかくミッションは、コヨの杣台に、そこが消滅する直前というタイミングでチャートを開き、
『古書広獺川』の書棚からアグノーシア様の第三の主著を入手することです、
第三の主著はおそらくこの書棚にあります、多くの分枝世界における伝承を総合した結果です、
「議長」さんは当該世界のネイティブですからチャートも接続しやすいはずです、
想定される最大の危険はアグノーシア様とじかに遭遇することです、二番目は世界の崩壊とチャート破裂、

853 :真琴:2020/11/16(月) 02:17:23.92
(だが、どのみち崩壊する世界だ、店主が大怪我をしようが構うもんか)
それでも、本を引き抜くと同時に指がバラバラと跳ね飛ぶ、みたいなのは
勘弁して欲しい、「議長」はなるべくゆっくり本を引き抜こうと、
そーっと手を伸ばす。と。
その「議長」の眼の前で本がいきなり消失し、店主の指がバラバラと跳ね飛んだ。

854 :真琴:2020/11/16(月) 02:18:31.23
男は怯えて、あ、あ、あ、と口を開こうとして開きえないまま、
一歩ずつ後ずさってゆく。
――だいじょうぶですよ、こわがらないでください、お名前は?
男のどこかの回路が通電したらしい、不意に壊れた機械のように口が動き始めた。
――NOVA警察、杣台管区基地、工作員、コードネーム「議長」、であります!

855 :真琴:2020/11/16(月) 02:20:12.86
NOVA警察のフロント企業「新星帝国社」のオフィスは
新宿のとあるペンシルビルの3〜5階にある。社長である「議長」は
万葉県市川市に建設予定の『女帝アグノーシア宮殿』計画について、
進捗報告を上層部からせっつかれている。だが「議長」は思うのだ、
そんなもの建設して一体何になるのか、と。わたしも同感である。

856 :真琴:2020/11/16(月) 02:21:18.99
「新星帝国社」のオフィスにサイトウさんの黒焦げ死体を起爆剤として撃ち込まれた
矛盾爆弾が世界の結晶を壊してしまう前に、そう、議長は自爆装置のボタンを押し、
矛盾が枝葉を伸ばして育つ前に、ペンシルビルごと該当領域を焼き殺した。
ビルの爆破自体は自爆だったのである。議長は社員残党とともにビルの地下の
「空飛ぶ円盤」に乗ると、概時間軸をひたすら遡行する。

857 :真琴:2020/11/16(月) 02:21:54.77
議長を含めた数人は肯定的な現実主義者だった。かれらは初めのうち、
刹那主義も悠久主義も放置していた、いまさら取り締まっても意味が無いと思ったのだ。
だが、全球凍結した地球で、「空飛ぶ円盤」に閉じ込められて、で、だとしても、
とにかく生きるのであれば、刹那主義者も悠久主義者も邪魔だった。そこで、
刹那主義者たちに「ええじゃないか」を流行らせた。

858 :真琴:2020/11/16(月) 02:23:05.39
ぞろっ ぞろっとスペースコロニーが空中に浮かんでゆく。
通常物理学的な作用によるものではなく、形而上物理学的な座標変換が、
infinitesimalに無限回行われ、一切ガイアの外に出ることなく、
地球から離脱してゆく。そして、コロニーは軌道上におかれた。
フダラク市の創建である。

859 :真琴:2020/11/16(月) 02:29:38.19
議長は祈るように虚空を凝視している。どんっ!!
不意に衝撃を受けて議長は倒れる。わたしはその姿を観察している。
そう、蓮華の構造材として、議長は、みずからのモナドを使ったのだ。
議長の全生涯が、世界崩壊の重圧に耐えている、が、蓮華とガイアの接続部が、
荷重に耐えきれずに、ぼろぼろと崩れてゆく、道が一面雪で覆われていて

860 :真琴:2020/11/19(木) 23:56:09.98
手児奈霊堂の近くにある家の裏庭に面した畳敷きの部屋で
座机に向かって勉強している。ときどき、アイディアが浮かばないときは、
机に向かったなりに畳にごろんとなり、天井の模様を眺める。
天井の隅のほうから模様を通してなにかが渦巻いてきそうだから、
くるっと腹這いになってそのまま蛇のように真っ直ぐ前を見る。台所だ。

861 :真琴:2020/11/20(金) 00:05:26.97
なにかが終わろうとしている。わたしのなかには、
どうしても<始原>に触れてみたいと願うわたしと、
とてもそんな危険は冒せないと考えるわたしがおり、
後者の方が圧倒的に優勢なのだが、ともすると、
前者のわたしが滲み出てこないわけではないのだ。

862 :真琴:2020/11/24(火) 01:44:02.09
福浦島の遊歩道を歩いている。青い小さな建物を横に見ながら坂道を下る。
「島の一番奥」まで歩くと東屋があり、東屋からさらに先に進むと、
海が岩壁を舐めている。もし、岩の斜面から転げ落ちたら海だ。海がとても近い。
この場所の状景がなぜ、つぎはしの下を流れる「痕跡的な小川」がゆるやかに
右にカーヴしてゆく状景に重なるのか。なぜなんだろう?

863 :真琴:2020/11/24(火) 01:50:25.04
万葉県市川市上空を飛行船でゆるゆる這いながら一帯を観測している楸少佐は、
驚愕し、眼を見開く。世界崩壊の重圧に耐えきれず、議長のモナドが
ガイアから引きはがれ、大樹のような姿を現してくるのだ。
大樹は「上」に枝を無数に分岐させ、「下」に根を無数に分岐させている。
双方向に無数の毛細血管状の組織を膨らませながら、ばきばきと虚空にさらされてゆく。

864 :真琴:2020/11/24(火) 01:59:15.07
「ねえ議長、なにもしなかったよりもたちの悪い事態を、迎えつつあると思うよ?」
玉座の間で、玉座に腰掛けながらわたしは議長に声を掛ける。
すこし寂しそうな声音だった気がする。このとき同時に一瞬だけ見た別の状景を、
一瞬の後には忘れてしまった。いや、思い出した。とある浜辺で、海浜ホテルの
ロビーから砂浜に出て眺めた夜の海の、空間に居座り塊を成す闇の黒さだ。

865 :真琴:2020/11/24(火) 02:07:43.90
この謎の線路の記憶に関連して必ず思い浮かぶのは、
道沿いに水路があり、水路の向こう側がだだっ広い更地になっていて、
そこがいまは工事中であるという状景だ。この状景も、
ただ一度だけ、現(うつつ)か、または夢で見たきりで、
そこがどんな場所なのか、もはや検索しようが無い。

866 :真琴:2020/11/25(水) 00:31:22.52
突如、NOVA警察のいずれかの潮流の航宙艇が大挙してアーカーシャに出現する。
航宙艇は蓮華を、そしてそこから引きはがれた議長の大樹のようなモナドを、取り囲む。
「議長、捕獲されるよ? あなたさえ押さえれば、それをコアとして、
地鎮済みのガイア領域が手に入るんだから、捕獲する値打ちはある。
どの分枝世界があんなに大量の航宙艇を送り込んできたんだろうね?」

867 :真琴:2020/11/25(水) 00:39:38.61
玉座の間。わたしの前にひざまずいている議長の両眼はぐるぐる回り続け、
全身の骨は脱力し、涙や涎や汗やその他の液体を垂れ流しながら、
思い出したように痙攣している。不意にわたしの<眼>が「それ」を捉える。
わたしが議長を巻き込みながらアーカーシャに飛ばした第2ガイア、「それ」が
議長のモナドに引っ張られるようにしてこのガイアへの衝突径路を描いている。

868 :真琴:2020/11/25(水) 00:43:27.22
「えゝ 水ゾルですよ/おぼろな寒天《アガア》の液ですよ」
アーカーシャの果てしない真空のなかに幾匹かのガイアが、
まるで《アガア》のなかの線虫のように踊っているのだろうか。
主ガイアから外れたあとの、あの第2ガイアは、
……いまではまっすぐ主ガイアへの衝突径路を描いている。

869 :真琴:2020/11/25(水) 00:50:30.24
衝突後のガイア沈殿は概時間軸を失う可能性がある。
世界は因果律を失い、果てしなく痙攣し、さ迷う。
場合によっては結晶崩壊を起こしたり、逆回りの時間軸が発生したり、
四方八方に因果構築をしたり、断片化と迷宮化が危惧される。
ん? でもそれは、なぜいけないのかな……? それで良い?

870 :真琴:2020/11/27(金) 01:29:06.91
鎌倉の駅からだいぶ歩いたあたり、民家が何軒かちらほらあって、
もしこの家のひとだったら、近隣はいったいどんな風に見えるんだろう、
舗装されていない土の道、雑草が生えていて、青いトタンの壁、
ガスのボンベ、木の枠、そして<やま>に登る道が開いている、
ここからこの<やま>に登ることが出来る。

871 :真琴:2020/11/27(金) 01:35:53.10
この家に育った小学生だったらこの景色を毎日毎日毎日飽きるほど眺めて、
たとえばとんでもない台風の日に、家のなかにいて<やま>の存在を感じたり、
生命が不思議にもえあがる夜、名状しがたいものが<やま>に登るのを見たり、
道に迷った蟻のような観光客が<やま>に登り始めるのとすれ違ったり、
そんな日々のなか、部屋のなかで夏休みの宿題をやったりするのだ。

872 :真琴:2020/11/28(土) 21:30:39.90
右ななめ前のおうちはタカノさん。タカノさんのおしごとはよく分からないけど
ときどき電話で「のば警察」と言っているのが聞こえる。
夕暮れ時、雑草や青いトタンの壁を眺めながら道を歩いていると、
窓から聞こえてくるのだ。「のば」とはどういう意味なのか、あるいは
「のば」ではなく、聞き間違いなのかも知れない。<やま>への登り口が黒い。

873 :真琴:2020/12/14(月) 21:25:41.40
わたしは真間山のうえを東から西へ走る道を歩いている。
道の左手は生け垣でその向こうは墓地、
道の右手には大学の塀が長く長く続いている。大学の通用門には警備員が立っていて、
学外の者はなかに入れない。このキャンパスの奥の方にペルタンルアバ大陸への
入り口があるような気がするのに、構内への立ち入りは厳重に禁止されている。

874 :真琴:2020/12/14(月) 21:35:39.38
道を進むとやがて、左手の墓地の生け垣も右手の大学の塀も尽きる。
このポイントから右に曲がれば団地、左に曲がれば真間山の石段のうえに繋がる。
相変わらず何かとんでもないものが姿を現しそうで恐い。
道を真っ直ぐ進めば切り通しの坂に出る。坂を降り、車道を渡れば、
江戸川の河川敷に出る。車道を渡らず、むしろ登れば、全球凍結ポイントに至る。

875 :真琴:2020/12/16(水) 02:43:51.36
真間山のうえの分岐点から動けない。
無限に細かい場所に無限に多様な分岐が潜んでいる。ほんの1ミクロンのズレで、
ガイアのまったく異なる場所に接続してゆく。その意味で、このポイントは、
<始原>に似ている。真間山の胎内に隠されているものは、もしかしたら、
「一夜さに嵐来りて築きたるこの砂山は何の墓ぞも」

876 :真琴:2020/12/16(水) 02:50:25.68
「アグノーシア様、アグノーシア様」議長が呟くような声で言う。
「アグノーシア様にとって、すべては、過去形なのですか?」
わたしはゆっくり目をつぶり、ゆっくり目を開く。
「違うよ。わたしは継起的な固有時の時間軸に沿って、在る。でも、大鴉にとっては」
わたしはうえのほうを凝視めながら言う、「大鴉にとっては、すべては、現在形なのです」

877 :真琴:2020/12/16(水) 02:58:16.99
わたしはあなたを助けるかこの分岐世界を助けるかどちらか一方を助けることが可能ですが
どちらを助けるかあなたに選ばせてあげたりはしませんなぜなら選ばせればあなたは
分岐世界を救う方を選ぶでしょうからあなたに選ばせた時点でわたしは分岐世界を選んでいる
ことになってしまいますわたしの選択はこうですあなたも助けないし分岐世界も助けないあなたは
自業自得にもたいへん苦しむでしょうし分岐世界も崩壊します大丈夫わたしが見ていてあげるよ

878 :真琴:2020/12/27(日) 01:47:02.07
チャートが結ばない。真間山のうえの分岐点から動けない。もしかしたら
ここ以外のガイア沈殿が解体してしまったのだろうか。気がつく間もなく
大衝突が起こり、既に「世界」が崩壊した後なのかも知れない。
大学の通用門からペルタンルアバ大陸を目差そうかと、ふと門の奥を眺めると、
そこは空白の<黒>だった。場所、の欠落。

879 :真琴:2020/12/27(日) 01:53:31.95
墓地から石段のうえに出て、石段を降りて大門通りに… しかし、墓地の
あちこちに場所の欠落があり、大門通りに抜けられる感じがしない。
上空は?
ふと見上げると飛行船が飛んでいる。わたしは強引にチャートを開き、
飛行船のゴンドラのなかに出る。NOVA警察の少佐がわたしを見る。

880 :真琴:2020/12/27(日) 02:00:43.85
なにか、くろいかげが、ゆうぐれ、やまへのみちをのぼる。
やま、やみ、よみ。どんどんくらくなる。境界線が薄くなっている。
実在がとろけて柔らかくにじむ。くろいかげは、とろけながら
やまへのみちをのぼる。やまのうえは天に通じる。
「見よ今日もかの青空の一方のおなじところに黒き鳥とぶ」

881 :真琴:2020/12/27(日) 02:05:06.72
議長の大樹のようなモナドはNOVA警察の捕獲部隊から逃れるように
蓮華自体の地下迷宮に潜り込んでゆく。NOVA警察の航宙艇は
沈殿を壊しながら迷宮に分け入ってゆくが、その結果、
タイタニックの横っ腹に小さな穴が空き、じょじょに真空がしみこんでくる。
そのあいだにも、臍帯で結ばれた小ガイアが突進してくる。

882 :真琴:2021/01/04(月) 00:05:32.85
NOVA警察の戦闘員がわたしに銃を向けるので、わたしはかれらを左から、
A、B、A、B、A、B、…とグループ分けする。極微小分枝をふたつに分割。
ゆっくりと瞬き。わたしは【Aの/Bの】戦闘員の体に千枚の平面を刺し込む。
次の瞬間、【Aの/Bの】戦闘員の体が「ぷらん」と揺らいだかと思うと
くずおれて血色のなまものの山と化す。【Bの/Aの】戦闘員が叫ぶ。

883 :真琴:2021/01/04(月) 02:09:44.37
Bの戦闘員のなかに高位操船技術者が含まれていたので、Bを削除したコースでは
予後が良くない。刈り込みはいつでもできるから放置モードに移行。
Aを削除したコースに注力。わたしは飛行船を蓮華構造体の地下迷宮に向ける。
議長を捕獲しようと蝟集しているNOVA警察のいずれかのブランチの船の
ど真ん中に突進する。

884 :真琴:2021/01/04(月) 02:10:49.10
また、わたしは真間山のうえを東から西へ走る道を歩いている。
道の左手は生け垣でその向こうは墓地、
道の右手には大学の塀が長く長く続いている。大学の通用門には警備員が立っていて、
学外の者はなかに入れない。このキャンパスの奥の方にペルタンルアバ大陸への
入り口があるような気がするのに、構内への立ち入りは厳重に禁止されている。

885 :真琴:2021/01/10(日) 00:57:23.56
そうか。不意にわたしは後ろをふり返る。
道の右手は生け垣でその向こうは墓地、
道の左手には大学の塀が長く長く続いている。わたしは西から東へ、
道を逆に歩く。やがて真間山の端に出る。大きな空間が開け、
地面の広がりが眼に飛び込んでくる。丘が一つ、うずくまっている。

886 :真琴:2021/01/10(日) 01:03:41.43
右へ手児奈さんの方へ降りてゆく道を選ばず、左へ進む。
左へ進む道はやがて180度回転し、ありえない場所に出る。
そこには小川が流れていて、小さな集落がある。現実の真間山には無い地形だ。
ここから道を辿り直そう。上から見下ろす小川は底が見える流れで、
川沿いに掘っ立て小屋のような拉麺屋が立っている。客はいない。誰もいない。

887 :真琴:2021/02/11(木) 00:42:45.18
気がつくと世界が再起動している。誰も気づかないうちにこの世界は一度滅びた。
気がつくと世界が再起動していることに誰も気づかない。世界が一度滅びた証拠は、
気がつくと再起動していた世界のなかには見つからない。見上げると、高みを
大鴉が舞っている。大鴉はすべてを見ていたのだろうか。いや、大鴉は世界そのものだから、
大鴉にとってもここは一度滅び気がつくと再起動していた世界であるのに過ぎない。

888 :真琴:2021/02/11(木) 00:48:14.08
とりあえずわたしは歩こうと思う。
相変わらずわたしは真間山の上、もう少し歩くと団地に出る、大学の門の前あたりの、
道よりやや上空を浮遊している。どうしてここから出られないのだろう。
『宮殿』とか議長はどうなったんだろう。NOVA警察は? 手古奈霊堂から流れ出る
痕跡的な小川の行方は…? 蓴菜池…?

889 :真琴:2021/02/11(木) 00:54:32.88
大学の門の奥の方にペルタンルアバ大陸への街道の気配がするけど同時に、
とても大きな黒い顔の気配もする、とても大きな黒い黒い顔には眼がなく、
こちらをじっと凝視めている。あ、いまこの瞬間だ、
いまこの瞬間に路地裏のあの塀にこどもがガムのおまけのシールを貼った。
その瞬間に向けてチャートを開こうとするけど、開かない、でも同時に、開いてもいる。

890 :真琴:2021/02/12(金) 01:34:50.27
仕方が無いのでわたしは道を右に曲がり、団地のなかに入る。
団地のベランダのサッシはすべて欠落し、黒い。わたしは裏側に回り込むと、
コンクリートの階段を一段一段昇る。とても怖いが、他の選択肢が思い浮かばない。
団地は3階建てで、階段がフロアに達するたびに扉がふたつずつある。
扉は古ぼけて錆びていて、水色をしている。1階、2階、そして、3階…

891 :真琴:2021/02/12(金) 01:41:13.72
3階に達するともうこれ以上、上への階段は無い。眼の前にはふたつの扉。
左の扉の横には、枯れた植物と乾ききった土の植木鉢があり、右の扉の横には、
一輪車が立てかけられている。どちらの扉を開けるか選ぶ時に、後ろをふり返るべきでは無い。
後ろは大学の塀に面していて、3階の高さからだと構内が見える可能性がある。
見えるということは見られるということ。わたしは注意して扉を開ける…

892 :真琴:2021/02/12(金) 01:53:46.69
扉を開けると異臭が漂ってくる。この部屋に棲んでいた生物が、巣に集めた
ごちゃごちゃした物体が、あちらこちらに壊れた参照枠を浮かび上がらせては消えてゆく。
上空にやや大きなチャート群の気配がする。ベランダから見下ろすとどう見えるんだろう…?
わたしは部屋を土足のまま進み、ベランダに向かう。と、椅子に顔がある。椅子は椅子でしかない
んだけど、死体だって物体なのににんげんを思わせるように、その椅子には顔があった。

893 :真琴:2021/02/12(金) 02:00:59.20
わたしは気にせずベランダに向かう。表から見るとベランダのサッシはすべて欠落し、
黒かったが、なかから見るとふつうのガラスのサッシなので、鍵を開けて、開く。
外の風が入ってくる。
ふと後ろをふり返ると、椅子が向きを変えている。椅子の顔がこちらを見ている。
わたしは腹を立て、台所から包丁を持ってくると、椅子を殺す。椅子は無言のまま死ぬ。

894 :真琴:2021/02/12(金) 02:11:54.47
気がつくと、ベランダの外からは<場所>が欠落していた。わたしは<無>のなかに
踏み出し、一段一段、階段を昇ってゆく。おそらくここは剥き出しのアーカーシャであり、
上空のチャート群にたどり着くまでは<無>のなかを歩くことになるのだと思う。
橋から下を眺めると遙か遙か下の方に渓谷があり、水が流れている。頼りない橋は
2本のロープと朽ちた木の板で出来ていて、落ちるとたすからない。

895 :真琴:2021/02/13(土) 01:00:27.13
あ…
鞄が木の板の隙間から落ち、遙か遙か下の方へ散乱されてゆく。
『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』、
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』、
『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』、わたしの三大主著が渓谷に撒き散らされてゆく。

896 :真琴:2021/02/17(水) 02:16:29.88
悪夢から覚める。でもまだ眼を開けずにここはいったいどこだろう、と考える。
ふとんのなか、まるくなって眠っている。親しみのある、良く知っている環境のなかで
意識がオンになったという感覚つきでチャートが開かれているが、さて、
わたしはどのようなわたしになったのか。――わたしは眼を開く。
部屋は洋室で寝ているのはベッドだった。起き上がり、窓から外を眺める。

897 :真琴:2021/02/18(木) 03:20:44.98
高層マンションの上層階らしいベランダから見える眼下の景色は…
足元は歩道、そして自動車が行き交う大きな車道に面しており、道の対岸は、
対岸の歩道に沿った長い塀に囲まれた建物の群れ、敷地内にはたくさんの樹木も生い茂っている。
あ、これ、東京大学の本郷キャンパスだ。わたしはすこし思案する。
この世界はどこなんだろう…? TVを点けてみる。

898 :真琴:2021/02/19(金) 01:23:05.90
「お昼のニュースをお送りします。」
「一昨日の昼頃から杣台一帯では、正体不明の異常現象が発生しています。」
画面がアナウンサーの顔から現場のイメージ映像に切り替わる。
「杣台一帯では、一昨日の昼頃から、交通、情報、その他、あらゆる流れに関して、
杣台一帯とそれ以外とのあいだに原因不明の断絶が発生しています。」

899 :真琴:2021/02/19(金) 01:29:32.99
この世界か…!
でも、考えてみるとこの世界こそわたしと議長が「最初」に出会ったポイントだし、
おそらく世界が滅ぶ時、議長の大樹のようなモナドや蓮華を中心に
砕けていったのだろうから、世界が再起動する時、それらの残滓が
まず集積していくというのもありそうなシナリオだと思う。

900 :真琴:2021/02/22(月) 01:26:42.82
アイが杣台をガイアから切り離し百万都市船とした日を0とするなら、今日は2であり、
今日午後11時に市場浄化委員会の榎少佐が国軍による杣台の封鎖を宣言する。その後、
調査チームが結成されることになり、わたしにも参加要請が来るのだ。そして、
そのチームリーダーが、彼、『わからなくても感じれる形而上物理学』の著者、
つまり、「議長」なのだった、わたしの記憶しているとおりの世界だとするなら。

901 :真琴:2021/02/22(月) 01:40:01.94
調査チームへの参加要請が来る前に雲隠れして「議長」と出会わない流れを選択したら
どうなるだろうか、あるいは、杣台の現地で、「浮遊霊たち」に引き千切られて
死ぬ「議長」を助けなかったら…?
ソファにだらっと座り、手筋を読む将棋指しのように膨大な分岐を脳内で思案する、
が、ある程度の目算が立ったら、あとは世界自体に演算させた方がもちろん速いのだ。

902 :真琴:2021/02/23(火) 01:20:42.84
わたしはエレヴェータで一階まで降りると喫茶ルオーでカレーを食べ、正門から大学に入って
安田講堂の横から生協前のバスロータリーに抜け、病院の横の秘密めいた石畳の坂を降り、
不忍池を巡って上野に出、地下の駅から京成電車に乗る。
京成上野駅を出た電車は古ぼけたトンネルをごりごりと動く、と、暗闇のなか、
不意に左側に、使われなくなった廃駅のホームが浮かぶ。ホームに誰かいる。

903 :真琴:2021/02/26(金) 00:17:34.43
蜘蛛のようなにんげんが踊っている。中心部から五方向に枝のように細い・手が、足が、首が、
放射していて、トンネルのなかの放棄された地下ホームでゆらゆら踊っていた。電車が進み、
ホームは一瞬で過ぎ去る。あまりあのにんげんのことを考えるとホームのチャートが開いてしまう、
湿った空気、濡れたタイル、降り積もった時間の臭気… 気がつくとわたしは廃ホームに立っている、
ここでは平面が平らではなく、まっすぐ立とうとするだけでよろめく。前方に蜘蛛にんげんがいる。

904 :真琴:2021/02/26(金) 01:56:02.56
わたしは急いで車内のチャートを開き直す。タイミング良く京成電車はトンネルから外に出る、
するとそこは跨線橋線路で、平面に並ぶ無数の線路の上空を漂うように進む。
眼下を青い寝台列車が蝸牛のようにゆっくり進んでいる。
――わたしは行く先を決めなければならない、国府台で降りて江戸川の河川敷を目差すのか、
市川真間で降りて手児奈霊堂や真間山を目差すのか、八幡で降りて更地/宮殿を目差すのか。

905 :真琴:2021/02/27(土) 02:53:23.57
わたしは特急成田空港行きに乗っている、この電車は京成八幡には停まるけど
国府台にも市川真間にも停まらない、それらの駅で降りたいならどこかで各駅
に乗り換えなければならない、それがめんどうだからいっそ八幡で良いことに
しようか、だとすると目差すのか更地/宮殿を、そのポイントはまさに爆心地
と言える、思案するうちに江戸川…、不意に景色が大きくなる、蛇行する河、

906 :真琴:2021/02/27(土) 03:00:22.35
不意に景色が大きくなる。穢土川の向こう岸の千葉県/万葉県は無数の世界断片が
滅茶苦茶に組み合わされたモザイク模様に見える。蛇行する河の真ん中あたりに
巨大な壁がそびえ、天までを覆っている。鉄橋を渡る京成電車はその壁に突入する。
鰍粒子が撒き散らされる。はっきり、空気が変わる。優しく抱きしめてくるような空気。
特急成田空港行きは国府台も市川真間も通過し、京成八幡に停車する。

907 :真琴:2021/02/27(土) 03:09:52.38
階段を降りて街に出ると踏切の角に古本屋がある。予感に導かれるままわたしは
その古本屋さんに入る。とある棚にやはりその本たちが並んでいる、『同一カオスにおける多重コスモス場の理論』、
『モヨコ双対モナドのモジュライ構造について』、『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』。
わたしの三大主著の他にこんなのもあった――『わからなくても感じれる形而上物理学』、
そして『アグノーシアの伝記』。わたしはその五冊を買い、閉じた空間の外に出る。

908 :真琴:2021/02/28(日) 00:08:36.90
本八幡駅前のロータリーでバスに乗る。バスの「こどもの憧れの席」に腰掛けたわたしは、
いままで見たことが無い五冊目の本を、バスの発車までのあいだ開いてみる。
第1章「東京大学の院生」第2章「黒衣の花嫁」第3章「鰍とアイ」第4章「女帝アグノーシア」
第5章「女神      」
おそらく『アグノーシアの伝記』を著すことで時間軸の安定化を目論んでいるのだろう。

909 :真琴:2021/03/09(火) 23:17:32.87
動き出したバスの窓と窓と窓を仕切る枠組みに切り取られながら
街がぐいぐいと動いてゆくのが楽しい。やがてバスは大きな通りから
やや寂しい車道に右折し、窓の外の景色も住宅街寄りになってゆき、やがて、
「渦の井、渦の井、渦の井豆腐の小川豆腐店はこちらです」と放送がかかる。
pin!pon! 街角の停留所で下車する。バスが走り去る。

910 :真琴:2021/03/09(火) 23:28:43.46
そこそこ定常的に自動車の流れがあるバス道に対して、
30度くらいの角度で斜めに交差している幅広いが寂しい道に曲がる、と、
眼の前に広い空間が広がり、それが更地か宮殿であることをわたしは期待していたが、
そこに姿を現したのはコピペで作ったような戸建てが立ち並ぶ新興住宅街だった。
戸建てのあいだを縫って散歩道が走っており、中央部に公園があるらしい。

911 :真琴:2021/03/10(水) 23:15:25.50
更地の面影も宮殿の面影も無いが、ただ、新興住宅街の区画を、
コンクリートで蓋をした水路とおぼしい歩道が取り囲んでいて、そういえば、
あの長方形の地面はお濠のような水路で取り囲まれていた、と、痕跡を感じる。
わたしは水の流れのうえをおそるおそる歩くような足取りで道を渡り、
新興住宅街のなかに入る。

912 :真琴:2021/03/10(水) 23:16:58.14
家家の表札を眺めながら遊歩道を歩く。
更地に造成された新興住宅街の中央部には、輪郭を樹木に縁取られた公園がある。
空間格子や鞦韆、滑り台、特に意味の無い象の形をした丘などがあり、
昼下がり、こどもたちが活発に遊んでいる。公園の片隅に看板を見つけた。
「渦の井は真間の手児奈霊堂の辺りを流れる小川の源流であったと言われています。」

913 :真琴:2021/03/11(木) 23:15:39.53
わたしはベンチに座り、遊ぶこどもたちを眺めながら、生まれたてのこの世界に
ドキドキしている。「井」という象形は座標空間に他ならない。「渦の井」には
折り重なる無数のチャートが漂っていて、渦を巻いている。つまり、特異点。
にもかかわらずここは清浄に地鎮されていて、美事におさまっている。これが
議長が実現したかった世界なのだろうか。だとしたら議長も報われた……の、かな?

914 :真琴:2021/03/13(土) 01:48:27.44
長方形の地所の中心部にある公園から五方向に遊歩道が延びている。わたしは、
ここが更地だった頃に見たことが無い地所の西縁が見たいと思い、その方角を目差す。
公園の境界を抜けようとする瞬間、「あ」、わずかな隙間から宮殿が眼に飛び込んでくる。
宮殿のとある窓からこちらを眺めている存在がある。――でもそれは一瞬で、
「hide and seek」のためにすぐ横を駆けてゆくこどもたちに掻き消される。

915 :真琴:2021/03/19(金) 02:11:09.06
黒くぬらぬらとしたコンクリートの床の、トンネルのような構内を歩いている。
ここは線路の端の始点=終点駅であり、前方に複数のホームが並んでいる。
突然、一つのレールの上を、甲虫のような電車が轟轟と滑り降りてくる。
歩いているわたしの真横を、甲虫のような電車が走る。
うっかりレールの上を歩いていたら轢かれるところだった。危ない。

916 :真琴:2021/03/22(月) 01:36:33.03
東屋から蓴菜池を眺める時の右岸には、樹木で覆われた丘がある。
わたしはその丘の中腹にひそみ、樹木を透かして蓴菜池を眺めている。
岸辺の遊歩道を、ベビーカーを押すお母さんや、おじいさんが歩いている。
かれらはわたしがここから見下ろしていることを知らないんだなぁ、と思いながら、
真昼の情景を眺め、わたしは楽しんでいる。

917 :真琴:2021/03/27(土) 00:29:07.08
朝。庭に面した和室に敷いたお布団で目覚める。庭と言っても小さな広がりでしかなく、
すぐ向こうには塀があり、塀の向こうには小川が流れている。
わたしは身支度を調えると簡単に朝ご飯を食べ、引き戸を開けて表に出る。
従姉妹の家(叔父の家)という「設定」はどこに消えたのか、わたしはこの「古民家?」に
独りで棲んでいるらしい。路地を歩いて手児奈さんの境内に出る。

918 :真琴:2021/03/27(土) 01:02:09.49
霊堂に向かって右手、手児奈さんの池のほとりに、樹木のような蜘蛛のようなにんげんが、
呪うように、恥ずかしがっているように、静かに佇んでいる。
無貌の者、ナイアルラトホテプ、あるいは議長の成れの果てだろうか。
相手にしなければただ立っているだけだと思う。
わたしはすたすた歩き、手児奈さんの池のさらに右手の裏参道に向かう。

919 :真琴:2021/04/05(月) 02:29:12.79
アイは秘密基地の湾曲した廊下を図書室まで歩くと、気がつくと、
鰍は福裏島への橋を渡りながら、山の中腹にあるホテルの丸い大広間では、
いつの間にか時間は零時を過ぎ、大広間の傍らを上下に走るエレヴェータは、
タイタニックの廊下は無数に分岐しながら、その左右にドアが並び、
地下駐車場には5台の車が

920 :真琴:2021/04/06(火) 02:25:32.89
夜の道が坂を上り頂点でふたつに分岐する。一方は右へ逸れ、他方は前方に進み
降ってゆく。坂を手前に戻ると、道の傍らに、谷底に、大きな緑地公園があり、
時季外れの盆踊りをしている。近隣のこどもたち親たちがたくさん来ているが、
わたしはこの街に棲みついているわけではないので、だれもかれもNPCめいていて、
気味が悪い。このひとりひとりに昼間の生活があるのか。

921 :真琴:2021/04/06(火) 02:39:11.62
わたしが大学に向けて電車で移動している時、わたしは家の裏庭から塀の下をくぐり、
小川に沿って歩いている。「つぎはし」のところで岩を跳んで上にあがり、
大門通りを渡り、「とんっ」と跳び降りる。電車が江戸川を渡る時、わたしは
何かを渡すような、手渡すような、不可解な気分に包まれながら、川の上流を眺める。
道は徐々に右に曲がってゆく。わたしは今度こそ、小川の終焉まで歩こうと考えている。

922 :真琴:2021/04/07(水) 02:06:43.20
筑波学園都市の超尖端量子工学研究会議が制作した「母殺し実験装置」は、
ボタンを押すと巨大粒子加速器が稼働を始め、やがてT粒子を生成する。
そのT粒子は時間を遡行し、干渉板に衝突して、ガンマ線を生成する。
そのガンマ線を観測した装置は、T粒子を生成する前の巨大粒子加速器に、停止信号を送る。
この「母殺し実験装置」が完成し、研究者たちはボタンを押す。

923 :真琴:2021/04/07(水) 02:08:26.87
最初に観察されたのは、研究者たちが
「母殺し実験」について思考することができない、という現象である。
それ、について考えようとすると、何か気が削がれ、気がつくと、
何をしているのか自分でもわからない動作にずれているのだ。
当初は心理的な障害が疑われ、研究者たちはカウンセリングを受ける。

924 :真琴:2021/04/07(水) 02:09:16.53
脳の記憶を選択的に破壊する放射線の可能性すら検討される。
最終的に研究者たちが思い至ったのは、これが物理法則である、ということだ。
「母殺し実験」は、言語的に仮想された矛盾では無く、
世界のなかに実現された「実=矛盾」なので、
それについての情報を脳が構成することができないのだ。

925 :真琴:2021/04/07(水) 02:10:13.10
次に起こり始めたのは、日常生活でのさまざまな小さな齟齬である。
極めて些細なことばかりとは言え、出来事が首尾一貫しなくなり始めたのだ。
ひとびとは「学園都市健忘」と呼び、やはりまずは心理的な問題と考えたが、
やがて、もしこれが物理法則だとしたら世界の危機である、ということに思い至る。
「母殺し実験」が喰い込ませた齟齬が、世界をじょじょに崩壊させているのだ。

926 :真琴:2021/04/07(水) 02:13:16.18
とある日、筑波学園都市で原子爆弾が起爆される。
超国家的テロ組織「じんるいの友」が犯行声明を出す。齟齬が
世界の結晶崩壊を招く前に、一切を混沌で塗りつぶし、
「こまけぇこたぁどうでも良い」という状態を世界にもたらす必要があった、
と犯行声明は述べる。「じんるいの友」はNOVA警察の一つの支脈である。

927 :真琴:2021/04/07(水) 02:20:26.68
「ワイヨが〈空飛ぶ少女〉を信じたがらないのも当然なんだ。われわれには
有人飛行機械が開発できない。技術のあゆみはもう充分なんだよ? だが、われわれが
有人飛行機械を実験飛行させると…」少佐は話を切ってロレンスの瞳を睨むように凝視する。
「偽りの月から怪光線が飛んでくる。4年前、バツク村を消滅させた爆発炎上事件を覚えていないか?
あれが、それだ。」ロレンスは初めて知る秘話に呆然とする。

928 :真琴:2021/04/11(日) 00:59:11.38
「じんるいの友」は恐れすぎたのだ。学園都市ごと原子爆弾で混沌に返さなくても、
「母殺し実験」が世界に喰い込ませた齟齬を擾乱することは可能である。
このことについては『アーカーシャにおける時間発展と射影構造』第5章「過去」
第17節の「概時間軸の局所安定性と特異点」で詳しく論じられている。
この研究こそが、いわゆる「矛盾爆弾」の概念に有効性を保証する。

929 :真琴:2021/04/11(日) 03:04:24.34
分枝世界どうしの戦争で、敵世界を完全に結晶崩壊させてしまうような攻撃手段は、
むしろ戦争目的に適さない。「概時間軸の局所安定性」があるからこそ、
「矛盾爆弾」に兵器としての有効性が出てくるのだ。
だがそれでも、「矛盾爆弾」の使用に踏み切る組織はなかなか現われない。
人間主義者たちが、帝国主義者たちに対して、「矛盾爆弾」を使用する。

930 :真琴:2021/04/13(火) 02:41:55.11
『女帝アグノーシア宮殿』が建つ更地に造成された新興住宅街を歩いているわたしは、
気がつくとNOVA警察の飛行船に乗っており、前面展望いっぱいに蓮華構造体の
地下迷宮が広がる、その真ん中に突っ込むよう高位操船技術者に命じながら、
同時に、スーパーの正面にある始点=終点駅から謎の列車が発車し、
気がつくと、渦の井から発する小川が手児奈霊堂へ流れている。

931 :真琴:2021/04/13(火) 02:48:21.66
わたしはとんっと濁流のようなガイアを蹴ると上空に跳ぶ。
無数の蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲が群がるような、機械仕掛けのような、
蠢く存在の彼方に、もう一つのやや小さめなガイアが「見える」、
大小のガイアの衝突はまだ既に起ころうと起こっている。
「大鴉にとっては、すべては、現在形なの」

932 :真琴:2021/04/18(日) 01:43:42.00
福浦島の中央部には歩きづらい庭園があって、鰍はそこを歩いている時、
一群のアオスジアゲハに取り巻かれ、脳改造を施され、チャートを開く技術を
身につけ、アーカーシャを飛べるようになり、福浦島の坂の脇に青い小屋があり、
小屋の内面にはバラバラ死体が並べられていて、更地の北東角のあたりにも
青い廃屋があり、更地の北辺の向こう側には丘があり、更地には『宮殿』が

933 :真琴:2021/04/18(日) 01:52:32.23
黒猫が、黒猫と黒猫が、黒猫が、小川に沿って古ぼけたアパートがあり、
何かの樹木がしたたれていて、黒猫が歩いており、やがて小川がゆるく右に曲がる辺りで、
青い小屋があり、小屋の窓は壊れかけていて、黒猫と黒猫が塀の上を歩きながら、
右に曲がった小川が真間山の下に消えてゆく辺りに、気がつくと黒衣の花嫁が
佇んでいて、黒猫が何喰わぬ顔で歩いてゆくのを凝視めているから、空の雲を

934 :真琴:2021/04/21(水) 01:09:48.32
「真間山の胎内の卵のなかに封印されているものが何か、
わたしにはわかった気がします」と、わたしはわたしに言う。
わたしはわたしの瞳を凝視めながら、たぶんわかったんだろうな、と考えている。
「再起動される前のガイアの全体が、丸められて丸ごと封印されているんでしょう…?」
「だとして、その前ガイアから見て、卵殻はどう見えていると思う…?」

935 :真琴:2021/04/22(木) 01:08:34.64
アーカーシャのなか、ガイアから外へ外へ真空のなかを飛ぶと、やがて
「宇宙の果て」と言うべき卵殻に到り、――というような状景を脳内で弄んだ直後、
いや、こうではないな、と思い、不意に真相が浮かぶ。
「前ガイアから見ても同じなんですね? <外>は真間山の胎内に封印されている…」
「さぁ、だとしたら、卵殻の彼岸と此岸、一体、どちらが前でどちらが後だと思う…?」

936 :真琴:2021/04/28(水) 01:02:57.46
アーカーシャの<同時面>で見ても、小ガイアと議長の大樹を繋ぐ臍帯は見えない。
それは<過去>を経由して両者を繋いでいる。蓮華の起動とともに大樹は小ガイアを
たぐり寄せる。――不意に衝突が起こり、あたり一面に鰍粒子が撒き散らされる。
大樹に絡まった小ガイアは渦の井から手児奈へ、小川に沿ってガタタタタと引き摺られる。
大門通りが糸巻きのようになり、臍帯をたぐり寄せている。やがて、

937 :真琴:2021/04/28(水) 01:08:21.78
夜。わたしは大門通りと真間山の接続点、石段の麓に立ち、森羅万象を見ている。
石段の上の方を伺うと、樹木に覆われた闇の奥から大きな顔が見下ろしている。
左手、丘の中腹を這って真間山の上に登る坂は、街灯でほのかに明るい。
さらに左に旋回すると大門通りを真っ直ぐ眺めることになる。巨大なフダラク市が
大門通りを滑走路のようにして着陸しようとしている。さらに左に旋回すると、

938 :真琴:2021/04/28(水) 01:14:52.40
卵殻は「此の世の果て」であり、その向こう側にアーカーシャは無い。
真空ですら無く、根源的にアクセス不能である。だがそれでも強引に
接続してしまった場合、わたしの演算能力のすべて、ユグドラシルを介して
「彼岸」が這いより、アーカーシャのすべてが「向こう側」に盗まれる。
不意に向こう側とこちら側が入れ替わる。

939 :真琴:2021/04/28(水) 01:17:56.24
直線が真っ直ぐ進み、その先は夜の闇のなかの黒い島に消えてゆく。
橋を途中まで渡ってみる。橋の上から内海を眺めると――夜の底はほんのり明るい。
樹木に覆われた大小さまざまの島が夜の内海に黒い影のように点々と浮かぶ様子は
無意識の底を撮影した写真のよう。見上げると満月。
鏡のように光る月をじっと覗き込んでいるとだんだん爪先立ちになってきて、

940 :真琴:2021/05/14(金) 00:46:50.79
手児奈さんの参道と家一軒分隔てて並行する道を、わたしは歩いている。
道のアスファルト舗装には貝殻が散らされていて、桜の花びらのよう。
このへんの樹には桜餅が棲みついていることが多い。
右手の大きなマンションの奥に、樹に覆われた真間山の横腹が見えている。
やがて道は大門通りと交わる。わたしは一瞬、右手の石段を見る。

941 :真琴:2021/05/16(日) 03:51:13.52
大門通りの行き止まり、そこから石段が登ってゆくが、石段とは別に、
大門通りの行き止まりから左の方へ、真間山の横腹を辿りながら登って行く坂がある。
坂のてっぺんあたりに、右へ折れる小さな石段があり、
この石段を登ったまま真っ直ぐ進むと、あの、大学の塀と墓地の生け垣に挟まれた道に
直角に交わる。このポイントを、大学、墓地、幼稚園、団地が取り囲んでいる。

942 :真琴:2021/05/20(木) 01:42:16.81
手児奈さんの参道と家一軒分隔てて並行する道を、わたしは歩く。
やがて道は大門通りと交わり、わたしは一瞬、右手の石段を眺めながら、
大門通りを渡る。そのまま進むと、狭い道が広い道に出るあたりで、
右に折れる小路が現われる。草の生えた小路をもし進めば、行き止まりから
丸太の階段を登る。階段は、真間山の横腹を辿りながら登る坂に横から刺さる。

943 :真琴:2021/05/22(土) 02:19:54.05
不意に図書館のイメージが浮かぶがわたしは右に折れて丸太の階段に向かわず、
広い道に進む。わたしは丸太の階段を一段一段登りながら道の脇の草や土を眺める。
広い道を進むわたしはとある住宅の横のおそらく私道である狭い路地、
というかスキマに、猫のように入り込み、真間山の横腹に近づく。
路地の奥にある住宅の裏は崖になっていてこれが樹木に覆われた真間山の横腹である。

944 :真琴:2021/05/22(土) 02:26:46.93
舗装されていない土の道、雑草が生えていて、青いトタンの壁、
ガスのボンベ、木の枠、そして<やま>に登る道が開いている、
ここからこの<やま>に登ることが出来る。家のなかで暮らしていても、
壁の向こう、家の裏手に<やま>が迫っているのはどういう気分なのだろう……?
ここは鎌倉なのか、それとも「更地」の北辺の道の裏手なのか……?

945 :真琴:2021/05/22(土) 02:44:13.04
『宮殿』の一角、ふだんひとが入らない裏側の構造を特定の仕方で歩き、
展望台のような小部屋に出て、そこから庭園を隔てて空間の彼方にある、
高速道路のような、3階建てのビルの群れのような、城塞都市の壁のような、
謎の構造物を眺めるのが密かな日課だけど、世界がパノラマの玩具のように
忙しげに無音で動いている。誰もこの窓を見上げない、たぶん、きっと。

946 :真琴:2021/05/25(火) 00:14:11.58
路地の奥には、塀も無く剥き出しで戸建てが建っている。
建物の横のガスボンベの奥にまわると、平らな地面からいきなり、
樹木に覆われた斜面が始まっている。対する戸建ては白い壁に黒いベランダ。
少し考えた後わたしは、ざくざくと斜面の土に足を踏み込んでゆく。ある程度登ったところで
ふと見ると、黒いベランダの2階から、顔がこちらを見ている。

947 :真琴:2021/05/27(木) 23:17:13.20
なぜそれは顔なのか。そのパターンを「顔」とにんしきするのはにんげん特有の
情報処理に過ぎない。「別の」ガイア、「別の」モナド、は、
まったく異なるからだをもち、まったく異なるせかいをもつ。
物体が先なのか、言葉が先なのか。
同じ尺度を持たないガイアどうしの座標変換など、原理的に矛盾だという気もする。

948 :真琴:2021/05/27(木) 23:25:12.23
気がつくと真間山の斜面にわたしがわたしがわたしがわたしがわたしが
一億ものわたしが折り重なって佇んでいる。アーカーシャのなかで、
この瞬間は何度も何度も何度も繰り返され、やり直されてきたのだろう。
その都度、再結晶が促され、この時空点は特異点として、渦を巻き、不変量となり、
それがこのガイアへと射影されている。わたしは解(ほど)きながら結び、佇む。

949 :真琴:2021/06/09(水) 01:11:14.28
こどもが、おしゃべりをしながら渓谷の底のような地形の、
石ころだらけの道を歩いている。湖の岸は雪で覆われていて、
黒い廊下を端まで歩くと階段がある。本館の3階は
別館では5階に繋がっていて、屋根裏のような細い廊下から
不意に溶鉱炉のような巨大な設備に出る。バルーンが空に漂う。

950 :真琴:2021/06/11(金) 00:12:53.04
夜、この道を歩くといつも、道端のこの家の二階の窓に明かりが灯っている。
下から見上げる照明は、部屋の天井で球形の姿を見せている。その明かりの
下にどのような部屋があるのかは、もちろん、知らない。住人を見たことも
無い。ある時、窓が開いていたり、ある時、明かりが灯ってなかったりする
と、不思議な気分がする。道端の野原には大樹がいて、夜空へと開いている。

951 :真琴:2021/06/11(金) 02:06:38.16
此の世の果てである卵殻において発生する事態はMWM変換ではなく
端的なMM変換であるが、両者のあいだに齟齬しか無い変換である。
駅を出てすぐの太い道を果てまで歩くと交差点の向こう側にあるビルの
2階に喫茶店があり、窓側の席に座るとその交差点を見下ろす。
T型の交差点の一つの角に書店がある。

952 :真琴:2021/06/11(金) 02:12:07.88
片方だけの眼が、気持ち悪い笑みを含みながらこちらを見ている。
物体が先なのか、言葉が先なのか。
真昼の陽射しのなか、新興住宅街の中央部にしつらえられた公園を歩く。
飲み水を出す泉のようなものの横を歩きながらふと視線を感じて
非在の方角へ振り返ると交差点をバスが左折している。谷間の底の池。

953 :真琴:2021/06/15(火) 03:34:39.96
道の片側が土の斜面になっていて、樹が生えている。
斜面のうえには家の塀が走っている。道は不定形で、
ともするとただの剥き出しの地面になる。
とある家の二階の照明をわたしは見上げる。あの照明の下のにんげんは
きっといま、わたしの著作を読んでいる。

954 :真琴:2021/06/21(月) 01:14:33.52
小さな庭に面した縁側のある和室で、座卓に向かって勉強している。
硝子戸の向こうの庭は壺のように小さく、すぐ向こうに塀が見える。
塀の下は開いていて、すぐ外には「痕跡的な小川」が流れている。
小さな庭と言っても、左手には梅の樹が生えていて、小さな池もあり、
無数の微小生物が棲みつく小宇宙だとも言える。右手の岩には猫も寝ている。

955 :真琴:2021/07/05(月) 02:29:19.15
気がつくと雨の住宅街を歩いている。
住宅街の真ん中に唐突に、背の高い黒い和風建築が立っている。
黒い建築は流れる河を見下ろしている。
この河に沿って色々な場所が結ばれている。
「水分子」というのは、いったい何の比喩になっているのだろう。

956 :真琴:2021/07/08(木) 23:47:14.37
さっきからハイパーチャートのなかで超擬時間軸に沿って状景を前進させたり
後退させたりして遊んでいる。議長に牽引されてミニガイアが近寄ってきてついに激突する、
「一瞬」全ガイアが震え、ほとんど解体する、直後、鰍粒子が撒き散らされ、
ガイアが再起動される、この「瞬間」が凄まじい特異面を描き、ハイパーガイアのなかで
美事な断層面を成している。ミニガイアは縮退し、真間山の胎内に転げ落ちてゆく。

957 :真琴:2021/07/09(金) 00:01:14.62
「東京大学の院生」から始まったわたしはいま、
「女帝アグノーシア」から「女神      」へと到る途上の
いずれかのポイントにいるのかも知れない、大鴉の意識がだいぶ近く感じる、
でも力を抜いて無数の分枝の一つへと化肉(incarnation)することは楽しい、
たとえば、ほら、杣台の地下駐車場に舞い降りて

958 :真琴:2021/07/13(火) 23:45:16.98
広大な薄暗い空間、冷え切った空気が全身を襲う。
前方に5台の装甲車が五芒星の形に止められている。と、次の瞬間、
気がつくとわたしは『宮殿』の玉座の間で玉座に座っている。
わたしの前には、なんと珍しい(懐かしい?)、「議長」がひざまづいている。
「議長」のモナドが存続する分枝があり得たなんて。

959 :真琴:2021/07/13(火) 23:51:19.25
「議長」は何かを話したそうに口をパクパクさせているが
わたしにその声は届かない。気がつくと「議長」の存在は渦を巻き掻き消える。
誰もいない玉座の間でわたしはほほえむ。次の瞬間、『宮殿』の構造体が
至る所で外れ、解体してゆく。気がつくとわたしは新興住宅街の
真ん中に造られた公園のベンチに座り樹木を見上げている。空へ張る毛細血管。

960 :真琴:2021/07/19(月) 02:45:22.37
わたしは真間山の石段の上に立ち、大門通りを見下ろしている。
公園のベンチに座っていたわたしは立ち上がり、いまでは新興住宅街になった
更地=『宮殿』の区画の北東角のほうを眺める。電車が江戸川を渡る時、
わたしはふと江戸川の上流のほうを眺める。飛行船が漂っている。
きょう、大学では、定例の形而上物理学研究会が行われる。

961 :真琴:2021/07/20(火) 03:10:39.29
庭に面した和室で机に向かってわたしはmetaphysical physicsのプレプリントを読んでいる。
黄色い電車に乗って江戸川を渡る。渋谷からは井の頭線に乗り駒場東大前で降りる。
気がつくとわたしは「やま」が住宅街と接する境界に立っている。
何の変哲も無い戸建てがあり、そのすぐ横に「ふち」があり、
「ふち」の向こうから「やま」が始まっている。土の斜面が、植物相が。

962 :真琴:2021/07/23(金) 03:15:02.09
わたしは真間山の石段を一段一段降り、大門通りを真っ直ぐ歩く。
真っ直ぐ歩くのは難しいなぜなら2点間を最短距離で歩こうとすると
アーカーシャのなかでのガイアの歪みに即してフラクタル状の迷路に囚われ
気がつくと京成八幡駅の踏切の横を歩いていたりするからで、むしろ、
距離を最小化することに囚われない方が真っ直ぐ歩ける。真間川を渡る。

963 :真琴:2021/07/31(土) 02:57:54.76
気がつくと虚空(アーカーシャ)を漂っている結晶崩壊?棲んでいる街ではない
街の駅前にいてこれから夜になるのに電車に乗らず駅から発する放射状の道を
駅から離れる方へ歩き出す繁華街がやがて住宅街になりわたしはとある路地に入る
路地は壁と壁に囲まれたでこぼこな道で道の真ん中に大きな樹木が居座っていたりする
とある塀の向こうの古屋の磨りガラスの向こうに明かりが灯っている

964 :真琴:2021/07/31(土) 03:07:19.19
崩れてゆく街を階段のように踏みながらわたしは中空へ昇ってゆく不意に
隣の部屋から凄まじい音響がほとばしるわたしは椅子に座り躰をかたくする
気がつくと椅子の背に顔が現われていてわたしは立ち上がり椅子を倒す
窓辺に立ち三階からアーケイド商店街をわたしは見下ろす無数の蟲のように
ひとびとが蠢いていてわたしはわたしはわたしはわたしはわたしは

965 :真琴:2021/08/03(火) 00:34:14.98
夜の住宅街。家家のあいだにコンクリートで蓋をしたような場所があり、
それはその下を走る電車のトンネルである。トンネルと言っても真面目に
山の横腹に穴を通したものでは無く住宅街に掘った溝に蓋をしたもの
だったのだ。夜の道の赤く火の点いた煙草。無人の団地。一箇所だけ
煌々と灯りの灯っているコンビニエンスストア。壊れかけた看板。

966 :真琴:2021/08/10(火) 23:53:11.94
スーパーマーケットの入り口にテント生地の天幕が丸く広がっていてその下に
プラスチックの椅子と白い丸テーブルが散らばっている。入り口に向かって右手には
柵が在り、柵の向こうは電車の始点=終点駅になっている。スーパーの側面に
まわると、無表情で巨大なスーパーの建物の横腹を単線が真っ直ぐ走っている。
単線は遙か彼方まで真っ直ぐ走っている。吸血鬼の小説を読んだ。

967 :真琴:2021/08/11(水) 03:02:27.60
雪の降り積もった日に家を抜け出して電車に乗り、大きな駅のデパートの
エスカレータを昇って書店に来た。『    』という小説が
新刊平積みになっていて気を惹かれる。じんるいの滅亡の後、遺跡と化した都市に
キノコのように生えている三階建てのビルの、下から上がって三階に
行き止まりのフロアがあり、天井に青く丸く星空の天幕が張られている。

968 :真琴:2021/08/11(水) 03:13:43.68
大きな岩がごつごつと並ぶ磯に打ち寄せる波のような鰍粒子の濁流のなかを
ぴょんぴょん踊るように跳びながら不意に擬時間軸が結晶してくるのを感じ
わたしは「上」を見上げる、「上空」遙かな高みをわたしが、
大鴉が悠悠と舞っている、7次元時空が不意に変調し焦点する、
わたしは高円寺の南口のアーケイド商店街を真っ直ぐ降っている。

969 :真琴:2021/08/11(水) 03:22:05.34
あまり引っ張り出すと視神経が千切れてしまう。ほどほどに引き出した眼球を
手のひらに載せ、ゼリー状の水晶体をずぶずぶと潰し掻き出す。
網膜を、傷つけないよう注意しながら剥き出しにする。
(これくらいで良いかな…)
わたしはべろを突き出すと、網膜の網を舌のまわりにキャップのようにかぶせる。

970 :真琴:2021/08/11(水) 03:31:46.33
地下に降りてゆく。底へ。底へ。
底には根の国があり、亡者たちが蠢いている。
根の国とは躰がない言葉たちの場所だ。
偏光顕微鏡で地球を観察すると、毛細血管の浮き出た羊膜が
地球をうすらと取り巻いているのが見える。

971 :真琴:2021/08/20(金) 00:05:05.66
薔薇の蕾。
中央分離帯を平均台みたいによろめいてると
躰のどこかでざわめいている未来をそっと感じる。
機械が坂を登ったら法律ができて女っぽくなった。
ここが出口かも知れない。

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